granblue fantasy その手が守るもの side story   作:水玉模様

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一狩りいきます。


モンハンコラボ 第三幕

 

 

 

 

 直ぐ傍らでパイプを吹かし、のんびりと酒場を眺めるギルドマスターを見て、ベッキーは納得できない想いを胸中で抑えていた。

 

 件の4人──グラン達を試す名目として宛がったのはイャンクックの討伐クエスト。

 鳥竜種としては大きく、その姿形は飛竜種のそれだ。ハンターの間では飛竜種へと挑む前の登竜門として、新米ハンターの最初の壁と言える。少なくとも、狩りに対して無知の初心者にいきなり相手どらせるモンスターではなかった。

 クエストを斡旋する受付嬢としては本来、何としても阻止する依頼である。

 

 だが、普段は無理を押さないギルドマスターが何故かエミリア達を供に連れてくことを条件として、彼女の反対を押し切った。

 意味の無い事はしない人である。見た目通りどころか、人間とは比べるべくもない長命の種族。竜人族の老体である彼から比べれば、人間など等しく赤子と変わらない。ベッキーには計り知れない考えがギルドマスターにはあるのだろう。

 

「納得がいかないかね?」

 

 酒場のカウンターテーブルに座るギルドマスターから不意に声を掛けられ、ベッキーは反射的に居住まいを正した。

 

「納得していないわけではありません。ですが、あまりにも事を急ぎすぎではないかと……」

「彼等では早すぎると? 

「いきなりイヤンクックの討伐に行かせるのもそうですし、防具無しで行かせるのもです。いくら何でも、無謀ではありませんか?」

「それはハンターの常識じゃ。彼等の常識ではない。通用するかどうかは別としてね」

「自己責任だと? それこそ初心者である彼らに対して余りにも無責任ではありませんか。時間をかけて彼らの実力を把握してからでも──」

「ふぉっふぉ、初心者とな? ベッキー、それはとんでもない誤解じゃ」

「誤解──ですか?」

 

 この世界に飛ばされたばかり。ハンターの事もモンスターの事も知らない。そんな彼らを初心者と謳う事がおかしいのか。ベッキーはギルドマスターの言葉に眉根を寄せる。

 

「まず彼らは複数人で戦う事に慣れておる。互いを支え、互いを活かし、共に戦うことに。ルーキーハンター1人の門出とは比べるべくもあるまい」

「それはまぁ……」

 

 確かに4人の信頼関係は見て取れた。勿論狩りにおいてもその絆は優位に働くことだろう。これについてはベッキーも納得できる。

 だがそれは初心者である事の否定にはならない。

 

「次に武器の扱いに長けておる。修練場での彼らを見たじゃろう? 武器を扱ったハンターの技法を、聞きかじった程度で使いこなす等……それが初心者と誰が信じるかね」

「確かに、鬼人化や気刃切りは一朝一夕で出来るものではないですが……」

 

 ベッキーは思い返す。ハンターの心得として武器の扱いが記された書籍を一読して、一時間もする頃には、彼らは己が選んだ武器を使いこなしていた。

 それは、昨日今日武器を握ったレベルではありえない習熟スピードである。

 

「最後に、彼らのあの目じゃ」

「──目、ですか?」

「イヤンクックの写図を見せた時。彼等の目は一片たりとも恐怖を備えていなかった。既に彼らは一度、状況もわからぬままリオレウスに襲われている。ジータと言ったか、あの子に関しては喰らわれる手前であったと。にも関わらず、モンスターとの闘いにまるで恐怖を抱いていない……これがどういう事かわかるかね?」

「単なる無鉄砲ではないと?」

「モンスターを知らぬ者がいきなりリオレウスに襲われるなど、本来であれば2度と立ち上がれないくらい恐怖を刻まれる。そんな恐怖を知って尚あの姿勢という事はじゃ……」

 

 言葉を区切り、一息またパイプを吹かしてギルドマスターは、答えを求めるベッキーを焦らす様に間を置いた。

 

