鋼鉄戦記『一時凍結』   作:砲兵大隊
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Gerechtigkeit (12.正義)

★―旧共和国帝国占領下都市―★

パルチザンとは元々共和国より生まれた民兵や抵抗を見せる市民を呼ぶ総称である。だが、少しでも実情を知り相対する帝国民ならば共産主義がと吐き捨てるだろう。
共和国が行った反共産宣言の裏には、深刻な赤の思想戦略への防衛があった。ブルジョワジーに対抗する民衆という体のいい対立構造は下級市民に幅広く広がっていったのだ。
しかし上が倒れれば思想の広まりを止めることなど出来るわけがない。今では自由と平等を唄ったパルチザンの裏には赤が透けて見える様になった。
そして、赤の侵略に対するのは実効支配している帝国軍である。

「バイエル大尉、先月の被害は甚大です。このままでは補給路に影響が出ると推測されます」

「分かっているとも。しかし少し前のフランソワ革命を忘れた馬鹿が絶えることはない」

エッカート少尉の忠言に大きく頷くことしか出来ないのが実情だ。誰もが目を背けたくなるパルチザンとの戦いに我らが第二〇三魔導大隊は駆り出されていた。
正確にはたらい回しにされた挙句、丁度暇が出来た直属部隊に押し付けたと言っても良い。どうやら軍大学時代に出したレポートを見た上官がならば現地でやってみろと押し付けたらしい。
当然上司など司令部ひいてはエッカート大将やゼートゥーア中将しかいない。あるいはⅤ1無断使用に対する調整なのかもしれないが迷惑な話。

「そもそも不毛なのだよ」

投げ捨てられ薄汚れた赤のポスターを踏みにじる。憎々しいことに製紙所はパルチザンと癒着しているらしい。直ぐにでも兵を送り鎮圧したいが、市民の反感をこれ以上買うわけにはいかなかった。
パルチザンが生まれる理由など一方的な感情以外にあり得ない。家族が戦場で殺されたならばわかるが、自分達の生活が改善されないまで帝国のせいにされる。
実際はライン戦線によって多大な経済損失が起こったため物価が高騰しているだけだ。吹っ掛けてきた来たのは共和国側である。
兎に角、感情論で語られてしまえば手を付けようがなく完璧な鎮圧などあり得ない。こうして町を警邏するだけで反感を買うのだ。

「仕方ない。此処はジョンブル共を見習うか」

何処からか投げられた石が防殻に弾かれ、転がる。即座に拳銃を引き抜き、爆裂術式を展開し逆算した投石箇所に解き放った。
花の都と唄えば華麗だが、実際は整地されていない薄汚れた家屋を破壊したに過ぎない。女性の絶叫が響き渡るが構わなかった。
少し嫌悪感を感じて投げてみた程度で殺されては適わないのだ。もしも魔導師でなければ頭部に直撃してくる石は銃弾と同じくらい恐ろしい。
投石が手榴弾にとってかわられれば魔導師でも危ない。狂っていると叫ばれようとも命と正気のどちらが大切か。

「ば、バイエル大尉?」

「飴と、鞭だ。昔からの手法というものは有効性を示されているのだよ」

太陽の沈まない国と呼ばれた連合王国は植民地支配の長い歴史を保ってきた。その中で何度か反乱はあろうとも権威を保ったのだから見習うべきである。
インド分割統治が長期的有効政策なことは歴史が証明している。つまり、帝国と市民という対立構造を違えてやればいい。
別段コミンテルンに対して生前は思う所など無かったが今では確信していた。共産主義は屑の集まりだ。

「反乱を起こした都市を選別しろ。特に多い地域に対する物資の供給を絶ってやれ。代わりに反乱の少ない地域へと流す。公式文として発表して構わない」

ただ平等など無いと思い出させてやればいいのだ。別に帝国のために積極的に働いてもらう必要などない。大人しく日々の糧を得るために活動するだけで構わない。
都市というものは自給自足の出来ない消費を前提とした構造である。食料を含め殆どを外からの輸入に頼る欠陥があった。

「ですがより一層の抵抗に繋がるかと」

「構わん。むしろ危険思想を持った者を炙り出すには容易い。潜在的敵でないならば軍で押し潰せる。なにより、餓死は戦って死ぬより辛いのだよ」

理想を語る共産主義の者達は殆どが直情的な能無しの理想主義者共だ。きつい締め上げに対して最初は音を上げることはない。
現実を分からぬ彼らが声高く抵抗を叫んでくれれば撃ち殺しやすくなる。雉も鳴かずば撃たれまいとは良く言ったものだ。
生活が困窮すれば理想と現実の違いに熱狂者以外は気付いてしまう。更に一部の者に物資を融通してやれば容易く密告者が出る一石二鳥。

