霊晶石物語   作:蟹アンテナ

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簡易型仮設オアシス

迷宮核によって岩山オアシスを中心として放射状に延ばされた地下水路。

そこを通じて各地に迷宮核の分身体たる従属核がコンテナに大量の種子や卵などの生態資料を運搬していた。

 

最寄りのオアシスの泉から地表に出ると、潜水艇形態から履帯形態に変形し、砂漠の民が決して寄り付こうともしない砂漠のはずれに向かう。

 

(少しずつ私の影響圏を広げているが、もう少し低コストで行えないか実験する必要があるな、今回の試みが上手く行けば良いが)

 

独特な跡をつけながら生物の気配がほとんどしない方向へ突き進み、迷宮核の支配領域から完全に外れた場所で履帯フレームを停車させる。

 

(こちらは死の海とは違う方向だけど、干からびたサボテンや砂鮫の骨が転がるだけで生きている動植物の気配がほとんど感じられないな)

 

(まばらに生えているサボテンも随分と小玉だし、あまりこの周辺は保水力がない土地みたいだな)

 

迷宮核の支配領域から外れた途端に大砂漠の殆どはこの様な光景が広がっている。

帰還ラインを大幅に超えた長距離探索も過去に何度か行っているが、砲弾のように射出して上空から観測しても不毛の大地が広がるだけであった。

探索のために射出された従属核フレームが魔力切れで立ち往生した際に救出部隊が派遣され、何とか分身体を回収できたが、それ以降は補給線が途切れないように地道に支配領域を拡張する方向に舵を切ることになる。

 

(ここから最寄りのオアシスでも私の支配領域の最果てで、水源を維持している分身体の気配もごく僅かにしか感知できない、ここよりも先で展開するべきではないな)

 

(よし、それじゃぁここで展開するか、作業を開始しよう!)

 

履帯型フレームを中心として円を描くように光が広がり、砂地が脈動し陶器のような質感へと変化して行き、巨大な椀の様な形状の窪地が出来上がった。

 

(地の魔石を使い切ったけど、それなりの広さを確保できたかな?よし、後は水の魔石を開放して泉を作ろう!こっちの方が重要な作業だから細心の注意を払わないとね)

 

ごぼごぼと音を立てて履帯フレームの各所から大量の水が噴き出し、瞬く間に陶器の椀を満たすように水位が上がり、ついには履帯フレームがすっかりと水没してしまった。

 

(よし、コンテナを開いて水流で種子と卵を攪拌しよう!)

 

履帯フレームのコンテナを開くと緑がかった泥水が零れ落ち、透明だった泉を濁らせる。

少し遅れて水面に気泡組織をもった浮草が顔を出し、履帯フレームを中心として発生した渦によって泉の広範囲に散らばっていった。

 

(本当は水質を慣らす必要があるんだけど、環境の変化に強い種類の動植物を選んだから大丈夫でしょ、多分)

 

(さてと、目印は道中で引いてきたから、ここらへんで帰還するか、水の魔石を残しておいたから分身体を置く必要もなさそうだし)

 

残存魔力の関係上、これ以上の土地改良は出来ないので後続の分身体に任せて独特な跡をつけながら地下水路がひかれたオアシスの村へと帰還していった。

 

……細い管を地下に設置しながら。

 

後日、同じように大量の生物試料を運搬する潜水艇型フレームが水路を突き進むが、壁に突き出た細い管に寄せ付けるように停泊すると、水流を生み出して内部の生態資料や従属核本体を水流で押し出して、細い管を通ってゆく。

そして、先日作成したオアシスから泥水と共に従属核が射出され、周囲の砂や泥をかき集めて外殻を形成する。

 

(ふぅ、やはり浮力が働くからか水上輸送の方が魔力を消費しないな、生前の世界でも大量の物資を輸送するのは船舶が主力だったし、少しずつ水路を拡張してゆこう)

 

(ついでに、地下水路とバイパスを結んだお陰で水質の均一化も出来たし、早速海老や巻貝の卵も孵化し始めたし、地表の土地改良が終わったら魚が通れるくらいに管を広げておくか)

 

追加の水草の種子を含んだ泥水を攪拌すると、一緒に細い管を通ってきた陶器のカプセルをマニピュレーターでつかみ、泉から上がると、保水ポリマーを散布しながら陶器のカプセルの中に入れておいた種子を植えて泉の水を使ったスプリンクラーで散水をする。

 

(まぁ、まだ土地改良を始めたばかりだから寂しい光景だけど、ここから緑が広がってゆく光景を眺めるのも楽しみの一つなんだよね)

 

(さて、水の魔石は…よし、ちゃんと少しずつ溶けて水位を維持しているね!)