「彼らは、未知のモンスターと戦い慣れているという事じゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄大な自然の中、そぐわない赤彩色が闊歩していた。

 森と丘エリアの深部にあたる場所。少々鬱蒼とした木々が立ち、小さな水辺がある静かなここで、間の抜けた声を漏らしながら、怪鳥イヤンクックはのんびりと水を飲んでいた。

 周囲に生き物の気配はない。

 元来臆病であるイヤンクックにとって、静寂に包まれたこの場所は正に心癒される空間であった。

 

 そんな怪鳥を、茂みの奥からこっそりと伺う者達がいる。

 

「狩猟対象はあれか。なんだか間の抜けた顔してるやつだな」

「油断すんなよセルグ。こちとら初の実戦なんだからな」

「わかっているさ」

 

 顔を寄せ、恐ろしい程の小声で話しているのはセルグとラカムである。その後ろでは更にガノとディオが離れた場所に待機していた。

 

 ベッキーの案内で修練所に赴き、グラン達が各々の武器を決めてから早数日。

 マスターから試験として言い渡されたクエストは、イャンクックと呼ばれる大型モンスターの狩猟であった。

 ギルドマスターが言い渡した無茶振りにエミリアとベッキーからは即座に抗議の声が上がるも、グランとエミリアのパーティーを二人組に分け、監督及び指南役として組ませることで抗議を封殺。

 こうしてセルグとラカムは、ディオとガノの2人を指南役としてイャンクックの狩猟に赴くことになった。

 当然、グランとジータの2人はエミリア・ジークのペアと一緒に別の狩場でイャンクック討伐に赴いている。

 

 

「さてセルグ、どうする?」

「オレ達の戦いがどれだけ通じるのか、まずは手応えを見る。そこからは相手の動きを見て確実に攻撃を加えていこうか」

「了解。具体的な作戦は感触を確かめてからだな」

「そう言う事だ。いくぞ」

「おぅ」

 

 

 作戦と言えない作戦を決めたところでセルグは疾走。まだこちらに気づいていないイャンクックに先手を打って急速接近していく。

 その身にまともな防具は纏っていない。通常の、空の世界で来ていた黒の衣装そのままである。

 つまり、今の彼は防御力が皆無であり、故にその足取りはハンターとしてはあり得ないほど軽かった。

 疾走は正に文字通り。イャンクックが気付くより早く、間合いを詰めるのであった。

 

 指南役のディオとガノは目を見開く。

 野生に生きるモンスター相手に、不意打ちをするのは至難の業である。

 武器と防具を纏うハンターの性質上、彼らの動きには多大な音を伴う。そしてその足取りは決して早くない。

 それを防具の優位性を完全に捨てたセルグが、捨てたが故に至難の業である不意打ちを可能としていた。

 

「はっ!!」

 

 気配に気づいてのんびり振り返ろうとしていたイャンクックの懐へと入りこむセルグ。その背には、身の丈を超える長大な大太刀。

 ギルドでは素直に太刀と呼称される武器。これがセルグの選んだ武器である。天ノ羽斬から一番使い勝手が変わらない武器を選んだのだろう。既にその扱い方は十二分に心得ていた。

 長大な太刀を流れるように抜いて、イャンクックの足へと刃の中腹を当て滑らせるように引く。

 綺麗な切創を作りながら、鉄刀が振り抜かれた。

 突然の痛みに、驚きと困惑をないまぜにしたような間の抜けた声があがる。イャンクックは情けない声と共にわけもわからず走り出した。

 

 無論、セルグは既に巻き込まれぬよう距離を取っている。

 次いでその走る怪鳥へと吸い込まれるように弾丸が突き刺さった。命中、そして爆発。

 ラカムが放った徹甲榴弾が、イャンクックの足の甲殻を穿つ。

 

 ラカムが担いでいるのは、ライトボウガンと呼ばれる武器である。ボウガンとは名ばかりで炸薬による弾丸の発射、弾倉の交換によるリロードと空の世界にある銃と基本的には相違無い。

