アルバイトだらけの生活にも、癒しはあって然るべき。   作:山橋 黒豆
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知る、がテーマです。もしかしたら、知る、と共有が大雅とリサにとってのキーワードなんじゃないかなーとも、思います。


デートと呼ぶには、まだまだ知らぬ仲だけど。

 アタシと大雅のデート……かぁ、デートって言っても、ホントに雑貨とかの買い物だったり、ちょっと気になる服があって見てほしかったりとか……そんな甘い雰囲気なんてなんもないよーなのばっかりだったよ~? あはは、だから余計にモカには「夫婦のデート」なんてからかわれたケドね。それでもやっぱ一番、大雅を男として意識したのは服とかアクセサリーとか……ファッション系かな? 男性には、大雅にはどう見えてるんだろう? って感じだったし……初めて服を見てもらった理由は、大雅しかいなかったから、なんだけどね? いや~、そのちょっと前に燐子に一緒に来てもらったこともあるし、更に前だと亮太がいたんだけどさ……燐子はあんまり人込み苦手なうえに自作しちゃうからね~、亮太は、ほら……あの事件以来プライベートは基本的に千聖がべったりなのに、しかも二人で出かけた~なんて知られたら明らかにヤバいじゃん? だから、アタシはあの時、初めて大雅を頼って「お願い」なんてした。当時はめっちゃ恥ずかしかった! でも、さ……あそこで頼ったから、その後もアタシは大雅にもたれかかることを覚えて、たぶん、前よりもずっと一緒にいて好きでいたんだと思う。

 ――ええ? 詳しく聞きたい? って言ってもなぁ~、あんまりクリスマスの話と変わんないと思うよ~? しかもこの話、たぶんアタシの一方的な話じゃなくなるしね~。なにせ、そのデートで初めてアタシは「丸山彩」を知るんだから、さ♪ そうそう、高2のGWの話だよ~、やっぱり彩も覚えてたんだ~。

 いやぁ、懐かしいよねー。あの時の彩は自分の飼い主を取られそうになって不安な顔してる犬そのものだったなぁ、って。アタシとしては、大雅を取られるかもーってめっちゃ不安だったんだけどさ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ――晴れ渡る五月の空の下。ベンチで一人座る今井リサは後悔を嘆息と一緒に虚空に吐き出した。男性との待ち合わせ……まるでデートだ、と意識しては、相手は「アイツ」だからと否定し、それでも一般的にはデートだ、と意識して、また否定する。そんな繰り返される思考の中で、ふと「なぜこうなったのか」というところに意識が向けられた。事の始まりは、リサが新しい服が欲しいと思ったことにあった。一人で鏡や店員の営業スマイル交じりの誉め言葉よりも、親しいだれかに見てもらった方がいいとリサはそこで、いつもは同じバンドのメンバーを頼るのだが、今回は首を横に振られてしまった。

 

「……ご、ごめんなさい。人混み……苦手、ですし……その日は、別の予定が……」

「そっかぁ……いやいや、頼んでるのはアタシだし、燐子は気にしなくていーって」

 

 勿論、リサは渋ったりはしない。人見知りがちで、更に人混みや人から向けられる視線が苦手な白金燐子をそれでも頼る理由は彼女がリサの知り合いの中で「ファッション」に関して的確な意見をくれるからだった。実は幼馴染にもう一人、流行に敏感な男がいるのだが……なんとGWの間は恋人につきっきりで過ごすということを前もって聞かされていた。少し前まで騒動があり、一度は別れる、とまで決意をした二人だったが、双方の幼馴染の介入によりなんとか元の鞘に収まる……といったところだった。そのすぐ後の長期休暇なら離れたくないと思うのは仕方ないのか、とこれもリサは割り切っていた。

 

「……やっぱ、アタシってもしかして薄情なのかも?」

「いやいや~、リサさんに限ってそれはないでしょ~」

「そう?」

 

 今までのアドバイザーがいなくなってしまったことにさえ、あまり思うところのない自分のことをふとそう考えたのだが、アルバイト先の後輩にはあっさり首を横に振って苦笑い気味に断定されてしまった。どうして断定されたのかという疑問にはあまり興味がないようでパンを咀嚼し始めた彼女が、ほんの僅かに目で追いかけた人物――その人物こそが、青葉モカが薄情という言葉を否定した全てを物語っていた。

