霊晶石物語   作:蟹アンテナ

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脈動する水脈

迷宮核によって大河上流の水脈が再生され、ホトリア王国の従属核から送水され、水が行き渡った事で全域とまでは行かないが大河の国々は息を吹き返し、農業や加工業などの産業を再開させ、本来の豊かな営みに戻りつつあった。

 

とは言え、穀物の生育の時期的にギリギリであり、間に合いそうにない物は成長の早い葉物類や根菜類が植えられ、食料の備蓄を進める。

現在はウラーミア王国との戦争は膠着状態にあり、消極的な停戦状態であったのだ、大河の水事情が改善されつつある現在再び戦闘が再開されては幾ら大河の連合とは言え、消耗が厳しいのだ。

 

水の行き届いていない国の不満もあり、あまりに唐突で不自然な水源の復活に調査に赴く国も多く、大河の国々はまとまっているとは言えず機能不全気味であった。

 

(ふむ、干上がっていた部分が水に沈んだお陰か、休眠状態になっていた種子や胞子が発芽して水草が増えてきたな。)

 

迷宮核は、ホトリア王国の従属核を再び分けて魚型フレームに搭載し、水量の増えた大河の継続調査を行っていた。

大河の国々の情勢とは関係なく、大河の自然環境は回復の兆しを見せており、生育環境が復活した藻類や水草類が大繁殖を始め、それらを食する草食魚の産卵が確認された。

 

(水が元に戻っても水生生物が突然増える訳では無いから、長い時間をかけて見守る必要はありそうだけど、この様子なら元の豊かな大河に戻るのも時間の問題かな?)

 

(若干緑色に濁ってきたな、微弱ながら水そのものから魔力が私の分身体に補充されている事を考えると、藻類か何かの胞子で一杯になっているんだろう、もう少ししたらここら辺もまた別の姿を見せ・・・・おわぁっ!?)

 

ガキン!ボリボリ・・・。

 

魚型フレームの尻尾が突如噛み千切られ、頭部と胴体だけになったフレームが沈んで行く。

 

(あぁびっくりした、沼鮫に尻尾を齧られてしまった。全く、食べられないと分かると吐き捨てているな?まぁ特に問題は無いけど。)

 

水底の泥を固めて再び尻尾を構築すると、生い茂った水草に隠れながら帰路につく。

 

(ああいう食いしん坊な大型魚も餌を求めて上流に分散してしまったからか、前よりもここら辺で見かけるのも疎らになってきたな、そのうち彼らも繁殖して個体数を増やして行くのだろう。)

 

(人間を襲う事もある危険な魚とは言うけど、彼らの主食は水草やプランクトンを捕食する小型魚だ、実の所沼鮫などの大型魚を支える小型魚の個体数が多ければ満腹でそんなに人を襲う事は無いんだよね。)

 

(さて、また齧られて魔力の浪費をするのも嫌だから隠れながら戻ろうか、スクリューじゃないし水草が絡むことも無いから水流推進は便利だね。)

 

(もうそろそろ、ホトリア王国だな、大河の自然環境の魔力も悪くないけど、やっぱり人間の国の魔力の方が・・・・はて?)

 

藻類の混じった緑がかった泥を巻き上げながらホトリア王国に戻る途中の従属核は、ふと以前渦巻き沼調査の為に使った下流域の水脈の事を思い出した。

 

(そう言えば上流域の水脈は直したけど、下流域は手を付けていなかったな、まぁ今噴水の分身体と再結合する必要もないし、ちょっと寄り道してみるか。)

 

魚型フレームはホトリア王国を通り越してそのまま下流域まで泳いで行く。

 

(うーん?まぁ、私が水を供給しているからか枯れた水脈はそんなにないけど、塞がっちゃっている水脈らしき地層があるな、折角立ち寄ったんだし序に直しておくか。)

 

水底に着底した従属核が神経の様な物を伸ばして、塞がった枯れ水脈を修正して、ホトリア王国側の水脈と接続すると、久しぶりに水が供給され始め、毛細血管の様に枝分かれし水が満たされる。

 

(ふーむ?こうくるか、方向的には緑の帯方面の水脈だったのかな?まぁ、あそこら辺も水が不足気味だったしこれはこれで良いか。)

 

魚型フレームはその後も、幾つかの塞がった水脈を修正し、下流域の生態調査を行った後、帰還しホトリア王国の噴水の従属核と再結合した。

従属核が行った下流域の水脈修正は、直ぐには目立った影響は無かった、精々普段とは違う場所に水が湧き出ると言うくらいで、大河全体としては些細な事であった。

変化が訪れたのは水脈修正後、暫くホトリア王国で水の生成を続けていた時の事である。

 

「ふぅ、ふぅ、幾ら砂漠の奥地よりもマシとは言え、緑の帯の横断は体に堪えるよ。」

 

