うちの姉様は過保護すぎる。   作:律乃

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002 過保護な姉たちとおでかけ

4.

 

 朝の大騒動……いや、大喧嘩から30分後。

 僕と姉様。そしてシラねぇとマリねぇ、セレねぇの計五人は猛スピードで街中を走っていた。

 何故、そんなに急いでいるのか? その理由は簡単だ–––今日の朝、9時頃から装者のみんなで買い物やカラオケなどと遊びに出かける約束をしていたのだ。

 そんな約束をしていることもすっかり頭から落ちてしまうほどに白熱していたマリねぇと姉様の大喧嘩がやっと終わって、壁にかけている時計を見れば、約束時間の10分前に針が時間を刻んでおり、五人は暫し事実を受け入れられずに呆然とし、きっちり10秒後血相を変えたねぇや逹と姉様、僕は大慌てで部屋を飛び出るとそれからというもの、ずっと目的地まで走りぱなしというマラソン状態になっていた。

 先頭を走るのがシラねぇとセレねぇで、その後を僕と姉様が追いかけている感じで、そのさらに後ろをマリねぇが走っている。

 真っ直ぐ前を見つめ、走り続ける僕へと隣を走っている姉様が話しかけてくる。そちらへと視線を向けると、僕と同色の黄緑色の瞳が少し伏せられ、心配そうに僕を見つめていた。

 

「歌兎、大丈夫デスか? 疲れてないデス?」

「…ん、大丈夫だよ、姉様」

 

 姉様へと心配かけないようにと淡く微笑んでみせると、姉様は安心したように此方へと微笑んでくれた。しかし、僕は一つだけミスを犯してしまったらしく……姉様が優しい声音で言ってくれたセリフに対する返答を掠れ声で言ってしまったらしい。

 気付けば、嬉々した様子で僕の前へと腰を折る姉様の姿とそんな姉様へとツッコミを入れるセレねぇの姿があった。

 

「疲れたなら、いつでも言ってくださいね。お姉ちゃんがおぶってあげるデスから」

「…ん、わかっ…だ……っ」

「ハッ!?もしかして、疲れたのデスか、歌兎!」

 

 いつでもバッチコイと言わんばかりの輝いた笑顔でタイルへと片膝をつき、僕へと背中を差し出す姉様へとキレキッレのツッコミを入れているセレねぇはまさにシュールと言わざる終えなかった。

 

「どうして、暁さんはそこで嬉しそうにしてるんですかっ!? 私にはそれが疑問ですよ!」

「セレナ、それが切ちゃんのいいところだよ」

 

 かの状況に対して冷静かつ常識的な対応を見せてくれたセレねぇの肩をポンポンと叩くのは優しく微笑むシラねぇである。

 

「月読さんといい歌兎ちゃんといい、二人は暁さんのやる事なす事に全肯定は良くない傾向だと私思いますよ!?」

「大丈夫、歌兎も私も切ちゃんの事を信じてる」

「それはさっきの私の発言に対する答えなんですか!?」

 

 どんな時でも過保護な姉様の言動を優しく見守ってくれ、受け入れてくれるシラねぇには感謝しかないのだがセレねぇの言う通りで……僕とシラねぇは姉様に対して甘々すぎるのだろうか?

 そんなくだらないことを考えながら、僕は目の前で繰り広げられている光景を冷静な視線で見て見るとふとも思う––––この五人の中で一番苦労してるのはセレねぇなのではないのか、と。

 マリねぇも僕達を見守ってくれるお母さんのようなお姉さんのような存在だけど、私生活でも肝心な所抜けてるところとか時々あるし……その抜けているところをさり気なくフォローしているのは言わずもがなセレねぇだもんね……。

 そんな隠れ苦労人・セレねぇのツッコミ虚しく、姉様は僕へと促しの声をあげるのを聞いて、敬愛する姉様の命令に逆らえるわけもなく……僕は姉様の背中へと抱きつく。

 

「ささっ、歌兎。早くお姉ちゃんの背中におぶさって、身体を休めるといいデスよ」

「…ん」

 

 だが、しかし、そんな甘えを許すマリねぇではない。

 姉様の背中へとおぶさろうとしていた僕と姉様を指差すと、大声を上げる。

 

「こらっ、そこ! ごく自然におぶろうとしない! 歌兎も歌兎よ。安易に切歌におんぶしてもらわないの!」

「ちぇー、マリアは外でもケチんぼなのデス……」

 

 そう頬を膨らませながらも僕を下ろすことなく、その場に飛んで微調整した姉様は周りでガミガミ言うマリねぇへと皮肉を混ぜた反論をいう。

 

「だから、これはケチんぼでもなんでもなくて。私は一般的に意見を言ってるだけなのよ」

「そんな意見など、あたしの辞書にはのってないのデス。ほら、歌兎、ガミガミうるさいおかんマリアなどほっておいて……しっかりお姉ちゃんの背中に掴まってるデスよ。歌兎が筋肉痛に倒れちゃったりしたらいえないので」

