国境や山脈を迂回しつつ、運搬距離を縮める交易路として使われている緑の帯と呼ばれる荒野は、かつて干ばつで集落が絶滅し行商人たちが集落で補給出来なくなり他の交易路を使わざるを得なくなっていたが、実は姿を消していた砂漠の民は砂漠奥地の水源に住民たちが各集落丸ごと避難していただけであった。
時がたち村跡地の井戸や泉などの水源が復活してから緑の帯の集落が再建され、再び交易路として使われるようになった。
緑の帯が使用不可能になっている間、交易路として使われていた国々は関税や通行税が緑の帯復活によって得られなくなってしまったため、砂漠の民に不満を覚えるものも多かったが、それ以上に利益が大きいので表立って不快感を表すことはなかった。
しかし、全ての国が理性的に振舞えるわけでもなく、ウラーミア王国を筆頭として砂漠の民に危害を加える国や組織が現れ始めた。
前者では現在も続く大河を巻き込んだ戦争に発展し、後者は激減したものの散発的に発生し砂漠の民や行商人の頭を悩ませていた。
「くそっ、盗賊共め!」
「何人やられた?」
「全員生きているが、こいつは応急処置しないと不味い」
「砂漠の民の村はすぐ近くだ、頑張れ!」
「荷車は俺たちが押して行く、ラバに乗せて先にそいつを連れて行ってやれ」
「物陰が無い所での弓矢は脅威だな、何か対策しなければ」
緑の帯の集落に行商人が傷ついた仲間をラバに乗せて転がり込んできて砂漠の民の警戒心は高まったが、後続の者たちが村にたどり着いた後も襲撃が無かったことから村を標的にしていない事が分かり、警戒を段階的に解除していった。
(また行商人が襲われたのか、それも盗賊に)
(話を聞くに、盗賊団の規模は年々縮小して行っている様だね、大河の国々が兵を派兵して盗賊の拠点を潰していってくれているのが大きいのかな?)
(私も定期的な巡回をもう少し増やした方がいいのかもしれないな、正直出費が痛いけど、砂漠を横断する人が減るのも問題だ)
(交易は砂漠の民にとっても生命線、それが脅かされるのは死活問題だし各集落に埋め込んでいる防衛機構をもう一度見直してみるか)
迷宮核は従属核に指示を出し、岩に埋め込まれた固定射線や落とし穴などの防衛機構のメンテナンスや緊急防衛用の武装フレームの調整を行った。
普段地表を歩いている従属核フレームは必要最低限の機構と身を守るだけの装甲のみで戦闘用に作られているものではないが、盗賊や魔物への対策が不十分と判断し、単発式の弩砲と近接攻撃用の突起が搭載された。
これにより、重量が増えた事で多少機動力に影響が出たが、外見的な圧力は高まったので、砂漠を横断する者たちに威圧感を与えるようになった。
「なぁ、最近ここを歩く石像ちょっと大きくないか?」
「大きいどころじゃない、背中に巨大な弓を背負っているぞ?」
「本体も弦も金属でできているのか? どうやって?」
「分からん、兎に角あんなものに襲い掛かられたら一溜りもないという事は間違いない」
行商キャラバンとすれ違うと、複数の青白く光る眼が点滅して片前脚を左右に振る。
「あ・・・ああ、どうも」
「幸い俺たちにあの巨大弓が向くことは無い様だな」
「一応砂漠の神様の使者らしいからな、困った人を助けてくれるとも聞くが」
「その代わり犯罪を犯したり盗賊になったものには容赦はしないんだろう?」
「村から追い出される程度の事もあるらしいから物にもよるんじゃないか?」
「とは言え、悪事に手を染めなければ良いだけの話さ、兵士の巡回みたいなもんだと考えればむしろ頼もしいだろう?」
「違いない」
場所は変わって、緑の帯と大河の国の接続口となる場所にて・・・・。
「逃げろ! 盗賊だ!」
「くそっ、レイカポンダ水霊国から仕入れた水の魔石が狙いか!」
「どこから嗅ぎつけたんだ?こいつを仕入れるのにどれだけ費用が掛かったか」
「そんなのはどうでもいい、命があってこその商売だ!」
「足の速い奴が居る! 矢に気を付けろ!」
行商キャラバンの前に複数の盗賊が回り込み、弓矢を構える。
「回り込まれ、しまっ!」
行商キャラバンの機動力を奪うためにラクダを狙うが、突如として風切り音と共に巨大な質量を持った何かが回り込んだ盗賊の頭上から降り注ぎ、四肢を破裂させながら圧死させた。
「なんだあれは!?」
「岩が空から降ってきた!?」
空から降ってきた岩石の塊の様な物体は、側面が割れ脚部と思われる部位を展開し、変形しながら上部から太い槍の様な矢を射出していった。
人外の力で引き絞られた鋼線ワイヤーの張力が合成岩の矢を放ち、穿つというよりも破裂するような凄惨な死を盗賊たちに与え、行商キャラバンと盗賊共に激烈な衝撃を与えた。
「うぎゃあああああ!! 化け物だあぁぁ!!」
「良くも仲間を! ぶっ殺してやる!」
「馬鹿な真似はよせ! 殺されるぞ!」
怒りで血が上り武装従属核フレームに挑む者、恐怖で蜘蛛の子散らすように逃げ惑う者、共に等しく強力な弓矢に射貫かれ絶命し、あるいはその巨体を支える強靭な脚部に蹴り飛ばされ踏み潰された。
