霊晶石物語   作:蟹アンテナ

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道の駅

大河と砂漠の接点であり、大河の国と砂漠の民にとって重要な交易路である緑の帯。

ごく最近になって緑の帯の集落の祭壇が灯台に変化した事で行商人の旅路の安全性が高まり、交易が活発になり戦時とは思えないほど景気が上がっていた。

緑の帯の地下水路が迷宮核によって復活し、地表の緑が増えていなければ植生のまばらな荒野を進むことになり危険で厳しい道のりとなっていたが、この十数年でその環境は大きく改善されていた。

 

しかし、遮蔽物のほとんどない交易路は日差しが厳しく、緑の帯に不慣れな行商人は熱中症で倒れる者も多く、熱に耐性のある砂漠の民にとって快適ですらあるこの環境でも大河の民にとって過酷であった。

更に、砂漠周辺のように砂嵐が発生することも少ない荒野では防砂の小屋も少なく、行商人の休憩できる場所は緑の帯の集落に限られていた。

 

「あちぃなぁ」

 

「言うな、こちらもへばって来る」

 

「砂漠に住んでいる連中はこの交易路でも涼しく感じるそうだぞ?」

 

「本当かよ、砂漠方面はどれだけ暑いんだか」

 

「そろそろ次の村が見えてくるはずだ、はぁ、前の村の忠告通り明け方に出発すれば良かったよ」

 

「そうは言っても、客を待たせる訳には行かないだろう?ましてや日持ちするとは言え生ものだ。保湿サボテンを貴族のご婦人に届けないとな」

 

「せめて日陰でもあれば・・・・うん?」

 

緑の帯の交易路を歩いていると目的の休憩地点である集落の方向から奇妙な物体が向かってくるのが見えた。

 

「相変わらずデカいな」

 

「砂漠の民が祭る神様の使者だったか?何とも言えない造形だな」

 

四つの脚を踏みしめ、交易路をのし歩く石像は、ちらりと行商人を青白く発光する目で一瞥するも、興味を失ったかのように進路を逸らさずまっすぐ歩き続ける。

 

「見てくれはおっかないが、行き倒れた旅人を背中に背負って隣の村に運んでくれることもあるんだとか」

 

「へぇ、どう見ても魔物にしか見えないんだがなぁ」

 

「砂漠の民が神様だかなんだかと崇めるのも分かるような気がするな」

 

「どれ、ちょっと神様の使者とやらにお願い事でもしてくるか」

 

「おっ、おい!何をする気だ!?」

 

痩せ気味の商人の男が隊列から外れて、歩く石像へと近づいて行く。

歩く石像は、商人の男が近づいてくるのを確認すると歩みを止めて、向き直る。

 

「へぇへぇ、砂漠の神の使者様、いつも緑の帯の交易路を使わせて頂き有難うございやす」

 

青白く光る4つの眼球がチカチカと明滅し、岩石の体を揺らす。

 

「ただ、うちのキャラバンの中で緑の帯を歩き慣れていない奴が居やして、熱でへばってしまっているのでさぁ」

 

「どうかその大きな体であいつらの日陰になってくれやせんか?」

 

動く石像は、頷くように体を傾けるとキャラバン隊の方へと歩み寄り、太陽光線を遮るように位置取りし、彼らと並走した。

 

「おう、日陰になってくれるってさぁ!」

 

「おいおい、随分と大胆な事してくれたな、大丈夫なんだろうな?」

 

「他のキャラバンもあの使者様に助けられているからな、折角姿を見かけたんだからお願い事してもいいだろう?」

 

「後で何要求されても知らないぞ」

 

「見返りを要求されたって話は聞いたことないから大丈夫だと思うがな」

 

結局隣の村まで同行してくれた動く石像は、目的地に到着すると別れの挨拶に前足を片方だけ上げて左右に揺らすと、他の村の方面へと歩き去り、特に何かを要求される事も無かった。

休憩地点の村では、神の使者を日陰に使った事で長い説教をされる事になったが、大河の国のキャラバン隊は体力を温存することが出来、余裕をもって緑の帯の交易路を横断することに成功した。

 

場所は変わって岩山オアシスのコアルームにて。

 

(ふむ、大河の国の行商人さん達は変にかしこまった事も無く友好的だね)

 

(しかし、緑の帯は水源と休憩地点の村が多くて過ごしやすい方だと思っていたけど、それは飽くまで砂漠の民の基準で暑さに慣れていない大河の民には厳しい道なのかもしれないね)

