砂漠の荒野に浮かぶ草原、緑の帯。
乾燥地帯に位置するが比較的水源にありつけ、集落も存在するので交易路として利用されており、地図から見たその形状から緑月とも呼ばれる。
砂漠の荒野と大河の玄関口ともなっているので、道に迷い危険な砂漠方面に進んでしまう事もあり、度々行商人や旅人などが魔物の襲撃を受け犠牲になっている。
一応砂漠に近づくにつれて草木が少なくなって行くので判別は可能だが、あまりこの交易路を利用しない行商人にとっては些細な違いでしかなく、気が付けば砂漠を歩いていたなど珍しいことではない。
それは、地平線が見えるほど視界が開けているのにもかかわらず似たような景色が続くために感覚が麻痺してくる事が原因の一つであるが、集落の少なさもそれが拍車をかけている。
(またご遺体か、運んでいる商品に手を付けてまで生き抜こうとした痕跡があるけど、そのまま餓死してしまったみたいだね)
(白骨化はしていないけどすっかり干からびてしまっているね。ここら辺は砂鮫が泳げるほど砂地は無いし、ひび割れた硬い地面だから巨大蠍も潜れない)
(自然の摂理に従っても必ずしも野生動物に解体されないのか、ここは私が埋めてあげよう)
(しかし、悲しいな。昔に比べて減ったとはいえ遭難事故がもっと起こりにくくする方法はないものか?)
迷宮核は交易路を通る行商人や旅人が遭難して命を落とす事を嘆いていた。
ふと、迷宮核の思考にある事がよぎる。
(あ、待てよ?死の砂漠に作った仮設オアシスには識別用の塔を立てていたな、小オアシスの村の祭壇に手を加えて灯台みたいにすれば、少しは迷いにくくなるんじゃないかな?そろそろ水脈の整備もする予定だったし序に試してみよう!)
迷宮核は緑の帯に点在する小オアシスの村から集めた魔力を使って交易路の大規模な再構築を行った。
岩山オアシスと同じく各オアシスの村同士を地下水路でつなげ、最近復活させた大河の分流と接続することで大河の生態系とほぼ同じ環境にし、沼鮫などの危険生物が入り込まないように格子状の水門を設置しオアシスの泉はより豊かな生態系になる。
そして、最後に各オアシスの村の中心に浮かぶ従属核が納められた祭壇に手を加え日が傾き始めるころに仕掛けを起動した。
「ふぅ、砂嵐が減ったとはいえ畑の手入れが大変だったな」
「一仕事終えた後の井戸水はたまらんな」
「最近は大河の方からキャラバン隊が訪れるから酒も手に入るようになってきたが、やはり喉を潤すには水が一番だ」
「親父の世代は井戸が枯れて大変だったそうだが、岩山の主様のお陰でだいぶ持ち直したみたいだな」
「俺もガキの頃の記憶は曖昧なんだが、砂漠の奥で水源が見つかったって村中大騒ぎになっていた記憶があるな」
「で、結局お前さんたち家族はこの村に残ったんだろ?岩山オアシスの村から水の魔石の支援がなかったら危なかっただろ?」
「まぁな、俺がチビなのは成長期に食い物があまりなかったのが原因らしいが身長がどうこうの問題じゃなくて実際水と食料不足で死にかけたからな。あれのお陰でまだ生きてられてるんだ。あの村の連中と岩山の主様に感謝しないと罰が当たる」
「水の魔石の支援が行われ始めたころに緑の帯の水源が復活し始めたというのも岩山の主様のお力なのだろうな、泉の祭壇が何よりもの証拠」
「最近では大河の水問題も解消する方向に進んでいるらしい、やはり岩山の主様はこの大地が渇きやせ衰えて行くのを嘆いておられるのだろうな」
「さて、一息もついたことだし今日の糧と水を得られた感謝を込めてお祈りしなければ……」
「なんだ?地面が揺れている!?」
「み、見ろ!祭壇への道が沈んでゆく!!」
地響きと共に、オアシスの泉の中心部に浮かぶ祭壇がせり出し水柱を上げながら天へ向かって伸びて行く。
同時に、祭壇に通じる道が水没して祈りをささげようとしていた村人たちが慌てて引き返し、呆然とした表情で天に上る祭壇を眺めていた。
丁度大河の国の防壁の高さと同じくらいの所で伸びるのが停止して、水没していた通路が再び水面に上がり始め、祭壇への道が繋がる。
「こ、これは一体何が!祭壇が塔に姿を変えた!?」
元々祭壇として使われていた塔の最上部の水晶体が光り輝くと、日が傾き薄闇に包まれつつあった村周辺を明るく照らした。
「おお、これは岩山オアシスにもある導きの光!」
