「へー、ステニウスさんこの学校に編入してくるんだ」
「一応、必要最低限の学力と一般常識は叩き込んだしな。元々、地頭も悪くないし、あとは人とのコミュニケーションだけが心配だったからな。ちょうどいいだろ」
「知識を与えるだけならあたしたちだけでも十分だけれど、彼女には人と人との交流という経験が必要だったから、ちょっと強引だったけれど学校に通うことにしてもらったわ。お父様は家の用心棒として四六時中おいておきたかったみたいだけど」
ホヤウカムイ・アバターとの戦いを終えて数日。学生の本分である学校で、
今朝の
というのも、エヴェリーナに限らず魔導書というものは、膨大な魔力と知識の結晶であり、学校に通ってまで学ぶ必要のあるものなどそう多くはない。
彼らの言う通り、コミュニケーションの学習というのも理解はできるが、彼らが魔導書を財閥の用心棒として――戦力として運用する以上、コミュニケーション能力などある程度は無視してもいいスキルだとも言える。
それでも、唯鈴が父親に無理を通してまで学校に通わせようとしたのは、彼女がエヴェリーナのことを純粋な一人の人物として扱っている証左だろう。
「ソーマ!」
「噂をすれば、だな。どうしたリーナ。学年も違うのに」
「助けてくれ! クラスの者たちが次から次へと声をかけてきて辟易を通り越して怖いんだ!」
「ああ……男女どっちからも可愛がられそうだもんなお前。わかったわかった、注意してやるから一緒に来い」
蒼麻の背中に隠れるようにしながらエヴェリーナがクラスから去っていくと、唯鈴と美晴の周りに数人のクラスメートたちが押し寄せてきた。
要件はおそらく蒼麻とエヴェリーナの関係だろうとアタリをつけながら、二人も諦めたように対応に追われた。
◆
「つ、疲れた……。腹減ったし公園でメシ食ってから帰らねぇ?」
「そうしようか。結局いろんな説明でお昼休み終わっちゃったからお弁当まだ食べてないしねぇ」
「すまない、三人とも……」
「別にリーナちゃんのせいじゃないから、気にしなくていいのよ」
あの後、隣のクラスだけでなく、自分のクラスでも質問責めに遭った蒼麻は、その対応に追われて食事にありつけなかった。同じ状況に遭っていた唯鈴はまだ説明せずとも食事をとれなかった理由を理解しているが、美晴はそういうわけにもいかない。
同棲中の恋人である
それを避けるためにも、単に今この空腹を埋めるためにも、四人は通学路の途中にある公園のベンチに腰掛けて、遅れた昼食と相成った。
「はい、リーナちゃんの好きなアイスティー」
「ありがとう、マイロード。む、ベーコンとホウレンソウのソテーが入っているではないか!」
「あれ? ステニウスさんホウレンソウ苦手なの?」
「逆だ! 私はホウレンソウに目がなくてな! しかもバターソテーとなれば文句のつけようもない!」
よかったね、と言う美晴の穏やかな微笑みに、エヴェリーナの無邪気な笑顔が返される。
ただ、エヴェリーナを凪原家で雇って以来、使用人がエヴェリーナを買い物に連れて行く度に夕飯がホウレンソウ料理になるので、蒼麻と唯鈴は少し飽きがきているが、本人には言っていない。
凪原家が有する料理人の腕のおかげか、ホウレンソウ料理だけに絞ってもバリエーションが豊富なことだけが幸いだが。
「ホウレンソウの野菜ジュースとか買ってあげたら飲むかい?」
「そんなものがあるのか!? しかし、ジュース……以前ソーマに騙されて飲んだ青汁というやつは色こそホウレンソウと同じだがとても飲めたものではなかったしな……」
「まぁ似たようなものだけど、ちゃんとホウレンソウの味がするのもあるよ。まぁニンジンとかコーンみたいな他の野菜も混ざってるから純粋なホウレンソウだけのジュースではないけど」
まだ少し要領を得ていない表情のまま、それでも興味はあるのか頷いて返事をすると、手元のアイスティーを口に含んだ。
蒼麻と唯鈴は、またエヴェリーナのホウレンソウ好きが加速するかと戦々恐々しながらも、それを止める様子がないのは、やはり身内に甘い性格のせいか。