 

(正直、防砂の小屋を設置することは無いと思っていたけど、村の中継地点にちょっとした日陰と休憩場所は用意したほうが良いかもしれないな)

 

(砂漠とは違って砂地ではなく固い岩場が多いし建物の安定性も良いから、地中に杭を打ち込む必要もないし、比較的楽に建てられそうだね)

 

(そう言えば生前、道の駅って奴があったっけ?ラクダが休める日陰と屋根付きのベンチでもあれば体を休めることが出来そうだな)

 

(流石に売店とかは用意できないけど、コストもそんなにかからないし試しに設置してみるか)

 

迷宮核はその日の夜、緑の帯で活動する従属核に信号を送り、休憩場の建設を命じた。

従属核フレームが履帯を回転させながら村と村の中継地点に向かい、地の魔石を使って砂や岩石を材料に屋根と椅子付きの休憩場を建造した。

村同士に繋がる地下水脈の上に建築されたそれは、パイプを通して地表に湧き出るように合成され、小規模な噴水が併設されていた。

 

複数の従属核が動いたために、設置自体は一晩で終わり砂漠の民は殆どその変化に気づくことは無かったが、真っ先にその異変に遭遇したのが家族で運営された小さなキャラバン隊であった。

 

「計算を間違えた、日が昇り切るまでに隣村へとたどり着ける筈がこうなってしまうとは」

 

「あ、暑いよぉ」

 

「我慢しろ、そろそろ半分を切るはずだ」

 

「えぇっ~!?これで半分なの?父さんもうここら辺で休憩しよう?」

 

「阿呆、却って熱で体を壊すわ、さっさと隣村へ進むのが一番安全だ」

 

「そんなぁ…」

 

「おい、あれは何だ?」

 

遮蔽物のない見晴らしの良い緑の帯の交易路は、同じような景色が続き変化に乏しい場所だが、それ故に遠くに変わったものがあると余計に目立ち異変に気付きやすいのだ。

多くの場合は、緑の帯や砂漠を闊歩する危険な捕食者であるが、発見が早い故に逃走するなり戦うなり対処する判断と準備の時間が稼げ、さらに最近は動く石像が徘徊することで魔物が追い出され襲撃の危険性も低下している。

だが、今回は魔物でも動く石像でもなく、何やら小屋か天幕らしきものが設置されている様であった。

 

「何だこれは?石材で出来ている様だが、骨組みだけの家か?」

 

「石で出来ているから硬いけど、背もたれ付きの椅子があるわね」

 

「床も平らですべすべした石畳で出来ている、凝った作りだな」

 

「見て!水が湧き出ている!っと言うよりもこれは噴水…かな?」

 

「砂漠の民が休憩地点として作ったのかしら?」

 

「わからん、だが丁度良い、ラバに水を与えて俺たちもこの屋根の下で少しだけ休憩だ」

 

「机と椅子付きなんて贅沢ね」

 

大河の国のキャラバン隊は屋根付きの休憩地点で数刻ほど休憩し、石の椅子に座ったまま仮眠をとった体は十分に隣村へ歩いて行けるだけの気力に満ち溢れていた。

 

「よし、一番暑い時間帯は過ぎたはずだぞ、後は気温が下がるだけだ」

 

「まだ余裕はあったけど水の補充も出来たし、ひとまず安心ね」

 

「父さんも水を浴びたら?母さんと私はもう終わったよ?」

 

「俺が寝ている間にか、そうだな隣村までそこそこ距離もあるからひと浴びするか?」

 

「あっ、違う違う裸で浴びたわけじゃないよ!頭を洗っただけ!服を脱がないでー!」

 

「流石にこんな見晴らしの良い場所で行水なんてしないわよ」

 

それから暫くして村と村の中間地点に突如として現れた休憩所の噂は瞬く間に広がり、確認の為に村から訪れた砂漠の民は石材が砂漠の神の使者の抜け殻と同質の石材で作られている事を知ると、益々もって砂漠の神への畏敬の念を強めるのであった。

 

(自然公園の屋根付きベンチを再現して作ってみたけど、好評みたいだね)

 

(作ってみて分かったけど、暑さに強い砂漠の民でも屋根付きの休憩場所は有難いみたいで狩りに出かける男衆の人とかも結構利用しているみたいだね)

 

(砂漠の中でも防砂の小屋とかは設置してあるけど、飽くまで緊急避難用だし、土台が砂だから破損率も高いんだよなぁ)

 

