霊晶石物語   作:蟹アンテナ

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次女の探求心

迷宮核によって灌漑が進み、かつての一枚岩に過ぎなかった岩山オアシスは砂漠に浮かぶ緑に覆われた小島の様な姿と化していた。

それは、迷宮核が地道に砂漠各地から集めて育てた耐乾性植物だけでなく、砂漠の民が交易や現地採集して入手した大河方面の植物の種子や苗なども半分を占めていた。

 

砂漠の民が大河方面から持ち込む植物の殆どは、香草や野菜などの食用可能な植物であるが、パピルスなどの繊維質の植物も持ち込まれ、砂漠の民は自力で糸や反物を作ることが出来る様になっていた。

その過程で大河方面の雑草の種子も紛れ込み、岩山オアシス周辺の僅かな土や泥に根を下ろし岩山オアシスを彩る一つとなる。

人間には直接利用価値がない唯の雑草でも、砂漠に生息する小虫や蜥蜴などには絶好の隠れ家や食料にもなり、全てが足りない砂漠では全てが意味のある物であった。

 

岩山オアシスにおいて、生前の前世界での知識のある迷宮核は、これらの植物の自然界での大まかな役割を理解しているが、岩山オアシスの集落の知識層、得に魔術師や学士なども唯の雑草に意義を見出している者達である。

岩山オアシスの砂漠の民を纏める長の一家の子供達、祈り手姉弟の一人である次女ラーレもその一人だ。

元々ラーレは魔術師の卵であり、ラーレも例外でなく知識欲旺盛な典型的な学士気質な少女であり、魔術は元よりあらゆるものに興味を示す。

その反面、自分の興味のあるもの以外殆ど無関心に近い欠点があるが、砂漠の民の長の一家と言う事もあり、砂漠の民を纏めるための教育を受けたおかげで社交性は身に着けており、作法に特に問題がある訳でも無い。

 

「ラーレお姉ちゃん何書いているの?手紙?」

 

「ん、ジダン居たんだ?またルルと遊びに行ってたと思ってたわ。」

 

ラーレが質の良い紙に筆を走らせているとジダンが部屋に入って来る。

 

「ルルちゃんは訓練の為に試練の沼で狩りに出ているよ。」

 

「ふぅん?ジダンは行かないの?」

 

「後でカシムおじさんと稽古して貰う約束しているんだ、だから僕はお留守番ね。」

 

「カシムさんも年なのによく体持つわね、他に男衆の訓練指導も行っているのに。」

 

「カシムおじさんまだまだ現役だよ!それよりもその手紙の宛先は一体誰・・・え?アル君?」

 

書きかけの手紙に大河ほとりの国ホトリア王国アルジャン第一王子の名が宛先に書かれている事に驚愕するジダン。

 

「うん、アル君・・・・いえ、アルジャン殿下にこの前の交流会の時にちょっとだけお願いした物があってね、こう言った繋がりは最大限利用させてもらうつもりよ。」

 

「ラーレお姉ちゃんちゃっかりしているなぁ、それでお願いした物って何?」

 

「王室御用達の希少な作物ね、生命力が強くて何処にでも育つ代わりに成長が遅い薬草の一種なんだけど、素晴らしい薬効があって健康長寿効果のある万能薬の原料らしいの。」

 

ラーレが次のホトリア王国行きのキャラバン隊に持たせる手紙の内容が思いのほか踏み込んだ要求である事に更に驚愕するジダン。

 

「え、えぇ!?王室御用達って・・・お父さんとお母さんにちゃんと通しているの?」

 

「とっくにね、まぁ二人とも呆れてたけど。それに、一般の商人が勝手に取引は出来ない薬草だから直接王族の方に許可を取る必要があった訳ね。」

 

「昔からだけど、本当にラーレお姉ちゃん抜け目ないよね。」

 

普段はどちらかと言うとジダンがラーレに呆れられる事が多いが、今回は珍しく逆にジダンの方が呆れる。

 

「仮にも独立した国を名乗るからには、砂漠の民の一員として、砂漠の民の国益になる事はしないといけないからね。」

 

「ふーん、ちゃんと考えているんだなぁ・・・・で、本音は?」

 