「パルチザン抑制理論、でありますか」

「ほう、読んだのか。軍大学時代の稚拙な文が見られたとは恥ずかしいものだな」

成績が悪く単位を落とされそうになったため仕方なく書いた理論は意外にも不評を買って苦労した。だが帝国で真面目に実行されている今となっては笑い話だ。
そもそも対外政策が貧弱な帝国は経験も少なく理論に飢えている。補給理論に関して連合王国の猿真似をしたことはあまりにも有名。
貪欲に研究する帝国軍によって体のいい実験場とされた大公国は哀れでならない。

「正直祖国防衛に関して全包囲を解きたいという上層部の感情は分かるがね。国があるから民があるわけではないのだ」

アレーヌをみればわかるが帝国の領土に組み込まれようとも長年刷り込まれたナショナリズムはこびり付いて離れない。
あるいはかの地のように焼き尽くしてしまえば楽になるのだが統治を試みる帝国にとってみれば無理な話だ。
どれだけ言いつくろうとも肌や言語などの人種の違いで差別するのが人間というものだ。正確には自分より下の人間が居なければ気が済まない。
実際帝国人も誉れ高き金髪碧眼の純潔を尊んでいる。隣のエッカート少尉などは分かりやすい例だろう。あるいはデグレチャフ少佐もか。

「まあ、やるしかあるまい」

思えばあれからエッカート少尉も随分と肝っ玉が太くなったものだ。市民の抵抗に対して顔を青ざめることもなく対応できるようになった。
それが正しい姿であるかはわからないが特に女性の軍人が市民に対して毅然とした態度をとらなければ碌なことにならない。
否、きっと間違っているのだろう。何処か影を感じさせるエッカート少尉への罪悪感を押し殺す。
誤魔化すように、胸元の黒い翼のペンダントに触れる。

「帰るぞ。此処に居座っても憂鬱な気分になるだけだ」

「はっ」

吐き出した空薬莢を薄汚れた路地裏に投げ捨てた。軍人ならば当たり前であるが任務は遂行されなければならない。
見上げれば皮肉なことに空を覆い尽くす曇天に、屍を食らおうと烏が舞っていた。

旧共和国で行われた分断政策により、各都市は息を押し殺し耐え忍んだ。その年の餓死者は5千人を超えるとされる。
後世に間接的大量虐殺ではないかと批評をよんだ統治は確かにパルチザンの抑制には成功していたという。事実、翌年に反乱を叫ぶポスターは見掛けられなくなったのだから。
この統治に実行を含め黒翼が関わっていたことはあまりにも知られた事実であった。

★―1925年9月25日 帝国軍東部国境地帯―★

雪が始まる前、寒気が未だ吹きすさぶ東部国境地帯。一糸乱れぬ帝国の砲撃隊が魔導師を随伴して陣地を作成している。
正面には森があり、丁度ルーシー連邦の歩哨地帯より隠れる位置にある。睨み合いをせずとも、最初に攻撃を始めるという意味では最前線であった。
また別のあり得た世界においてルーシー連邦より始められた戦争は逆の様相を示していた。後世の評論家が述べたならば“帝国の外交戦略強化によるもの”とでも述べただろうか。
その実態はある一側面を見れば正解であり、実態的には不正解である。そもそも外交の手管とは長年の見えない戦争によって鍛え上げられるものだ。
連合王国を見ればどれほどの血を流さねばなし得ない事なのか良く分かる。たとえ帝国人が勤勉だとしても無理があった。
つまり、突拍子もないながら外務部にて心底真面目に検討された一つの案によるものである。

“建国”

帝国が支配地への赤の思想侵略に苦しむように、赤の代表格であるルーシー連邦も致命的な欠陥を抱えていた。完璧な思想などあるわけもなく平等を唄いながら実態は搾取をするだけの指導者。
元々帝国であった頃の名残もあり、分離主義や民族主義が粛清を逃れ各地で虎視眈々と蜂起の機会を伺っていたのである。
彼らの共産主義への憎悪は強く、ルーシー連邦が仮想敵国とする今や大陸の覇権を握る帝国に期待を抱くのは無理のない話であった。
帝国司令部の意向もあり、結びついた両者は遂にロシア帝国建国を高らかに世界に叫んだのである。当然建国と言えど所詮は各地の同時蜂起に過ぎない。
だが戦争とは一対一で殴り合うものではないのだ。

「つまりだ。大隊諸君、貴様らの仕事は珍しくもカナリアではない」

塹壕を構築していく尻目にデグレチャフ少佐が深い笑みを湛えて手を広げた。共産主義者は完膚なきまでに叩き潰し滅ぼすべきだとデグレチャフ少佐もまた信奉している。
その機会を最高の時期に与えてくれたクソッタレな神に今だけは感謝してもよいだろう。帰るべき元の世界でも独ソ戦の悲惨さは余りにも有名だ。
二千万人を超える死者を出したとされるかの戦争が、ドイツ帝国の実質的敗戦の結果になったとされる。
しかし、上層部はデグレチャフ少佐をして唸らせる程の賢い決断を見せつけてくれた。独立、承認、参戦流れるように行われた外交は既に決まっていたことに違いない。