 

「……でも、アタシはアイツが嫌ならやめよーっていつも思ってるよ」

()()()、ですけどね~」

「む、含みのある言い方だな~?」

「含みを持たせてますんで~……そうそう、モカちゃん、リサさんのお眼鏡に叶うヒト、知ってるんですけど~」

「え、ホント!?」

 

 上手く話をはぐらかされている気もしたのだが、続けられたモカの言葉にリサはパッと表情を明るくした。しかし、肝心の「誰か」という言葉は出てこずニヤ、と意地の悪い笑みを浮かべるだけで……そこで漸く彼女が何を言いたいのかを察した。

 

「……パンでいい?」

「おー、さっすがリサさ~ん♪」

「先輩を強請って、楽しそーだね~?」

「じょうほーりょーっすよ~」

「それで、誰?」

「ふっふっふ~」

 

 モカのこの笑いはまだ自分をからかう術を持っている時だ、とリサは警戒心を強めていく。と、そこでバンドのメンバーでモカの知り合いでもある宇田川あこが、モカの母がデザイナーの仕事をしていること、モカ自身もその仕事に興味があるようだ、という情報を思い出して、「まさか……」と先回りをした。

 

「モカちゃんです~なんて言うつもり」

「いやぁ、ホントならそーなんですけど~、リサさんげんてーなら、もっと適任がいるんですな~」

「え……誰? ちょっと、パン奢ってあげるって言ってるんだから、もったいぶらないでよー」

「んもう、せっかちですな~……あそこで働いてるヒトですよ~」

「は……はぁ!?」

 

 ――モカが指した人物は、先程彼女が目で追っていた人物……雨野大雅だった。思いもしなかった人物を指されたリサは少しだけ頬を赤くして驚愕の表情を浮かべていた。そんな先輩の顔を見られたことで、引っ張ってよかった、と内心ほくそ笑んでいたモカはこれ以上は引っ張ることなく、リサに彼をプレゼンしていく。

 

「流行には疎いかもしんないっすけど~、お世辞は使わないし、センスもまぁまぁじゃないですか~」

「ま、まぁ……確かに」

「それに、リサさんの私服を普段から見慣れてるし、なによりリサさんを知ってますから……きっと、リサさんに似合う服ってのはわかると思いますよ~?」

「――アタシを、知ってる、か……」

「あ、えっと、そんな深い意味じゃないですよ?」

 

 リサのトーンが下がったことに素早く反応したモカが、首を横に振った。ヒトの心には踏んではいけない地雷が存在する。彼女と彼は傍から見たら夫婦のようにお互いを深く知って、お互いを信頼し合っているように見える。けれど実際はそうではない。少なくとも、リサは大雅のことを知らないし、大雅も今井リサという人物に必要以上に踏み込もうとはしない。歪な関係、すぐに壊れてしまうような薄氷の二人。モカはそんな二人が二人の関係を見直していけるようにほんの僅か、及ばぬ力を密かに貸していた。

 

「と、とにかく……雨野さんはその点、リサさんの欲しい条件を持った存在なのは、保証しますよ?」

「そう……だね」

 

 それに、自分が知らない大雅を少し知ることができるのではないか……リサはそう考え直すことにした。彼の好みなんてそれこそ、味付けぐらいしか知らないのだから。けれど真面目な性格上、自分のような派手な服は好まないのだろう、と苦笑いをしながら。リサは大雅を誘い、大雅はただ一言だけ「いいよ」と返事をした。そのモカが押した背中が、リサと、そしてもう一人……果てはこの場ではまだお互いに存在さえ知らない最後の一人が大雅を慕うきっかけになっていく。

 

「頑張ってください……雨野さんの要塞を突破できるのは……リサさんだけなんですから」

 

 ――空洞の、更に底にある見えない雨野大雅の深淵を知るために、モカはリサを焚きつけたのだった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「あ~、今頃モカのやつ……ゼッタイ笑ってる……」

 

 大雅とのデートの発端を思い返し、リサは脳裏に「ふっふっふ~」っと人の悪い笑みを浮かべるモカが過った。焚きつけられ、まんまと乗ってしまった自分への情けなさと後悔に頭を抱えてしまう。それだけ彼を意識しているという事実には気づかないまま、リサは大雅を待っていた。