普段はくりくりとした目を細めるジダン、その様子に若干たじろぐラーレ。

 

「・・・・ジダンにもお見通しか、えと、その、砂漠ではどんな感じで育つのか見てみたくて、あと庭の彩りに・・・・。」

 

「あ、呆れた。そんな貴重品を庭の彩りに使う気なんて・・・。」

 

いよいよ持って呆れた態度を隠さなくなったジダンにラーレは顔を真っ赤にして反論する。

 

「だって!宝石みたいな綺麗な花を咲かすのよ!?優れた薬効があるのも魅力の一つだけど、どことなく花の形がラーレの花に似ているし・・・・。」

 

「むー、何か今日のラーレお姉ちゃんアイラお姉ちゃんっぽい。自分の興味のある物にだけ子供っぽくなるんだから。」

 

「文字通り子供の貴方に言われる義理は無いわよ。」

 

顔を赤らめたままそっぽを向き不貞腐れるラーレ。そこに扉の奥からアイラがやって来る。

 

「私っぽいってどう言う意味で言っているのかなぁジダン?」

 

「わぴゃっ!?あ・・・アイラお姉ちゃん!?」

 

「あら姉さん、お帰りなさい。」

 

「またすぐ出かける予定だけど喉が渇いてね、薬草茶でも垂れようと思ったんだけど隣の部屋で何か失礼なこと言われている気がしたから来てみたのよ。」

 

「忙しそうね、後で手伝えるものは手伝うけど?」

 

筆を一旦置いて椅子に座ったままアイラの方へ向き直るラーレ。

 

「ううん、別に問題ないわ、それよりもジィダァ~ン!誰が子供っぽいですってぇ!?」

 

「に゛ゃっ!?ちょ、ま・また脇腹くすぐるのやめて・・あ・あひ・・あははははっ!!」

 

「はぁ、まだ手紙書いている途中だから他所でやってね、全くこう言う所が子供っぽいって言われる原因なのに。」

 

「む、聞き捨てならないわねラーレ。」

 

脇腹をくすぐられて悶絶するジダンを放り出し、素早くラーレの背後に回り込み両腕を脇に差し込むアイラ。

 

「にゃん!?ね・姉さん何処触って・・・。」

 

「ここか!ここが良いのかっ!?私よりもおっきく育ってこいつめぇ!」

 

「や、やぁぁっ!にゃああぁっ!にゃぁあああん!?」

 

ジダンを相手にすっかりくすぐり慣れたアイラは、その器用な手つきを駆使してラーレの弱点を攻めて攻めまくる。最初は顔を真っ赤に赤面させていたラーレも呼吸困難になり、若干口の端から唾液が垂れ始めた頃、不意に脳天に振り下ろされたラナの拳骨でくすぐり行為は中断される。

 

「止めなさい馬鹿娘!」

 

「にゃっふん!?ごふっ。」

 

母親の鉄拳制裁で意識を刈り取られたアイラは、床に転がる弟妹と共に転がる。

 

「はぁ、姉弟仲良いのは別にいいけど、程々にしなさい。」

 

「死屍累々か、一体何だこの惨状は。」

 

岩山オアシスの有力者同士の会議を終えて帰宅してきた村長夫婦が、子供たちの様子に呆れを見せる。

 

「何時もの姉弟同士のじゃれ合いよ、大きくなってもこの調子なんだから困ったわね。」

 

「お前に似たんだろうラナ。」

 

「ふーん、アリーだって岩山オアシスに来たばかりの頃はわんぱく坊主だったでしょ?」

 

「流石に今はあの頃と違うぞ?なんならお前はお転婆娘で俺とお相子だ、半分ずつ似たんだよ。」

 

「アリーと私半分ずつ・・・そっか、にひひっ、なら別にいいのかな?」

 

(俺とラナの血を引いている筈なのにラーレはどこら辺が似たのやら。)

 

 

それから暫くして、岩山オアシスを発ったキャラバン隊が大河ほとりの国と交易を行い、交渉役のキャラバン隊の長がラーレの手紙をホトリア王国の窓口に渡すと、数日間に及ぶ交渉の結果、無事に希少植物の種子の入手に成功する。

