霊晶石物語   作:蟹アンテナ

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砂漠の巨大湖

砂漠の端に浮かぶ岩山オアシスは、枯れたオアシスから避難してきた難民が集まり、文化的な繋がりが乏しいながら、皆が互いに協力し合い本格的な集落と化していた。

 

人が集まる事で、人間の体から放出される余剰エネルギーの量が増え、それを迷宮核が吸収し、それを元に水を生成する。

 

人と迷宮核の奇妙な共生関係は、迷宮核の支配領域を激変させ、岩山オアシス付近に限るが砂漠原産の植物や砂漠の民が砂漠の外から持ち込んだ植物の種子が芽吹き、茂みを作るほどに大繁殖をしていた。

 

迷宮核の計らいによって危険な肉食動物は、集落から比較的離れた位置に誘導され、そこを繁殖地に選んだ砂漠の生物たちは、大干ばつで数を減らした個体数を再び増やし始めていた。

余談であるが、既に肉食生物の繁殖地は砂漠の民に発見されており、一人前の砂鮫狩りになれるかの腕試しの場所として利用されている。

 

「最近村に外の人が良く来るなぁ・・・。」

 

「水の魔石が届く比較的近い村は、何とか維持できているが、井戸水が枯渇してしまった村の連中は、最後の希望として噂の岩山へと向かうんだとか。」

 

「移民目的で来るなら別にいいが、盗賊は勘弁してほしいものだな。」

 

「せっかく水の魔石を送ったのに、盗賊と化していて荷物を全部奪われた給水キャラバンも居るんだってな。」

 

「全く、大干ばつで追い詰められているのは分かるが、何故全て自分の物にしたがるかねぇ・・・困っているなら支援物資を送るのに刃で応えるとは・・・。」

 

「奪い合いを続けるうちに疑心暗鬼になり、他人を信じることが出来なくなってしまったんだろう。ここも何回かならず者どもに襲撃を受けている。」

 

「内側から崩そうと密偵を送ってきた事もあったが、莫大な水源と待遇からあっさりこちら側に寝返ってくれた。幸いにも襲撃を予測して撃退できたが、警戒せねばならんな。」

 

「この地に避難してきて、それなりに長く住んでいるが、本当に人口が増えたよ。ここで生まれた子供たちも居る。」

 

「我が子らをならず者や砂漠の魔獣から守るのも我々大人たちの役目であるな、そして我らの守護者である岩山の主様を汚さぬようにしなければ・・・。」

 

「岩山の主様と言えば、最近また草木が増えてきたな?食用サボテンが沢山手に入るのは有難い。」

 

「サボテンの中には毒を持つものも存在する。食あたりが増えたのは悩みどころであるが、それでもこれ程生命に満ち溢れた砂漠は生まれて初めて見たよ。」

 

岩山のオアシス周辺は、迷宮核が土地を弄り保水性の高い成分の粒子が砂と混ぜられており、地下に伸びた散水管によって常に湿り気を帯びているので草木が根付き、地中の微生物も増え、枯れた植物や動物の死骸が分解されることにより土が出来始めていた。

 

本来砂漠は殆ど微生物が存在しないのだが、迷宮核の地質操作や砂漠の民や砂漠の動植物によって外部から微生物が持ち込まれ、新たな生態系が作られていたのであった。

 

「さて、野草狩りもこれくらいにして切り上げるか、坊主が腹を空かせている。」

 

「ははは、カミさんにももっと食わせてやりなよ!二人目が腹の中に居るんだろう?」

 

「本当は肉を食わせてやりたいんだが、今は禁漁期だからなぁ・・・砂鮫を狩りつくしてしまったら今後砂鮫肉が手に入らなくなってしまうから我慢か・・・。」

 

「肺魚も供給が全然追いついていないし、やはり洞窟の地底湖や村の泉だけじゃ広さ的に限界か・・・。」

 

