霊晶石物語   作:蟹アンテナ

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線路と試行錯誤

岩山オアシスを中心に放射状に小オアシスの集落が点在しているが、その地下には広大な地下水路ネットワークが形成されており、それなりに広く作られたそこは迷宮核が大河から持ち込んだ生物の楽園となっており、また船舶型フレームによる物資輸送も行われていた。

 

(やはり私本体から魔石を合成した方が効率的に魔力を変換できるな、分身体でも魔石合成は可能だが、エネルギーロスが激しい)

 

(地下水路を網目状に作ったおかげで大分輸送が楽になっているが、地表に出入りするための場所がオアシスの泉に限られるのが難点だな)

 

(歩行や履帯での移動は高い走破性があるが、魔力消費がやや重めだしもう少し効率的な地上での移動方法はないものか?)

 

仮設オアシスに設置する日陰用の岩石を形成するために土の魔石を輸送する従属核フレーム。

従属核本体や土の魔石は仮設オアシスに通じるパイプにフレームを接続して水流で押し出して運搬するが、配管接続が終わっていない場所の輸送は陸路で移動する必要があった。

 

(効率的な運搬方法としては鉄道が真っ先に挙げられるけど、普通の道さえ上手く行っていないからなぁ)

 

風が吹くたびに砂の山が吹きちらされ、大きく地形が変化することが多い砂漠だが、そのせいで道の舗装がままならないのである。

 

(まぁ試すだけ試してみるか、砂地で人目に付く場所でやると事故になる可能性もあるから村から外れた場所でやってみよう)

 

幾つか死の砂漠の避難所として岩陰つきの仮設オアシスを設置すると、従属核を帰還させてコアルームで列車の模型を作りながら列車型フレームの設計をする。

 

後日、岩山オアシスから少し外れた砂地に履帯型フレームを移動させ、砂をレール状に合成して試作型のトロッコフレームをレールに乗せてみる。

 

(うーん、設置したばかりなら問題ないんだよね。でも……)

 

突如一陣の風が吹くと砂丘が目まぐるしく変化して、砂の上に乗せたレールがばらばらに解体されてしまった。

 

(あーあー、横転しちゃってまぁ、最初から分かっていたことなんだけどね)

 

(レールの一部も今ので砂に埋もれちゃったし、もう少し地盤がしっかりしたところに敷かないとまともに運用できないな)

 

(でも、そうなると設置できる場所は限られてくるんだよな)

 

履帯フレームはトロッコフレームを砂に解体すると内部の従属核を回収して岩山オアシスに帰還した。

 

ある日、何時ものように村の広場で小さな子守りの使者が現れないか砂漠の民の子供たちが集まっていると、突如村の道と言う道に奇妙な突起と溝が出現し、洞窟の奥から奇妙な形状の物体が現れた。

 

「わぁ、なにあれ?」

 

子供たちが歓喜の声を上げ、大人たちもそれに続いて驚きの声を上げる。

 

「おおぅ!?今度の使者様はまた奇妙なお姿だな?」

 

「何だろう?馬車みたいな形ね」

 

いつも通りの丸みを帯びた子守りの使者が姿を現すが、問題はその背後に引き連れた物体であった。

トコトコと歩く使者本体の尻尾と繋がった荷車の様な形状の物体が、村に突如出現した溝に沿って車輪を回転させ光る水晶を載せたまま村の広場を周り始めたのだ。

 

「凄い凄い!力持ちー!!」

 

「あんなに荷車が繋がっているなんて見たことないぞ?」

 

「いきなり変な溝が出来上がったと思ったら、あの荷車用の道だったのね」

 

「溝に沿ってしか動けなそうだが、何か意味があるんだろうか?」

 

子供たちは色とりどりに光る水晶の山を引く使者に夢中になり、大人たちは態々車輪がはまる溝を作ったことに疑問を呈するのであった。

日が傾くまで溝に沿って荷車を引いた使者が村を歩き回り、最後には荷車に乗り込んだ子供たちを軽々と運んだことで、子守りの使者が予想よりも凄まじい積載力を誇っている事が判明するのであった。

