今日は土曜日。時間もあるので部室ではある取り組みが行われていた。
「行くぞ響!」
「勝負!」
バトルシステムでは、継人のアストレアと響のストライクが宇宙空間で戦闘を行っていた。黒板にはリーグ表が書かれ、それに従ってバトルを行っていたのだ。接近戦を好む継人に対し、響は距離を取って射撃戦を挑んでくる。継人はGNソードⅡをライフルモードにし、威力を絞ってマシンガンの様に連射しながら接近する。
「おっと」
「何?」
その突進を響はマタドールの様に躱し、ビームソードを展開して近接攻撃に移る。リアスカートからサーベルを抜いた継人は、そのビームソードを防いだ。GNソードⅡをソードモードにして追撃を仕掛ける継人に、響は即座に距離を取って射撃戦へ移行する。
「一進一退だね……」
「ふむ……」
その様子を見ていた詩乃と富士川。このリーグ戦は戦力を整理するために富士川が提案したものだが、そのバトルもラスト一戦、この継人対響を残すのみとなった。リーグの順位は衛士が一位、響が現在継人と同順の二位、その後ろに詩乃と霞という富士川の予想を大きくは裏切らない結果となった。継人もアシムレイトを使えば上二人を圧倒出来る可能性を残していたが、安定した戦力とは言い難く本人も使用を避けている。
「霞と継人の戦いを見てあいつがビット兵器の処理を得意としていることを知って、響もブレイドドラグーンを使わないな。もっと言えばXコネクトで防御力を捨てての攻撃、ビームガンモードでの近接適応を捨てた遠距離戦も避けている」
富士川から見れば、まぁ打倒な戦略の組み立て方であった。如何に継人が新機体を引っ提げてきたとはいえ互いの戦力を知り尽くした衛士と継人の戦いに対して、このバトルは長期化すると踏んだ。何度目かの鍔迫り合いが起き、それでも互いに今の攻撃姿勢を崩さない。継人はGNソードⅡを手放して遠距離攻撃の手段を捨てれば響に距離を取られやすくなり、響はマントからノーネイムライフルを動かせばこの均衡を崩されて接近戦に持ち込まれる恐れがある。
「動きの少ないバトルだな」
「継人が攻めている様に見えるけど……」
衛士と霞も見てて焦れるほど駆け引きが行き詰ったバトルだった。その時、継人が突撃した際に戦線を動かした。
「な!」
アストレアが一瞬だけ赤く光り、響に防御のタイミングを誤らせた。ワンセコンドトランザムだ。一瞬だけトランザムを使い、一気に距離を詰めたのだ。ビームサーベルを振り上げ、響のストライクに振り下ろす。
「チィ!」
響はアスタロトの義手である左腕でビームサーベルを受けると、ビームソードを展開してアストレアを横一閃に切り裂いた。ギリギリのところで、響の勝利となった。
「あ!」
『BATTLE ENDED!』
並のシールドより硬く、取り回しやすい装甲である義手に救われた形となって決着。これで順位は響が二位、継人が三位という収まりになった。
「あーあ、負けた。紙一重だよなーホント」
「危ないところだったよ……」
バトルしていた二人は相当神経を使っていたのか、椅子に座り込んでしまう。バトルシステムには立っているストライクと倒れたアストレアが残った。
「まぁ、予想は裏切られなかった感じだな。響と継人がどっち上になるかってのは曖昧だったが、一応響もブランクあるだろ?」
「少しは。あと義手の部分は触覚が無いから操作に違和感あって」
富士川が響に調子を聞く。ブランクとハンディを背負ってこの実力。継人は中々に苦い顔をする。
「全盛期とか相当ヤバかったんだな……」
「当たり前だ。日展でバトった時は俺より強かったんだぞ」
衛士は継人のみならず、響とも戦ったことがある。もちろん響の戦法は大きく変わったが、それでも衛士が研鑽を積んで響を超えたことには変わらない。富士川は響の経歴を軽く知らない詩乃や霞、継人に説明する。
「響は黒曜学院っていう東京の有名な学校で成績優秀者にしか与えられない『グロウデューク』の称号を持っていた。【
「なんだか恥ずかしいです……。もう昔の話なのに」
輝かしい経歴を解説され、響は照れていた。継人は先ほどのバトルで負けたのがよほど悔しいのか、対抗し始めた。
