ありとあらゆる生命の生存を拒絶する死の領域であり干ばつの最前線である果ての地。
死の砂漠と呼ばれる大砂漠にある時突如小さな水源が現れる。
砂漠を灌漑する迷宮核の支配領域から外れてはいるが、地下水路を小さな管を通じて繋げ、水流操作で迷宮核の影響圏の外側に押し出して多少無理やりに水源を広げている。
事前にある程度地形操作をして保水しやすい土壌に改良しているが、迷宮核の分身体である従属核が不在なので細かい修正が出来ずメンテナンス不足である。
(ふぅ、時々こうして地下水路を通って仮設オアシスの修繕は行っているけど、間に合わないなぁ)
(来るたびにオアシス内に砂が入り込んで草木を埋めちゃうし、泉も茶色く濁ってしまうから本当は私の分身体を設置するのが一番なんだろうけど、現状その余裕も無いしなぁ)
(ある程度力を蓄えたら、ちゃんと分身体を設置して管理しよう、今は修繕するだけにとどめておこう)
発芽から結実までの周期が早い植物は、早くも種子を飛ばしてまだ保水力を失っていない従属核が整えた土壌に進出し、土地が乾ききる前に根を張り強烈な太陽光線を糧に成長をする。
更に、地下水路とつながるパイプから水の供給があるので、泉からにじみ出るように広がる水分を得られるので枯れることは無い。
砂嵐などで水質が悪化し、水生生物の一部が死亡してしまう事はあれど、定期的に訪れる従属核が浄化をしたり、地下水路から水生生物の補充があるので生態系のゆがみは抑えられる。
こうして限定的ながら保水力を得た土地は、元が死の砂漠の一部とは思えない生命力を湛えていた。
あくまでそれらの簡易設置型オアシスは砂漠のほんの一部に過ぎないが、地表が草木で覆われたことで飛砂が抑えられ、気休め程度には砂嵐が薄くなっていた。
道に迷い遭難した砂漠の民はもとより、砂漠に生きる野生動物が簡易設置型オアシスの草原部分を目印に死の砂漠から引き返し、危険を回避する事も有った。
こうして生命の循環が岩山オアシスを中心とした一つの場所に収まった結果、大地の生命力が高まり、結果的に砂漠に生息する生物の個体数が以前よりもはるかに増加するのであった。
(砂漠の民が岩山オアシスに持ち込んでくれた植物が良い影響を与えてくれるのもあるけど、明らかに砂漠に生きる生物が多くなっている)
(持ち込まれた山羊や鶏などの家畜が逃げ出して砂漠の植物を沢山食べてしまう事はあるけど、それらの草食動物は砂鮫や巨大蠍の貴重な食糧にもなっているし、増えすぎた個体は砂漠の民の男衆が狩猟してくれるし、均衡は保たれているみたいだ)
(まぁ考えようによっては砂漠の民や肉食動物が消化できない種類の植物をエネルギーに変えて他の生物の糧になる仕組みと考えると、大河から砂漠に進出した動物も何かしらの意味があるという事か、元からラクダがそれを担っていた事を考えると淘汰圧が分散するのは種の保全の観点からも悪くはない事なのかも)
(しかし、生物が増えるにつれて供給しなければならない水が増加傾向にある。勿論生成される魔力も増えているから出資よりも収穫はあるけど、正直際どいなぁ)
そんな時、減少傾向にあった雨が降りそうな気配が近づいてきた。
広大な支配圏を持つ迷宮核でも全ての生物の余剰魔力を吸収出来るわけでもなく、環境に魔力が放出されるが、それが影響してかそれとも大いなる巡り会わせに過ぎないのか、久しぶりに大砂漠に慈雨が降り注ごうとしていた。
(日課として砂漠の民と同じく雨ごいをしてはいたけど、神様に願いでも通じたのかな?何はともあれ、砂漠に埋めた排水溝を開放して地下貯水槽に溜めないと)
(後は一旦水の生成は止めて、魔力を保水ポリマー合成に回さないとね)
(そうだ、どうせなら仮設オアシスにも保水ポリマーを散布して、死の砂漠の領域を少しでも削り取っておこう!)
既に空は暗雲に覆われており、脈動するように雷鳴が雲を伝い音を轟かせていた。
「おおっ、雨が降りそうだぞ!」
「岩山の主様に感謝を!有難や有難や!」
「壺でも鍋でも何でも良い!水をため込む容器を持ってこい!」
雨に沸き立つ砂漠の民と砂漠の動物たち、そんな騒ぎをよそに地下水路を通る影があった。
高密度に魔力を固めた魔石でコーティングされた従属核が、死の砂漠との境界線となっている仮設オアシスに向かっていた。
(今この機会を逃せば次が何時になるか分からない、だからこそこの好機を最大限に生かさねば!)