 決定的に違うのは、その規格の大きさだろうか。ベルトに差すなどおこがましい。背に負うか畳んで腰に据え付けるか。とにかく巨大で重いのだ。軽量で取り回しやすいライトボウガンですら発射時には腰だめでどっしり構える必要がある。ボウガン自体の大きさ、弾丸から反動まで、何もかもが大きい規格外の銃であった。

 

 そんなボウガンであっても、早打ちと狙い撃ちならお手の物。走るイャンクックの両足に徹甲榴弾を当てるところは流石ラカムと言ったところだ。

 

「感触はどうだ、セルグ?」

「硬い、そして刃が鈍い。決定打を与えるのは難しそうだ。少し時間をくれ」

「あいよ、援護はまかせろ!」

 

 

 鉄刀を握り直し、セルグは再びイャンクックへと疾走した。

 

 

 

 

「どう思う、ディオ?」

「驚愕の連続……でしょうかね」

 

 後背で見守っていたディオとガノは、始まった二人の狩りに唸る。

 二人が実力者であることはディオもガノも理解していた。武器を扱う手付き、身体を運ぶその動き。周囲の気配にも敏感であるし、未知に対する恐怖を下す心構えも一流。

 彼らであれば問題なくイャンクックを狩猟することは可能であろうと踏んでいた。

 

 だが、違う。

 

 そんなレベルではない。

 常識が違う。前提が違うと言えばそれまでだが、この世界で防具無しのまま大型モンスターに突撃する等あり得ない。一撃が致命に至る愚行であるからだ。

 傍から見れば正気の沙汰ではない防具無しなセルグの突撃は、しかし防具無しであるが故のメリットを持っていた。

 イャンクックの動きに対する反応が早すぎるのだ。距離を取るまでに一瞬と言える。無論詰めるのも一瞬。まるで彼だけが異なる時空を生きているような、そんな錯覚さえ覚える。それ程までに、彼らが知るハンターの動きとは早さが違った。

 重い防具さえなければ、ハンターはこうも早く動けるのか? 否、これは彼であるからできることなのだろう。

 

 驚くのはセルグばかりではない。

 ライトボウガンを担ぐラカム。彼もまた驚愕を禁じ得ない事をやってのけている。

 ライトボウガンを担いでラカムはまだ一週間と経っていない。それでいて何故、走っているイャンクックの足を……それも先ほどセルグが切り付けた切り口を狙って徹甲榴弾を当てられるのか。

 ラカムが担ぐのは初期も初期のライトボウガンである。故にその威力は乏しい。爆発という一定の威力を出せる徹甲榴弾を選択するのは正しいが、その運用方法は完全に違う。

 彼の徹甲榴弾はダメージを狙ったものではなく、セルグがより切りやすくなるための足掛かりを作るのが狙いである。

 彼の言う“援護”とはそういう意味であるのだ。

 互いの実力と互いの戦い方。そして何より、彼我の戦力の分析が正しくできていないと、その援護はできないだろう。

 ラカムが見せた慧眼にディオは同じガンナーとして驚愕を隠せなかった。

 

 

 

 常識外の戦いに二人が目を奪われている中、状況は次の段階へと動く。

 セルグはまず甲殻が吹き飛ばされ露わになったイャンクックの足へと刃を振るう。なまくらに近い鉄刀であっても、甲殻の中の肉を断つのであれば十分だ。鉄刀の刃は十分にその威力を発揮する。

 

 セルグは執拗と言えるまでに、その足へと刃を振るった。

 切り付ける度に挙がる悲鳴。都度イャンクックは反撃に動くも、尻尾による薙ぎ払いも、突進による圧殺も、口から放つ火炎液も、何もかもが彼を捉えることはなかった。

 徐々に、イャンクックの動きに精彩さが欠けてくる。

 飛竜としては小型ではあるが十分な巨躯。それを支える足だけを幾度も傷つけられれば、機能が落ちてくるのは当然だろう。

 だが、それに相反する様にイャンクックの気勢は激情に彩られていった。

 突然の不意打ちからここまで、何もわからないまま好き放題に痛みつけられて、この世界に生きるモンスターがこのままされるがままのわけもない。

 