 

「結局あの荷車を引く使者様は一体何だったんだろうか?」

 

「さぁ?でもうちの子あの水晶の欠片貰ったみたいで喜んでいたわね」

 

「ほう?そりゃ縁起が良い、後でお守りに加工してやろうか」

 

多くの村人たちは撤去されずそこに残った奇妙な溝と突起を珍しそうに触れたり靴を差し込んでみたりするが、魔術師達いわゆる知識層はさらに踏み込んで道を調べた。

 

「やはり腑に落ちない、何故自由に道を通る事を捨てて溝に沿って荷車を運んだのだ?」

 

「岩山の主様が意味もなく溝を作るわけがない、何かしら秘密があるのかもしれぬ」

 

「もう少し詳しく調べてみる必要がありそうだな?ふむ、溝の底と突起はかなり硬いな?あの重量に耐えられるのも納得だが何か意味が?」

 

魔術研究所の魔術師たちが岩山の主の使者の作った溝を本格的に調査した結果、かなりの強度が確認され理論上超重量の荷車が乗っても耐えられることが判明した。

好奇心と知識欲を刺激された魔術師たちは、工房組合に訪れ自分たちの見解を技師たちに伝えると、彼らの興味を引くことに成功する。

 

 

「おう、ならいっちょ似たような荷車を作ってみるか?」

 

「それは良いな、我々は魔術専門なので荷車の加工は専門外なのだ」

 

「工房組合の力を見せてやるぜ!まぁ試作品ができるまでに数日はかかるがな」

 

「これは魔術師組合からの正式な依頼と言う事にする。新しい荷車を楽しみにしているぞ」

 

工房組合の技術力を結集して作り上げた試作品の荷車は、岩山の主の使者の抜け殻をふんだんに使用しており、特に荷車を支える車輪は特に硬度の高いものを丹念に削り磨き上げる事で高い強度を実現していた。

そして、試作品の荷車の車輪を溝にはめ込み、積み荷に砂袋を載せて手で押してみると意外なほどに軽い手ごたえで簡単に砂袋を運ぶことができたのだ。

 

「これはすごいぞ!道の凹凸が殆どないから抵抗を感じず楽に物を運べるぞ!」

 

「やけに丁寧に仕上げていたからこの溝になにか秘密があると睨んでいたが、そういう事だったのか!」

 

「岩山の主の使者様は荷車を沢山連結させていたから、ラクダに牽引させれば物流に革命がおこるぞ!」

 

「この溝の道をほかの村にもつなげる事が出来ればキャラバンの負担も大きく減るかもしれない!」

 

 

魔術研究所と工房組合は試作機の齎した成果に興奮しお祭り騒ぎで喜び合っているが、その様子を見ていた迷宮核はため息をつきそうになった。

 

(そうはうまく行かなかったんだよなぁ)

 

放棄され、すっかり風でバラバラにされたレールの残骸が砂で埋もれたり風化作用で細くなってしまったのを見ていた迷宮核は、改めて線路と砂漠の相性の悪さを痛感した。

 

(草原が広がっているところは線路を敷けそうだけど、せっかく生えてきた草木を痛めつけそうだし、小動物も多く生息しているから事故が怖い、それに子供たちだって時々山を下りてくるから油断も出来ないしね)

 

(あと、草原が広がったおかげで随分とマシになったとはいえ、砂嵐の風化作用は今なお健在、常にメンテナンスしていないと合成した岩石も擦り減って行っちゃうんだよね)

 

(これさえなければ魔力をもう少し水の生成に回しても良いんだけど、岩山オアシスの維持には必要なことだしね)

 

(やはり常にメンテナンスができる岩山オアシスの村でしかレールの維持は出来なそうだな、少しのヒントでトロッコを実用に漕ぎ着けたんだからきっと上手く活用してくれると思うけど)

 

(さて、線路なんて贅沢なものじゃなくて普通の道だけでも作っておきたいな、砂丘の変化に対応してたわむ道とか?)

