大干ばつに襲われる砂漠、降水量は年々減って行き、それは水源に恵まれた大河の国々まで影響を及ぼしていた。
水源に恵まれた地域は、溜め池などを作り、大雨が降った時に水を確保してやりくりしている。
年に数回の大雨は、年に有るか無いか程度に減ってしまい、砂漠を動くものは人は元より魔物すら僅かとなってしまっていた。
それは、砂漠の端に位置する岩山を除いてであるが・・・・。
迷宮核によって岩山のオアシスは、その規模を大きく拡張していた。
岩山の外側に位置する場所に、岩山の横穴から滝が流れ、ごく最近形成された巨大湖が広がっていた。
水深はそこまで深くは無いが、一番深いところでは足がつけられないので、浅いと言う訳でも無い。
岩山の横穴から降り注ぐ滝からは時折、肺魚が流されて来る事もあり、滝は岩山の地底湖と繋がっていると予想される。
閉鎖環境である地底湖では、魔力を帯び光る水晶くらいしか光源が無いため、肺魚も肺魚の餌となる藻類もあまり大きく成長しないが、日光が降り注ぐ巨大湖では肺魚も藻類も大繁殖している。
砂漠の民も突如出現した巨大湖に驚き多少困惑していたが、彼らの主食である水モロコシに適した農地として利用可能であることに喜び、食料問題は大分改善された。
砂漠に持ち込まれた乾燥に強い植物の中でも成長の早い樹木は、若干細身ながら建材として利用可能な大きさに成長しており、すでに一部は伐採され乾燥の工程に入っていた。
キャラバン隊によって岩山のオアシスに持ち込まれた植物の中にはパピルスも混じっており、今まで村の中の泉でごく僅かに試験的に育てられていたが、巨大湖の出現によってより大きな規模で持ち込まれた植物の育成が出来るようになった。
パピルスは切り取られ、格子状に並べられて重石などでプレスし乾燥させられ、パピルス紙などに加工された。
繊維質の植物や食用可能な植物が持ち込まれたことによって、砂漠の暮らしは豊かになってきており、岩山オアシスの集落は拡張が大きく進んでいた。
(喜び、安堵、希望、砂漠の民の感情が、意志の力が私に流れ込んでゆく・・・。)
(岩山オアシスの村の人口は少しずつ増えていっている。巨大湖の維持だけで魔力がかつかつになると思っていたが、驚くことに安定した備蓄が出来ている。)
(水を飲みに来た野生動物に村の住民が襲われることもあるが、砂鮫みたいな大型の生物は巨大湖に入り込めないようにしているので人死にはまだ起きていない。)
(懸念していた事は起きてしまったが、現時点ではさほど深刻な被害が発生している訳では無いが、やはり水を必要としているのは人だけではないな、砂漠の生物の保護区はこの場所とは別に作るべきだろう。)
迷宮核は意識を切り離した分身体に向けると、岩山オアシスから旅立った分身体の景色が映る。
試験的に作った岩山オアシスのミニチュア版は、生成した水がすぐに干乾びてしまい、砂嵐などの風化作用で、迷宮核の分身体である従属核を保護する小型迷宮を容赦なく削ってしまうので、維持するのが難しい状態にあった。
砂漠の小動物は、小型迷宮をねぐらとして巣を作っているが、お世辞にも安定した場所とは言えなく、風に煽られてグラグラと揺れる事もあるので、従属核はこの場所に見切りをつけて別の場所に移動することにした。
砂漠の小動物や時々水分を補給しに来る砂鮫などから魔力を得ているが、小型迷宮の維持にはとても足りないので、もっと安定した場所に拠点を構えるべく、コアルームで実験した自走方法で、従属核は移動を開始する。
岩の壁を生成して、迷宮核を覆う箱のようなものを作り上げた後、箱の外側に履帯と環状のチューブを生成し、水流をチューブ内に循環させ、その水流を水力タービンで動力に変え、履帯を回す。
他にも勢いよく水を噴射して飛んだり、火の魔石を炸薬に砲弾のように飛ばしたりする方法も実験したが、魔力の薄い外部環境では一番コストパフォーマンスが良い移動方法は、チューブ内に水流を発生させ動力に変える方式であった。
一応チューブや従属核を守る外殻は迷宮扱いになっているのか、外殻やチューブ内の消費魔力は少なく、水流を発生させる魔力もそこまで消費が激しい訳でも無いので、現状はこの方法を採用している。
従属核砲弾での移動は、確かに一度に長距離を移動できるのだが、砲身となる外殻を常に使い捨てにしなければならず、火の魔石の生成と炸裂に魔力を大きく消費するので、費用対効果はあまりよろしくない。
砂漠の民の魂の記憶を頼りに、移動する従属核は、砂からひび割れた地面の境界に達し、砂地から荒れ地そしてまだ土が残っている場所とグラデーションがかった地形が視界に映った。
(間違いない、岩山オアシスの水の魔石が届いていない廃村だ。)
岩山オアシスに近い村は、井戸水を水の魔石で維持しているので、砂漠の民の行動範囲を広げるための重要な中継地点となっているために、常にキャラバン隊が組まれ、水の魔石が運ばれているのだが、あまりに距離が離れていると水の魔石を運搬するのも一苦労のため、村人全員を岩山オアシスに避難させ、村は野ざらしとなっている。
(干しレンガの外壁も補修が長い間行われていないから、崩れてしまっている物も多いな、辛うじて土が残っているが、砂が大分入り込んでいて荒れ地になるのも時間の問題か・・・。)
従属核は、キャラバン隊の記憶を思い出しつつも、村の螺旋掘りの井戸へと向かい、水源がどうなっているのか確認しに行った。
(これは・・・酷い、土が僅かに湿っているだけで地表は干乾びているではないか、まともに雨が降らなかったが故に水脈も途絶えてしまっている。)
井戸周辺には、岩トカゲや野生のラクダなどが水を求めて訪れていたのか、特徴的な足跡がいくつも見つかった。
志半ばか、砂ネズミの干乾びた死骸が岩に挟まっているのを見て、どこか虚しさを感じる従属核。
(村周辺は、辛うじて乾燥に強いサボテンなどの植物が生き残っているが、これ以上は土地そのものが持ちこたえられなくなってしまうな、村跡地の保水力が完全に失われてしまう前に措置をしなくては!)