「気配が変わったぞ、セルグ!」

「見て取れる。警戒しろ!」

 

 怒り状態──生命力溢れるモンスター達は自身の命の危機に敏感だ。

 その命脅かされるとき、生存本能が彼らを恐怖から憤怒へと駆り立て、異常なまでのその力を更に引き立たせる。

 

 変化は唐突だった。

 

「なっ!?」

 

 セルグの表情が驚愕に染まる。

 前兆無し、予備動作無しにイャンクックは突進を敢行したのだ。

 予備動作がない故にその動きは直ぐに転ぶ程の稚拙なものであるが、代わりにその挙動は読めない。

 怒りに我を忘れた本能的な行動が、セルグの余裕を崩した。

 隙を突いて攻め入ろうとしていたセルグは瞬間的に退いて難を逃れたが、その頬を冷や汗が伝う。

 動き出しが読めず、更には勢いも通常状態を大きく上回る。

 怒り状態へと入ったイャンクックの動きはまさに手を付けられないと言えた。

 

「ラカム!」

「あいよ! 任せろ!」

 

 以心伝心。

 仔細な言葉なくとも言いたいことを理解したラカムは再び徹甲榴弾を装填。1発、2発、3発……短くないリロードを挟みながら、都度4発を撃ち込んだ。狙いすまして放った弾丸は、ラカムの目論見通りイャンクックの頭部へと突き刺さる。

 数秒を置いて爆発を起こす徹甲榴弾。4度目の衝撃でイャンクックはたまらず倒れこんだ。

 突き刺さり内部へと爆発の衝撃を伝える徹甲榴弾。その爆発によってイャンクックの脳は揺らされ、立っていられない“スタン”状態を引き起こしたのだ。

 更には、イャンクックの特徴である巨大な耳。その鋭敏な聴覚に徹甲榴弾の爆発音が及ぼす影響は凄まじい。

 ラカムの援護が、イャンクックの動きを止めた。

 

「上々────ナイスだラカム」

 

 怒りで手が付けられなくなったイャンクックを止めてくれた相棒に感謝し、セルグはふっと息を吐いた。

 戦闘で昂る心を落ち着ける些細なきっかけに過ぎないが、それをもって己に流れる気を感じ取り、セルグは静かに鉄刀を構えた。

 

 セルグが手に握る太刀は繊細な武器種である。

 刃は薄く、細長い刀身はお世辞にも頑丈とは言えない。斬る──それに特化したこの武器は振り方を間違えれば、モンスターに叩きつけた瞬間に容易にその身が砕けてしまうのだ。

 力の流れ、刃の立て方、そして斬り方。扱うには技術がいる。

 だからこそ、太刀にはその刃の切っ先まで扱うものの意思が宿る──気が宿るのだ。

 それは振るえば振るうほど。モンスターを切れば切るほど。使い手の気勢と共に練り上げられ、研ぎ澄まされていく。

 

 心を落ち着け、脱力から一転。瞬間的に漲らせた力と共に、セルグは太刀を振るった。

 高められた“練気”を纏い、回転するかのように一閃。倒れてもがくイャンクックの頭部へ深い裂傷が走る。

 流れに逆らわず勢いのまま、返す刀で二閃。イャンクックの顔には二筋目の線が走った。

 まだイャンクックは倒れたまま足をばたつかせている……太刀を握る手にさらに力が籠った。

 焼き増しの如く同じ動きで左右にもう二度、先より深い裂傷を走らせる。そこから力の流れを殺さずに頭上へと切っ先を滑らせ、唐竹の一閃。

 切れ味が鈍いがためにに断ち切るまではいかないが、深々とイャンクックの嘴に鉄刀の刃が潜り込む。

 一際大きな悲鳴が上がった。イャンクックに刻まれた傷は深手と呼ぶに相応しい。切れ味悪くとも、有効な部位への有効な攻撃であった。

 たまらず、イャンクックは起き上がろうと大地に足をつけた。

 

