granblue fantasy その手が守るもの side story 作:水玉模様
それでも、最近はなんだか書いてる間すごく集中できてるので、クオリティは上がってる……気がします。
そんなわけでフェイトエピソード ナルメア編。
どうぞお楽しみください。
少女ナルメアは目の前で繰り広げられる攻防に息を呑んだ。
自分とさして変わらないであろう年齢の少年が、二倍も三倍もありそうな巨躯のドラフを相手にして果敢に挑み、あまつさえ刃を合わせ切り結んでいるのだ。
『はっ!』
『むんっ!』
膂力においては二人の間には隔絶された差がある。少年の方は勝負の土俵にも立てないであろう。
互いに気の入った声が漏れながらも片やギリギリの所で受け流し、片や逃すまいと押しこんでいく構図が繰り広げられる。
危ない──再びナルメアが息を呑んだ瞬間、白刃は少年を捉えようとしていた。だが、その瞬間少年は恐るべき事に受け流しながらも前へと踏み込む。
引きながらでは押し切られる。故に活路は前進する先にしかないと直感的に察知したのだろう。刃を滑らせ、巨躯との差を活かすように懐へと……それも頬を掠める至近で刃を躱して飛び込んだ。
『ぬ!?」
『おおお!!!』
飛び込んだ勢いそのままに、繰り出されるは最短を奔る刺突。相対する巨躯の腹部目掛けて繰り出された刺突は、遠慮も加減も無しの全身全霊と呼ぶにふさわしい。
決まれば軽傷では済まない。当たり所によっては死すらあり得る少年の刺突はしかし、男にはまだ児戯に等しかった。
『うむ、中々』
『なっ、がはっ!?』
刀を握る柄から離された二本の指。
繰り出される刃の横に指を添える。その僅かな動作だけで男は少年の刺突からその身を逸らす事に成功し、懐へと飛び込んできた少年にカウンターの膝を見舞う。
こちらもまた、遠慮も加減も知らぬ反撃。その身の軽さゆえに大きく吹き飛ばされることで逆にダメージは大きくならないかもしれないが、とても大人が子供に稽古をつけて見舞う威力ではない。
見事に宙を舞う少年は受け身を取りながらも、地面を無様に転がる事になった。
『つぅ……捉えたと思ったのにな。クソ』
『虚を衝いたという意味では相違ない。惜しむらくはその小さき身では如何に大きく踏み込んでも早さが出ぬことか』
『あれで遅いって言うのは爺さんくらいのもんだぜ』
『我に届かなくば意味もあるまい』
『ちっ、簡単に言ってくれやがって……とりあえず、今回はここまでだ。もう、身体が動かない』
『精進しろ──次なる時を待っておるぞ』
『次こそ仕留めてやるからな』
その手に握られた刀を収めると、ザンバは興味を失った様にその場を去り自身の鍛錬へと向かうのだった。
その背を睨めつけながら、淡々と返されるぶっきらぼうな言葉に眉をしかめて、件の少年セルグは地面へと身体を投げ出した。
彼ついて回るようになってから幾許か。
たまに行われる全力の試合──その全てにおいて、セルグは未だザンバに一太刀を入れることはできなかった。
“すべての心配りを捨てよ。我は決して
これが、試合を行うようになった最初に出されたザンバからの課題であった。
始めは何を言っているのだろうかと疑問を抱いたセルグであったが、直ぐにその意味を身をもって理解する。
純然たる実力の差。隔絶された力量の差。その日、ボロ雑巾の如く打ちのめされたセルグはそれを思い知らされた。
どれだけセルグが本気で殺そうと掛かったところで、ザンバは軽々といなし。どれだけセルグがザンバの攻撃を見誤ったとしても、ザンバは寸前で刃を止める事ができる。殺す心配も、殺される心配もなくザンバに挑む事がセルグに与えられた課題であった。