 

「……大雅は、どう、思ってるんだろ……今日のこと」

 

 デートだ、と浮かれる性格ではないことはリサ自身が良くわかっている。彼は相手の建前に合わせた感情をぶつけてくる。以前、松原花音とデートをした際も、クリスマスイヴにデートをした際も、彼の中ではきっとただ出掛けるだけだという建前に、合わせてくれる。そんな残酷な優しさが、リサは嫌いだった。優しいくせにやけにドライで、絶対に踏み込もうとはしてこない。雨野大雅はそういう人物なのだから。

 

「なに考えてんだろ……アタシは、大雅の何に成りたいんだろ……」

 

 大雅はこんな自分の勝手なお節介を「癒し」だと口にした。いつになくテンションの高い口調で、「やっと口にできる、言葉を見つけたんだ」とはにかみながら、そこで初めて大雅は「ありがとう」と言った。たったそれだけ、その一言だけでリサは救われた。自分が大雅にお節介を焼いてきた意味があったように思えた。

 ――ならその癒しの先には何があるのだろう。その答えは得られないまま、リサは遠目に大雅がやってくるのを見つけた。

 

「早いな、リサ」

「大雅こそ」

 

 これも、大雅はリサに合わせただけに過ぎないことを彼女は知っていた。いつも五分前にはいるリサに合わせて早くやってくるだけ、今日はそれよりも更にリサが十分早かったから驚いているだけ。一度後ろ向きになった思考はまるで底なし沼のようにリサを暗闇へと引きずり込んでいった。

 

「……なにかあったのか?」

「なんもないよー? 偶々早かっただけだし」

「そうじゃなくて……いや、やっぱり気のせいだったかな」

「そっか」

 

 ほら、絶対に踏み込んでこない。リサはそう嘲笑うように返事をした。とにかく彼は怖がりだ。いつも、そしていつまでも、リサの背中にトラウマを見ているから。距離を近づければ、それだけ元恋人の感情が呪いのように、雨野大雅を縛り……あまつさえ、殺そうとしてくるのだから。

 

「バカ大雅」

「理不尽だな、いつもいつも」

 

 何より救えないのが、そんな彼を自分が放っておけないということだった。半歩詰めても同じだけ離れていく彼を……心の奥底では嫌いになれないということだった。あるいは、花音は大雅に「変わってほしい」と口にする。彼女は理想の恋を彼に重ねていて、彼はその理想に最も近い存在だから。けれどリサは、その花音が変わってほしいと口にする彼すらも「雨野大雅」として受け入れている。理想と、現実、リサと花音が根本では相容れない関係なのはそのせいなのかも、とリサは心の中で苦笑した。

 

「……けどさ、俺はリサのその理不尽さが、嫌いじゃないよ」

「……は? 大雅って、Mだったの?」

「違うけど……けど、バカ大雅、って言われても、俺はリサが嫌いじゃないから……そんな寂しそうな顔はしないでほしかったって……だけ……だから」

 

 途中で言っていて恥ずかしかったのか、大雅は顔を赤らめてリサとは反対方向を向いてしまう。しかし、リサとしてはそんな大雅の言葉が自分の考えたものと同じだったことに驚愕の表情をしてから、彼の脇腹を思いっきり指で押した。

 

「痛っ! リサ!」

「うっさいバカ大雅! 勝手なこと言って、勝手に照れないでよ!」

「うっ、ご、ごめん……」

「……もう、ほんっとに、バカなんだから」

「ハハ……リサはそうでなくちゃな」

 

 大雅は、いつだって優しい。今も、浮かない顔をしていたリサを敏感に察知して、いつも通りに戻してみせた。ドライなくせに、とリサは心の中で毒づいた。ドライで、踏み込んでこないくせに、こういうところばかり見せてくる。もっと知りたいと思わせる。そんな気持ち、まるで……歩きながらリサがそう思った時、不意に声が掛けられた。

 

「大雅さん! ……と、その人は……?」

「え……」

「お、()()

「あや……?」

 

 ふわりと跳ねる癖の強いパステルピンクの髪、ハツラツとした元気さを感じさせるまっすぐ透き通ったかわいい声、花柄のワンピースは彼女のかわいさと少しのあどけなさを更に際立たせるようで……アイドルのようだ、とリサは瞬時にそう思った。そして、大雅が名前をつぶやいた瞬間、ようだという言葉は必要ないと判断した。

