霊晶石物語   作:蟹アンテナ

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結ばれた地下水路

大河の水生生物を岩山オアシスに持ち込んでから暫く経ち、水草類が岩山オアシスの水場に生い茂り、水草や泥に紛れ込んでいた巻貝や二枚貝などが水中の不純物をこし取り、水質を安定化させていた。

今までは、藻類や水モロコシなどの作物の水質浄化作用では追いつかない部分を迷宮核の地形操作能力で水質浄化をしていたが、大河の水生生物を放流した事で水質が安定し、水質浄化に使う魔力を節約できるだけでなく、目に見えない微小な生命含めて水場の生物が放つ余剰エネルギーの収益もあり、迷宮核の魔力事情は劇的に改善していた。

 

(動植物保護区で観察した後に岩山オアシスの水源に大河の生物を放流したけど、想像以上に上手く行ったな。)

 

(岩山オアシス周辺の集落、特に私の分身体を埋め込んだオアシスには、前の岩山オアシスの生物しか居ないし、そっちの方にも運搬して良いかも知れないね。)

 

(うーんしかし、毎度私の分身体を動かすのは正直骨だし、どうしたものかな?)

 

(!!そうだ、大雨が降った時の為に地下に伸ばしていた水路があった筈、それを太く作り変えて各地の水源と岩山オアシスの湖に接続すれば、周辺の村と生態系を共有できるかもしれない!)

 

迷宮核は雨天時の水回収用の水路を再構築し、有毒物質混入・有害生物発生時などの緊急時のシャットアウトを含めて隔壁を随所に作った地下水路を構築し、少しずつ岩山オアシスとその周辺オアシスの水源と接続するのであった。

 

岩山オアシス周辺の各小オアシス村にて、泉に変化が現れたのはそれから暫くしてからであった。

 

「久しぶりの砂嵐ですっかり泉が濁っちまったな。」

 

「でも暫くすると水が透明になるんだよな、流石は岩山の主様のご加護だ。」

 

「んー、でもなんか何時もと違う色に濁っている様な?」

 

「い、いや気のせいでは無いぞ?いつもと様子が違う!」

 

村の中心に鎮座する小さな泉の変化に気付いた村人たちは、恐る恐る手で水底を掬ってみたり棒切れでつついて見るが、今まで見た事も無い水草が泥水に混じって生えており、明らかに肺魚とは違う何かの魚の稚魚が泳いでいた。

 

「こ、これは一体どういう事なのだ?」

 

「そう言えば、岩山オアシスに魔石を仕入れに行った奴が向こうでも変わった魚が泳いでいたと騒いでいたな、もしかして、岩山オアシスとこの泉は繋がっているのか!?」

 

「だが、この村を起こしたときに泉に潜って調査はしている筈だろ?魚が通るほどの穴は開いてなかったし、生息してるのも肺魚だけの筈。」

 

「岩山の主様のご加護が及ぶこの砂漠に今更な疑問であろう?きっと我らに新たな恵みを齎してくれたのに違いない、ありがたやありがたや。」

 

「小さくて食い応え無さそうだけどこの小魚大きくなるのかなぁ。」

 

迷宮核が地中に水路を伸ばしたおかげで、岩山オアシスと各オアシス村の水源が共有できるようになり、水資源の管理が大分容易になった。

今まで水の生成と岩山周辺のメンテナンスに魔力を使って大規模な改築が出来なかったが、砂漠の民の集落周辺の生物の増加と指向化された意志エネルギーの供給により魔力の収益が増え予備の魔力含めて余裕が生まれた。

 

久しぶりの大規模な地下設備の整備なので、魔力の大盤振る舞いをしたが、その甲斐もあって広範囲かつ頑丈な地下水路ネットワークが構築された。

地表に出ている小オアシスよりもそれに通じる地下水路の方が本体と言える程の規模を誇り、各オアシスを結ぶ水路を泳ぐ魚も主な居住地を地下水路に構えている個体が多く、時折日光浴の為に各村の泉に現れる程度であった。

なお、迷宮核の計らいにより、地下水路内は魔力を通すと発光する水晶が等間隔で設置され完全な闇に包まれている訳でもない。

 

「見てみてお父さん!シマシマのお魚釣れたよー!」

 

