まだ本調子では無いですが、少しずつ態勢を立て直して行きたいと思います。(不眠症も併発しているのできついですけど。
迷宮核の分身体たる従属核によって水脈が繋げられて大河の一部となった行商路は、それまで荒れ地だった岩場が緑に覆われ、小舟が行き来し、野生動物が水を飲みに訪れるようになっていた。
中には、流浪の民が住み着き、川に沿って掘っ立て小屋が点在している場所もある。
「こんな所に大河の分流があるとはな。」
「此処には戦禍が及ばない、故郷の村は焼かれちまったし帰る場所も無い。」
「しかし、ここら辺は砂漠に近い筈だったが、道を間違えたのだろうか?」
「まぁ、水が確保できて静かな所ならどうでもいいけどな。」
水気を帯びた地面は元が荒れ地だったため、そこまで農地に適した土壌では無かったが、ごく最近降った雨の影響で上流から肥えた泥が流されてきた事で、不足していた栄養素が荒れ地に届き、根粒菌と共生関係の植物等の土壌を整える植物の種子も流されてきた。そしてその肥えた土を回収して肥料に使う流民も居るので泥に紛れた植物の種子が広範囲に拡散されていった。
「桶に川の泥なんか汲んで何しているんだ?」
「うん?思ったよりも土が荒れていて農作には向かない土地みたいなんだよ、流れてきた泥を使えば幾らか土が良くなるんだ。」
「そんなもんか?確かに川が流れている割に地面がひび割れているが・・・・。」
「何で作物が育つのかは分からんが、村のじい様達が川が氾濫した時によく流れて来た泥を集めて畑にまいていたんだ。」
「ほう?」
「どの道、早く種を植えないと持ち出した保存食を使い切っちまう、穀物より先に育つのは野菜だから当面はそれで食い繋がないとな。」
「む?何か来るぞ!?」
「やばい、国境警備隊だ!隠れろ!」
「いや、手遅れの様だな、囲まれちまった。」
一応その国の領土に組み込まれている地域は、その国の物なので流民が集まり規模が大きくなってきたところには役人が訪れて徴収が行われる事もあるが、幸いにも水没した行商路沿いの国々は、彼らの食い扶持を奪い尽くす程の徴収は行わなかった。
彼らは緑の帯の集落同様現地の集落が行商人の休憩場所として使われる事を知っているので、その経験からむしろ自分たちの陣営に組み込むように誘導したのだ。
「本当にここに住んでいて良いのか?」
「ああ、今はウラーミアとの戦争でお前らに構う程暇ではないのでな、運が良かったな。」
「俺たちはその戦争で村を焼かれたんだ、取り立てられたら野垂れ死ぬしかない。」
「最初の1年は徴税を免除してやる、それに此処は元々交易路として使われていた場所だ、我が国の行商人を休ませてくれるならば多少は優遇してやる。」
「分かった、もうこれ以上戦争を理由に奪われるのは真っ平ごめんなんだ。」
「ああ、生きてやるとも。最初の1年を生き抜いて見せるぞ。」
そうして、緑の帯を通過する行商人が増えた事で、砂漠やそこに住まう民の情報が大河各国により多く届くようになるのであった。
「やはり、砂漠の植物は興味深いな。」
「そうか?どれもこれも似たような見た目で見分けがつかんのだが?」
「はぁ、全くこれだから素人は、棘の配列と形状、果肉や花の色、好んで生える場所、どれもこれも個性豊かじゃないか!」
「そんなもんか?」
「少なくとも砂漠の民は、サボテンを見分ける能力もあれば、それぞれの効能を知り尽くしていて日常生活には欠かせない身近な植物なんだよ。私も彼らから是非砂漠の植物の知識を教示して欲しいものだ。」
「そう興奮せんでも、なぁ・・・他に話題は無いのか?」
「ふむ、そうさな、それじゃぁ岩の怪物の話なんてどうだ?」
「岩の怪物?」