「終わらせる!!」

 

 直後、セルグは勝負を決めるように裂帛の気合を込めて一歩踏み込んだ。

 起き上がる前のイャンクックの頭部を足場に跳躍。頭上高く飛び上がるセルグ。練り上げられた気を最大限に纏い、落下と長大な太刀の重さを加えた最強の一撃を、眼下のイャンクックへと振り下ろした。

 

 ──“気刃・兜割り”。

 

 高く跳躍してから最大限に高めた練気を開放し一撃のもとに叩きつける、太刀の奥義である。

 練気で高められた鉄刀は、鈍かった切れ味を引き上げ、刃を振り下ろされたイャンクックの巨大な嘴は真っ二つに断ち切られた。

 

 もはや、悲鳴ですらイャンクックは挙げられなかった。

 巨大な嘴を断たれてまだその命を保っているのは、流石はこの世界のモンスターと言えるだろう。

 事実、この程度であればまだ落ち着いた場所で回復に努めればモンスターはたちどころに傷を癒してしまう。

 口内ごと断ち切られた嘴から夥しい鮮血を流しながら、イャンクックは何とか立ち上がると、翼を広げ飛び立つ姿勢を見せた。

 逃げの一手、それしかもはや生き残る術は残されていない。

 

 イャンクックは恐怖していた。既に戦意など欠片もない。生き残る──ただその為だけに必死に翼を動かした。

 兜割りの直後で追撃に移れないセルグが飛び立つイャンクックを見送る。羽ばたきの度に浮かび上がっていくイャンクックは眼下のセルグから、ボウガンを持つもう一人の敵対者、ラカムへと視線を移し……そこで、彼の意識は永遠に途絶えた。

 最後に覚えているのは、口の中に何かが入ってきた感触と、その直後に頭を突き抜ける小さな爆発音……

 

 

 力無く墜落する赤彩色。

 戦闘開始からわずか10分。セルグとラカムによってイャンクックの狩猟はなされるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セルグとラカムが向かった森と丘エリアとは様相の異なる地帯。

 鬱蒼とした木々が乱立し、大きな河川が幾つも分岐して流れており、温暖な気候と高い湿度が常である“密林”エリア。

 グランとジータ。指南役としてジークとエミリアの4人はイャンクック討伐の為にこの密林エリアへと赴いていた。

 

「さーて、いっちょやりますか!」

「うん、初狩猟。絶対成功させないとね!」

 

 意気揚々と、声を掛け合うグランとジータ。

 グランの背には骨を主軸として作られた大振りな弓が担がれており、ジータの背には金属の光沢をもつ片刃の小振りな剣が2本。

 グランは弓を、ジータは双剣を己が武器として選んだようである。

 

「気合い入れるのは良いけど、グランもジータも油断しないでよ。大怪我なんてされたらたまったもんじゃないんだから」

「そうならないように俺達がいるんだろ。いざとなったら助けるから、2人ともがんばれよ!」

 

 ジークから差し出された拳を突き合わせて挑戦的に笑みを浮かべるグランとジータ。

 やる気みなぎる2人にエミリアは心配を隠し切れないが、口を開くのはやめた。代わりに、相棒であるブロステイルの柄をそっと撫でる。

 いざというときは飛び出すつもりだった。

 正直なところ、いきなりイャンクックの狩猟をさせるギルドマスターの提案にはとても賛同できなかった。

 彼らはハンター養成所すら通ってない、狩猟について本当の無知であるのだ。言うなれば飼いならされた狩りを知らぬ犬に羊の群れを狩らせるようなもの。

 戦いの心得がある──そんな程度では覆せないのがモンスターである。

 エミリアからすれば成功するわけがないと思えた。

 かといって、何も手伝わないわけにもいかない。ハンターに推挙した責任もあるし、彼らの実力に不安とは別に期待しているのも事実だ。

 目の前にいる、恐らくは年下である2人がどんな狩猟を見せるのかは楽しみでもあった。

 