「大干ばつの前なら、干乾びた湖の底を掘れば簡単に捕獲できたが、今は乾燥しすぎて卵や繭も全滅、恐らくこのオアシス以外には殆ど生き残りはいないだろうな。」

 

「草食性の肺魚の食べる藻類も、洞窟の光る水晶に依存しているからそれほど増えないし、やはり頭打ちになるな・・・。」

 

「はぁ、せめて村の泉がもう少し大きければ・・・・ん?なんだこの揺れは・・・。」

 

突如岩山オアシス全体が地響きに襲われた。

音は次第に大きくなり、岩山の側面に亀裂が走り、大量の水が鉄砲水の様に噴出し、あっという間に大きな湖を作り出した。

そこは砂地だった筈なのに、いつの間にか岩地に変化しており、水を逃さない構造になっていた。

鉄砲水は次第に勢いを失って行き、小さな滝程度まで収まった、

 

「こ・・これは一体!?」

 

「これが岩山の主様の奇跡なのか!?」

 

岩山の側面に穿たれた穴は、洞窟の地底湖と繋がっていたのか、鉄砲水に紛れて肺魚が流されてくることもあった。

運悪く岩に叩きつけられて絶命する肺魚も居たが、運よく生き延びた肺魚は、水没したサボテンを藻類の代わりに齧り取り当面の食糧を確保していた。

 

(岩山オアシスの人口も増えて魔力供給に余裕が出たおかげで、計画を思ったよりも早く実行できた。)

 

(既に集落の水源として使われている泉を拡大すると、天幕を巻き込んだり村人を溺れさせてしまう危険性があるから、村の外側に湖を作ってみたが、思ったよりも上手くいったな。)

 

(水深は地底湖よりもやや浅めだが、面積は桁違いだ。ありったけの魔力を込めたから当分は干乾びる事は無いだろう。)

 

(さて、洞窟や村の泉で育てていた水モロコシなる作物に適した条件の土地になった訳だが、どうなるか・・・。)

 

水モロコシ・・・レンコンの様な植生だが、水中にトウモロコシの様な根塊を作り、生のままだとシャリシャリとしたデンプン質の食感だが、火を通すと本物のトウモロコシのように甘くジューシーになり、様々な料理の材料となる。

 

本来なら砂漠の外の世界・・・大河の国原産の植物であるが、砂漠各地のオアシスの村が健在の頃に持ち込まれ栽培されていたので、意外と砂漠の民にとってポピュラーな食材でもあった。

種子はある程度乾燥しても発芽できる強さを持っているのだが、たくさんの太陽光を浴びる必要があるため、地底湖の光る水晶程度の光源では不足していた。

辛うじて小ぶりのトウモロコシ程度まで成長する水モロコシが少数存在しただけで、ほとんどはベビーコーン状態である。

 

村の外の泉でのみ、まともなサイズの水モロコシが少数栽培されていたので、迷宮核はその事実に頭?を悩ませた。

思えば当然である、肺魚にせよ水モロコシにせよ本来光源の乏しい地底湖に適した生物ではないのである。

 

砂漠の民の受け入れ準備の地形操作や、それによる魔力不足でかつかつになっていたとしても、洞窟の外の地形操作に若干コスト増しの魔力消費で小さな泉しか用意できなかったとしても、もう少し工夫すれば村の食糧事情を今よりも良い状態に出来たかもしれないと迷宮核は若干後悔していた。

 

(だがそれも今日で終わる。)

 

迷宮核は鉄砲水にBB弾サイズまで小さく分けた己の分身を紛れ込ませており、それを中継装置に洞窟の外の地形操作をより簡単に低コストに行えるようにしたのである。

 

水流の勢いを借りて、湖の広範囲に散った極小迷宮核は、細かい地質の修正を行い、水漏れが無いか神経の様なものを伸ばして確認し、湖の安定化を図っていた。

 

(砂鮫が湖に侵入しない様に、登ってこれない程度に岩の段差をつけてやったが、砂蛇や岩トカゲなら突破されるだろうな・・・一部毒を持っている動物も居るから人間と無駄な争いをしてほしくないのだが・・・。)

 

(しかし、流石は肺魚の近縁種・・・まさか水中でもある程度活動できるとはな、恐るべし砂鮫!)