(しっかり作るには地中深くまで杭を打って平らな土台を作る必要もあるし、緑の帯に比べると難易度も高くてコストもかかるんだよね)

 

(それを考えると消費する魔力も少なくて済む屋根付きベンチは費用対効果も高くて良いかもね)

 

(もっと人の往来が増えれば、緑の帯の村の泉に潜ませている私の分身体も魔力を沢山吸収できるし、もう少しだけ休憩場所を充実させてみようかな?ふふふっ、こういうの作るとき楽しいんだよね)

 

その後、少しずつ休憩場は拡張されて行き、部分的に壁に覆われた半個室の小屋も建設され、大型キャラバンも休める量の椅子と机が揃ったそこは、自然と物資の集積所として利用されるようになるのであった。

 

(やはり人の営みは面白いな、私が用意したのは日よけと一息つくためのテーブルセット、雑魚寝できるくらいの小屋だったんだけど、建築資材を持ち込んで新しく増設し始めているね)

 

(あぁ、噴水と言う水源があるのも大きいのか、流石にオアシスの村程潤沢に使える訳じゃないけど、宿の一つは建つかもしれないね)

 

(文字通り道の駅になった訳だ、砂漠の民も逞しいな)

 

(噴水で狩りの獲物を洗う事も出来るし、のどを潤す事もできる。石材で竈を組んで簡易の調理所を作り食事をとることもできる)

 

(パピルスを編んで作った筵で仕切りを作って通気性を確保しつつ横風や日差しを防ぐこともできる)

 

(少しのきっかけを与えると、自分で快適な環境を作り上げてしまうんだ、本当に人間って凄いなぁ)

 

迷宮核は確かな手ごたえを感じつつも、岩山オアシスや緑の帯などの支配圏の拡張と改良を続ける。

緑の帯の往来が増え、やがて大河の国々から訪れるであろう旅人や商人を受け入れる基盤を整えるために、今日も試行錯誤を続けるのであった。

 

(大地よ、果てまで続く翡翠を抱け。天空よ、生命潤す慈雨を齎したまへ!)

 

大河と砂漠を結ぶ接点、緑の帯は更に安全性が高まり多くのキャラバン隊が往来するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

日よけ小屋

 

迷宮核が緑の帯の村と村を結ぶ中間の場所に建設した小屋。

強烈な太陽光線を防ぐ石材の屋根と、天井を支える骨組みで構成されており、見た目よりも丈夫に作られている。

屋根と骨組みだけの小屋に床と一体化した椅子と机が設置されており、長方形のベンチもいくつか設置されている。

地下水脈の上に建設されパイプを通して地表まで水が噴き出しており、排水溝付きの噴水となっている。

初期段階ではキャラバン隊や砂漠の民などに休憩に利用される程度であったが、迷宮核によって増築が行われコの字型の壁付き小屋が建設されたあたりから、砂漠の民が自発的に休憩所を改良して物資の集積地となり始めた。

今や、簡単な調理所や仮眠室、干しレンガ小屋など設備が充実しており、迷宮核の生前の世界に存在した道の駅に近い形になり始めている。

しかし物資の持ち込みで成り立っているので、それ自体に生産性はない、飽くまで休憩地点である。

 

なお、噴水の排水溝に流れる下水は、地質を利用したろ過装置を通り地表に分散したり地下水脈に戻ったりする。フィルターは現地の従属核が定期的に入れ替え、有機物を固めた後に地表に捨てている。それは砂漠の生物の貴重な食糧となるのだ。

 

 

 

 

 

防砂の宿

 

砂漠の民が迷宮核の作った日よけ小屋の近くに建設した干しレンガの小屋。

一応防砂の小屋のカテゴリーであるが、こちらは人が居住可能な大きさで作られており、近くの村から人員が交代で派遣され宿として運営されている。

砂漠の神が作った休憩場に人の手を加える事に対して議論されたが、男衆や守り手なども利用する事も有って休憩場の利便性を高めるために試験的に運用されるようになった。

水源もあるために庭に葉野菜などが植えられており、この宿が設置されている休憩場に限り、限定的ながら自給自足できるようになっている。

とは言え、元から物資の乏しい荒野に建設されているので大部屋しか無く、パピルスの筵を敷き毛皮を上からかける程度の設備しかないので上等ではない。

水源が小さな噴水だけなのでこれ以上拡張するのは難しいが、緑の帯を横断する多くの旅人に好評である。

 

 




時間を見つけてこつこつと書き進めます。

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