「なんの、慰問なら負けてねーぞ。俺だって道化師に扮してこの様にバルーンアートをだな……」
空気入れで長い風船に空気を入れて膨らませ、その口をしばって風船を捻ってバルーンアートを始めた。ギリギリと嫌な音を風船が立てる。
「やめろめろ! それ絶対爆発するパターンだろ!」
衛士が止めるが、継人は止めずに風船を捻り続けた。もう全員がオチを推察して耳を塞ぐ。案の定、風船は爆発して砕け散った。
「うぼあ!」
「ほら言わんこっちゃない」
衛士が突っ込んでいる横で、響がいつの間にか風船で犬を作っていた。少し形は崩れているが、立派な犬だ。
「昔取った杵柄ってやつ」
「すごーい」
「ぐぬぬ……」
才能の差を見せつけられ、継人はもう黙るしかなかった。もう無言で咥えた風船を膨らませて浮かべるしかなかったが、富士川がその様子を見て少し首を傾げる。
「なぁ、この部室ヘリウムなんかあったか?」
「え? まさかそんな大掛かりなもの無いと思うけど……」
詩乃が返事をして、天井に引っ掛かっている風船を見た。そして視線を落とすと、継人が口で風船を膨らませてふわふわ浮かべているではないか。
「なんで呼吸で膨らませた風船が浮かぶんだ……」
理科の教師である富士川は衝撃の事実に震えた。継人はさも当然のことの様に風船を膨らませ続ける。
「え? 浮かばないの?」
「いや浮かばねーよ。お前の呼気ヘリウム混じってんのか」
そんなワンダー呼吸をしている継人はさておき、と衛士は話を進めた。
「それより、これでうちの戦力がハッキリしたな」
「いやそれより不思議なことが起こってるでしょ」
普通に流そうとした衛士に詩乃も待ったを掛ける。もう衛士は慣れてしまって感覚がマヒしており、話を進めようとする。
「いいか、こいつに常識が通じると思うな」
「いや常識は通じなくても物理法則は通じろよ」
理科教師としての威厳か、富士川は黙っていられなかった。一緒に暮らしている霞も、だんだんと継人のおかしなところが気にならなくなってきた。
「確かに、バイト先を次々物理的に潰すくらいだから呼吸からヘリウムが出てもおかしくはないのかも……」
「今のバイト先、イベント会社だけどなんか知らんけどめっちゃ重宝されてるわ」
「そら重宝するわ呼吸でヘリウム生み出す超生物」
富士川も長いこと教師生活をしており、人知の及ばない天才も見たことがあるが人間を卒業している生徒は初めて見た。
「邪魔するわ」
その時、ガンプラバトル部の扉を開いた人物がいた。
「邪魔するんなら帰ってー」
「その定番のノリには付き合わない」
継人が軽くいなすが、その人物は全く乗らない。眼鏡を掛けた女子で、黒曜学院の制服を着ている。一同に話しているのに、本から目を離す気配が一切ない。
「グロウデューク【
響は即座にそれが誰であるか把握した。なにせ、かつては同じ学年だったのだから。トモカは響を確認しても、僅かに見ただけで本からは目を離さない。
「グロウデュークってあの白馬央治と同じ?」
詩乃は以前、ピザ屋『ドルフィン』で遭遇した人物を思い出していた。響も頷いて、それを肯定する。
「久しぶりだね、トモカ。今日は何の用?」
白馬の時と違い、心に余裕があるのか響は対応する。
「話は結構。帰るわよ。来栖真理亜」
しかし、トモカは全く相手にせず、霞を見て言った。全員がその態度に反応する。もしや、記憶を失う前の霞を知っているのか。
「霞のことを知っているのか?」
「知ってるも何も、記憶喪失なんて信じてるわけ?」
継人が霞のことを聞こうとするが、トモカは霞の記憶喪失という事実について既に知っていた。
「姿を消した来栖真理亜、そして同時期に彼女の叔父の住む家の前に現れた記憶喪失の女……。担任であるはずの荒屋灰音の、不審な態度……。これは全て狂言よ。そうでしょう? 真理亜」
トモカは霞の記憶喪失そのものを狂言だと言い切った。彼女は真理亜が行方不明になったタイミングと霞が出現したタイミング、そしてその場所、担任であるはずの灰音が取っていたやけに落ち着いた行動から霞の正体とその裏側まで推察したのだ。