従属核はチューブ内の水流を強めて勢いよく履帯を動かして、外殻ごと螺旋掘りの井戸に飛び込んだ。
外殻は井戸の底に衝突すると弾け飛び、従属核は地面に打ち付けられるが、罅一つ入らず、眩く青白く輝き、井戸を中心として大地が脈動する。
螺旋掘りの井戸はむき出しの地層が、まるで陶器のように滑らかな質感となり、井戸の中心部に、岩山オアシスのコアルーム同様の感覚器たる魔石の柱が伸び、中央部に光り輝く従属核が鎮座する。
突如、従属核を中心として水柱が上がり、螺旋掘りの井戸が瞬く間に水で満たされ、村の各所の荒れた地面が、罅の隙間を通るように水が滲み、まるで大雨が降って止んだ時のように湿り気を帯び始めた。
(・・・・まぁ、これはおまけだな・・・。)
帰還を諦めていなかった住人の手によるものなのか、立ち去る最後の最後までメンテナンスしていた比較的状態の良い干しレンガの家は、従属核の放つ光に触れると、硬質化し、より丈夫で崩れなくなった。
殆どの家は風化して崩れ去ってしまっていたが、原形を残していて、手入れすればすぐにでも利用可能な施設は、従属核によって補強された。
既に井戸を中心として、散水管が村の周辺まで延ばされており、荒れ地を・・・特に砂の浸食が激しい場所に水を送った。
(土地の保水力が完全に失われていなくて良かった、あと少し遅れていたら砂漠に呑み込まれていただろう。)
従属核は、神経の様なものを伸ばしながら地形の状態を確かめ、枯れた水脈を利用して土地を灌漑したり、周辺の生物の分布を調べたりしていた。
(・・・奇妙な反応が荒れ地に幾つかあるな?散水の湿気に反応して微弱な生命反応を感じる・・・。)
地表には砂蛇やサソリなどの他に、岩トカゲなども確認されているが、灌漑を行っている土地周辺に奇妙な生命反応を感じた。そこは、他の荒れ地に比べてやや窪んでおり、干乾びた草の様なものがいくつも見られた。
(こんなところに草が?・・・いや、確かこの窪地は雨期に水没して小さな泉が出来る場所だった筈・・・っという事は?)
従属核は比較的太い散水管を伸ばし、窪地を満たすように大量の水を流し込み、荒れ地はボコボコと空気を押し出しながら大量の泡を発生させ、茶色く濁った泥水となる。
(・・・・これは、やはり当たりか、微弱な生命反応が増大・・・いや、次々とただの物質に近かった存在が水を取り込み生物へと変貌してゆく!)