 

迷宮核は、岩山オアシスの魔術研究所の魔石研究を参考に魔力を操作し続ける事十数年、目的の用途に合わせた特殊な魔石を合成することに成功していた。

一度に大量の魔力を放出した結果、爆散してしまうなどの失敗を経て、点滴のようににじみ出るように水を放出しながら揮発する水魔石を作り出したり、時間経過で周辺の砂を凝固させて岩にする地の魔石を作り出したり、様々な研究成果を出していた。

 

(すべてのオアシスに私の分身体を設置するには、まだまだ力が足りない)

 

(代わりに、こうやって少しずつ魔力を消費しながら水を生み出す水の魔石をオアシスの中央部に設置しておけば、ある程度なら私が管理しなくても砂漠の環境に耐えるオアシスが作れるんだ)

 

(まぁ、とは言っても仮設オアシスっていう感じだけどね)

 

(取りあえずこれでひと段落と言ったところか、後は管を広げながら岩山オアシスに戻ろうかな)

 

砂漠のはずれの土地改良を終えた従属核フレームは水底に繋がれた管を広げながら地下水路へと帰っていった。

水の魔石から少しずつにじみ出る水によって、あっという間に水が干上がりそうな砂漠の熱波や風にオアシスは耐え、持ち込まれた海老や巻貝がオアシスの汚れを処理して行き、いつしか拡張された管を通り地下水路に生息する魚たちが住み着くようになっていった。

 

「はぁはぁ、くそ!完全に方向感覚を失ってしまった!」

 

砂嵐に遭い、迷い込んだ砂漠の民が砂漠のはずれへと進んでゆく。

 

「オアシスに向かっていた筈なのに、くそ!あの忌々しい砂鮫め!」

 

砂嵐で方向感覚を失ったところに砂鮫の襲撃に遭い、目印に埋め込まれた杭を見失い、足を踏み入れれば命がないとされる砂漠の果てへ向かってしまったのであった。

 

(傷は浅いな、だが食料は背嚢ごと奴に奪われてしまったし、進行方向がこれであっているのかもわからない。これで終わりなのか?)

 

「っ!砂嵐が晴れる?」

 

風が収まり、少しずつ砂嵐が晴れてゆく、先ほどの砂埃にまみれた世界が嘘のように満天の星空が広がっていた。

 

「…星の位置があそこにあって、今の時間帯がこうだから…まさか、嘘だろう!?死の砂漠に来てしまったというのか!?」

 

砂漠の民の男は愕然とする。

 

(目印となるようなものは、どこにもない、くそ!水と食料があれば別だが現状では村に戻る事さえ出来ない!)

 

「もう終わりだ!」

 

膝をつき、崩れ落ち拳を砂地にたたきつけ、自暴自棄に叫ぶ。

 

「………?」

 

ふと、地平線の向こうに一瞬水色の光が見えた気がした。

 

「………」

 

砂漠の民の男は、ふらりふらりとその方向へ誘われるように足を進める。

 

「ふぅふぅ、あれは…?」

 

「!!」

 

乳白色の世界にぽつりと浮かぶ違和感、まばらながら草やサボテンが生えており、その中央部には鈍く光る結晶体が鎮座する泉があった。

 

「お、おおぉ!砂漠の神に感謝します!」

 

砂漠の民の男は我を忘れたかのように走り出し、泉の手前で服を脱ぎ下着のまま泉に飛び込んだ。

 

「ぷぁ!幻ではない!本物の水だ!死の砂漠でこんなオアシスが存在するとは!」

 

ぱしゃり

 

泉に飛び込んだ男の横で小さな水しぶきが跳ね、長旅で体に張り付いた老廃物をつつきに小魚が集まってきたのだ。

 

「む、こそばゆいな。だが、魚がいるという事はどこかと水脈が繋がっているというのか?」

 

「まぁ良い、食料の調達のめどが立った。悪いが糧になってもらおう」

 

砂漠の民の男は陸地に放置した衣服から鞘付きの短剣を取り出して、素早い動作で数匹の小魚を串刺しにした。

そして、小型化した火おこしの魔道具で枯草に点火して小魚を焼き、簡単に調理して一息つく。

 

「そういえば、この雑草…茂り蔦と言ったか、最近大河で食用の研究がされていると言っていたな。」

 

土ではなく、泥状に固まった砂から直接生える草を適当にむしり取り、泉で軽く洗い口に運ぶ。

 

「ほぉ美味いじゃないか、サボテンとはまた違った食感だ」

 

十分な休息所と食事で疲れを癒した砂漠の民の男は、泉で洗った衣服を乾かしながら今後の予定を組む。

 

「泉があるとは言え、日陰となる遮蔽物がないオアシスだ、大体の方角はつかんだし、朝方に立つとしよう」

 