霞はただ黙っているだけだった。
「何のことかな。足柄霞は記憶喪失、これだけは事実だ」
富士川はきっぱりと言い切るが、トモカは不遜な態度を一切崩さない。
「佐天継人。あなたの住んでいる家は来栖真理亜の叔父の住んでいた家。富士川海士、あなたもこの狂言を続けるなら、本気で立場が危ういわよ?」
「っ……!」
富士川の立場を出されたからか、霞が反応を示す。
「待って、帰るから……富士川先生と荒屋先生は悪くないから……」
「霞……」
呼びかける継人に、霞は否定する。
「違う……私は来栖真理亜。記憶喪失なんてのも嘘。私は帰らなきゃいけないの、帰るべきところに」
「どういうことだ……?」
ここまで情報を提示されながら、継人は状況を理解していなかった。富士川が彼女の、足柄霞と来栖真理亜の全容を明かす。ここまで見切られたのなら、もはや隠すことは不可能だ。
「継人、足柄霞が……いや、来栖真理亜が記憶喪失だというのは全くの嘘だ。だが、悪意を持った嘘ではない。彼女には今の環境から離れる時間が必要だったのだ。お前が出会ってきた3人、白馬央治、佐天経、そして比良鳴トモカ。この3人は真理亜の『婚約者候補』だ」
「しれっと女が候補にいるところに時代を感じなくもねーがなんつー外れクジだ!特に経はやめとけ、保証する!」
白馬央治が真理亜、則ち霞の婚約者であることは既に知っていたが、残る3人も婚約者だとは継人も知らなかった。外れクジ呼ばわりにトモカは少しカチンと来ていた。
「誰が外れよ。人類40億人の中では、かなり当たりの方だと思うけど?」
「しかしいくら女子は16歳で結婚出来るからって婚約者は早すぎだ!親は何考えてんだ?」
衛士はあまりに早い結婚話に戸惑っていた。白馬やトモカはともかく、経は継人の弟なので結婚出来る年齢ではないはずだ。その問題点は富士川も彼女の担任である荒屋も考えていた。
「そうだ。まだ将来のある人間が親とはいえ他人に未来を定められる。これほど苦痛なことはない。定められた婚約者というストレスが彼女を蝕んでいる事に気付いた俺の教え子にして彼女の担任、荒屋灰音は事態が深刻になる前に、彼女に休息を与えることにした。それがこの記憶喪失というカバーストーリーだ」
響は富士川の説明を聞いて、大体の狙いを察した。一見すると保護者に無断で家出を手伝う様な真似は大問題に見えるだろう。だが、この行為の本質はそこではない。
「霞の両親は普通に説得しても聞かない相手なんだろうね。このまま彼女のストレスが限度を越えれば、取り返しのつかない問題を起こしかねない。だから休息を与えると同時に『コントロール出来る問題』を発生させて、状況の危険さを知らせるというわけだ」
これは仕組まれた警告なのだ。本当に真理亜の両親が彼女のことを考えるのなら、この警告で立ち止まるべきなのだ。だが、問題は両親だけではない。婚約者達も自分に得があるからか、この危険な状況を望んで続けようとする。
ここまで真理亜、霞の追いやられた状況を知らされてもトモカが態度を変えないということが、婚約者達の立場を示している。
「危険?どこの馬の骨とも分からない連中の下にいる方が余程危険よ。私達は、この日本では将来を約束された存在なの。その私達と結婚するということは、身分の保証を意味する。私達はもちろん、真理亜にとっても悪い話ではないと思うけど?」
「それが霞には苦痛だって言ってんのよ! これなら継人のとこにいた方が百倍マシよ!」
詩乃は霞のことを全く考えていないトモカの姿勢に怒りを覚えた。こんな高慢ちきしか結婚相手の候補に上がらないとは、ソシャゲのガチャなら爆死もいいところである。とにもかくにも、ストレスが原因でこの状況にいるのなら猶更帰すわけにはいかないのだ。
「富士川先生、ご迷惑をおかけしました。佐天さんも、皆さんもありがとうございました。私は、元居た場所に帰ります」
「そうは問屋が卸さねぇ、お前はここにいろ」
霞、真理亜は帰るつもりだったが、継人がそれを許さない。トモカはこの決定に口を挟んでくる。