未知の領域である荒野の砂漠、その中でも、緑の帯付近で目撃される、動く石像の噂が広まっていた。
「緑の帯を通った旅人や行商人が目撃する事がある砂漠を歩く不思議な物体の噂だ。」
「不思議な物体?魔物か何かだろ?」
「実際にこの目で見た訳では無いが、見るからに生き物では無い岩の塊の様な物体が、のしのしと歩いているそうなんだ。」
「生き物では無い?魔物でも無いと言う事か?」
「あまりにも異様な姿をしているので、それを目撃した旅人や行商人は、そいつに近づこうとはしない、だが砂漠の民はむしろその動く岩の怪物を見つけるとひれ伏して祈りを捧げる様なんだ。」
「何だよそりゃ?それじゃ、そいつが砂漠の民の神様か何かって事なのか?」
「そうかもしれないが、まぁそれだけなら砂漠の民を奇異な目で見るだけだったんだが、ある行商人が巨大な虫に襲われている所、そいつが間に割って入って命拾いしたらしいんだ。」
「は・・・はぁ!?」
一見恐ろし気な外見をしているが、噂話の中では砂漠の魔物に襲撃されている所、その巨体をもって魔物を追い払い、行商人を救ったという信じ難い話もあるのだ。
「岩石の脚部から繰り出される強烈な蹴り上げで、蠍の怪物は吹き飛び、慌てた様に砂に潜って逃げていったという話なんだよ。」
「そりゃぁ流石に鵜呑みには出来ないぞ、虫に襲われた奴が面白おかしく脚色したんじゃないのか?」
「それだけじゃない、他にも水も食料も尽きて行き倒れかけた時に、岩の怪物がその背に行商人を乗せてオアシスの村まで運んだ話もある。」
「なに?何件も似たような話があるというのか?」
「前の休憩地点の旅宿で本人から聞いた話だから間違いない、それと、動く石像みたいな奴にはこんな紋章も刻まれていたんだとか。」
旅の学者が鞄から紙切れを取り出し机に置くと、それには六角形の石とそれを囲う柱の様な紋章が描かれていた。
「これが動く石像に描かれた紋章の写しだ。」
「!こいつは、見た事があるぞ?確か砂漠の民の連中が身に着けている服や道具にはこの意匠が施されていたな。」
「彼らが何年も行方を晦ませる前まではこの様な意匠を用いていなかったそうなんだ、不思議だろう?」
「つまり、その動く石像だか岩の化け物だかが紋章の元となっていると言う事か?」
「分からない、分からないが中々興味をそそるだろう?」
時には盗賊や魔物の襲撃から旅人を救い、遭難した者達を拠点まで運ぶ、その石像の様な物体は砂漠の民に崇められていて、彼らの紋章と同じものが刻まれている。
それらの要素が組み合わさり、砂漠の民の注目は集まって行く。
「こ、こらぁ!砂漠の神の使者様になんて事を!」
「きゃっきゃっ!たかーい!使者さますべすべごつごつー!あはははは!」
「上に乗っちゃ駄目だってば!言う事聞きなさぁぁいっ!!」
「わーにげろー!!」
「し、使者様が困惑している・・・・。」
砂漠の民の子供は無邪気にも動く石像に乗っかったり手で叩く遊びをする事もあるが、動く石像を神の使者として崇めている大人たちは顔を真っ青にして叱りつける。
動く石像は、子供の悪戯も特に気にする事も無く、むしろ子供たちを見守るような振る舞いをする事もあるのだ。
「近くで見ると、大きいもんだな。」
「砂漠の民の子供たちが群がっても暴れる様子も無しか・・・・。」
「しかし、本当にこの目で見ても信じられない光景だな、石像が動くなんて。」
動く石像は人に危害を加えないばかりか、砂漠の民の直接的な接触にも対応しており、それを見ていた砂漠の外の国の旅人や行商人も恐る恐る好奇心の向くまま動く石像に接触する者も現れ始めたのである。
「それじゃぁ、俺も神様のご利益にあやかろうかねぇ。」
「おっ、おいっ!!」
