霊晶石物語   作:蟹アンテナ

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砂漠渡る大魚の思い

大地は乾き、死に絶えようとしていた。

ある日唐突に終わりを迎えたわけではない、少しずつ少しずつ天の恵みたる雨が降る回数が減ってゆき、次第に水源が失われ、砂漠に生きる生命たちの希望は砂粒となるまで砕かれようとしていた。

 

だが、転機が訪れた。

いつが始まりなのかは定かでないが、砂漠にぽつりと顔を出す岩山に二足歩行の動物が住み着き始め、それとほぼ同時期にその岩山周辺に湧水が発生し、砂漠を生きる生命に希望を与えた。

 

ある大魚の群れは、たまたま岩山周辺を回遊し岩山に生えるサボテンを求めて集まる小動物を狩る事で種を存続させていた。

特に二足歩行の動物の幼体は食べ応えがあり、サボテン目当てに無防備な姿を晒すことが多く、1匹でも仕留めれば数日は狩りを行わなくても済む獲物であった。

 

しかし、二足歩行の動物の群れは次第に巨大化して行き、うかつに手を出せば群れが壊滅するほどの被害を受けるほど強大になり、また仲間をやられた時の執着は凄まじくどの水源に逃げようとも追尾され、群れごと消滅する事もあった。

 

ある大魚の群れは、二足歩行の動物の群れに手を出すのを早い段階で切り上げ岩山周辺を歩くトカゲやラクダなどを狩り、群れを維持していたため二足歩行の動物からしつこく狙われることもなかった。

 

ある日、砂漠を歩く奇妙な物体を見かける。

それは岩石の様な外殻を持ち、生物と言うよりも岩そのものが意思を持って動いている様な動物から見ても違和感の塊の様な存在であった。

 

ある大魚は群れからはぐれ、たまたま遭遇したそれに空腹と好奇心から噛り付き、しつこく纏わりついた。

それなりに力を込めて嚙みついている筈なのに、むしろ此方の牙と顎の骨が砕けそうなほど硬く、何よりも外殻の内側にあるはずの筋繊維や体温などを全く感じることが無かった。文字通り、岩に噛みついている気分であった。

 

(もう、しつこいなぁ)

 

動く岩の塊は、突如下部から突起のようなものがせりだし、凄まじい圧力を感じるとともに大魚は牙を何本か失いながら吹っ飛ばされ砂地に叩きつけられた。

大魚はあまりの事に頭を混乱させた。

自分が一体何をされたのか、なぜ自分がいまずぶ濡れになっているのか、砂漠を泳いでいた筈なのになぜ泥水の中をもがいているのかを。

 

動く岩の塊は興味を失ったように大魚に追撃することもなくその場を去っていったが、大魚は今目の前に現れた大量の水を飲み干すことに夢中になり謎の生物の事をすっかり忘れて泥水の中をもがいた。

 

それからと言うもの、大魚は動く岩石を見かけるたびに噛り付き、水を浴びせられ群れを呼び込みその水を仲間と分け合った。

 

「あの生物に噛り付くと沢山の水が出てくる!」

 

言語らしきものは大魚たちには無かったが、概ね彼らに共有された認識はそれであった。

4つ足のもの、奇妙な回転する足で地を這うもの、形はそれぞれ違っているが大魚の群れはそれに寄り添い水を得て干ばつの砂漠を生きてきた。

 

(なんか特定の砂鮫のグループに懐かれちゃったのかなぁ?多分水が目当てなんだろうけど巡回中に噛り付いてくる群れがあるな)

 

(もういっそのこと、周回ルートを特定して水場でも作ってしまおうか?)

 

ある日の事、水を求めて動く岩の様な物体を探している所、本来そこに無かった筈の水場が忽然と姿を現していた。

岩山付近はすっかり二足歩行の動物の縄張りになってしまい、うかつに近づけば空飛ぶ牙や角に貫かれてこちらが被害を受けてしまう恐ろしい存在となり果てていた。

でも、水や食料は欲しい、そんな岩山の恵みのお零れを得るためにつかず離れずを保ち、岩山から時折迷い込む動物を糧に生活をしていた。

だが、この岩山から少し離れた泉を縄張りとすることができるのならば、危険を冒さずに水に誘われた動物を仕留めればよいのだ。

 

大魚の群れにそんな複雑な計算じみた思想は無かったが、本能的にこの水源を占拠できれば有利になると直感的に理解していたのだ。

 

「水も食料も十分に得られるし、卵も産める!」

 

水源が無ければ繁殖できない砂鮫は何としてもこの水源を確保しなければと、ほかの硬い外殻を持った捕食者や縄張りを冒す二足歩行の動物を追い払い、無事に相手に自分たちの群れの縄張りを理解させることに成功する。

水源は、程よく濁っており、大魚たちの好みの水質で安心して卵を産み群れの数を増やすことができた。

 

その後、急に水深が深くなったり見慣れぬ魚が泳ぎ始めたりと不可解な事が立て続けに起こったが大魚たちは特に気にすることもなくある種楽観的に捉えて、穏やかに過ごした。

 