生殺与奪の権利を完全に掌握された戦いにおいて、セルグができることはただ一つ。相手となるザンバの命を奪う一心で全てを掛けて挑む事のみ。
それでも、未だ一撃すら入れられない。
それが、セルグとザンバの現実であった。
『──遠いな。爺の背中は』
諦めを含みながら呟かれた言葉は、傍で見ていたナルメアにも届いていた。
『お疲れ様』
『ナルメア、見てたのか?』
『うん』
『中々に無様だろう? 爺に付いて回ってしばらく経つってのに、未だオレは一撃たりとも爺に入れる事できずにいる────本当に、遠い』
『私からすると、対等に切り結んでるだけでとても凄い事なんだけど……』
自嘲を見せるセルグに対して、ナルメアの胸には嫉妬に似た感情が渦巻いていた。
それはザンバから師事を受けている事に対してか、或いはザンバと切り結ぶことのできる実力に対してか。
いずれにせよ、憧憬の的であるザンバが彼の事を見ていることに変わりはない。
彼等がナルメアの道場に訪れて暫く経つが、最初の邂逅以来一度たりとも自身に声をかけてくれる事のないザンバを考えると、ナルメアの胸中は複雑であった。
『そんな顔をしていても、爺は見てくれやしないぞ。素直に声を掛ければ良いだろう』
『ッ!? そんな顔、してない!』
表情に出ていたか……羨望と嫉妬の感情を読み取られたセルグの言葉に、ナルメアは慌てて顔を背けて否定の言葉を口にする。まだまだ感情を隠しきれるほど齢を重ねているわけでもない。向けてしまった羨望と嫉妬の感情をセルグに気取られたくはなかった。
彼自身には何も落ち度はないし、もっと言うのであれば彼はザンバの背中を追いかける自分の事を気にかけてまでくれている。
知らず向けてしまった嫉妬の感情を、ナルメアは必死に押し殺そうした。
そんなナルメアを見て、セルグは一つため息を吐くと、地面に投げ出していた身体を起こして口を開いた。
『勘違いしているみたいだから訂正しておく……これは爺が手解きしてくれてるような優しいものじゃないからな』
『えっ、それってどういう……?』
『爺からすれば本気で殺しにかかってくるオレは良い練習台ってわけだ──命を懸けた本当の死合の為のな』
『命を懸けた……死合』
『稽古ではなく実戦。それを想定した本当の戦いって事だ。要するにオレと爺は全力で殺し合いの練習をしているんだよ』
『そんな……そんなの一歩間違ったら!?』
『もちろん致命的だろうさ。だが、その一歩を間違えず間違えさせないのがあの爺なんだ』
ナルメアは驚嘆するしかなかった。
試合の内容も、その意味も、今のナルメアにとって次元の違うレベルの話だ。
仮にセルグの立場となった時、自分にそれができるだろうか……いくら適わない、攻撃が届かないとわかっていたとしても、ザンバを本気で殺しにかかることなどできるだろうか。
否──他者の命を奪うことは人が本能的に忌避する行動だ。相応の理由がなくば、意味がなくば、心のどこかでブレーキがかかる。
まだ少女のナルメアにそのような事できるはずがない。むしろできるセルグが異常である。
そしてまた、平然と行わせるザンバもまた、異常と言って差し支えないだろう。
自分が追う背中の意味を知り、ナルメアは戦慄した。
強さの頂に至るには、そこまで狂気に身を染めなければならないのだろうか。
僅かに身を震わせるナルメアだったが、その頭に優しい感触が乗せられる。
『わかっただろう。オレと爺は師弟関係なんかじゃない。強さを求めるうえでの都合の言い練習相手ってだけだ。だから、無理して爺の背中を追いかける必要なんかない』
『でも……決めたの。強くなって、あの人に見てもらうって──』