「しょうがないさ、うちの国の貴族の御婦人様は保湿サボテンの美容液に御執心なんだ。持ち帰らないと俺たちの首が文字通りに飛んでしまう。」

 

「その分儲けさせてもらっているがな、あぁしかしここの行商路はごつごつしていて歩きにくいな。」

 

「元は枯れた大河の一部らしいがな、何百年も前は魚が泳いでいたそうだが、今は大雨の時に濁流になる以外は枯れた川の跡さ。」

 

「大雨で流される奴も多いし、その度に激流で削れるから石材で舗装される事も無い、便利なんだか不便なんだか。」

 

「まぁ大雨が降らないから濁流に流される奴も減ったし、数少ない干ばつの恩恵と言えなくも無いが、やはり作物が減って売り物が減る分、雨も降って欲しいもんだ。」

 

「さて、もうそろそろホトリア王国だ、あそこで商品を入れ替えてリーヴァンストリア首長国に戻るぞ。」

 

「あぁ、やっと船が使えるよ。もう歩きは懲り懲りだ。」

 

ロバとラバに荷車を引かせながら大河跡地の行商路を利用するキャラバン隊は、ふと違和感を感じた。今まで乾燥していた空気が突如湿り気を帯び始め、歩いている地面が濡れているのだ。

 

「うん?何だ?何か地面が濡れて・・・・。」

 

「っ!?まさか、いかん!早く道から離れるんだ!上に登れ!」

 

無理やり坂道を登らされたロバとラバは不機嫌な鳴き声を上げるが、行商路は沢程の水が流れ始め、徐々にその水位を増している様に見えた。

 

「おいおい、大雨も降っていないのに鉄砲水でも来るのか?」

 

「しかし、道から離れて正解だったな、もう腰ほどの高さまで水位が上がってきている。」

 

ついに行商路は水に沈み水量は川と言える程に達していた、しかし、何時もの様に濁流と化する事は無く、静かに水位を上げ、穏やかに水が流れるだけであった。

 

「・・・・これは一体どういう事なんだ?何が起きている?」

 

「分からん、だが悪い事ばかりではあるまい、多少濁っているが流れも激しくないし、安全にこいつらに水を飲ませてやる事は出来るようになった。」

 

先ほどまで歩いていた道が水没した光景を見てうめき声をあげるロバとラバ達、恐る恐る突如現れた川に近づいて鼻先をひくつかせ、水を飲み始めた。

 

「俺たちも飲みたいところだが、もう少ししたら中継地点だ、そこで一度沸かしてから飲もう。」

 

「今なら泥水でも美味く飲める気分だが、まぁ仕方が無いか。」

 

沈んだ行商路を辿りながら、ホトリア王国に向かうキャラバン隊、中継地点に到着する頃には濁っていた川の水はすっかり透き通っており、人間が飲んでも問題ない水質になっていた。

 

キャラバン隊はホトリア王国にその情報を売ると、その報酬で得た金を商品に代えて故郷のリーヴァンストリア首長国へと戻って行った。

 

「ううむ・・・・。」

 

「どうしました陛下?」

 

「アルか、どうにも緑の帯に続く荒野の行商路が水没したらしくてな。」

 

「へ?す、水没ですか?確か雨が降った時だけ濁流が発生するとは聞いておりますが・・・・。」

 

「通常は、大雨が降った時のみ水没し、その後元の姿に戻るのだが、情報を提供してくれた商人達の証言では、鉄砲水も発生せず緩やかに水量を増やしていったと言うのだ。」

 

「不思議な事もあるのですね。」

 

「しかし、一向に戻る気配がない、そのまま川として定着するかもしれん。」

 

「もしや、これも地母神様のお力なのでしょうか?」

 

「何とも言えぬが、決して悪い事ではない、川に沿って歩くならば水樽の量も減らせるし、その空いた分商品を詰め込めるからだ。」

 

「何か父上、商人みたいな事を言いますね。」

 

「はは、唯の受け売りだ。」

 

「観測に向かわせた兵によると、このまま水量が増えれば大河と接続し、大河の一部になるらしいのだ。正確には元に戻ると言えるな。」

 

「元に戻る、ですか?」

 

「数百年前まではあの行商路は大河の一部だったと伝わる。その干上がった大河跡地を道として利用していたのだ、それが数百年ぶりに大河に接続し元に戻るのだ。」

 

「最近大河上流の水量が増えた事と何か関係がありそうですね。」

 

「やはり、アルが言うように地母神様のご加護が大河全域に及びつつあるのだろう、この地に生きる者としてこれまで以上に祈り、励まなければならんな。」

 

「えぇ、勿論です。もっと過酷な所で頑張っているジダン達に笑われない様に僕も励まないと。」

 