「私たちはこっちの密林エリアに来たけど、多少環境が違うくらいで、基本的には狩猟の流れは変わらない。目標を探して、狩る。それだけよ」

「参考までに、どこにいるとかは?」

「周囲をつぶさに観察。目標の痕跡を見つけて辿っていくのが常道ね」

「なるほどね、了解──ジータ」

「警戒は厳に。手掛かりを探して探索だね」

「うん、行こうか」

 

 流石というところか、先程までの明るい雰囲気からは一転。真剣味を帯びた表情に変わり、グランとジータは音もなく駆け出した。

 足跡やマーキングの類。他にも音や匂いなど、感じ取れる全てを総動員して2人はイャンクックの捜索を開始した。

 そんな2人もまた、防具をまともに着ていない。

 双剣を握るジータは多少の武具をつけてはいるが、それも手足を少し守る程度。防御力としてはほぼ皆無であろう。

 2人の後ろ姿に、エミリアの頭痛の種が増えた。

 

「(本当に信じられない……防具無しはダメだって言ったのに)」

 

 勿論グランとジータはエミリアの助言をしっかりと聞き入っていた。だがその上で、現在2人は防具を着込んでいない。その言い分はこうだ。

 今までの自分達と大きな齟齬があると、感覚が狂う。重たい鎧で防御力を上げたところで、それは致命的なハンデになるから、と。

 確かに言いたいことはわかる。エミリアもいきなり胴回りまで鎧で覆えば感覚が大きく狂うだろう。

 それを危惧する気持ちは良くわかる……のだが、それでも防具無しの後ろ姿は胃が縮む思いを覚えた。

 

 エミリアには前衛で注意を引いてくれるガノやジークがいる。だからこそエミリアはアタッカーとして薄手の防具のまま狩りができる。

 

 グランは弓、ジータは双剣と決してモンスターとぶつかり合う事には適さない武器種だ。

 つまり彼らはイャンクックの攻撃を全て回避だけで乗り切るつもりなのだ。とても正気の沙汰とは思えない。

 不安を抱きつつもエミリアはジークと共に2人の後ろを付いていくのだった。

 

 

 

 

 数刻、イャンクックを探して密林を探し回る。

 体がやや疲労を認識し始めたころ、ようやく彼らはイャンクックを見つけた。

 川を目の前にした開けた場所である。目立った木々もない、見晴らしも良いオープンな場所。奥には洞窟も見え一時撤退を考えるにも良い場所と言えた。

 そんなエリアで、のんびりと歩みを進める淡い赤の怪鳥。

 グランとジータの気配がより一層硬くなった。

 

「動けばどうしても音が出る……不意打ちは僕が」

「グランに合わせて全力で行くよ。私が前衛で気を引くから弱点を探して」

「了解。相手の様子が変わればすぐに教える」

「お願い。私はできるだけ回避重視でいくから」

 

 身を隠している場所から狩猟までのシミュレーションをする。

 エミリアとジークは少し距離を取ってそれを見守っていた。

 

「ジーク、閃光玉を用意しておいて、いざとなったら機動力の高い私が割って入るから」

「わかった。まぁ多分いらないと思うけどな」

「なんでそんなことわかるのよ?」

「グラン達も空の世界じゃ、いろんなやばいモンスターと戦ってきてるんだぜ。星晶獣だったかな……炎や風、雷なんかも操るやばいのばっかだって。俺にはイャンクック程度で苦戦するとは思えない」

「何よそれ……ジーク、いつの間にそんな話を」

「昨日だよ。だから見てようぜ、空の世界のハンターを」

 

 

 楽しみ、と言った様子を隠し切れないジークに見守られながら、グランは弓を展開。矢を番えた。

 イメージはキルストリーク。一矢を以てすべてを貫く一撃をイメージしてイャンクックへと撃ち放つ。

 