「あー、えっとだ、行き倒れた従兄弟を助けていただいた事、まことに感謝しております。今後も安全に砂漠を横断できますように。」
行商人が動く石像に頭を下げると、頭部らしき部位をそちらに向けて、青白く発光する多眼が流れるように明滅する。
「だ、大丈夫だろうな?」
「いや、一応親戚の恩人?だし?」
「む?」
動く石像を支える4つ脚の内、前足と思われる片足部分を持ち上げて左右に揺らすと、反転して砂漠の方へと歩いて行った。
「ど、どうも?」
「案外やってみるもんだなぁ・・・。」
品物を運ぶために各地を転々とする行商人は同時に情報も各地に運ぶが、宿場町や開拓民の家を借りて一晩過ごす事もあり、その際に世間話の序に情報を交換する事もある。
「・・・・・なんて事があってなぁ。」
「ははは、作り話にしちゃ面白い!つまみでも食うか?」
「いや、本当の事なんだが・・・。」
「え?もしかしてお前さんもあの動く石像の世話になったのか?」
少し離れた席で果実酒を飲んでいた開拓民と思われる男が反応する。
「お前さんも?と言う事はお宅も例の石像に出会ったのか?」
「出会ったも何も、足を滑らせて川に流されかけた時に、例の石像が川に飛び込んできて助けてくれたんだよ。」
「何だって?あの石像、こんな所にも現れるのか!?」
「な、なんだよ。もしかして本当にそんな化け物がうろついているってのか?おっかないのやら有難いのやら。」
なんと驚く事に、復活した大河の分流に住居を構える開拓民も例の動く石像に助けられていたのだ。
「あー、そうそう、そんな感じの紋章が刻まれていたよ。」
「やはり砂漠の民と同じ意匠の紋章か。」
「砂漠の民の反応からして、砂漠の民が魔術で生み出した石像って訳でも無さそうだからなぁ、一体奴は何者なのかね?」
砂漠の民の行商キャラバン隊が通過する事も有り、動く石像に刻まれた紋章と同じ意匠ものを衣服や背嚢などに施しているので、遠方の情報に疎い開拓民にも動く石像と砂漠の民のつながりが知られるようになった。
「砂漠の民と言えば、ホトリア王国が連中と交流を持つようになっているって話だよな?」
「交流と言うか、砂漠の国として認定して、正式に国交を結んだという話らしい。」
「はぁ!?だって、砂漠に点在しているだけで人種も違う、それぞれ独立した集落の集まりが砂漠の民じゃなかったのか?」
「俺もあまり詳しくはないんだが、姿を晦ませた十数年の間に、本拠地となる大きなオアシスを発見したらしく、そこに小さな村同士が集まって暮らしているらしいんだ。」
「信じられん、隣の村となると互いが略奪の対象になる過酷な地だというのに。」
「今もそう言う危険な集落があるらしいから、迂闊に砂漠に近づくのは危険だぞ?ちゃんと砂漠の民の案内が無いと命が幾つあっても足りん。」
「それで、国と言うからにはそれなりの規模はあるんだろうな?水溜まりみたいな小さな池を囲んで暮らしている様じゃホトリア王国も気がふれたとしか思えんぞ。」
「実際にホトリア王国でも砂漠の民の本拠地に直接足を踏み入れたのはごく少数に限るらしい、その少数の中にあの国の第一王子が含まれるという噂だ。」
「ホトリア王国の第一王子って、まだ子供じゃないか?益々信じられん話だな。」
「だが、まぁ昔は兎も角今は、町と呼べる規模には発展して来ているらしい、少なくともそれだけの人口を支えるだけの水量はある様だな。」
「ホトリア王国と言えば、王城広場の噴水だ、あれも砂漠の民が関係しているものらしい。」
「そう言えば、確かに例の紋章と似たような意匠をしているな?」
「馬鹿、似たようなではなく、全く同じ意匠だ。」
「えぇ?あれがそうだったのか?」
そして、その動く石像に刻まれている紋章と同じものが、ごく最近地母神が降臨したというホトリア王国の祭壇に刻まれていた。
