魔導戦機ネクスマギナ   作:永瀬皓哉

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『シルヴィア・ミーク』の真心こめたお祈り

「今日は随分とお疲れみたいですけど、どうかなさったんですか?」

「聞いてくれるかシスター・シルヴィア。いや、大したことではないんだけどな」

 

 ある日、蒼麻はシルヴィアの誘いを受けて、聖歌隊の歌を聴きに来ていた。聖歌については明るくない蒼麻だったが、幾つか有名な童謡なども入っており、歌そのものは純粋に楽しめた。

 しかし、その歌が心地よければ心地よいほどに、彼の口からは欠伸が洩れていたのを、シルヴィアは見逃していなかった。時々、歌の感想を耳打ちしていたので、歌に興味がないだとか、楽しめていないということはないのだろうとわかっていたが、だからこそシルヴィアの心配は的中した。

 聖歌隊の歌の発表が終わり、客がぞろぞろと去っていく中、二人も教会の裏の薪木置き場へ移動し、いつものように木製のベンチに腰を落として話し始めた。

 

「まぁ言ってしまえばただの寝不足だよ。基本的に仕事優先だから学校は日によって行ったり行かなかったりするけど、早くても夜8時くらいまでは仕事だし、遅い時なんか日を跨ぐことも少なくないしな」

「そういえば、蒼麻さんはもうお仕事をなさってたんでしたね。学生との兼業というのは、やはり難しいものなんですか?」

「いや? 今も言ったけど仕事優先で学校には行ける時しか行ってないからな。兼業そのものは難しくないけど、やっぱり周囲の目はあんまり良くないな」

 

 そう、学生とBOND職員の兼業は、基本的にBONDとしての業務が最優先となるため、難しいことではない。しかし、BONDの業務には危険がつきものであり、魔導書という災害にも等しい異常性と常に対峙し続けなければならない以上、どうしても秘密にしなければならないことも増えてくる。

 BOND特有のそうした秘密主義は、学生でありながら「仕事」を持つ者としては、あまり良い目では見られない。どんな仕事かもわからないのに、授業を度々抜けなければならないからだ。

 学校側には「BOND」で働いていること自体は通告しているが、BONDの業務を具体的に知る一般市民は多くなく、ただ漠然と「魔導書災害の対処をしてる組織」くらいに思われている。故に、BONDとしての仕事が激化するほど、蒼麻の睡眠不足も比例して酷くなっていくのだ。

 

「どんなお仕事なんですか?」

「業務上、その内容は伏せなきゃいけないんだけど、BONDっていう組織で働いてるよ」

「ああ、たまにニュースで聞きます! 魔道具とかの管理をしてるところですね!」

 

 そうそう、と蒼麻が頷くと、シルヴィアはすごいですね、と無邪気な笑顔で彼を褒める。

 蒼麻と同じように、学生でありながらシスターとしても活動するシルヴィアにとって、彼はとても近い存在であり、同時に憧れにも等しい遠い存在であった。自分も蒼麻と同じく、学生と仕事を兼業している。だから彼の悩みを部分的には理解できたし、彼の苦労も納得できた。

 しかし彼の評価は、自分とは真逆だった。シルヴィアは頑張れば頑張った分だけ認めてもらえた。それが普通だと思っていた。だが彼の仕事は、いくら頑張っても誰からも評価してもらえない。むしろ、頑張って仕事した時間が長いだけ、同じ学生の仲間からは不審な目で見られてしまう。

 そんな環境でもなお、自分の仕事を続けていく彼に、シルヴィアは憧れのような感情を抱いていた。

 

「そうそう。でもBONDの仕事は秘密が多いせいで、同業者や身内以外に理解者がいないんだ。俺もこんなナリだし、元々そんなに素行もいい方じゃないから、なおさら見る目が厳しくてな。自業自得とはいえ、疲れは溜まる一方で減りゃしないんだ」

 

 もしも、彼の通う私立幸盛学園に美晴と唯鈴がいなければ、今頃とっくに退学届を出してBOND職員としての業務に専念していただろう。

 所有者である唯鈴はともかくとして、美晴が同じ高校に通っているのは、彼が蒼麻に合わせて転校してきたからだ。彼もやはり、元の学校ではBONDとの業務の兼ね合いがよくなかったらしく、同業者の同級生がいればマシだと考えたのだろう。

 

「それは……悲しいですね。蒼麻さんはお仕事を精一杯頑張っていらっしゃるのに、みなさんに理解していただけないなんて……」

「そういう仕事を選んじまった以上、自業自得ってのもあるけどな。土日はBONDの業務に集中できる分マシだよ、こうやって隙間の時間使ってシスター・シルヴィアにも会いに来られるしな」

「えっ? 今、BONDのお仕事の時間なんですか?」

「仕事っていうか、昼休憩と業務連絡待ちが重なった時間だよ」

 