 

 

砂鮫は地底湖に生息する肺魚と祖を同じくとする近縁種であり、魚類として非常に大型で肉食で砂を泳ぐ能力を持ち、彼らの繁殖地は砂漠の民に見つからなかったオアシスである。

泥水の中で卵は孵化して、砂地を泳ぐ前に泥を泳いで砂の中を泳ぐ練習をして遊泳に慣れると、そのまま新天地へと旅立って行くのだ。

とは言え、大規模な水源に辿り着く事が出来た幸運な個体は数年ほどで水中に適応した形態へと移行するので水が大量にあるのならば態々選り好みして乾燥地帯で暮らそうとは彼らも思わないようだ。

 

大河の国に棲み着いた砂鮫は、現地で人食い魚として恐れられ、駆除の対象になるが形態変化によって姿が大きく異なるので、砂鮫と同一種と欠片も思っていないようであった。

 

何故迷宮核がそのような知識を持っているのか?それは単純である。

村に持ち込まれて屠殺された砂鮫の記憶を取り込んだからである。

 

(彼らには悪いが、村のすぐ傍で人食い魚の繁殖場を作る訳には行かないのだ。肺魚を食い荒らされても困るしね。)

 

(村中が大騒ぎだな、計画通りとは言え、こちらも大きく動いた。暫くは自粛しておくか・・・どの道、魔力消費と湖の維持で当分は活動も抑えめになるな。)

 

この日、岩山オアシスの村に新たに出現した大規模な水源に、村人は驚き、新たな水モロコシの栽培候補地が増えたことに歓喜し、ますます岩山の主の信仰を深めていった。

 

太陽光線を浴びて育った水モロコシの葉は水面を覆わんばかりに広がり、大きな根塊を沢山つけ、時々肺魚に食害されてしまうものの豊作であり、砂漠の民の食生活を大きく改善する事になった。

 

栄養不足で乳が出ずに赤ん坊を飢えさせてしまう難民は減り、乳幼児の生存率も高まり、砂漠のオアシスの人口増加は飛躍的に加速する事になった。

 

砂漠の外の国々と交易するための中継拠点である砂漠に点在する集落群は大干ばつで殆ど滅ぶか、岩山オアシスに村人ごと避難してしまっているので、交易はほとんど行われていなかった。ほんの極僅かな砂漠の民が水の魔石を使って強引に砂漠を突破し、砂漠の外の国に認識されない程度に物資を調達するくらいである。

 

いつしか、砂漠の集落はすでに絶滅し、いよいよもって人が生きて行けない死の大地へと化してしまったと、砂漠の外の国々は考えるようになっていた。

 

それ故に、大干ばつの影響で大河の水量が減ったことによって危機感を覚えた国々は、自国内の問題解決に意識を向けていたため、岩山のオアシスの存在についぞ気づく国は存在していなかったのである・・・・。その時点では。

 

(私の分身を幾つか砂漠の各地に調査に向かわせているが、岩山に避難してきた村人の故郷も見て回るべきか・・・まだ辛うじて水が残っていれば良いが・・・。)

 

迷宮核は、村人たちの故郷の復興の可能性を諦めきれていなかったのである。

分身体とは言え、小さな集落丸ごとくらいは地形操作可能な力を秘めているのだ、まだ村跡地の土地が生きているのならば、灌漑する事で息を吹き返すかもしれない。そんな思いと共に・・・。

 

迷宮核の分身体・・・小型迷宮核・・・いや従属核は、石の外殻に履帯を取り付け砂地に独特の跡を付けながら廃村へと向かうのであった。


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