鋼鉄戦記『一時凍結』   作:砲兵大隊
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Klang der Ruine (03.破滅の音)

★―陸軍参謀本部食堂―★

ハンス・フォン・ゼートゥーアは帝国の誉れある准将であり参謀本部におけるトップの一人でもある。白髪で面長のゼートゥーア准将は煙管を机の上に乗せた。
その様な人物が直々にターニャ・フォン・デクレチャフ大尉を呼び出していたのには大きな理由がある。
後に最強の魔導大隊として知られることになる第二○三航空魔導大隊の設立だった。

「全力で取り組め。少佐と大隊長の席は確約する」

真っすぐに見つめたターニャ・デグレチャフ大尉の眼は澄み命令を疑っていない。その厚い信頼と期待に応える必要があるのだ。
ゼートゥーア准将は手元の資料をデグレチャフ大尉へと差し出した。ライン戦線における多大な功績によるネームド登録と剣付十字章の推薦状。

「これは?」

ネームド名は“黒翼”。敵方からはアルデンヌの烏と称されているアリベルト・バイエル中尉だ。
人事部の間違いにより交代要員を送られないこと6時間。たった一人で観測を続け、野戦重砲兵大隊の空を守り続けた。
その後も一月従軍し続けた間に落とした敵魔導師の数は未確認4名、重症16名、死亡12名。
観測魔導師でありながら出血を強いる苛烈な攻撃に一時期敵の防空網に穴が出来る程であった。
当然のことながら間違いをおかした人事部員は更迭したが、謝罪にバイエル中尉は仲間の仇を討っただけですと答えたそうだ。

「アリベルト・バイエル中尉を大隊の48名に一人追加したい。その事に関して忌憚なき意見を聞きたい」

目の前で思案顔を浮かべるデグレチャフ大尉が敵を食い殺す猟犬ならば、バイエル中尉は獲物に襲いかかる闘犬だ。
ただしどちらも名犬であり、相応の実力と実績を兼ね備えている。

「見る限り絶賛されており、引き抜くことは大変難しいと小官は愚考しますが。新造大隊は西方・北方以外から形成するのではないのですか?」

隊を預かる者としては当然の危惧だろう。余計な恨みを持たれれば背後に気を付けなければいけなくなる。
私事による僅かなすれ違いが時に致命的な欠陥となりうるのだ。

「心配は必要ない。私の秘蔵の酒が幾つか無くなってしまったが必要経費だ。バイエル中尉は取り扱いが難しいのだよ」

最大到達高度は1万2千という目の前のデクレチャフ大尉と同等であり、継戦能力の高さは結果が証明している。しかし能力の高さからバディが足を引っ張ることになってしまうのだ。
観測魔導師に留めて置くには能力が高すぎるが、今更何処かの部隊に入れた所で軋轢がある。ならば新造の大隊に入れてしまえばいい。

「貴様とはノルデンにて偶然共闘したと聞いている」

訓練期間中にも関わらず偶発的戦闘で小隊を撃滅したと記録に残っている。白銀と名付けられたのもその功績からだ。

「残念ながら意識を失っていたため、面識はありません。ただ軍大学でもエレニウム96式を成功させた唯一例だったとの噂は伺っております」

96式自体は軍事機密であり関係がなければ耳にすることはないだろうに、デクレチャフ大尉はエレニウム工廠と95式開発以来しっかりとした繋がりを持っているらしい。
研究所との繋がりは新兵器の斡旋などを受ける事も出来るため重要なパイプといえる。

「総合的に見て背後を任せるにたる人材だと愚考します」

彼女の言葉に心のなかで安堵の溜め息を吐き出した。
軍大学にいたからとてバイエル中尉の噂を耳にしないはずがないのだ。魔導師の間で囁かれるのはバディ殺しという異名。
事実既にバイエル中尉はバディを三人失っている。実態は怒りのあまり敵小隊を撃滅するほど仲間思いであるが人の口に戸は立てられない。

「そうか、頼む」

百年に一度居るかという天才が二人集う大隊が出来るのだ。間違いなく精強な部隊になるだろう。
英雄のごとき個人とはまるで時代が中世に逆行したようだ。敵の参謀は大いに肩身が狭い思いをしているに違いない。