「うぉ?なんだこりゃ!こんな魚見た事も無いぞ!?」

 

「あなた、あっちの方でも紐みたいに細長い魚が釣れたって騒いでるわよ。」

 

「はぇぇ、結構大きな魚だな、何時も見かける肺魚とは全く違う。」

 

「おう、兄貴、その子が釣った魚は大河の魚だぜ?あっちの細い奴も多分そうだろう。」

 

「あ!おじさん!」

 

「大河って、あの大河の事か?何でそんな遠くに居る魚がこんな所で釣れるんだ?」

 

「俺に聞かれても困るが坊主が釣った魚は食える魚だぞ?交易先で何度か食ったことがあるが、塩とこの香辛料を刷り込んで焼いた奴がまた絶品なんだわ。」

 

「それってそこら辺に生えている草の種じゃないか?」

 

「向こうではこの種が重宝されているらしいんだ、騙されたと思って後で刷り込んで焼いて見なよ。」

 

「はいはい、それじゃあなた、弟さんが教えてくれた料理を作ってみましょうよ。」

 

「ぼくも食べる食べるー!」

 

地下水路を繋げてすぐに各集落の泉に大河の魚が現れた訳では無いが、世代交代の速い種類の魚や水草は、少しずつ少しずつその個体数を増やして行き、気が付けば岩山オアシス周辺の水源は大河に近い生態系に変化しつつあった。

 

(ふぅ、結構広く作ったつもりだけど、やっぱり捕食者から身を隠すのに都合が良いからあまり地下水路から魚が出てこないなぁ。)

 

(運んだ卵の中に魚食性の大型魚が混じっていて、草食魚の個体数が増えすぎるのを防止しているな、実験場では沼鮫に捕食されていたけど、何だかんだ上手く回っているみたいだ。)

 

(ん~、運搬に失敗して死滅してしまった生物も結構いるから完ぺきでは無いけれど、また余裕が出来たら大河から生き物を運び込んでみても良いかな?)

 

(とは言え、何かと資源も気力も消耗する作業だから短期間に何度もやりたい作業じゃないけど、今回の変化は中々良いものだったと思うな。)

 

(念のために大型貯水槽と地下水路は別々にしてあるけど、有事の際は地下水路に水を流したり、逆に貯水槽に水をろ過して貯水したりできるように後で修正しておこう。)

 

(岩山オアシスの巨大湖も地層を利用したろ過を行って貯水槽に水を流しているから、構造自体は簡単だし、こし取った有機物は固めた後に砂漠に捨てておけば砂漠の生き物の餌になるから無駄にもならない。)

 

(岩山オアシス周辺は緑に覆われているから一見干ばつを克服しているように見えるかもしれない、でもこの大地に感覚を溶け込ませているから理解できてしまう、本当にこの周辺にしか生命が生きていける環境が無いと言う事を。)

 

(件数は大幅に減少したとはいえ、未だに岩山オアシスの村を襲撃してくる盗賊たちの集落も水源が今にも干乾びそうになっているんだ。)

 

(私が手を加えていない、天然の水源がどれだけ持ちこたえられるのか、それによって砂漠の生態系の今後が決まってしまうような、そんな気がする。)

 

(私の領域に全ての種類の砂漠の生物が生息している訳ではないんだ、私も知らない希少な動植物が、今この瞬間にこの世界から消え去ろうとしている、それはとても悲しい事で恐ろしい事でもある。)

 

(地下が水脈で結ばれていなくてもいい、だからせめて私の分身体を使って水を供給出来れば・・・・あるいは。)

 

迷宮核は自分が支配する領域が広大な砂漠のほんの一部分にすぎない事を自覚し歯がゆく思いつつも、支配領域の拡張や動植物の保護を行い、干ばつで荒れる大地を生命の息吹で押し返すのであった。

 

岩山オアシスの魔術研究所にて・・・。

 

「ふぅ、このガラス器具は小さなものの細部も見ることが出来て便利ね。」

 

「手持ち眼鏡と言うものらしいですよ?ラーレさん。」

 

「大河の職人も腕が良いみたいね、お陰で研究が進むわ。」

 

「そう言えば動物専門の方々がやっと例の魚を調べ上げたみたいね、やっぱり大河に生息する魚だったみたい。」

 

