メリシュの聖戦士   作:ライトミント
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8話 狂人の戯れ

 善良の皮を被った青年の凶行、周りの避難民はおろか斬られる寸前のカズトすら何が起こっているのか理解できなかった。
 青年が放った一閃は鋭く速い、このままいけばカズトの額から入り、皮を裂き頭蓋骨を断ち中の脳みそも抵抗なく切り進み頭の後ろから抜けることが予想される。

 そして、そうはならなかった。

 刃はカズトの額へ至る直前で止まった。青年が直前で飛来物の接近を感知したためだ。向かってくるのは短槍、音速に達する寸前にまで加速された一投。
 時間にするとほんの刹那、青年は防ぐでも切り裂くでもなく、手にした長剣を短槍の軌道に合わせ、激突した瞬間に刀身を傾けることで逸らした。狙いを外した短槍は後方の木を貫通し短槍自体は幹の中で運動を制止した。
 
 青年は冷や汗一つ流すことなく涼しい面持ちで短槍が飛んできた方向を見つめる。

「胸のあたりにもう一つ穴を空けてやろうと思ったのに、残念だ」

 その方向から声が聞こえたため青年は意識をそちらへ向けさらに意識を集中させるが、
気配がなぜか自分の側面に迫りつつあるのを察知、横合いから放たれた一撃を身体を捻じって避けつつ跳躍して距離を離した。
 青年が直前まで立っていた場所には代わりにゴーダがいた。右手のトンファーの先端部で殴りつけたままの姿勢を解き、青年のほうを向く。

「さすがですね、避けきれませんでした」

 青年は自分の左腕を見る。左腕は二の腕の中頃から捻じれたように折れ曲がっていた。

「シオヤさんも強かったですが、貴方はそれ以上ですね。『俊足機動』という渾名を持つだけはある、ということですか」

「お褒めいただき光栄だ、お礼に何発欲しい?」

「もしかしなくても昂ぶってますね。その様子ですと無事、シオヤさんに会えたようだ」

「認めるんだな?」

「ええ、とても素晴らしい戦士でした」

 ゴーダは確認を終えると戦意を昂ぶらせ、戦闘に移行すべく右膝に力を入れる。

「ま、待ちなさいっ!」

 ゴーダが踏み込む直前、チヒロが動揺を隠せていない声の調子で制止した。

「なぜ、あなた達味方同士で殺し合ってるの?それにあなた、さっきのは一体どういうこと?」

 チヒロは表向きの言葉遣いすら忘れていた。チヒロも青年がカズトに剣を向けたということはなんとか目視できていた。それがようやく呑み込めて、起こったことの重大さに半ば混乱している。

「私の目的は、貴方たちにケバルの糧になってもらうことです」

「な」

「そこまでは通常業務でしたが、思わぬ収穫もあったため今とても興奮しています。申し遅れました、僕の名前はキリサキ、人類に仇なすものです」 

 キリサキ、という名を聞いてゴーダはある記憶が頭によぎった。

「将来を有望視されていた新進気鋭の聖戦士、三年前のオオツ町防衛戦の際に行方をくらましたと……」

「そのキリサキです。改名しようか迷ったのですが、気にいっている名前でしたので以後もこうして名乗り続けています。それにしても覚えてくれていたとは、光栄です」

 キリサキの態度は親しげであったが、ゴーダは一分の隙も見せなかった。目の前の男は雑談をしているような調子のまま殺意なく人を殺せる異常者の類だと戦士の勘で判断していた。

 二人のやり取りを遠巻きに眺めていた避難民には動揺が広がっている。人でありながらケバルを利する行為を行なうこの青年の思考が到底理解できないためだ。

「なんで、なんでこんなことを、私達が一体、何をしたっていうんですかっ!」

 その中で一人、イサヤだけが立ち上がってキリサキに怒りをぶつけた。普段滅多に見せない彼女の怒りに、聞いていたタダオやカズト、ヤスコは瞠目する。

「簡潔に言うと、生きてちゃいけないから」

 イサヤの怒りを受けたキリサキは、それが心地の良いものであったかのように笑みを深め、イサヤの目を見て答えた。

「イサヤ、という名前で会ってますか?」

「そ、そうです」

 名を聞かれたイサヤは怪訝な表情を浮かべながらも真っ直ぐキリサキを見据える。この相手は許せない、という怒りを滲ませて。しかしキリサキにとっては好ましい反応の延長でしかなかった。