『だとしても、それで無理をしてどうする? 昨日も一緒になって型の稽古をして、あちこち筋肉を傷めているだろう?』
『っ!? どうして──』
『爺とナルメアじゃ体格も筋力も違う。できる型とできない型があるはずだ。無理してやればそうなる──ほら、こっちに来い』
自身の状態を見透かされ驚きながらも、促されるままに座っているセルグの前に背を向けて座り込むナルメア。
すると慣れた手つきで、彼女の強張った筋肉をセルグは解していく。
セルグにとってはもはや習慣になりつつあった、ナルメアの整体。毎日毎日、無理と無茶を重ねてザンバを追い続けるナルメアを見兼ねたセルグが少ないながらもできる事であった。
『──んっ、くっ……つぅ。ありがとう……やっぱりセルグさんの手は、優しいね』
『何を言ってる急に。全くまたこんなにも自分の身体を痛めつけやがって……癖になっても知らねえぞ』
『良いよ……その時はまた、こうして治してもらうもの』
『……バカ言ってんじゃねえよ。お断りだ』
それきり、互いに言葉を発することなく、静かな時間が過ぎていく。
嫉妬渦巻き荒んだナルメアの心は既に穏やかになっていた。
自分を気に掛けてくれている。その上己の無茶を看過できずにこうして整体までしてくれる。
心身共にこそばゆくなるくらい、優しい手の感触が心地よくて、ナルメアはされるがままにセルグの施術を受けた。
しばらくの間、そこには穏やかな空気と時折漏れるナルメアの吐息だけが流れていく。
『ねぇ……それじゃあ、代わりにお兄ちゃんって呼んで良い?』
『は? また意味わからん事を急に』
『だって、お兄ちゃんの手とても安心するんだもの』
『許してねえぞおい。勝手にそんな呼び方はやめろ』
『私にとってお兄ちゃんは兄弟子になるわけだし……ね、いいでしょう?』
『だから師弟関係にはないと言っただろう。わからないやつだな』
『良いの。私にとっては同じ事だから』
『はぁ、聞き分けの無い奴だな──どうせここに居る間だけだ。好きにしろ』
先程みせた嫉妬と羨望に染まった顔が、今は穏やかな笑みを浮かべている。
それを考えると無下に断るのも忍びなく、結局は根負けするセルグ。
ぶっきらぼうに答えながらも照れ臭そうにしているのは満更でもないのだろう。
『ふふ、ありがとね……お兄ちゃん』
──────────―
浮かび上がる意識と共に、ナルメアは瞼を開けた。
またいつの間にか瞑想の最中で寝入ってしまっていたのだろう。丁寧に座った姿勢のまま、器用に眠るのももはや慣れたものであった。
「懐かしい……初めてお兄ちゃんを、お兄ちゃんって呼んだ記憶」
随分と忘れ去っていた思い出だった。
あの日のすぐ後に、二人は道場を離れまともに挨拶することもなく別れとなってしまったのだ。
当時はそれがショックで、知らず知らず思い返さないようにしていたのだろう。
今更何故そんな記憶を夢に見たかと考えると、ナルメアの頭にはすぐにその理由が思い浮かんだ。
周囲を見れば荒野──自然豊かであったはずの山の中の一角。嘗てグラン達と初めて出会った場所であったが、今は見るも無残な荒野になり果てていた。
自身の身体を見ればあちこちに傷はあるし、筋肉を酷使しすぎて痛みが酷い。
無理と無茶を重ねた鍛錬の結果であった。
「また、怒られちゃうかな……」
自嘲を見せながらも休憩は十分だろうと、再び立ち上がったナルメアは構える。
一閃。
節々に走る痛みを無視して流れるように抜刀。
剣圧が、眼前の地面を削っていく。
“じっちゃ、よく団子とかおはぎとかあちしに買ってくれるんだ~! ”
脳裏によぎる幼い少女の声。
それを振り払うように、再び一閃。近くを流れる川が断たれた。