(俺は野垂れ死ぬ運命だったのかもしれない、それを救ってくれた砂漠の神に感謝の祈りを)

 

周辺に砂鮫や巨大蠍の気配がないか警戒しつつも、焚火の前で仮眠をとった。

 

そして、日が昇る前に死の砂漠に浮かぶオアシスを後にした男が、最果ての地にオアシスが存在するという情報を持ち帰り、後日調査隊が派遣されることになる。

調査隊が見たものは報告されたものよりも豊かな草木に覆われた、小さなオアシスであった。

 

「先客がいたのか?報告には防砂の小屋なんてなかった筈だが?」

 

死の海の果てに人が寄り付くとは思えないが、干しレンガで作られた小屋が泉の横に建てられており、その小屋の中には小さく砕かれていた水の魔石が陶器の箱に収められていた。

 

「ふむ、幾つか不自然なところがあるが、このオアシスには岩山の主の使者様はおらん様だな」

 

「中央部の結晶体もただの水の魔石の様だし、もしかしたら岩山の主様はここに新しくオアシスを作るための土台にでもするつもりだったのだろうか?」

 

「何にせよ、有難い話だ」

 

特に農地に向いた土地でもなく、最寄りのオアシスの村から離れすぎているので開拓こそされなかったが、目印の杭が打ち込まれて迷い人の避難所として使用される事となった。

 

水を求めるのは何も砂漠の民だけでなく、野生動物もそうなので、迷い人がこのオアシスで水浴び中の砂鮫と鉢合わせる事もあったが、互いに不干渉に刺激しないように距離を置けば争いになる事は少なく、概ね平和的に利用されている。

 

(筒で地下水路と繋いだから、微生物とかも共有出来たし、少しずつ環境も安定してきたな)

 

(思ったよりも早く砂漠の民に発見されたけど、同じく死の砂漠に迷い込んだ野生動物が水飲み場に使っているな)

 

(元から砂漠に生息する魔物も水が一切ないこの環境では生きてゆく事は出来ないのか、水深が浅すぎるからか砂鮫が住み着くことは無かったけど、仲間と情報を共有しているのか最近よくオアシスに現れるな)

 

(私の分身体を待機させない仮設オアシスとしてはまぁ成功の部類だろう)

 

(私がもう少し力をつけて行けばあちらにも私の影響圏を広げることができるかもしれないが、現状では砂漠化を岩山オアシスの領域まで押しとどめるのが限界だ)

 

(色々と反省点も洗い出せたし、今度はオアシスの周辺をちょっとした岩場で覆ってみるか、まずはオアシスを遠くからでも発見できるように目立つようにしておかないとね)

 

(例えばオアシスの中心部にちょっと高い柱を立てておくとか?ふふ、なんか楽しくなってきた!)

 

迷宮核の試行錯誤はこれからも続く、全ての生命を否定するかのように広がり続ける大干ばつに挑むために。

 

 

 

 

 

仮設オアシス

 

迷宮核が分身体を派遣して突貫工事で土台を形成した後に、土台を満たす水と過酷な環境でも耐えられる動植物を放ち、地下水路とパイプでつなぐことで水質を共有する簡易オアシスの一種。

分身体である従属核による濃密な土地改良によって永続的に農地に適した環境を作り出す従来の人工オアシスよりも簡易的で、低コストながら手を抜かずパイプで岩山オアシスから延びる大水源たる地下水路と接続することで比較的管理が楽であるのも特徴。

ただし、砂嵐で泉が濁ったときの手入れ不足やパイプ詰まりで地下水路との接続が途絶えるなど不備も確認されており、現在も改良が続けられている。

地下水路との接続が途絶えたとしても新技術で作られた特殊な水の魔石によって点滴の様に水が生成されるので泉が沸騰したり干上がることは無い。

迷宮核が力を蓄え新たな分身体を派遣するための土台として最低限機能すればよいと割り切って作成されるので、環境負荷に耐えられる強い生物しか定着していない。

しかし、砂漠外れの過酷な環境にある水源のためか人間だけでなく魔物などの野生動物も集まり、水分補給と休息に利用している。

野生動物とはいえ、岩山オアシス周辺の方が快適なことを本能的に理解しているのか、そこに永住する事無く岩山オアシス方面に戻る個体が多く、基本的に小動物やサボテンしか定着していない。

のちに日陰となる岩場に囲われたオアシスが設置され、蠍や砂ウサギなどの隙間に隠れられる小動物たちの憩いの場となる。

 

 




テンポを維持すれば書き方も忘れない、何事もこつこつです。
アリの巣観察をするイメージで土地開拓を脳内で進めればアイディアが湧いてきますね。

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