 “グァ? ”

 

 空気を裂く音と共に、矢は草を食んでいたイャンクックの巨大な嘴へと命中した。

 同時、グランから離れて待機していたジータが音を気にせず駆け出す。

 俊足、それは瞬く間に彼我の距離を詰めた。背に負う双剣ツインダガーを抜剣。無機質に鳴る金属音がイャンクックの意識を引き寄せた。

 再び、空気を裂いて矢が飛来する。その数3本。

 まとめて打ち出され嘴へと突き刺さる。威力は低いが痛みは十分なのだろう。意識外からの攻撃にイャンクックから小さな悲鳴が上がる。

 その隙を逃さず、ジータは正面からイャンクックの懐へ潜り込む。無骨な双剣を怪鳥の足へと叩きつけた。

 硬い甲殻に阻まれ、その手に衝撃が跳ね返ってくるも、その場を離脱。深追いはせずにそのまま距離を取る。

 

「硬った~……この間のランポスよりもずっと硬いよぉ」

 

 思わずジータは声を漏らした。切れ味が悪い武器だとは理解していたが、先程の衝撃はもはや鈍器レベルである。苦言が出てくるのも仕方ない。

 やや緊張感に欠ける物言いだが、緊張でガチガチになってるよりはましだろう。

 そんなジータに気を取られてるうちに再びグランが矢を放ち、都合10本目の矢がイャンクックの嘴に突き刺さっていた。

 

「ジータ、どう?」

「やわらかい部位じゃないとダメだね、とてもじゃないけど通らない」

「了解、今度は僕が引きつけるよ」

「お願い!」

 

 作戦を確認したところで、グランは矢継ぎ早に斉射を開始。狙いはつけているがあくまで注意を引くためのもの。執拗に顔を射抜かれ、グランに気を取られたイャンクックは突進で距離を詰めに動く。

 

「(甲殻で覆われた部位への攻撃は、ダメージが薄い。となると……)」

 

 走りこんでくるイャンクックを難なく躱したグランを流し見して、ジータはつぶさにイャンクックを観察する。

 体の構造上、良く動く部位には甲殻が付きにくい。腹の下や足を動かす間接。首回りなんかも甲殻が薄い場所になるだろう。

 何より、翼膜……飛行するためのこの部位は絶対に頑丈にできていない。

 狙いは決まった。

 

 ジータが駆けだす。

 その動きを察知して、グランは1本矢を射った。

 無造作に見えるその一矢が吸い込まれるようにイャンクックの左目を潰す。

 大きな悲鳴が上がった。激痛に叫ぶイャンクックへジータは横合いから肉薄。力強い跳躍の勢いに合わせて左の翼膜を双剣で深々と切り裂き、更にはイャンクックの背を足場にして飛び超えると右の翼膜を落下の勢いのままに切り裂く。

 深々と刃を滑らせた両翼膜からは大量の鮮血が舞う。

 

「手ごたえあり!!」

「ジータ!!」

「えっ、つぅ!?」

 

 突如グランが大声を上げる。激痛に悶えるイャンクックが身体を回転させその強靭な尻尾を振り回したのだ。

 グランの声に瞬間的に反応したジータは双剣を交差させて振り抜かれた尻尾にあてがう。同時に宙へと身を投げ出し勢いのままに弾き飛ばされるのだった。

 

「あっぶなぁ~!? 何とか受け流せたけど、不意打ち気味な動きには注意だね」

 

 地面をゴロゴロと転がり受け身を取って、即座に立ち上がる。どうやら大した怪我はしていないらしい。身軽であったことが功を奏したか。

 

「ヒヤリとしたよ全く……でも次は無い」

「出血は十分……止め、差しに行こう」

「あぁ」

 

 深々と裂かれた翼膜からは少なくはない出血が見て取れた。

 そのせいか、怒り状態へと移行したイャンクックの口元から火炎液が漏れだしている。

 特徴的な大きい耳を広げて、グランとジータを完全に敵と認識して威嚇していた。

 