 

(せめて、よく撓る素材でもあればよいけど生物由来の素材は未だ合成できた試しがないからなぁ、勝手に砂漠の民の縄を持って行く訳には行かないし、うーむ)

 

迷宮核の思考錯誤はこれからも続く。

 

後に、砂漠の民によって簡易的に焼きレンガを並べた窪みに荷車をはめ込みラクダに引かせる事で岩山の主の道を再現しようと試みるが思ったよりもうまく行かず効率性も大きく落ちてしまった。

しかし、溝に沿って荷車が進むことで車体が安定することで一定の成果が認められ、岩山の主が敷いたものとは別に村の一区画に人の手によって線路が敷かれ、行商キャラバンの協力の元試運転されることになる。

 

(電飾風の外殻に牽引される型じゃなくて、完全に車両型、動力車式の外殻を作ってみたけどやっぱり驚かれたなぁ)

 

(まぁ胴体部分はいつも村を歩かせている奴を流用しているから見た目自体は大きく変化してないけど、それが男の子に気に入られたのか凄い勢いで食いついてきたね)

 

(何かキャラバンの人が子供たちを載せた車両を眺めて何か言いたそうにしていたけど、積み荷でも運んでほしいのかな?)

 

(出来れば手伝ってあげたいけど、村のご老人方は眉をしかめるし本当に距離感が難しい)

 

(もし遠い未来、砂漠が緑に覆われて地盤が安定したら、長距離列車でも作って色んな所を見て回ってみたいな)

 

(その時はもっと彼らと近い所で近い目線で世界を眺められたら良いな)

 

(大いなる大地よ、どうかこの地を生命の息吹に包み込みたまへ)

 

いつか大人数を自分の背に乗せて世界の彼方此方を旅する事を夢見て、迷宮核は祈りを捧げるのであった。

 

 

 

 

 

砂神の轍

 

岩山の主が作り出した溝と突起の連なる奇妙な道。

その表面は非常に高硬度な物質で作られており、滑らかな磨き上げられた陶器のような質感を持ちつつも強度が高い。

荷車の車輪が窪みにはまる幅で作られており、溝に沿って進む荷車は普通の道を進むよりもはるかに少ない力で牽引可能である。

最初は村をよく訪れ歩き回る子守りの使者に荷車が運ばれていたが、脚部が車輪と化した子守りの使者が現れたことでその行進速度も数倍近く速くなった。

魔術研究所や工房組合によって神の作った轍に対応した荷車が開発されたことで、村の内部限定で物流に革命が起きつつある。

 

 

 

 

トレインフレーム

 

車両型の従属核フレームで、初期型はトロッコに非常に似た形状をしていたが、動力車をパレードフレームを流用したものに変更した結果、コミカルな見た目になった。

元から子供に人気なフレームだったので線路を走るトレインフレーム目掛けて突撃し背中に乗り込む子供が後を絶たない。

砂漠では線路の維持が困難なので相変わらず物資の運搬は地下水路で行われている。

 

 

 

4輪荷車

 

砂神の轍を通る神の使者が引く荷車を人間の手によって再現した荷車。

今までの荷車とは根本的に異なる形状をしており、箱型の車体と4つの小さな車輪で構成されており、溝にはまって進む限り高い安定性を見せる。

しかし、車輪があまりにも小さいため、普通の道では大きく揺れが発生し安定性が損なわれる。

岩山の主の奇跡を再現するために試作機はふんだんに使者の抜け殻を使用していたが、後に作られた量産型は木材で構成されている。

もっとも砂漠では木材が希少な高級品であり、量産品とはいえ作られた数はそこまで多くは無かった。

現地人には知るすべはないが、その形状はトロッコそのものである。

 

 





【挿絵表示】



珍しく迷宮核的に失敗作です。
でも、砂漠の民はわずかなヒントで実用化に漕ぎ着けているので侮れません。

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