「そうか、ついにこの村にも神の御威光が齎されたのか!」
「あなた!見て!塔の根元に新たな祭壇が!!」
祭壇を丸ごと灯台に改造してしまったために祈りをささげる場所がなくなってしまったので、根元をくりぬき多少小ぶりになってしまったが新たな祭壇を構築する。
祭壇への道が再びつながった事で、我先へと村人たちが塔の根元に駆け寄り跪いて祈りを捧げ始める。
「ありがたや、ありがたや!」
「これでまた砂漠の旅路が安全になります!ありがたや!」
「岩山の主様に感謝の祈りを!」
その夜、灯台と化した祭壇から放たれる光を浴びながら各オアシスの村は宴会が行われた。
そして暫くして、ほぼ同時にほかの村々も祭壇が灯台に変貌したという情報が砂漠の民に共有されることで、ますます砂漠の神たる迷宮核への畏怖と畏敬が高まり砂漠の民は信心深くなるのであった。
「何という事だ、砂漠の民が祭る神と言うのは本当に存在したというのか!?」
灯台の根元に新設された祭壇から淡く光が放たれ祈りをささげる村人たちを照らしている。
「何としても本国に持ち帰らねばな、しかし………」
酒に酔いほのかに頬を赤く染めた夫婦や青白く光る灯台の光で影踏みをして遊ぶ子供たちを眺めながら手記に書き込む大河の行商人は目をしかめる。
「この情報を持ち帰って本国の連中が妙な事を考えなければよいが」
「あぁ、この村は良い村だな」
「知ってか知らずか、密偵仲間も砂漠の神の使者とやらに何人も命を救われているんだ」
「今この瞬間だけでも彼らと彼らの祭る神様に祈りを捧げないと罰が当たるってものだな」
「我らと彼らが良き友になれるように」
「どうか大河の民と砂漠の民の行く末が良きものであるように」
そして、報告を受けた大河の国々は困惑を浮かべつつ半信半疑ながら砂漠の神の調査を本格化させるのであった。
(祭壇に手を加えるだけだったから意外と魔力は使わなかったな、ギリギリ隣の村の灯台の光が見えるからこれで大分道に迷いにくくなったはず)
(まぁ流石に四六時中点灯し続けると魔力の消費も馬鹿にならないし、日中は強烈な日光でよく見えないし、朝と昼は消していて良いだろうね)
(やはり地下水路の整備が一番魔力を使ったな、規模が規模だから仕方がないか、岩山オアシスと違って水路を大河に直接つなげるだけだから幾らか楽は出来たけど、暫くは大きく動けないな)
(備蓄した魔力もあるし、整備した分の収益は得られそうだから何か問題があれば多少無茶は出来るけど、その先は少し厳しいな)
(ただ、祭壇の灯台化に居合わせた他国の行商人も多かったし、稼働中の分身体用フレームの目撃もあるし、大河の国々には私の存在は既に察知されている筈)
(もういい加減気合いを入れ直す頃合いだね。ホトリア王国が幾らかカバーしてくれるとは言え砂漠の民も大河の国々に目をつけられている)
(今まで砂漠に覆われて魔物の生息地の真ん中に位置していたから、ある意味守られていたけれど、水不足を乗り越えたら外の世界からの干渉が本格化してくるはずだ)
(もちろん外と交流することで交易品が得られるから悪いことではないかもしれないけど、大河の国全てが交渉できる相手だとは限らない)
(何か起きてその時最後に彼らを守るのは私……だからこそ、今よりも力をつけないと、大切なものを守るために!)
(偉大なる地母神よ、我らに安寧を齎したまへ!萌ゆる翡翠のまほろばを守りたまへ!)
簡易灯台
迷宮核が緑の帯の整備の序に作り出した灯台。
元々泉に収められた従属核の祭壇であったが、それに手を加える事で水晶体の光量を増し、遠方まで強力な光を届けられるようにした。
今まで祭壇として使われていた場所がはるか上部に昇ってしまったために、灯台の根元に多少簡素になった祭壇が新築されたが、それはそれで落ち着いた雰囲気で小奇麗に纏まっていた為、砂漠の民には概ね好評である。
岩山オアシスの大型灯台に比べると出力が小さいうえに上部構造物も回転しないが、目印らしい目印が存在しない緑の帯の交易路では大変重宝し、大河の民や砂漠の民の遭難事故の件数が目に見えて激減することになる。
そのため、一部の大河の国は砂漠の民と砂漠の神に好意的な視線を向け始める。
中には個人的にひっそりと地母神教徒に鞘替えする諜報員も居た。