 その様子に怯むことなく、ジータは突撃。ジータの動きに反応してか、イャンクックも即座に地を蹴った。

 そのまま行けば轢き殺されるだろう。エミリアとジークもまさか突進するイャンクックに真正面から向かうとは思っていなかったのか、完全に動き出すタイミングを逸していた。

 だが、接触する寸前ジータは大きく跳躍。駆け抜けるイャンクックの頭上を飛び超え、更にはその背に刃を叩きつけた。走るイャンクックの勢いによって、ジータは独楽のように勢いよく回転し、刃は二度三度とクックの背中を刻む。

 武器の切れ味故にダメージはほとんどないだろうが、正面突破の回避と、それに合わせた攻撃。これまでのどんなハンターにも見られない曲芸染みた発想であった。

 そして、突進の勢いで倒れこむ先にはグランが待ち構える。

 突進が終わる寸前、イャンクックの右側へと回り込み、一本の矢を打ち放つ。

 大きな悲鳴が挙がった。左目に続いて右目までも……短時間の間に射抜かれ、視界をすべて失ったイャンクックはたまらず身をのけぞらせてしまう。

 それが、好機であった。

 淡赤色に映える白い腹部。甲殻が薄く首元から尻尾まで続く、肉質の柔い場所。

 そこへ、双剣を携えたジータが突撃していく。全身を回転させるように遠心力を加え逆手に持った双剣を叩き込む。

 白い腹に二筋の傷をつけたかと思えば、ジータはそこで双剣を擦り合わせるように交差させた。

 

「さぁ──いくよ!!」

 

 瞬間、己の内に眠る力に火を点けたかのように、ジータの身体が脈動する。

 鬼人化──それは双剣使いが見せる奥義。己の内に眠る力全てを開放し、多大な消耗と共に爆発的な力を捻りだす境地へと至る。

 斬っと、音が走る。双剣を逆手に持ったジータは全身を使って次々とイャンクックの腹を刻んでいく。

 懐で突如発生した暴風の如き剣舞によって、イャンクックの淡赤色が真紅に染まっていくまで、数秒もあれば充分であった。

 

「くっ……つはぁ!?」

 

 鬼人化の限界を迎えその場を離脱するジータ。全身から脱力し、玉のような汗が端正な顔に浮かんでいた。後一手遅ければその場で動けなくなっていたかもしれない。

 瞬間的に生み出せる力は強大だが、使い所と解除のタイミングは選ぶ必要があるとジータは回らない頭で考えていた。

 

「グラン……あとお願い!」

 

 投げられた声に応える様に、イャンクックの正面で弓を構えたグラン。

 躍動的であったジータとは対照的に、その雰囲気は静かな水面の様である。

 静かな動作で引き抜くは僅か1本の矢。だがそこに込められるは全身全霊。

 全力を以て引き絞った最強の一矢を、グランは解き放った。貫通性の高い“竜の一矢”と呼ばれる技法を用いて放たれた矢が、朦朧と動きを鈍らせていたイャンクックの頭部を撃ち貫いた。

 

「ははっ、やっぱりすげえや2人とも」

「本当に────信じられない」

 

 ビクンと身体を一際震わせて、巨躯の怪鳥は湿る大地へと横たわる。

 

 

「討伐、完了」

 

 

 見守っていたエミリアの大きなため息が漏れる中、グランとジータもイャンクックの討伐を完了するのだった。

 

 

 

 

 

 

 




如何だったでしょうか。

一先ずは先生の試練。
ここではハンターとグラン達の常識や認識の違いを描いてみました。
まぁクック先生相手であれば、お空の星晶獣の方がよっぽど厄介かなと思うのであっさり終わってしまいましたが、そのまま今後の狩りも順風満帆でいけるわけはないです。
今後の狩りをお楽しみに。

ですが、これからしばらくは本編の方進めたいので一旦コラボは区切って本編書きます。

それでは。お楽しみいただけたなら幸いです。
感想よろしくお願いします

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