そう、泉の跡地は、肺魚の産卵地でもあったのだ。特に、この肺魚は乾燥に強い種らしく、産卵後そのまま放置しても孵化する事は無く、完全に泉が干乾びて卵もカリカリに一度乾燥しなければ孵化しない構造なのだ。
降水量が大幅に減少した現在でも、この大干ばつを生き抜くことに成功したのは、ほかの肺魚よりも抜きんでた乾燥への耐性である。
(岩山オアシスの肺魚よりも乾燥に強い種だが、卵の特性が特殊過ぎるから繁殖は難しそうだな・・・ただ、水源を維持するだけでは駄目か・・・。)
(だが、肺魚も水草も即席の泉に新たな生命の形が生まれつつある、もう少し時間をかけて観察する必要があるが、上手くいけばこれらの遺骸が積み重なり、保水力を持った土地への材料となるかもしれない。)
従属核は、螺旋井戸の中心部を深く深く掘り下げ、従属核本体を守りつつ地形操作に障害を発生させない程度に格子状の蓋を多重に取り付け、井戸の最深部をコアルームとした。
それから暫くして、螺旋井戸や泉の水源を目当てに岩トカゲやラクダなどが村跡地に訪れ、次第に砂漠の植物もその土地に根付き始めた。
後に岩山オアシスに避難した元住民が、運び忘れていた物を取りに、キャラバン隊を組み、村跡地に訪れるのだが、その目に映ったものは、草が生い茂って浸食されつつある廃村であった。
泉の跡地は、つい最近枯れたのか若干湿り気を帯びており、まだ薄っすらと緑色を残した干乾びた水草が転がっていた。
驚くことに、とうに枯れ果てたと思っていた螺旋掘りの井戸は、水をたたえており、澄んだ水が、こんこんと湧き出ているようであった。
目的の物を回収した後は、そのままとんぼ返りするつもりでいたキャラバン隊はこの光景に驚き、村周辺を徹底的に調査した後、岩山オアシスに帰還した。
岩山オアシスの住民はその情報に驚き、その中に、螺旋掘りの井戸に潜ったキャラバン隊が、井戸の中心部にごく僅かだが、青白い光が見えたという情報を聞き、岩山オアシスの主との共通点を見出していた。
まだ、確定したことではないが、大干ばつに襲われる砂漠の地方ではあり得ない奇妙な現象にどうしても岩山の主を思い起こして仕方がないのであった。
・・・・・・実は、岩山オアシスの住民に砂漠を横断する従属核が幾つか目撃されているのである。
・・・荷車の車輪の様な奇妙な物体が、水をまき散らしながら転がっていた。
・・・蜘蛛の様で生き物ではなさそうな物体が、ぎこちなく歩いていた。
・・・車輪と帯を組み合わせた箱の様な物体が、奇妙な跡を付けながら移動していた。
等々、今まで砂漠で目撃例のなかった奇妙な物体が最近目撃されるようになり、何れもその中央部に強力な魔力を宿しているらしく、特に車輪型の物体は、軸に青白く輝く結晶体が露出していたという話だ。
「岩山の主様が種子を飛ばしている。」
「死にゆく砂漠を救うための使者を送り出している。」
「この砂漠に住まう人々は救われる。」
確定した情報でもないのにもかかわらず、岩山オアシスの住民たちはより強い信仰心を地底湖に祀られる御神体に向けて、祈りを捧げ、迷宮核はより強い力を身に着けるのであった。
(ふむ、観察している限りではこの村の住民の健康面で悪影響はなさそうだが、これだけ強力なエネルギーを送っていて大丈夫なのだろうか?)
(万が一という事も考えられるし、やはり何かしら彼らとの意思疎通ができないか試す必要がありそうだな・・・。)
岩山オアシスの村は新たなキャラバン隊を編成している。おそらく、水源を復活させた村跡地の元住民たちであろう。
だが、どうやらこのオアシスで結ばれた新たな家族もそのキャラバン隊に加わっているようだ。
(父親の故郷を初めて見る少年と、魔物の侵攻で村を奪われて避難し、避難先で夫と結ばれた母親の新たな故郷への旅か・・・人と人の縁と言うのは不思議な物だな。)
(あの廃村は再建され、再び貿易のための中継拠点としての機能を蘇らせるだろう。)
(それこそ、あの周辺にはまだまだ村跡地が点在している筈・・・そちらも余裕があれば私の分身を向かわせたいところだな。)
工具や食料、そして岩山オアシスで育てた作物の種子や苗を詰め込んだキャラバン隊は、息を吹き返した故郷の地へと向かって出発する。
長い間、岩山オアシスの開拓に従事していた壮年の男たちは、手を振り送り出す仲間たちに涙を流しながら大声で何かを呼び掛けている。母親とその子供たちは、どこかもの悲しそうに、そして期待を胸に岩山オアシスを後にしてゆく。
(さらば同胞たちよ、そして暫しの別れ・・・向こうでも私は君たちと共にあるぞ。)
水源が復活した村の元住民たちは、砂漠を渡り故郷へと目指して旅に出た。
砂漠は、いつ砂鮫を始めとする魔物たちの襲撃を受けるか分からない危険地帯であるが、不思議と一度もキャラバン隊は魔物の襲撃を受けなかった。
しかしそれは、迷宮核が密かにキャラバン隊付近にいる魔物を散水管で興味を引いて誘導させ、魔物と遭遇させないようにしていたのだが、彼らはそれを知る由もない。
迷宮核は、過酷な環境に生きる魔物たちにも情けをかけていたのである。
(サポートできる圏外に到達したか・・・村跡地に到着するまで、支援は出来ないが、砂鮫は荒れ地の堅い土を掘り進むことは出来ないから、襲撃される危険性は低いな。)
(あの村が中継拠点として復活すれば、いよいよ本来の営みに戻れる。この大地に生きる民に未来あれ。)
岩山の主は、ただただそう願うのであった。