“いっつもムスーってしてるけど本当は優しくて、あちしのことちーっちゃい頃から面倒見てくれてるんだよ! ”
目の前に幻影のように映る少女の声を消し去るべく乱れ舞う。
角度を変え、姿を変え、流麗な舞踏のように綺麗な曲線の軌跡を描く刃はその見た目とは裏腹に周囲を微塵に刻んでいく。
“もう夕方だ!? じっちゃ心配しちゃう! あちし帰らなきゃ! ”
言い様のない感情がうねる様に鎌首をもたげ、感情のままにチカラを解放した。
荒れ狂う剣閃は先程の流麗からかけ離れ荒々しく猛々しいものへと変化していく。
“十天衆が一人、フュンフ! だよ! ”
それは彼女の心を映す様に、勢いを増していき周囲を裂き、割っていく。
残されるのは、無残に吹き散らされた自然だったものの成れの果てだった。
「はぁ……はぁ……また、やっちゃった」
瞑想をして落ち着き、型の稽古に入るつもりであったというのに。
脳裏にちらつく声と現実に、一度として彼女の心は穏やかになることは無かった。
数日前にグラン達と降り立った島で出会ったハーヴィンの少女。
十天衆が一人、魔導の申し子フュンフ。
同じ十天衆が一人、刀神オクトーが彼女と懇意にしていたことは風の噂程度で耳にしていた。
でもそれは同じ十天衆だから。同じレベルの強者であるから。
だから懇意にしているのだろうと……思っていた。
しかし、出会ってみればそれはまだ
そしてその幼子が家族自慢として、ナルメアが全く知らないオクトーの姿を語るのだ。
優しい? 心配?
そんなもの自身は露として掛けられることはなかった。
それでも、強者となれば振り向いてもらえる。その一心で強くなることだけに人生を捧げてきた。
何が違うのだろうか────彼女と自分は。
一体何が足りなくて、自分は認められず、彼女は彼に目を掛けられるようになったというのだろうか。屈託なく笑う、表裏の無い少女に対して未だ嘗てない程嫉妬の感情が渦巻いた。
嘗て兄弟子だったセルグとは違う。まだ十歳にも満たない少女が彼に認められる現実を直視できなかった。
燻る想いを悟られたくなくて、ナルメアは何も告げずにグランサイファーを降りた。
また一から鍛えなおすべく、嘗て籠ったこの山で再び鍛錬をやり直すことにしたのだ。
「でも……もう、どうすれば良いのか……わかんないよ」
零れ出た声は恐ろしい程に弱弱しかった。
儚く、今にも壊れてしまいそうな危うさを持つ。迷子の幼子の如きか細い声。
いつもグラン達の世話をするナルメアの溌剌とした姿はどこにも見られない。
「ねぇ、どうしたら……私は強くなれるのかな」
誰に問いかけるでもなく、疑問を漏らす。
流すまいと堪える涙が滲んで視界を霞ませる。
「うぅ……くっ……うぅ……」
一度零れれば、もう止まることは無かった。
「昔はどんなに辛い稽古でも涙を流すこと無かったっていうのに、今は随分と涙脆くなったな」
突然耳を震わす声に、ナルメアは顔を上げた。
そこには、先程夢に見た兄弟子セルグの姿があった。
傍らの黒鳥ヴェリウスに乗ってきたのだろうか? そこに居たのはセルグ一人で、周囲にグラン達の気配は無い。
だが、今自分の顔を最も見て欲しくない人物の一人である。
夢の時と同じように、ナルメアは上げた顔を伏せ、目を背けるのだった。
「お兄……ちゃん。どうしてここに?」
「急に居なくなったと聞けば探すのが普通だ。オレだけじゃなく、グラン達もな。ヴェリウスに伝言を頼んだからもうじきここに来るだろう」
「そっか……また、迷惑かけちゃったね」
「そう思ってるなら勝手に居なくなるな。オレはともかくあいつらは多かれ少なかれお前を頼りにしてる。ルリアもジータも、お前が居なくなって泣きそうだったぞ」