「えぇそうね、やっぱりね。」

 

「ラーレさん見つけた当日に水草の正体を判明させましたからね、ちょっと下着で水に飛び込んだのは頂けないけど。」

 

「彼方も同罪よ、魚手づかみで取ったぞーと叫んでたし、流石に生きた魚を掴む程ではないわ。」

 

「傍から見たら似たようなものですよ、それよりも大河の水草は何かに利用できるのかしら?」

 

「青臭くて食用には向かない上に、繊維質でもないから使い道は特に無いわね。」

 

「えぇ?でも岩山の主様がきっとこれらを・・・・。」

 

「いえ、意味はあるわ。」

 

「と言いますと?」

 

「先ず、私達の味覚には合わない水草であるけど、水モロコシの葉に比べて草食魚を誘引する性質があって、水モロコシの代わりに食べられる事で結果的に食害を抑えてくれるわ。」

 

「ほほーーっ?」

 

「加えて、日光を浴びれば短時間で再生する上に水の濁りをこし取り、水を浄化してくれるわ、あと魚や貝類の産卵場所にも好まれるわね。」

 

「そう言えば、赤い虫が水草にくっついてました。」

 

「あまり詳しくないけど海老という虫らしいわね、それは専門外だから置いといて、直接私達の役に立つ水草では無いけど、水に住む生き物たちにはとても重要な水草と言う事ね。」

 

「まさか岩山の主様はそれを知っていて・・・・。」

 

「恥ずかしい話だけれども祈り手の私達でも神の御心は完全には理解できないわ、でもその行動から意図を読み取ることが出来る訳よ。」

 

「思えば岩山の主様は私達だけでなく、危険な魔物として知られる砂鮫や巨大蠍の住処も作っているように思えます。」

 

「救済の対象は私達人間だけじゃないみたいね、でも、砂漠の摂理に従おうとしていた同胞を砂漠の神の使者様が救ってくれた話も聞くわね。」

 

「砂漠の民だから守ってくださるのかしら?それとも人間なら誰でも?」

 

「盗賊たちの襲撃から守ってくれたこともあるし、岩山の主様は砂漠の民と敵対した相手には容赦しないから、誰でも助けてくれるという訳ではなさそうね。」

 

「うーん、難しいですねぇ、まぁ私にできることは岩山の主様に見限られないように努力するくらいじゃないかな?」

 

「あまり人に迷惑かけない方向で努力してね、私も気を付けるけど。」

 

「むっ、ラーレさんだって植物が絡む案件で正気を失うから心配ですよ。」

 

「そこを突かれたら弱いけど、まぁ善処するわ。」

 

 

以前にも増して生命の輝きを強める岩山オアシス周辺は、かつてそこが草原だった頃の大地の記憶を呼び覚まし、箱庭世界に近いながらもその営みを再開させていた。

戦乱の災禍が及ばぬ砂漠外れの小さな岩山を中心として・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

横縞魚

 

赤みがかった茶色い鱗と黒い横縞の模様の魚。

大河に広く分布し、水生昆虫や藻類や水草を食べる雑食性。

運動力があり大河の水流に逆らって泳ぐ力を持ち、臆病な性質の為か肉食魚の接近を察知し目にも止まらぬ速度でその場から離脱する。

しかし、仲間が近くに沢山居ると大雑把になり、警戒心が薄れる傾向があり肉食魚の襲撃があっても仲間に犠牲が出てから逃げるようになる。

食用可能でホクホクとした白身と魚肉特有の油の甘さで、大河の国々で広く食されている。

 

 

綱魚

 

細長い蛇の様な魚で、水生昆虫や糸ミミズなどを捕食する肉食性。

大河に広く分布し、自身よりも大きな肉食魚から逃れるために細長い体を活かして、岩の隙間などに器用に体をねじ込み避難する。

遊泳力も低くはなく、沼鮫などに襲われても振り切ることが出来、小ぶりながら鋭い牙で捕食者に反撃する事も珍しくはない。

食用可能で、小骨が多く油分が多いため多少調理に手間がかかるが、栄養豊富で骨ごとすり潰して肉団子にする地域もある。

寄生虫がついている場合もあるので、じっくり加熱してから食べる方が安全である。


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