「それはあなたが決めることじゃないわ。真理亜が決めたことなの」
「それは果たしてどうかな? 本当に霞が決めたことだと言えるのか? お前らは富士川先生や霞の担任の立場を人質に取っているだけだろ?」
図星を突かれたのか、トモカは黙ってバトルシステムにガンプラを置く。紫のザクファントム、スラッシュウィザードだ。
「その減らず口……叩き潰してあげる。あんたらの得意なガンプラバトルとやらでね」
「お、いいのか? 素人丸出しのファイトを晒して泣いて帰るんだな」
トモカの挑戦に、継人は乗った。アストレアをバトルシステムに置いて、起動させる。相手は単にカラーを変更しただけのザクファントムだが、果たしてその実力はどの程度のものなのか。
「見た感じ、造りはしっかりしてるね」
響は完成度の高さは認めた。ザクファントムはHGとしては古いキットで、スラッシュウィザードもコレクション版しか出ていないので完成度を上げようとすると骨が折れるのだ。それを各部シャープ化はもちろんモノアイ可動の追加、関節の二重関節化、大型ビームアックスのビーム部分をクリアに置き換え、メタルパーツの使用など、手の込んだ工作がされている。
「いや、単にキットを完成させるだけならプロに依頼すればいいだけだ。あそこまでの完成度を出すには数を熟す必要が当然あるが奴の手を見てみろ。工作とは縁遠い手だ」
衛士はトモカの手から、実際の制作はしていないものと見た。この暴露に対し、彼女は悪びれることなくそれを認めた。
「ええ、それが何か? 私達は『プロ』のガンプラバトルチーム、ビルダーとファイターは別にいるの」
「はは、こやつめ。ガンプラは自分で作ってこそだぞ?」
これには継人も勝利を確信した。バトルシステムがフィールドを形成し、バトルが始まろうとしていた。
『BATTLE START!』
戦場として選ばれたのは荒野。早速飛び出したアストレアがザクファントムに対し、GNソードⅡで射撃を行う。ザクファントムが飛行出来ないのに対し、アストレアを始めとしたGNドライヴ搭載機は飛行が出来るので優位に立てる。ましてや、今回は相手の射撃武装がバックパックのガトリングだけだ。
「迂闊に接近せず、穴あきチーズにしてやるぜ!」
だがここで優位を確信して接近戦に持ち込むのは危険だ。継人はあくまで射撃戦での決着を望んだ。ザクファントムがガトリングを放って牽制してくるも軽く回避できる。アストレアはマシンガンモードではなくライフルモードで確実に一発ずつ撃ち込んでダメージを与えにいく。
ライフルの着弾点に砂埃が舞い上がる。その埃から何かが飛び出した時、アストレアの両足がいつの間にか切断されていた。
「なんだ? 何が起きた?」
見えない攻撃に継人は戸惑った。これは何だというのか。
「これが、『プロの世界』……よ」
困惑する継人に対し、トモカはザクファントムを高速でアストレアの背後に動かして背中のコーン型スラスターを切り裂いた。
「継人! なんなのよあの攻撃!」
謎の攻撃は詩乃からも全く見えなかった。アストレアが落ちていき、荒野に墜落する。大きなダメージを受け、アストレアは行動不能に陥っていた。
「クソ! なんだ……プロって何の話なんだ?」
「わからない? もうすぐガンプラバトルは遊びではなくなる。プロスポーツの仲間入りを果たし、到底あなた達が跋扈出来る様な環境ではなくなるの。それがガンプラバトル、プロ化計画」
トモカは先ほどから繰り返すプロという言葉の意味を話す。ガンプラバトルを文字通りプロスポーツ化しようとする計画なのだが、それは10年近い歴史を持つガンプラバトルでも一切話題にならなかったほどの禁忌である。富士川はそれを一番よく知っているため、戦慄した。
「なんだと? ガンプラバトルは遊びだからみんなやってこれたんだ! プロになって金銭が絡むと今までの様なバトルは出来なくなる! それどころか第7回世界大会のチームネメシスが行った様なことが頻発する可能性さえある!」