 

「んふふふ・・・やってみるものね、何はともあれ人脈と言うのは本当に大切だわ。」

 

上機嫌で村長宅の庭を手入れするラーレ、元々小さな花しか育てられていなかった庭は、すっかりラーレ個人の植物園の様な物に成り果てていた。

 

「ちゃんとこの本の絵みたいに育つかなぁ?これは一体どこに植えようかな?うふふ、迷うわね。」

 

ラーレは大河の植物が砂漠と言う過酷な環境下で、どのように生育するのか小まめに記録をつけており、学術的な視点からでのレポートが思いのほかホトリア王国の宮廷魔術師の興味を誘い、アルジャン第一王子を通して文章のやり取りをしている。

 

ラーレがキャラバン隊に依頼した物は希少植物だけでは無かったのだ、魔法学は元より植物学の書籍や、大河の植物の種子と苗、変わったものでは肥料など、砂漠では手に入らない直接生活を良くするものではない物も集めさせた。

対価は植物の生育のレポートの写しと、砂漠原産の希少植物の種子と苗、砂漠の民の工芸品などである。

 

彼女だけでなく砂漠の民の知識層もこう言った物を大河各地から集めており、生活環境の改善に繋がらなくとも、貪欲にその知識欲を満たすために他国と交渉をする。

こう言った積み重ねが巡り巡って、新たな学問に繋がり、時にそれが文明に改革を齎し進歩させてゆくのだ。

 

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(しっかし、本当に岩山オアシスに色んな植物が持ち込まれたなぁ。)

 

(昔は生えている植物はサボテンくらいしか無かったのに、今は山頂に低木すら生えているからなぁ。)

 

(昔は此処まで草原が広がっていたみたいだけど、今の岩山オアシスはそれに近い感じなのかもしれないな。)

 

(とは言っても、水源の大河は風化作用で川の流れその物が移動を続けているし、何万年もしたら大分地形も変わっちゃうんじゃないだろうか?)

 

(この石の体がどれだけ生きて、どれだけこの世界の変容を観測できるのか分からないけど興味深いな。)

 

(取りあえず、今わかっている事は大河から持ち込んだ植物がしっかり水やりさえやっていれば、砂漠の環境でも育つという事かな?元々ここら辺まで生えていたんなら緯度的に問題ない筈だけど。)

 

(むしろ、太陽光が大河に比べて強力な分、大きく育つのかもしれないね。)

 

(まぁ、植物の知識なんて人並みくらいしかないけど、時間なら沢山あるし、少しずつ学んで行こう。)

 

 

ラーレや砂漠の民の知識層が大河から取り寄せた植物たちは、長い時間をかけて砂漠の環境に適応して行き、時に新たな発想で用途が見出される。

人間の持つ好奇心、その力が文明を発展させるための原動力なのである。

 

時に意見を対立させ、知識を交換し、全く異なる環境同士で交流会を開く、新たに知った知識を元に新たな知識を開拓し、そこから更に思考を発展させる。

その膨大な挑戦と失敗の堆積物が文明を、時代そのものを変えて行くのである。

 

 

 

 

 

 

ディラルート・ダンデ

 

健康長寿の万能薬の原材料として使われる大輪の花。

過酷な環境下でも育つ生命力を持つ反面、成長は遅く、その分栄養を蓄え薬効を高めて行く。

花を煎じて丸薬にすれば、滋養強壮剤としても使え、種子と花を良く乾燥させて混ぜ、他の薬草と調合すると広い範囲の病状を抑え改善させる万能薬にもなる。

また、その花の形状がラーレの花にも似ているため、ディラ・ラーレの別名もある。

しかし、葉の形状も別物で大して肉厚でも無く、花その物もラーレの花よりも遥かに大型で色もグラデーションに富み、根本的に別の植物と分かる。

砂漠の強烈な太陽光線を糧に、大河よりも若干成長速度が速い事がラーレのレポートで判明した。

 




あんまり関係ないですけど食肉目をネコ目するの改悪だと思うのです。
今日は此処まで。



【挿絵表示】

ガーデニングをするラーレ
ジョウロに当たる物が無いので水差しで散水中

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