デザートとして入っていたみかんの皮を弁当箱にしまうと、蒼麻は三人よりも少し早く食事を終えた。
「蒼麻君、食べるの早くない?」
「そうか? 黙々と食ってりゃこんなもんだろ」
弁当を包んで学生鞄に戻し、起ち上がって大きく伸びをすると、蒼麻は「腹ごなしにちょっと走ってくる」と言ってその場を後にした。
ホヤウカムイ・アバターとの戦いを終えてから、第二級作戦執行部隊・11番隊の評価は今までよりもさらに高く、そしてマイナスな方向に大きくなった。というのも、11番隊は「実力が高く」「少数精鋭指向の」「問題児たちの集まり」というのがBOND職員たちの評価だからだ。
強力な古代魔導書である蒼麻とエヴェリーナを筆頭として、
圧倒的な戦力と影響力を持つこの四人だが、蒼麻とエヴェリーナは身内以外の人間に対する関心が薄く、美晴は人類の防衛よりも仄香の保護が目的であり、守唄は人類守護の使命感を帯びているとはいえ、コミュニケーション能力に欠く。
そんな11番隊が、今まさに背負っている任務といえば、簡単に言えば「待機」あるいは他所の部隊のデスクワークなどを肩代わりする「雑用」である。
当然ながら危険どころか体を動かす機会すらそう多くはなく、デスクワークに一区切りがつく度に息抜きと称して訓練室で大暴れするのが最近の日課と化してきており、BONDの経理担当からは訓練室の修繕費用の一部を給料から差し引かれる程度には荒れている。
とはいえフラストレーションを運動で発散すること自体は理に適っており、そもそも蒼麻の給料が引かれたところで凪原家の財政には一切の影響がないため、蒼麻もエヴェリーナも全く自重する気配がなく、唯鈴も止める気はまったくない。
「ごちそうさま。さて、ボクも少し動いてこようかなぁ。凪原さんはステニウスさんがいるから大丈夫だろうし」
「ああ、マイロードは私がしっかりお守りするから心配はない。任せておけ!」
「心強いね。じゃあ、ちょっと行ってくるね」
◆
「ちょっと目を離しただけでこれか」
「うーん、ボクの見通しが甘かったみたいだ。ごめんね蒼麻君」
「いや、俺に謝られてもな……」
15分ほどして、蒼麻と美晴がジョギングから戻ってくると、唯鈴とエヴェリーナを取り囲むように三人の男たちが絡んでいた。
二人ともそれほど怯えている様子はなく、唯鈴に至ってはベンチに座ったままお茶を啜ってさえいるが、どうやらエヴェリーナの方が男たちに噛み付いているようだった。
明らかに面倒くさいという様子を隠すことなく、蒼麻は男たちに声をかけた。
「お兄さんがた、悪いけどどいてくれない?」
「あ? なんだお前」
「そいつら俺の連れなんだよね。お兄さんたちにお似合いの相手ならさっきペットショップのケージの中に入ってたからそっち行ってくれない?」
親切100パーセントで告げた言葉は、どうしたことか悪意と捉えられ、話しかけた相手の男に胸倉をつかまれる。しかし蒼麻はそれに慌てる様子も、ましてや怯える素振りすらなく、流れるような動作で男の股間に膝蹴りを入れた。
白目を剥いて崩れ落ちた男を足蹴にしてどかすと、座っていた唯鈴と棒立ちのエヴェリーナの腕を引いて美晴に預け、残った二人の男と対峙する。
「ほら、このお兄さん泡ふいてるよ。やっぱりカニか何かの仲間だったんだね。ペットショップにもいたからよかったじゃん。んで? そっちのハゲとヒゲのお兄さんはハゲワシとアゴヒゲトカゲの仲間?」
「てめぇ!」
「ガキがナメんじゃねえ!」
大振りに拳を振りかぶるハゲ男の足を引っかけ、もう片方の男のパンチも避けて脛を蹴りつけると、二人揃って両手を地についた。
「ガキがナメちゃって悪いね。まぁお兄さんたちもそのモテそうにないブッサイクな顔面のクセにガキをナメたからお相子だよな?」
「て、めぇ……っ!」
「んじゃ、しばらくおねんねしような?」
まだ意識のある二人の後頭部を鷲掴みし、熱烈なキスを伴って打ち付け合うと、それらの男たちも意識を手放した。
「平和的解決完了、ってな」
「平和的……?」
「平和的と書いて暴力と読むってヤツだね」
「私の知っている平和的と違う」