非武装の従属核フレームでもその巨体と油圧機構で盗賊を殴打すれば負ける事のない相手だが、上部に増設された弩砲は逃げに徹した獲物を取り逃さなくなり、短剣の様に鋭い突起物は油圧機構と合わさりその殺傷力と破壊力を高めていた。
遠距離攻撃が可能となった事で盗賊たちに情報を持ち帰り難くさせ、迂闊に緑の帯に手を出す代償の重さを理解させた。
そうして、悪意を持つ者たちは緑の帯に干渉する事を避けるようになっていった。
「やったぞ! ざまぁみろ盗賊共め!」
「とんでもねぇな、人間の形をとどめていないぞ?」
「な、何なんだよあの化け物は?」
「知らないのか? 緑の帯に出没する砂漠の神様みたいなものらしい」
盗賊を踏み潰し返り血や人体の破片がこびり付いた巨体が行商キャラバンの方に向き、複数の青白く輝く眼が明滅する。
「ひっ」
「落ち着け、俺たちに危害を加えない筈だ、たぶんな」
「多分って…」
「っ! 動くぞ!」
武装従属核フレームは、頭を下げるように屈み、反転して緑の帯の村の方面へと歩いて行った。
「助かった、のか?」
「たぶんな」
「取り合えず、盗賊共から武具を拾い集めて遺体を埋葬しておけ」
「そうだな、魔物たちが血の臭いを嗅ぎつけて集まってきても危険だし、使えそうなものだけ拾って先に進むか」
「あいつが歩いて行った方向に確か村があった筈だ、追いかけるぞ」
行商キャラバンが遠くに村の影を確認した時、突如4つ脚の物体が地面に沈んでいって跡形もなく消えてしまった事に驚くが、たどり着いた村の村長宅にてそれは砂漠の民の村人にとって日常的な風景の一部らしく、あの石像が定期的に砂漠を巡回しているとの事であった。
だが今回は泉の祭壇が突如筒状に変形し、爆炎と共に巨大な岩が遠くに射出されたらしく、盗賊の襲撃を察知して飛び出していった様子だったという。
あの石像は砂漠の神ではなく、正しくはその神の使者であるらしいが、行商キャラバンは命を救ってもらったことに深く感謝し、緑の帯を抜けるまで各村で欠かさず祭壇に祈りをささげたという。
人は力強い存在に守られている事を自覚すると安心を感じ、治安も良くなる。
そして実際に、緑の帯の交易は盛んに行われるようになり、消費意欲も高まり景気も戦時とは思えないほどに高まっている。
反面、悪意がある者には砂漠の民とそれを守護する砂漠の神の存在は彼らに強烈な威圧感を与えた。
(ふぅ、どれだけ気を付けていても悪巧みをする輩は現れるもんだなぁ)
(試験的に作った大弓だけど、威力は中々のものだね)
(鉄を集めるのは大変だったけど、大河の水底の泥にそこそこな鉄分があるみたいだね)
(人間が集めてそれを製鉄するには割に合わないけど、地形操作能力の応用で金属塊を合成するのは朝飯前だ)
(水没した行商路の川にも上流から鉄分を含んだ泥が流れてくるし、少しずつ鉄の備蓄を増やしていこう)
(本当はもっといろいろな用途がある素材だけど、人や動物の命を奪う様な事には使いたくないんだよなぁ)
(でも、仕方が無いか、砂漠の民にも大河の民にも共に歩んで行ける未来と可能性が残されているんだ、今この瞬間を生きて生き延びてその先を見ないとね)
(朝日が昇るのを、夜明けを待とう、この大地に生きる命が手を取り合えるその刻まで)
そうして、砂漠の民の努力と大河の民の活力、迷宮核の加護により緑の帯は束の間の平和を享受するのであった。
武装アタッチメント弩砲
従属核フレームに搭載できる外付けの武装パーツ。
油圧機構で弓の弦を引き絞り、合成した岩石の矢を放つ仕組み。
炭素量を調整した良くしなる本体と、鋼線で作られた弦によって信じられないほどの破壊力を生む。
元々金属資源に乏しい岩山オアシスでも迷宮核の力で物質生成が行われ少数だけの試作品が作られていたが、外部から資源が得られる緑の帯の環境ではそれが解決されている。
しかし、反面魔力が岩山オアシス程潤沢に用意できる訳でもないので、岩山オアシスで作られた試作品のデータを応用して作るのが限界で、緑の帯で試作品を作るのは難しい。
近々、バケツリレー方式で従属核フレームで金属資源を岩山オアシスに輸入する予定らしい。
武装アタッチメント爪
従属核フレームに搭載できる外付けの武装パーツ。
短剣や魔獣の爪を思わせる硬質な突起が脚部などの可動部分に取り付けられており、油圧機構で衝突させることで恐ろしい破壊力を生み出す。
魔力を特別多めに込めているので、砂を素材にしている割に強度も高く、砂と侮って食らうと原形を保てる保証はない。
殺傷力を高めるために多く取り付けるために、刺々しい威圧感を与える外見になる上に、重量が増して燃費や機動力が悪化する問題がある。
魔物や盗賊との戦闘で剥がれ落ちた突起を研いで短剣に加工する砂漠の民も居る。
緑の帯防衛機構
固定射線をはじめとした防衛装置が砂漠の民の村に埋め込まれており、特に緑の帯の集落には重点的に配備されている。
落とし穴や落石ワイヤートラップなど古典的な物から、切断ワイヤーなど凶悪な物も存在し、砂漠の民を狙う盗賊たちから恐れられている。
これが原因で、砂漠の村を直接襲わずに村の外に出た者を狙う戦法に変更された経緯がある。
メリークリスマス。(間に合わず