「だが、旧時代の遺物を振るう新たな友人に玩具を自慢してやるのは吝かではない」

「はははははははっ」「この歳になってお飯事をすることになるとは思いませんでした」「大隊長のお遊戯も見物でしたなぁ」「また見たいものです」

「結構。貴様らはどうやら最前線でなければ楽しめないらしい。お望み通り連邦に対する最先鋒だ。存分に楽しみたまえ」

ダキア大公国にて、実際の襲撃だと気付かれない様年相応な声を出したことが未だに記憶に残っているらしい。恥ずかしくて当時の自分を殴りたくなる。
だが、このブルドック共もお望みの戦場で舞えばネームドに相応しい活躍を見せてくれる大事な肉壁、部下だ。

「司令部より許可を頂きました。デグレチャフ少佐」

バイエル大尉の発言に大変結構と頷いて通信網を広げるために95式を輝かせた。

『此方ベラルーシコントロール。司令部より開戦命令が発令された。繰り返す!司令部より開戦命令が発令された!』

直後に起こった出来事をきっと誰もが忘れることはないだろう。列車砲とは本来、進軍する兵や魔導師に対して的でしかない。
多量の火薬が詰められた胴部に徹甲弾や貫通術式の直撃でも食らえば巨大な華を咲かせるだけであるし路線が破壊されれば立ち往生するのみである。
つまりその実力が発揮されるのは敵が鉄道網からの有効射程距離にあり、尚且つ前線が突破されないだけの防御陣営を築いている時のみ。
そのような限定的状況下でしか使えない兵器を、しかし何故第二次世界大戦では真面目に使われたか。

圧倒的衝撃が空気の層をびりびりと揺らし、鼓膜を破かんとする程の音が叩きつけられる。遥か彼方で着弾した筈の砲弾が、木々を超えて見える土煙を噴き上げていた。

ただ管に圧倒的火力を有するからである。余りにも有名な88㎜口径(アハト・アハト)の威力は実に数km先の重戦車の正面装甲を貫通する威力を秘めていた。
現在使われている榴弾ともなれば兵を吹き飛ばし、トーチカを粉砕し、大地を耕すことなど容易である。

「あははははははははははははっ」

思わず高笑いを上げたデグレチャフ少佐を責めることが出来ようか。幼女にして狂気的な笑みは蹂躙を何よりも物語っていた。
戦場に長くいすぎたせいで少し癖が強くなった金髪が風圧で乱れるのも気にならない。
一部戦線の崩壊、打通、浸透、挟撃は電撃戦の花。敵はいまや右往左往する鴨ばかり、鴨撃ちには丁度いいだろう。

「第二○三魔導大隊諸君。蹂躙だ!」

上昇した魔導部隊を迎え撃った魔導師は居なかった。別段、敵魔導師が上昇するのを忘れ眠りこけていたわけではない。
単純にルーシー連邦において魔導師という存在は指導部に忌避されシベリアの木を数える仕事につかされただけである。
ましてや魔導師は連邦の帝国時代に忠誠を誓った者も多く、脱走者の多くは民族主義側に立って戦いを望んでいた。
ラインでは絶対にあり得ないとされた光景に一瞬動揺を見せた魔導師も多く居たが其々の行動を開始する。
実際の所実戦経験豊富な第二〇三魔導大隊ならば兎も角、東部戦線の魔導師は実戦を経験していない新米も多かった。
もっとも戦場で人が死ぬ確率が高いのは初出撃であるから、このような容易い戦場で童貞を捨てた新任魔導師は運がいい。
ダキアで射撃訓練をした第二〇三魔導大隊とどっこいどっこいである。

「フェアリー01よりトイフェル01へ。状況を報告せよ」

『此方トイフェル01。敵の抵抗は散発的につき、縦断する』

「結構。これは、いけるかもしれんな」

爆裂術式にてばらばらに逃げまどい、酷い撤退を見せつけてくれる連邦軍を吹き飛ばしながら思案する。所詮対空砲は命中精度も悪く混乱している時は尚更統制射撃等出来るわけもない。
更なる戦果を望むならば此処で逃げ惑う兵を撃ち殺して功績にもならないスコアを稼ぐより余程出来ることがあるのではないか。

「フェアリー01よりトイフェル01へ。少し相談したいのだが良いかね?」

此処は信頼できる部下に相談するとしよう。最近は色々と疑わしいものの、想像通りならば同情に値するし別段何の問題もない。
しかしながら、きっと答えは一つだろうとデグレチャフ少佐は確信していた。なにせブレストに半ば無断で突撃した様な輩だ。

『トイフェル01。構いませんがどうされましたか?』

「いやなに、モスコー襲撃は可能だと思うかね」

ルーシー連邦首都への直接的攻撃を大隊一つでやらかそうというわけだ。返ってきた答えは予想通りのものであった。



フロシキ様、名のある川の主様、はこだー様(多数)、1青龍1様。
誤字報告感謝です。他にも何時も報告していただいている方々も居て大変恐縮です。