(正直私の分身体に詰め込んだ魔力は岩山オアシス周辺に撒いた保水ポリマー合成分の四分の一にすら満たないが、現状このサイズに込められる魔力量ギリギリだ)
(一つのオアシスに使う魔力と考えると些か過剰かもしれないが、生命を寄せ付けない死の砂漠が相手だ、これでも足りないくらいだろう)
(分身体を常設出来ない場所に対して出来る事はこれが限界だ、でも効果はあると思うな)
最果ての村の地下水路から外殻を捨てて従属核本体が水流操作でパイプを通り各仮設オアシスに向かい到着次第、履帯フレームを形成して移動しながら保水ポリマーを散布して、地形操作能力で砂とかき混ぜ始めた。
既に、ぽつりぽつりと雨が降り始めており、従属核を通して迷宮核は死の砂漠にも雨が降り注ぐことを知った。
だが、従属核が保水ポリマーを散布したところ以外は地表を湿らせる程度で地中まで到達せずに、その大半が流れ去ってしまっている様であった。
雨はそこまで激しくなく、かといって小雨でも無かったため、想定していたよりも水は得られなかったが、広範囲を湿らせたことにより保水ポリマーが確実に水分を捕らえ、発芽せずに砂の中で休眠していた植物の種子を芽吹かせた。
仮設オアシス同士の間隔はそれなりに開かれていたが、雨で流された保水ポリマーの影響圏が繋がり、泥団子状になった砂から成長の早い植物が次々と芽生え、死の砂漠に蓋をするように広がった。
かつて迷宮核が分身体を派遣して上空から確認してもその全貌を知ることが叶わなかった大砂漠であるが、今確かにその一部を削り取ったのだ。
それは迷宮核の分身体が常設されていない仮設の泉であったが、そこは曖昧だった干ばつの境界線であり最前線であった。
干ばつの最前線がくっきりと浮き出た事で、卵の殻のように干ばつを抑え込み、卵の黄身にあたる岩山オアシス周辺から生命の息吹が脈動する。
(あまり地下貯水槽に水は集まらなかったけど、それでも半分以上は溜まったし、これで出来る事が沢山増えたぞ)
(後は、土地の保水力が高まったからか知らないけど私が手を加えていない土地に水が湧き出る所も現れ始めたみたいだね)
(砂漠に生きる生物たちの願いか、それとも異常だった大地が本来の機能を取り戻したからなのか、知る由はないけど何はともあれ吉報だね)
(二十数年前私が生まれたあの時からすると想像もできない光景だね、砂と風と灼熱しか存在していなかったんだ)
(今も周りの動植物たちから魔力を得て成長し続けているけれど、どれだけ私の体が生きて行けるか分からないけれど)
(ずっとずっと、この美しい景色が続いてゆけばいいな)
かなり広範囲のエリアが緑化されることで干ばつ最前線が生命の息吹に押し出されるように後退する。
仮設オアシスと言う卵の殻に守られた迷宮核の支配領域は生命の循環が安定をして成長を続ける。
新天地を灌漑するだけの下準備が整いつつある、卵の殻が破られ孵化する時は近い。
垂れ耳山羊
茶色を基調とする白斑の体毛を持つ山羊の一種で、名前の通り耳が垂れている。
一部の毒性植物に耐性があり、過酷な環境でも生存が可能で、その頑丈さから大河で広く家畜として飼育されている。
元から大河方面から野生の垂れ耳山羊が迷い込むこともあったが、砂漠の民が積極的に購入することで岩山オアシス周辺でも見られるようになった。
しかし、やや神経質な気質でおとなしい品種ではないため、度々脱走して野生化する個体も多く、繁殖力もこの体格の草食動物の割に旺盛で、持ち込まれて数年程度で在来種のラクダに迫る個体数に増加した。
折角地表を覆ってくれた植物を食害する厄介者と思いきや、それが砂鮫などの肉食動物に捕食されることで土地の糧となり、ラクダが捕食されることも少なくなり、結果的に淘汰圧が分散することとなった。
茂み雉
茶色と黒を基調とした羽毛を持つ鳥で、黒い羽毛は構造色によって緑色にも見える。
元は早朝に甲高い鳴き声を上げる生態から、目覚まし代わりに飼育されていた鳥だが、それなりの頻度でそこそこな大きさの卵を産むために食用目的で飼育されるようになった。
半端に家畜化されたことで雉とも鶏ともつかぬ外見だが、懐く個体はしっかり懐くので、そこまで飼育が難しい家禽ではない。
しかし、それなりに脱走することがある脱走名人でもあるので、すっかり岩山オアシス周辺に野生化個体が増えてしまっている。
他の野生化した家畜同様に砂鮫をはじめとする様々な捕食者に襲撃されるほか、草を食害する昆虫なども食べてくれるので、生態系に良い影響を与えていると言える。
せめて月1でも続けられればと思います。