「10日後にバイエル中尉は帰還する予定だ。それまでに他の人員も目星程度はつけておくように」

戦術も戦略も数すらも個人に覆される事もあるのだと被害もなく知れただけで収穫ともいえる。ゼートゥーア准将には未だ戦争の結末は見えていなかった。

★―帝国鉄道一等車両―★

一等車両ともなれば、ライン戦線の地獄を味わった身では帝室に見えるかもしれない。
しかし対面に座るアリベルト・バイエル中尉はおくびにも出さず車窓を覗いている。外に広がる穀物地帯は見事な物だがバイエル中尉の目は冷めきったままだ。

「昇進おめでとう、バイエル大尉」

飲みかけの珈琲カップを置き、話しかけるとようやく此方の目を真っ直ぐに見つめてくる。

「有り難うございます、レルゲン少佐殿」

最初は礼儀をわきまえていた態度だったが、指令書を渡した途端この調子だ。会話が続かないさじか奇妙な空気が流れている。
エーリッヒ・フォン・レルゲンとしてみれば虎穴に飛び込むつもりで来たというのに肩透かしをくらった気分であった。
バイエル大尉はかのデクレチャフ少佐に次ぐ危険人物といえる。

胸に輝く柏葉付と剣付の十字勲章は軍における四大の誉れだ。残るは銀翼とダイヤモンド付であるがどちらも今年のうちに既におり、授けられることはない。
軍大学にて残したレポートと理論を読んだときにレルゲン少佐はデクレチャフ大尉にも劣らぬものを感じたのだ。
ペンを握るのは苦手なのか、何処か理論が甘いところもあったが陸戦ドクトリンにおける火力運用と電撃戦、さらに後方のパルチザン抑制理論は見るべきものがある。
何よりも大尉と共通している点は人間を資材として換算している点であった。

「隊長はデクレチャフ少佐が務めることになる。確か面識があるそうだが、貴様はどう思う?」

まさか知らないということはないだろう。同期にしてどちらも並びうるエースだ。もしも時期が少し遅ければバイエル大尉が大隊長となっていた。
心強い味方であることには違いないだろうが、きっとバイエル大尉にしてみればライバルだ。
年齢的にも若すぎる彼女の下につく気持ちはどのようなものだろうか。

「とても素晴らしいと思います。彼女以外に大隊を指揮できる者は居ないでしょう。私は戦場で舞うことは得意ですが部下を率いる能力に欠けます」

バイエル大尉からかえってきたのはまさかの絶賛である。思わず言葉を詰まらせたレルゲン少佐は会話の流れを取られたことを自覚した。

「ただ私のような独断行動ばかりする問題児が大隊に所属してやっていけるか、という話になれば別です。命令とあらば拝命致しますが大切な仲間が私が居ぬ間にラインで死んでいるのですから」

言外にレルゲン少佐は責められているのだろう。確かに命を出したのはゼートゥーア准将だが実際の手続きを行ったのはレルゲン少佐だった。
意外なことに人的資源と言いながらバイエル大尉はラインで共にした仲間を気にするだけの心もあるようだ。
だからこそ信じてもいないだろう神に祈るデクレチャフ少佐同様歪なのである。しかしデクレチャフ少佐よりは組みしやすそうなのも事実。

「配慮はしよう。それにしても失礼だがどうして軍へ入ったのだね?」

目を合わせて一歩踏み込んだレルゲン少佐に、珈琲を飲もうとしていたバイエル大尉はカップを置いた。それから少し思案顔になって目を見つめ返してくる。

「この戦争で消費される兵の殆どは志願ではなく徴兵です。自ら志願した筈の人間が有利な立場にあるというのは皮肉な話ですが、私は孤児でした」

やはり兵を“消費”といったバイエル大尉への驚愕が隠せないが逆に納得もする。デクレチャフ少佐と違いバイエル大尉の孤児院での生活は窮屈の一言だったと報告書にのっていた。

「早熟な私は異物であったため、孤児院での陰鬱な空気に耐えられず外に飛び出す事が多々ありました。その中で私は使い潰される老人、生活の出来なくなった退役軍人、そういう者を見てきたのです」

あとは言葉にしなくとも分かるというものだ。スラム街は何処の国にもある問題であり確かに命が無為に消費されている。
最近では戦争のお陰でスラム人口が減ったというのだから皮肉な話だ。きっと経験がバイエル大尉の思想を形作ったのだとも納得できる。
だからこそ、ある程度順風満帆な生活を送ったデクレチャフ少佐がよりいっそう不気味に際立つのだ。

「成る程。だが少し気を付けたまえ。今の発言は問題視されるかもしれない。聞かなかったことにしよう」

胸襟を開いてくれたことへの礼に忠告すると、バイエル大尉は困った顔で頬を軽く掻いた。
やはり実際に見たものでなければ信用できないのだ。バイエル大尉は信頼の置ける人物であると分かっただけ収穫といえる。