当然ながら、大河ほとりの国周辺で起きている奇跡の様な現象の件もあり、砂漠の民とホトリア王国両方に注目が集まるのであった。
「正直、ホトリア王国が大河から水を引いて独り占めしていると思っていたんだがなぁ。」
「それにしたってあんな勢いで水が噴き出す事も無いだろう?」
「魔石らしきものがはめ込まれているから見栄を重視して水の魔石を利用した仕掛けでも作ったんだと思ってたけど、やっぱ違うのか?」
「あの噴水は地母神様を祀る祭壇でもあるらしいぞ?」
「でも地母神教にあんな意匠の紋章なんて無かったと思うんだが、それでもあの噴水は異様なんだよなぁ。」
「というかだ、そもそも前見た時よりもあの魔石みたいな奴大きくなっていないか?」
「魔石じゃなくて砂漠の神が齎した神の秘石と聞いたぞ?」
「それじゃ、つまり・・・・その・・・。」
鈍い者や疎い者でも流石に違和感を持った。
干ばつの最前線で全滅したと思われる砂漠の民が健在だった事、ある時を機にホトリア王国より下流の大河の水量が増えた事、そして乾燥地帯の中で生活をしている筈の砂漠の民が水の魔石を所持している事、枯れていた筈の大河跡地が復活し再び本流と接続した事、それら全てが水に絡んでいる事であった。
「砂漠の民が砂漠の奥で町を構えられる程の水源を発見したという話と、此度の大河の水量増加、無関係という話でも無さそうだな。」
「砂漠の神の齎した神の秘石・・・・そして神の使者と呼ばれる動く石像。」
「つまり砂漠の民が崇めているものって、もしかして、本当に?」
もしかしたら本当に砂漠の神が存在するのか?そして、ホトリア王国に突如出現した祭壇の秘石が地母神の力を宿す何かしらの神器で、砂漠の神とホトリア王国の神が同一のモノだとしたら・・・・。
「俺は別にそれほど信心深い訳では無いが、一地母神信徒として砂漠の神とやらに興味があるな。」
「レイカポンダの水霊教みたいなもんじゃないのか?ほら、水の魔石だって殆どあの国で採掘されてるし。」
「砂漠なんて蜥蜴連中が絶対寄り付かない場所だし、連中が砂漠の民と誼を結んでいるとは考えにくいな。」
「そもそも、水霊教の紋章は全く別の意匠だから別物だろう。」
「水と言う共通点はあるんだけどなぁ。」
現在、ウラーミア王国との戦争で忙殺されている大河の国々であるが、その最中でも砂漠の民の本拠地の噂は広がっていた。
「ホトリア王国にある御神体が地母神様の一部だとすると本体は砂漠の民の故郷に?」
「もしかしたら我が国は、ホトリア王国に出し抜かれたのかもしれん。」
「くそ、ウラーミアとの戦争が無ければ今頃はっ!!!」
抜け駆け的に砂漠の民と接触したホトリア王国の後に続く様に、他の大河各国も私人・公人問わず砂漠の民の本拠地の捜索する者が現れ始めるのであった。
(緑の帯の交易路も大分交通量が増えてきたな。)
(盗賊も魔物もそれに釣られて集まってきたし、見回りはしっかりとしておかないとね。)
(もうあの時みたいに村が盗賊や軍に攻め滅ぼされるなんて真っ平ごめんだよ、人を狙って襲い掛かる者達は人が良く通る場所に集まって来るんだ。)
(まぁ、こちらの姿を良く目撃される事も多くなってきたからか、子供達にはおもちゃにされるわ、行商人さんには挨拶されるわで、威厳も何もないんだけどね。)
(うんでも、それで良いと思う。砂漠の民と大河の民と程よく交流をもって、お互いに手を取り合って行けばきっと明るい未来が待っている筈。)
(そう、きっと・・・・。)
自身の存在が砂漠の民だけでなく、大河の国々にも無視する事の出来ない物となりつつある事に気付く事も無く、迷宮核はこの地に生きる全ての者達に祈りをささげるのであった。