「何だか知らないけれど食べ物がたくさん増えて水も増えた!」

 

あれほど渇きと空腹に悩まされ、飢えながら砂漠をさまよったのが嘘の様に大魚たちは泥沼の中を穏やかにたゆたう。

それは、幸せ・安堵の感情であった。

大魚たちのあずかり知らぬ所で大魚たちの放つ意思エネルギーが、人知れずこの水源を生み出した存在の糧となり、その力がまた水を生み出し泉に注ぎ込み水嵩を維持する。

 

新たに生まれた子供たちは充分な水分と食料を得て水中に適した体に成長する者も居たが、その巨体で泉に暮らすには狭すぎるので群れの中で順序を巡った争いがしばしば発生し、追われた個体が砂漠へと旅立って行く。

そうやって、少しずつ少しずつ砂漠を泳ぎ回る大魚の個体が増え始め、時にほかの捕食者と争い力尽きて大地の糧となり、死の砂漠は再び生命力を取り戻しつつあった。

 

(動植物保護区を参考にそのミニマム版を作ってみたけど上手くいったみたいだね。)

 

(地下水路と接続して水を循環させているけど、砂鮫の稚魚が地下水路に入り込むと困るから、砂鮫が来る前に小魚や海老を放流して後は網で仕切っているからほかのオアシスは安全なはず。)

 

(大河で集めた魚や水草は繁殖力もあるし、水質を浄化する水生生物もいるし、砂鮫の食糧も十分に得られる筈)

 

(砂漠や大河では砂や水場に潜む捕食者として恐れられる砂鮫だけど、この大砂漠では狩られる側でもあるから、居なくなってしまったら困る動物でもあるんだよね)

 

(それにしても、まさか砂鮫からも感情エネルギーが得られるとはね。砂鯨の時もそうだったけど野生動物だからと言ってそのエネルギー量は侮れないな)

 

(ううん違うな、そうじゃない。私はこの大地を生命あふれる地にしたかった、人間だけじゃない、全ての生命が生きて行けるようにしたかったんだ)

 

(この砂地でしか生きていけない生物も居るからどれだけ緑を増やして砂地を残さなければいけないのか分からないけど、少なくともこの干ばつを乗り切るくらいには緑を取り戻さないとね)

 

砂漠各所に存在する野生動物だけが暮らしている泉から、度々群れを追われて砂漠を徘徊するはぐれ個体が現れる。

その多くは、はぐれ個体同士で集まり新たな群れを形成するか、ほかの捕食者の糧になるかであるが、ある個体は砂嵐で方向感覚を見失い死の砂漠方面へと遭難してしまった。

群れを追われた憤りと孤独感、どこを行っても見渡す限り砂だらけ、時折干からびたサボテンや同族の遺骨と思われる白骨死体が転がるだけの不毛な地。

幼いころ親兄弟と泳ぎ回った泥沼の記憶は遥か彼方、砂地を泳ぐように適した構造に進化したこの体でも生命の源たる水の無い環境ではサボテンほど耐えられるわけではない。

多くの同族が散っていった様に、その個体も死の砂漠の名もなき標と化するところであった。

 

「?」

 

しかし、ぽつりと何もない筈の死の砂漠に浮かぶ違和感、遠目から見ると砂の上に小石が乗っている程度の小さな丘。

そこに引き寄せられるように大魚は真っすぐにその方向に突き進んだ。

 

「水がたくさんある!」

 

多少入り組んでいて砂から出て岩場を這って無防備な姿を晒す危険を冒さねばならなかったが、その先には死の砂漠には本来存在しないはずの水源があったのだ。

どことなく幾何学的な不自然な弧を描いた形状をしているが、間違いなく岩石で構成されており、何となくその形状から二足歩行の動物の痕跡を感じたが、大魚は気にする事もなく水浴びをして水分を大量に取り込み、一息ついた。

 

周りには、岩の隙間から突き破るように草が生えており、虫などの小動物の気配を感じた。

本来は小物過ぎて捕食対象にならないそれも必死に大魚は口に放り込み、泥まみれになりながら泉周辺の地表に出ている小動物を食い尽くした後に、岩場を出て再び砂漠の放浪の旅を続けることにする。

 

「たぶん、あっちの方向」

 

大魚は砂漠に突き出る細長いものが聳え立つ小さな丘を振り返り、砂嵐が晴れて視界が広くなった砂漠を泳ぎだす。

食べるものが殆どなく、水分も全然得られないこの不毛な土地ではなく、ほかの捕食者と競争しながらでも生きて行ける岩山の地へ向かう。

 

(今回初めて訪れる生物は砂鮫だったか、持ち込んだ蠍や砂芋虫は幾らか捕食されてしまったけど、全滅はしていないね)

 

(たった今隣の仮設オアシスと配管を接続できたし、もう一つ隣にオアシスを作っておこうかな?)