「有り難うございます。確かに祖国への忠誠を疑われる発言でした。そういえば砲兵大隊の方達から幾つか贈呈品を戴いたのですがレルゲン少佐もいかがでしょうか?」

バイエル大尉が紙袋から取り出したのは今では値上がりしすぎて値がつけられない協商連合産のブランデーだった。

「相伴に預かろう」

煙草を嗜まないためレルゲン少佐の嗜好品は珈琲か酒くらいしかない。自然と少し頬を緩ませてガラスのカップを受け取った。
冷えきってしまった珈琲カップの存在から目を反らして。

★―1924年7月5日 ツークシュピッツェ演習場―★

あえて無能な振りをすればラインへと帰れるだろうか。無駄な努力に違いない、交戦経験を探れば全てのデコイに気づいていた事は知られている。

「光学系術式を用いるならば完全な透明化ではなく、類似した自立型の鏡像を作るべきかと愚考します」

根本的に私の目には光学術式が視認できてしまっているためそれ以前の問題だが、取り敢えずは発言しておく。

「確かに実戦では有用だろうが、更なる定員割れは免れないだろう。流石黒翼と言ったところか」

目の前で偽装用の執務机の裏に一段高い位置で多数の要職を持つもの達がずらりと並んでいた。中にはデクレチャフ少佐、主人公だけでなくゼートゥーア准将までも居る。

「観測任務では奇襲を受ける事も多かったため、光学術式には何度も命を救われました」

憂鬱な事に私の大隊所属は決まったようなものであるに関わらず立派な事だ。あるいはデグレチャフ少佐自身がアルペン訓練に参加が間に合わなかった私の実力を見たかったのかもしれない。
そもそも本当の実力関係なく私の瞳は光学術式を見通すためなんの意味もないのではある。

「デクレチャフ少佐からは何かあるかね?」

話を振られた主人公は真っ直ぐに私の目を射ぬいてくる。もしも私が同郷転生者だと知られれば何があるか分からない。

「確かに信頼にたる人材です。中隊長の一人として働いて貰うことになるでしょう。宜しく頼む、バイエル大尉」

明らかにゼートゥーア准将は安堵の溜め息を吐き出していた。もしここでデクレチャフ少佐とおりが合わないともなれば、初めから躓くことになる。
既に定員割れどころか殆どの東部・中部の魔導師が実力不足の烙印を押されているのだ。人材を選ぶ選ばない以前に再度の教導が必要となる。

「はっ!宜しくお願い致します。つきましては質問をさせていただいても宜しいでしょうか」

「構わん」

代わりに答えた人事部長によって、バイエル大尉は笑みを浮かべた。不味いと雰囲気を感じ取った頃にはもう遅い。

「では失礼ながらデクレチャフ少佐の実力を疑うつもりは有りませんが、魔導師として大隊長殿の能力を伺ってみたいのも事実。無礼は承知で申し上げますが、模擬戦をやらせては頂けないでしょうか?」

最早質問ではなく提言に近いバイエル大尉の発言に戦慄が走る。ゼートゥーア准将自身も完全に闘犬と表現した事を忘れていた。
弱い実務部隊の上司の下につくつもりは無いということか、だがあまりにもリスクが高すぎる。もしもバイエル大尉が勝利すれば軋轢は避けられないだろう。

「ふむ、面白そうではないかね?ネームド二人が競いあうとなれば大いに戦意高揚となるに違いない」

ここで話に乗っかったのが陸軍司令だ。観測魔導師は陸軍に所属しているため、バイエル大尉を引き抜いた事を恨みに思っているのか。
なにより年功序列を是とする気質の司令は、実際のところデクレチャフ少佐が大隊長となるのを苦々しく思っていたに違いない。

「私も賛成であります」

さらに後追いしたのは東部参謀司令であり、少しでも失点を無くすためにデクレチャフ少佐を虚仮下ろせればと考えている。
完全に掴まれた流れはゼートゥーア准将であろうとも覆すことは難しいだろう。

「どうだね?デクレチャフ少佐」

本人がここでナインと答えることなど出来るわけがないのだ。というよりもむしろ好戦的な笑みを浮かべているのだからどうしようもない。

「宜しいかと。確かに戦場に至る前に仲間の実力を知れないのは問題外でしょう。断る理由もありません」

此処に初めてアリベルトによる大きな原作改編が行われたのであった。