「イサヤさん、貴方は強い、だからこそ選ばれたのでしょう。もう少しお話ししたいですが、ゴーダさんが僕を殺したくてたまらないようなので、また今度ということで」

 キリサキは話しながら避難民の集まるところへ歩を進める。ゴーダはキリサキの行動を訝しむ、人質にでもするつもりかと。

「僕はこの通りの様なので逃げさせてもらいます。それでもゴーダさんが戦いたいなら別にかまいませんが」

 キリサキは言葉を区切り、途端、自然な手つきのまま長剣で近くにいた兵士の胸を突き刺した。着ている鎧は意味をなさず、心臓を的確に貫いていた。

「みんな死にますよ?」

 兵士は口から血を吹き出して倒れると同時、この場にいたほぼ全てが恐慌状態となってキリサキから離れようと四方へ散っていく。ゴーダは追撃に出たい気持ちを抑え、その場に踏みとどまった。
 この場で戦いを選んだ場合、キリサキは宣言通り避難民たちを盾として使うだろうという判断からだった。

 ゴーダとキリサキの利害は一致した。キリサキはまんまと逃げ果せ、代わりに避難民も誰一人死ぬことはなかった。それでも明確な人類の敵を逃がしたという事実はゴーダにとって重い。

 キリサキが去った後も混乱収まらない避難民をチヒロは懸命に宥める。

「もうわかっちゃいるだろうが、俺が本部から派遣された聖戦士だ。俺の相棒にはすでに会ったか?」 

 そこにゴーダが近づき声をかけた。

「ええ、危ないところを助けていました」

「防護面は」

「逃げる前に一人ずつに配ってます」

 チヒロは懐から、短い円筒状のフィルターを布で覆い、耳かけがついてあるもの、防護面を取り出した。面とは言うものの、顔全体ではなくあくまで口と鼻を覆う程度のものである。

「それを装着したら移動だ。ここはまだ町から近い、この距離じゃ町にいる奴らに気づかれる」

 ゴーダの言葉に四の五の言わずに従い、チヒロは職員を集めて。簡潔に説明、散会させた。そこに別行動を取っていたハバキがゴーダの下に駆けつけた。

「遅かったな」

 ゴーダの揶揄するような言葉にハバキは舌打ちして、

「ここに向かってきてた雑魚はあらかた片づけた」

 言葉通り、ハバキはケバルを倒した後、町の外へ逃げた避難民を追撃しようとしていたガランバの始末に追われていた。ゴーダは納得したように頷き、

「こっちはその間にシオヤさんを殺した偽の聖戦士、キリサキと遭遇した」

「そいつはどうなった?」

「逃げたよ。だが少なからず傷を負ってる」

 ゴーダは続けてキリサキのおおまかな人相をハバキに伝え、

「見つけても無理に戦おうとするなよ、お前じゃ厳しい相手だ」

 最後に警告した。しかしそれは強さを求めるハバキにとっては許しがたい侮辱で、

「そいつと遭遇した場合、戦うかどうかは俺が判断する」

 ハバキは剣呑な鋭さを帯びた目でゴーダを睨んだ。

「言い方を変えよう。奴が現れたら俺を待って二人で対処、いいな」

 それに対し、ゴーダは命令という形で抑え込む。聖戦士は二人一組で行動する際、序列が上の者が指揮権を持つ。ハバキは聖戦士である以上それに逆らうことはできない。
 お互いにしばし睨み合い、最終的にハバキが折れる形となった。ハバキはゴーダから顔をそむけ、険しい顔つきのまま歩み去った。

 聖戦士二人が話し終えた頃には、避難民達の混乱は治まっていた、あくまでとりあえずはといったところだったが。ゴーダは避難民を束ねるチヒロの隣に立ち、避難民達に向かって声を発する。

「わかっちゃいるだろうが、外は町の人間にとって未知の領域、集団からはぐれたら死ぬと思っていい。なので勝手な行動は厳禁、大人しくついてくるように」

 ゴーダの声はよく通り、その場にいた全員の耳に入った。

「中には聖戦士がいるからもう安全とか思ってるヤツもいるかもしれないが、そんなに甘くはない。極力は俺達聖戦士、それから衛兵さんがたが護衛するが、いつでも危険がすぐ傍にあることを忘れず、自分の命は自分で守るという意識を持っていてくれ」