 

(私の分身体が常駐するオアシスではないけど、こうして外側に並べておけばそれがセーフティーネットになって危険な領域から引き返せるようにするんだ)

 

試作した仮設オアシスの機能が正常なのを確認した後は、前回の反省点を生かして日陰となる岩場と迷宮核の紋章をあしらった意匠の柱を立てて、遠目からでも確認できるようにした従属核。

パイプの太さも数倍に広げ、地下水路ほどでもないが生物が行き来する事ができるようにし、早い段階で水草が生えてくるなど改良点が見られた。

 

(遠目から確認できるように岩の上部はピカピカに仕上げたし、熱も反射しやすくてオアシスの水温が上がり過ぎないように工夫してみたけど、成功みたいだね)

 

(この大干ばつは、この地全ての生命を干上がらせる脅威だ。何かあったときのために種子や卵を保存しておかないと)

 

(久しぶりに死の海近くの研究所の大工事でもしようかな?広く作ってきたけど、そろそろ手狭になってきたしね)

 

作ったばかりの仮設オアシスを後にする砂鮫の上げる砂煙を眺めながら従属核は次の計画を練る。

 

(大河の国々と交流することで沢山の種類の動植物が砂漠に持ち込まれている)

 

(高温高熱に耐えられるけど大量の水が必要な果実の木、乾燥に強い耐性があるけど温度管理が必要な野菜、どんな環境にも高い耐性を持つけどえぐみを消すのに大量の水が必要な根菜、多少癖がある植物も混じっているけど私の支配領域ならたいていの問題は解決できる)

 

(もちろん、栽培して数を増やす必要があるけど品種改良をすればもしかしたら今よりも育てやすく食べやすい作物になるかもしれない)

 

(死の砂漠に設置した仮設オアシスに環境に強い食用植物が生えていれば人間はおろか、砂漠の動物だって救う事ができるかもしれない)

 

(沢山の命たちがこの過酷な大地と運命に抗って生きているんだ。ならば私に出来る事を精一杯こなすしかないんだ)

 

(偉大なる大地の化身たる地母神よ、この地に生きる生命たちに加護をもたらしたまへ!)

 

そして複数体の従属核によって、等間隔で設置された砂を固めた岩地とその上に聳え立つ石の塔の麓に湧き出るオアシスは、死の砂漠に蓋をするように覆い、それによって危険領域に迷い込んで遭難する者が激減したという。

 

 

 

 

 

 

 

 

砂鮫沼

 

岩山オアシスと小オアシス村から少し離れた位置に存在する小さな沼地。

迷宮核によって作られた動植物保護区を参考に小型化して作られており、小さな生態系が形成されている。

地下水路とつながっており、網目状の水門を開閉させることで水生生物の種類や個体数を調整することが可能。

元々は迷い人が居ないか従属核が巡回するルートであったが、水目当てに従属核に群がる砂鮫の群れが出没するようになってから彼らを鎮めるために設置する事となった。

人間の集落と程よく離れているので迷い人が訪れにくく、砂鮫もこの沼地から離れようとしないので互いに干渉されにくい位置に存在する。

時折腕試しに最寄りの村に住む守り手が砂鮫狩りを行う程度で砂鮫も外敵をあまり気にせずに暮らしている。

泥の混じる濁った水質なので人間の飲用水には向かないが、丁度砂鮫の産卵条件に適した彼ら好みの水質である。

群れの規模が大きくなるたびに拡張されていったが、それでもその大きさは本場の動植物保護区に遠く及ばない。

 

 

 

 

死の砂漠

 

死の海と呼ばれる砂の粒子の細かい領域とは別に、砂の粒子の荒い踏みしめても沈まない通常の砂漠が広がっている。

岩山オアシスの影響圏は大砂漠のほんの一角にすぎず、その大部分が死の砂漠と呼ばれる広大な領域で構成されている。

文字通り生命を支える要素が殆ど存在せず、水源となる天然のオアシスはほぼ皆無と言ってよいほど存在しない。

ごく最近迷宮核が岩山オアシスの影響圏の外側に力技で仮設オアシスを設置したお陰で、その周辺だけサボテンなどの乾燥に強い植物が根付き始め、若干保水力が高まった。

死の海とは違い、砂の粒子が荒いお陰で超巨大な魔物が入り込む余地がなくある意味では砂中からの襲撃を気にする必要のない場所でもある。ただし、環境そのものが過酷すぎるので迷い込めば生存は絶望的である。

 

 

砂神の丘陵

死の砂漠の玄関口とも呼べる位置に突如出現した岩地。

天幕の骨組みを思わせる岩の柱が立ち並び日陰となっており、その下には広く浅い泉が存在し、その中央部には一際大きな石柱が聳え立っている。

それは明らかに人工物であり、砂漠の神の紋章をあしらった意匠の装飾が柱のてっぺんに設けられており、最初に発見した砂漠の民は思わず跪いて祈りをささげたという。

多少入り組んだ地形をしているので昆虫や小動物などが隙間に身を潜めやすく、大型の捕食者から襲われにくいので彼らの小さな楽園を形成している。

 

 





【挿絵表示】


簡単なイメージ(殴り描きともいう)



余裕がある時に3行ずつでも、確実に進めれば内容を忘れにくい事に気づきます。
なんか暫く短期記憶能力が死んでおりましたが、リハビリすることでだいぶ回復しております。
これを何とか維持したいですね。

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