 午前中にできるだけ仕事を片付けてから来たから、しばらく業務連絡もないと思うけど、と付け足すと、シルヴィアは少し怒ったような様子で、頬を膨らませた。

 

「お気持ちは嬉しいですけれど、そんなにお疲れなのでしたらこの時間を睡眠に当ててください! 仮眠を一時間とるだけでも少しは楽になりますから!」

「あっ、はい……。まさかシスター・シルヴィアにまで怒られるとは思わなかったよ……」

「わたしにまで、ということは、もう誰かに言われたことがあるんですね?」

「身内に。でもいざ寝ようと思うと、緊急の呼び出しとかがあって一時間も寝られなかったりするんだよな……。寝起きで仕事なんてしてたら危ないことだってあるし」

 

 苦笑いする蒼麻を見て、シルヴィアの表情はより苦く悲しそうに歪んだ。彼が慌てて「悪い悪い、気を付けるよ」と言った時にはもう遅く、彼女は今にも泣きだしそうな表情(かお)になっていた。

 

「わたし、蒼麻さんのそういうところ、好きじゃありません。いつも一生懸命なのに誰にも認めてもらえないこととか、怒ってもいいことを是としているところが好きじゃありません。必死で頑張ってるのに、それを誰にも察されないように隠そうとするところが好きじゃありません」

「いや、別に俺だけが頑張ってるわけじゃないから……。みんな一生懸命やってることなんて、自慢できることでもなんでもないし……」

「みんなが一生懸命やってることを自分も頑張れる人は偉いんです! 凄いんです! みんながみんな、努力できるからといって努力しているわけではないんです。努力すればできることを、怠けてできないままにしてしまう人だって大勢います……」

 

 シルヴィアはきっと、自分にとって憧れのような存在である蒼麻を、もっとたくさんの人に認めてほしいのだろう。自分の憧れている人を、悪く言われたくないのだろう。だが蒼麻は、そうした周囲の悪意や敵意に対してあまりにも寛容だ。自分が嫌われることに対して慣れ過ぎている、と言ってもいい。

 そうした感覚の差が、シルヴィアの優しい心を必要以上に苦しめている。認められて然るべき行いをした人に対して、相応の評価を与えるのは当然のことだという、彼女の中の常識が崩れていくような感覚があるからだろう。

 しかし、BONDとして、11番隊という特異な部署に所属する彼にとっては、正当な評価という言葉とはあまりにもかけ離れていた。どんなに努力をして成果を出しても、周囲はそれを「できて当然」としか評価しない。むしろ出来なければ11番隊という部署のアイデンティティを揺るがす。

 だから「できて評価されず」「できなければ評価が落ちる」という、常にゼロかマイナスしかない評価に、蒼麻だけでなくエヴェリーナ以外の11番隊メンバー全員が慣れてしまっていた。

 

「わたし、蒼麻さんの優しさを知っています。まだ出会って間もないですけれど、蒼麻さんが教会のために色んなお手伝いをしてくれたり、教会の活動にこっそり参加してくれたりしているのをわたしは知ってます。そんな優しい蒼麻さんを、もっとたくさんの人に認めてほしいと思うのは、ワガママですか……?」

「それがワガママなら、随分と優しいワガママだ。神様だって怒ったりしないさ」

「だったら、このワガママを叶えてください……。もっと怒っていい時に怒って、もっと悲しい時に泣いて、そして褒められるべき時に褒められるような、そんな風に生きられるよう、蒼麻さんに祝福を……」

 

 無神論者である蒼麻にとって、その祈りがどれほどの効力を持つのか、理解はできなかった。しかしそれでも、シルヴィアの優しさが、彼の心を温かく包んでいくのがわかる。彼女にとっては習慣や癖にも等しい祈りでも、自分のために祈ってくれる人がいるという事実が、蒼麻の心を軽くさせる。

 

「シスター・シルヴィアが祈ってくれるなら、効果は覿面だよ」

「まあっ! それなら、よりいっそう想いを込めて、お祈りさせていただきますね! 蒼麻さんが、もっとぐっすり眠れますように……!」

「ははっ、そりゃいい。そうだな、今日もし快眠だったら、シスター・シルヴィアにお礼の連絡をさせてもらうよ」

 

 半ば冗談のつもりで言った蒼麻であったが、彼はひとつ大切なことを忘れていた。

 シルヴィアはこの教会を代表する『聖徹』のシスターであり、その敬虔さと従順さから神の力の代行を行うことを許された「代行者(クレリック)」である。

 クレリックは神の教えを魔法によって行使するプリーストとは異なり、魔法ではなく神の力の一部をそのまま行使できる。まさしく「神に愛された子」を意味する。

 

 そんな彼女が真心を込めて祈った以上、その効果は蒼麻の言うとおりまさしく「覿面」であり――翌日、蒼麻はシルヴィアにお礼の連絡を入れることになった。


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