第七回世界大会において、フィンランド代表のチームネメシスは特殊な能力を持った孤児に負担の大きいシステムを使用させ、問題になった。結果、PSE社から大会運営を引き継いだヤジマ商事はオープン部門とジュニア部門を分割させてこの様な事態が再発するのを防ごうとした。金銭の絡んでいないアマチュア大会の時点でこれなのだ。賞金を懸けたり、選手に高額の広告費をつぎ込むスポンサーが付くようになった場合に何が起きるかは想像するに難くない。
「ガンプラバトルは遊びだからみんな自由に、本気で戦えるんだ! 今のプロスポーツを見てみろ、結果を出すことに追われて破滅する人間がどれだけいると思っている? プロ野球なんかチームに優秀な人材を引き寄せる為に学校を出たばかりの若者を騙す様な真似さえ平気でする! 勝利を史上とするプロ思想に酔った人間によって、アマチュアの世界でも上達できない人間は弾き出される様になるぞ!」
富士川の言うことは真理である。プロ化すれば競技につぎ込まれる資金も増え、競技人口は増すだろう。競技が発展するのは言うまでも無い。しかし、代償としてその資金が競技世界を狂わせる。自国で代表に選ばれない選手が競技の発展が途上である海外にやってきて代表権を奪っていくのがその一例だ。ガンプラバトルはその代償を抱えるほど未発達な競技ではない。
「それの何が悪い? 世界が発展する為なら、弱い存在を次々に淘汰せねばならない。ガンプラバトルは大きく発展こそしているが、その自浄が弱く、非常に歪んだ構造になっていた。それに加えて、その大きな影響力を上手く経済に還元出来ていない。それを正そうというのが、真理亜の母の考えたガンプラバトルプロ化計画」
トモカはプロ化計画の元凶も明かす。真理亜、霞の母が考え出したのがこの計画なのだという。この計画には、自分の婚約については半ば諦める様に受け入れていた霞も反論する。彼女もプロ化計画のことは知らなかったらしい。
「そんなことまで……叔父さまの愛したガンプラバトルを汚す様な真似をお母さまは考えているのですか?」
「エリートとしてこの国を引っ張るどころか遊びに興じ、淘汰されるべき存在と戯れてばかりいた兄を貴女の母は憎んでいましたよ? あの家が残されているのは家族だった故の情けでしかない」
あの家、とは継人がバイトで管理している家のことだろう。霞と繋がりがあったことには驚きだが、ガンプラバトルをしていた人間の家というのならば充実した工具や膨大な積みプラも納得できる。
「話が長くなりましたね、消えなさい!」
話を打ち切り、トモカが倒れているアストレイに向かって大型ビームアックスを振り下ろす。それを、間に割り込んだ流星号はバルチザンで受け止めた。響のストライクと衛士のクロスボーンも戦場に飛び込んできた。
「消えるのは、あんたよ!」
「負けると分かったらチェス盤をひっくり返す様な真似を……だからあなた達は淘汰されるべきなのよ!」
ザクファントムは一度距離を取り、敵対する三機を睨む。一触即発の空気で、全機体が攻撃するためのアクションを取ろうとした瞬間だった。
「やめて! これ以上みんなを傷つけないで!」
霞が叫び、バトルを中断させる。
「あら? 暴力は振るっていないのだけど?」
「私が帰れば全部終わるから……富士川先生も荒屋先生も悪くないから……私が帰らないって言ったら、みんなを権力でどうにかするんでしょ?」
彼女は震える声で言った。自分の運命を受け入れるつもりだ。それも、決して覚悟の上ではない、諦めた上でだ。相手はこの国を動かすエリートの卵であり、中枢にも繋がった人間だ。教師である富士川達は元より、それより弱い立場の継人達へ危害を加えることくらい余裕だろう。
「そう。じゃあ帰りましょう。本当はデルタロウを倒したあなた達を招待するつもりだったけど、計画を早めた方が良さそうね」
トモカは意味深なことを言いつつ霞を連れて部室を後にする。全員がその場に留まり、霞を止めることが出来なかった。彼女は去り際に、トドメを刺すかの様に言い放った。
「もう、私を助けようとしないで……。私のことは、忘れて」
足柄霞はその正体を明かし、その名の通り霞の様に消えることを望んだ。こうして、継人の奇妙な生活は終わりを告げた。