 ――彼女は丸山彩。本物のアイドルであり、花音が警戒している大雅の「癒し候補」の一人だった。リサ自身も名前は知り合いから聞いたことはあっても実際に顔を合わせるのはこれが初めてだった。

 

「えーっと、こいつは今井リサ。前に話したけど、俺が死なずにここにいる理由の一人」

「あ……初めまして」

「亮太や千聖からも話聞いてるよー? よろしくね」

「亮太くんたちとも知り合いなんですか?」

「そーなんだー」

 

 すぐに打ち解けていく二人を見ながら大雅はほっと一息ついた。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()という安心から来るものだった。

 ――リサと花音が初めて顔を合わせた時のピリっと緊張感が走った瞬間を、大雅も気付いていた。だからこそ、なるべくならリサと花音を近づけないようにしているのだが、ファストフード店のバイトの時、リサは花音も夕ご飯に誘うし、花音もそれを了承する。最近はバレンタイン等のイベントや花音のバンド活動の影響なのか、穏やかになってきてはいるが、大雅はそんな二人が一緒にいる空間が嫌になったこともあった。この二人はそうはならなさそうだ、と大雅は「おーい、二人とも」と声をかけた。

 

「彩はなんか用事があって出てるんだろ?」

「あっ、そ、そうでした!」

「リサも、あんまりのんびりしすぎるとすぐ昼になるぞ」

「あはは~、ごめんね、つい盛り上がっちゃって」

「それじゃあ、大雅さんはまたバイトで! ()()()()()も、またお話しようね!」

「もっちろん、じゃあね、()!」

 

 足早に去っていく彩をリサの隣で見送り、見えなくなってから大雅はふと彼女の顔を見た。リサは表情を笑顔に隠すのが上手い。そしてその仮面が剥がれる瞬間を大雅は知っていた。何度も見てきた、一年足らずという僅かで、しかし濃密な彼女とのかかわりはいつしか誰も踏み込ませなかった部分を共有させ始めていたのだった。

 

「リサ、今日の夜は?」

「――っ、ど、どーしたの?」

「空いてるなら、いつものがいいなと思ってさ」

「……たい、が」

 

 彼女はその時間を大切に思ってくれている。大雅はそれだけで救われている気がしていた。他愛のない話をしながら狭いワンルームのアパートの中で僅かな時間を共有する薄氷のような平穏を、好きでいてくれているのだから。

 

「……うん、暇だけど、それは、アタシがお気に入りの服を見つけられたらってことで!」

「うわ、なんだそれ」

「機嫌よくないと作りたくないんだから、しょーがないでしょー?」

「ならお気に入りが見つからなかったら、外食しよう。機嫌悪いなら話くらい、聞いてやれると思うし」

「……あはは、りょーかい、でもまずは、目的地についてからだけどね~?」

「ハハ、なら今度こそ行こうか。俺がリサの服の好みを判別できるかどうかはさておくとして」

 

 それから先は波風が立つような言葉も、人物の登場もなにもなかった。波紋のように広がっていたリサの不安はいつしか鎮まり、雑貨や服を見ては「どう?」と訊いてくる彼女に大雅は真面目に答えていく。自分の好みではなく、本当にリサに似合う服を指して、笑顔になるくらいには、いつの間にかお互いを知っていたことを、リサはこの時初めて理解したのだった。

 ――それ以来、大雅とリサは少しの買い物に出かけることが増えた。必要になったものがあって、または、何の目的もなくても。その様子を見て、聞いた二人の少女は「ず、ずるい! 今度は三人! せめて三人で行きませんか!?」とまくし立てるものと「あ~、もう夫婦っすね~」とはやし立てるものに分かれたのだった。

 

 

 

 

 




一言では言葉にできないリサと大雅は、けれど、確かに誰にも負けないもので繋がっている、というお話でもあります。
そしてリサは、大雅が東京へやってきて、初めて好きになった女性でもあるんですよ。これはいつか文章の方で語れるといいなと思います。


追記
活動報告に今のお話を含む一部終了までの年表のようなものを投稿しました。興味があればそちらも見てやってください。







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