「うん、ごめんなさい」
予想通りと言うべきか。心配をかけてしまう事はわかっていた。
こんな自分でも、居なくなれば彼らは気に掛けてくれるだろう。優しい子達なのだ。
だから、何も言わず出てきた。嫉妬に狂った自分を見て欲しくなかったから……
「随分と荒らしたな……事情は大体察しが付くが」
「察してるなら……帰ってよ」
「そうはいかない。ほら、久方ぶりだがこっちに来て座れ」
「────うん」
あっ、と息を漏らすとその言葉の意味に気付き、ナルメアは促されるままにセルグの前に座り込んだ。
するとすぐに、温かい手が酷使しすぎた身体を癒しに動き出す。
変わらない……慣れた手つきで施される施術は、夢と同じ様に荒んだ心と共に彼女の身体を解していった。
「昔も言ったな。無理をしてどうする? こんなに身体を痛めつけても鍛錬は捗らないし効果も上がらない」
「でも……だって……私は弱いんだよ。こうでもしないと──」
「それで心配する身にもなれ。お前がそうやって無意味に自傷すれば、グラン達は更に心配する。今度はルリアもジータも泣くぞ」
「それ、でも……私は」
それきり、黙り込むナルメアにセルグも声を掛けられず、静かな時間の中二人の間にはわずかに残された自然が織り成す音だけが耳を揺らした。
痛むのだろう、時折漏れる痛苦を堪える声にセルグが何度か眉を顰めて問題は無いかと問うが、それ以外は互いに言葉を交わすことは無かった。
「これで少しはマシになっただろう。とりあえず暫く鍛錬は禁止だ。酷使するにも程がある」
「ごめんなさい、また迷惑かけちゃって」
「もう謝るのもやめろ。別にオレは迷惑だなんて思っちゃいない。それより──」
施術を終えたセルグはナルメアの横に並ぶように座った。
その目は普段の彼らしからぬ不安に彩られていた。
「一体いつまで、こんなことを続けるつもりだ?」
「わかってるんでしょ? あの人に振り向いてもらうまで……」
「言っただろう。あいつは己の強さにしか興味がない。少なくとも以前はな……今がどうかはわからんがフュンフが慕っているというのなら変わってるのかもしれん。振り向いてもらいたいならお前も逢いに行けば良い。それだけで済む話だろう────いつまで、届かない声を叫んだまま研鑽を積み続けるつもりだ?」
「でも、こんな弱い私じゃ! あの人に声を掛けてもらう事なんて……」
「弱いなんてのはお前の物差しでしかない。爺が言ったわけでもなけりゃ、フュンフに負かされたわけでもないだろう。少なくともグラン達はお前を強者として慕ってい──」
「それこそっ! 私が強い証明になんて、ならないよ!」
再び感情が溢れて涙を零すナルメア。
自分が強い等と、信じられなかった。何を言われようと、脳裏にちらつくオクトーとフュンフの存在。
無垢な笑顔と共に、オクトーの事を語るフュンフの存在が、ナルメアに自身の強さを否定させる。
それ程までに、ナルメアにとってフュンフの存在は大きなものであった。
「そうか……」
ポンポンと温かい手がナルメアの頭に乗せられると、セルグは観念したかのように立ち上がった。
「これ以上は、言っても無駄だな」
「お兄……ちゃん?」
優しい声音と雰囲気はそこまでだった────立ち上がり、少しだけナルメアと距離を取ったセルグは振り返ると、その双眸を鋭く変化させナルメアを見やる。
徐々に増していくのは殺気。それは紛うことない、嘗て少年時代に目の前で繰り広げられていたザンバとセルグの鍛錬の時と同じ。
本当の死合をするときの気配であった。
「構えろ、ナルメア」
天ノ羽斬の鯉口を切る。既にそれは臨戦態勢の証。