 話が終えたころには全員が絶句していた。これでは偽の聖戦士だったキリサキのほうがまだ親身だったと。
 それでもすぐに各々が適度な緊張感を持つに至る。善人を装って近づいてきたキリサキとは違い、本物の聖戦士のゴーダは容赦なく現実を突きつける。
 その落差こそがかえって彼を信用するに値する相手だと理解させた。

 それからすぐゴーダを先頭に避難民達は行軍を始めた。列が長くなり過ぎないよう、それでいて詰め過ぎないよう配慮された形。
 その中で、イサヤはタダオの隣で歩いている。キリサキが去った後、イサヤは殺される寸前だったカズトから中々離れようとしなかった。
 緊張の糸が解け、心が無防備だった時に起こった凶行。それは彼女の心に傷を与えていた。

「イサヤ、平気か?」

 隣を歩いているタダオは変わらずユタカを腕に抱きながら、心配げにイサヤに声をかける。町にいたときはずっとイサヤに抱かれていたタイチは今は自分で歩いている。それはイサヤへの配慮でもあった。

「もう少しの辛抱だ。もし歩けないのなら私が背負ってもいいぞ、昔みたいにな」

 タダオはイサヤを元気づけるべく、少しおどけながら提案する。もしイサヤがそれに乗ってきたなら本気で彼女を背負う気でもあった。それにイサヤは少し笑って首を振った。

 少し余裕が生まれたイサヤは、改めて今日あったことを思い返す。夕方からはずっと緊張の連続で今まで見たことのない地獄の光景を目の当たりにした。未だ町に取り残されている町民のことを思うと気が重かった。近所の人や店の常連、今この場には誰一人としていない。
 
 沈む気持ちを切り替えるべく頭を巡らせ、ふと自分を助けた聖戦士、ハバキのことを思った。
 投げかけられた言葉には少し傷ついたが、確かに自分を救ってくれた相手。お礼を言うのが当然、しかし当のハバキがそれを素直に受け入れるかがイサヤにはわからなかった。
 礼を言うべきか、言うとしたらいつがいいか、延々と悩んでいると、ハバキが木々の間から姿を現す。

 ハバキは先ほどまで近くを彷徨うガランバを蹴散らしていたため、血や汗といった戦いの臭気を身体から立ち上っている。
 ゴーダが避難民の先導をしている間、ハバキはそうした役目を買ってでた。彼からしてみれば避難民の誘導よりは性に合っているため何の不満もない。そして大体の目途が立ったため、こうして避難民の行軍に合流したのである。

 ハバキはなんとなしに避難民の列に顔を向け、自分を見ていたイサヤと目があった。ハバキにとってイサヤは過去を思い出させる相手で、できれば遠ざけたいと思っていた。しかし意識すること自体が軟弱であるという意地のような考えも持っていたため、平静を装ってそれとなく目線を逸らした。

 一方のイサヤはちょうど自分の頭の中を占めていた相手と目があったため少し心臓が高鳴った。それは恋などではなく、あくまで緊張からだったが。
 
 しかし次の瞬間、イサヤを襲った衝動は感情とは別のものから生じたものだった。魂そのものが脈打ったかのような衝動、全身を行き渡る激しい波がイサヤの意識までごちゃ混ぜにする。次いで身体が突然の発熱を起こし、イサヤはついに立っていられなくなった。
 
 突然、地面に膝をついて胸を押さえだしたイサヤの様子に、周りにいた避難民、とくにタダオは血相を変えて呼びかける。

「イサヤ、どうしたイサヤ!」

 タダオの声でハバキはイサヤの異常に気がつく。最初は疲れからくるものだろうと思った。しかし、イサヤの身体から微かな淡い赤色の光が発せられるのを見て尋常ではない事態だということを察した。

 イサヤは俯きながら、自分の手に赤い線のような紋様が描かれていることに気がつく。それはその赤い線は身体のいたるところ、顔にまで及んでいた。その線が発光し、服越しからでも透けてイサヤの前身を赤い光が覆っていた。
 ただの少女が突然、全身から光を放つという異常事態にその場にいたの全員が驚いたた。しかし真に奇妙だったのは、その光を見て安堵の念を抱き、あまつさえ従わねばならないという衝動に駆られてしまっている自身の心の動きだった。

「……これって、そう、なんだ」

 当のイサヤは意識を徐々に薄れながら、今朝見た夢の内容を思い出していた。

 空も地面も赤い空間で、自分と同じ容姿の相手と対面した、あの不可思議な夢。あれは夢ではなく、予知夢のようなものだったのだと気づき、イサヤの意識は途絶えた。






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