「偉大なる地母神よ、我らを導き給へ・・・・。」

 

その後、干乾びた行商路だったものは、再び大河の一部へと戻り、多少の変動はあれど水量が大きく減る事は無かった。

その水源が何処から湧き出たものか分からなかったが、大河の一部と接続した事で、透明だった水が薄緑色に濁り始め、少しずつ藻類や水草が生え始め、やがて小魚が住み始めた。

 

「よぉおっちゃん、ここから小舟で行かないか?安くしとくぜ?」

 

「船?でもこの先は川なんて無かった筈だが?」

 

「あれ?聞いていないのかい?いつも使っていた行商路は水に沈んで今は大河の一部なんだぜ?」

 

「何?雨が降ったと言うのは聞いていないが、まぁ本当に船が使えるなら使わせてもらおうかな?」

 

「ま、物を見てから判断しな、嘘はつかないぜ?」

 

行商路が水没した事で、道としての利用は出来なくなってしまったが、何時でも水分を補給出来て、時々魚が釣れる事で、むしろ以前よりも歩きやすくなり、やがて小舟すら持ち込む商人も現れ始めた。

水運が開通した行商路は、その取引量も増え大河の国々の経済を活性化させ、副次的にだが地母神教徒の信仰心も増えた。

 

「え?誰か川沿いに干しレンガの家建ててるぞ?」

 

「流れ者が居ついているな、まぁここら辺も川になってから草も生え始めたが、物好きな奴も居るもんだ。」

 

「畑が作れるんなら俺たちもここら辺に拠点を作れるかもな?中継地点が増えれば休憩も補給も出来るようになるし旅が楽になる、後で組合に申告して拠点を作るのも悪くないかもな。」

 

「夢のある話だ、いや、水運が使えるなら資材の運搬も楽だな?ならば現実味もある訳か。」

 

大河各国の行商人たちは、突如現れた新たな大河の分流に驚きつつも、利益に敏い者は早期に水運業を開始し、膨大な利益を上げる。

位置的には緑の帯にも近いため、日射の厳しい緑の帯を通過してきた商人達が新たに作られた拠点で一泊し、積み荷を船に乗せ大河へ上るルートが開拓された。

しかし、暫く安全に航行できたものの、小魚が増えるごとに生息域を広げた沼鮫に船が襲撃される事も増え始め、必ずしも安全とは言えなかった。

だが、その沼鮫すらも狩りの対象とし、新たな商品としてしまうのは人間の力強さとも言えた。

 

(むむむ、まさかあの枯れた水脈は干ばつ前から塞がっていた水脈だったとは、こんな事になるとはね。)

 

(でも、あそこら辺も緑が増えてきたし、水に住む生き物たちも生息域を広げているし、良い事ではあるのかな?)

 

(ん~、何だかんだキャラバン隊の魂も私の一部になっているから、大体何が出来るか思い当たるところもあるけど、やっぱり現役で商人やっている人たちには敵わないかなぁ、水運を始めている人も居るみたいだし。)

 

(何はともあれ、ここら辺の生物も増えて私に供給される魔力も以前とは段違いだ、これだけあれば水の生成を増やしても魔力には余裕がある筈。)

 

(勿論、緊急時の備蓄はしておくけど、未だ大河全域に水を行き渡らせる事は出来ていないんだ、時には水の魔石を大河の人々に提供する必要もあるかもしれない。レイカポンダ水霊国には悪いけどね。)

 

(問題はどうやって水の魔石を大河の人々に手渡すか、下手に目立つと噴水ごと削り取られる危険性もあるし、むむむ、難しいな。)

 

迷宮核は岩山オアシスの整備を続けながら、同時進行でホトリア王国周辺の地質改善作業を行っている。

愛する砂漠の民が生きて行く為の基盤作りは重要ながら、新たな友であるホトリア王国への援助も大切であった。

この地を襲う大干ばつは、容赦なくそこに住まう生命を干上がらせ、無へと還して行く。祈りを糧にする意志を持つ石の力によって、その災禍は石の支配領域に及ぶ限り押しとどめられている。

まるでその地の生命そのものが厄災に抗う様に、魔力やあらゆる生命体の魂と自然エネルギーの塊である迷宮核・・・霊晶石は無から有を生み出し世界を構築する。

それは人間が彼を地母神と崇めるに足る力を有している様でもあった。

 

(まぁ、当面は供給する水の量を増やす方針で行こう、水の魔石に関しては後で考えるか。)

 

(大地抱く地母神よ、我らに力を与え給へ。)

 

当人は自身を地母神では無いと否定するが、間違いなくこの地に生きる者達の守護者であった。

迷宮核が自身と、ホトリア王国に派遣した従属核が以前よりも僅かばかりその質量を増やしている事に気づくのは少し経った後であった。




今回は此処まで・・・・。

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