剣士としての
驚くことに施術の施された身体は先程までが嘘のように軽くなっていた。これであれば万全とは言えなくとも全力は出せよう。
だが、その状態であっても目の前の兄弟子とまともに戦えるかと問われれば難しい。
「本気で? お兄ちゃん……」
「本気だ。正真正銘、命を懸けた全力。切り替えないと死ぬと思え」
天ノ羽斬に光が集う。全開解放──それはセルグが本気で戦う時の状態を表す。
もはや疑う余地はなかった。目の前にいる兄弟子は、自分と本当に死合うつもりだと。
愛刀を腰に差し、戸惑いつつもナルメアは構えた。
真意は読めないが、余計なことを考えていてはこの命容易く刈り取られると、剣士としての本能がそれを理解する。
「それで良い。行くぞ────お前の弱さを否定してやる」
宣言と同時に、セルグの姿が掻き消える。
天ノ羽斬による自己強化の極み。そこから齎される圧倒的身体能力を駆使して踏み込む。
察知した瞬間には、ナルメアの懐へと飛び込んでいた。
「はっ!!」
「くっ!?」
先日の手合わせレベルとは違う全力の踏み込み。その深さが彼の本気を物語る。
後退と合わせて、距離を稼ぎながら刃を逸らすことに成功したナルメアは反撃とばかりに刃を返す。
「やぁ!!」
「ちっ!?」
今度はセルグが防ぐ。振り切られる刃の軌跡を変えるように一閃。
見えない剣閃がナルメアの刀を弾き返す。
二人の視線が交錯する。そこは既に、剣士だけの絶対領域となり、互いの目だけで次なる動きを読みきる攻防へと突入していく。
膂力。そして圧倒的な剣閃の早さで押すセルグに対して、ナルメアは小柄な肉体を駆使した身軽で俊敏な移動を用いてセルグを翻弄する。
その姿、正に胡蝶の如く。
以下に早く鋭い剣閃をもってしてもひらひらと舞う蝶を捉えることは容易ではなかった。
「ちっ、多刃!」
「(これは前回も見た瞬息連斬の技……見切れる!)」
焦りと共に振るわれた技に、僅かな隙を見つけ踏み込む。
寸前のところで天ノ羽斬を挟み込み大きく距離を取ったセルグは冷や汗を流しながら、ナルメアの出方を伺う。
「(やっぱり、お兄ちゃんは強い……隙を突いても軽く躱される)」
縮地を用いて背後を取ったナルメアが再び攻めに転じる。
対するセルグは、長する剣閃の早さでもって迎撃。
勝負は互角のまま、長い剣戟の嵐へともつれ込んだ。
息する間もない僅かな時間の中での剣閃の嵐。
互いに必殺となる一閃をこれでもかと見舞い、それらを全て互いに防ぎ躱していく。
ナルメアの鍛錬によって荒れに荒れた山の一角を、更なる暴虐に晒しながら二人の戦いは続いていった。
その最中、ナルメアは不思議な心地の中にいた。
「(なんだろう……少しずつだけど、お兄ちゃんの動きがわかってくる)」
振り抜かれる斬撃の軌跡を予想するまでもなく、斬撃の向き、角度、間合い。それらが感じ取れるような感触。
「(手を……抜いていると言うの? 真剣勝負の最中で)」
まるで導かれるような、そんな感触。流されるままに、ナルメアはセルグの中に隙を見つけた。
「(自分から……いきなりこんな殺し合い紛いの事をけしかけておいて……)」
総毛立つ程の黒い感情がナルメアの心を支配していく。
振るわれる天ノ羽斬を完全な形でいなし、鎌首をもたげた感情のままに、必殺の一閃を──
「ナル姉ちゃん、だめーーー!!」
振るわれた必殺は、割り込んできた幼い少女の声に遮られた。
いかがでしたでしょうか。
脚色しまくりのナルメアとオクトーにセルグを加えたエピソード。
ゲームのフェイトエピから作者が読み取ったナルメアの内面を上手く描けていれば良いのですが……
感想お待ちしております。