「…ん、姉様」

 

 皮肉を混ぜた姉様のそのセリフを聞き、マリねぇのガミガミが更に強くなった気がするが–––。

 肝心の姉様はどこ吹く風の様子でマリねぇをほっておいて、タイルを一歩一歩踏みしめていく。

 そんな姉様から落ちないようにしがみつきながら、申し訳なそうな声で問いかける。

 

「…重くない? 姉様」

「全然大丈夫デスよ、歌兎はもっとお肉をつけるべきデス。軽すぎるデスよ」

「…それは姉様にいうセリフ」

「お姉ちゃんは歌兎よりも身長もありますし、肉もついてるんデスよ。なので、歌兎は気にしなくいいのデス。今晩は、いっぱい食べて、栄養を付けるデスよ。参考までに聞きますが、歌兎は晩御飯は何が食べたいデスか?」

 

 チラッと僕の方を向いて聞いてくる姉様の少し垂れ目な大きな瞳を見つめ、僕は朝に思ったことを言う。

 

「…姉様の手料理が食べたい」

「ッ!?」

 

 すると、姉様が泣き出す寸前みたいな顔をするのを見て、少し焦った僕は首を傾げて、もう一度問いかける。

 

「…ダメ?」

「もちろん、いいデスともッ!! お姉ちゃん張り切って、美味しいもの沢山作るデスからね!! 歌兎の大好物もいっぱいいっぱい作るデスからね!!」

「…ん。しゃのひみ…」

 

 僕をガシッと抱きしめ、スリスリと頬をすり寄せてくる姉様の温もりを感じながら、姉様の背後を見てみると–––僕ら二人を遥か先を走っている三人の姿があり、三人は走りながら、僕ら二人へと叫び声をあげる。

 

「切ちゃん、歌兎、行くよ。みんなが待ってる」

「暁さん、歌兎ちゃん〜! もうみんな待ってますよ〜」

「そこの二人、早くなさい」

 

 今だに頬スリスリをしている姉様の背中をポンポンと叩き、顔を離した姉様へと僕は背後を見つめ、指差しながら言う。すると、姉様も僕のその仕草だけで状況を理解したらしく、僕を背負い直すと……

 

「…姉様。三人が呼んでる」

「分かってるのデス! 歌兎、しっかりお姉ちゃんに掴まっててくださいね」

「…ん」

「猛スピードデスよ〜! 三人へと追いつくデス!」

「…姉様、ファイト」

「任せてください、歌兎!」

 

 僕を背負っているとは思えないほどのスピードで、約束場所へと向かう姉様。

 僕はその背中に揺られながら、姉様へとエールを送っていた……

 

 

 

 

5.

 

 約束場所へとついた僕と姉様を出迎えてくれたのは、先に着いていたシラねぇとセレねぇ、マリねぇの三人と今日、一緒に遊ぶことになっていた四人の少女逹で……その中の一人、白銀の髪をピンクのシュシュでお下げにしている少女・クリスお姉ちゃんが横目で姉様を見ると、ため息をつきながら問いかけてくる。

 

「んで、お前はなんで妹を背負ってるんだよ」

「それがお姉ちゃんとしての責任だからデスよ!」

 

 その問いかけに対して、誇らしそうに胸を張り、ぽよんと大きく実っている双丘を叩きながら答える姉様へと両手をポキポキと鳴らしながら、クリスお姉ちゃんが近づいてくる。だがしかし、うちの過保護な姉様にそんな脅しなど通じるわけもなく、姉様はいつもの如くちんぷんかんぷんな方向へと真っしぐらに進んでいく。

 

「よぉーし、お前の言いたいことは分かった。だが、それが約束時間を一時間も遅れた理由だとしたら、あたしはお前をブツぞ」

「歌兎が……あたしの可愛い妹が走り過ぎて倒れかけていたんデスよ!? それを助けて、何が悪いのデスか!? も、もしかして…そんな歌兎をほっておいて。あたしだけここへ向かえばよかったと言うデスか…? クリス先輩は鬼なのデス!! この鬼クリスっ」

「お前はいつも過保護すぎんだよ!! それと、お前さっきあたしのことを鬼って言ったか!?」

「クリス先輩まで過保護とあたしを呼ぶデスか!? やっぱり、マリアとクリス先輩は鬼デス! 鬼畜デスよ!! あんなに可愛い歌兎へと厳しく当たろうとするなんて! なんで、二人は歌兎を甘やかそうとしないデスか!? 歌兎が可愛くなのデスか!」

「可愛いからこそだろーがッ! この過保護!! お前には、可愛い子には旅をさせようという諺はねぇーのか!?」

「そんな諺は既にあたしの辞書から削除したデスよ〜」

「お前な……」

 

 あっかんベーと舌を出す姉様に対して、遂に堪忍の緒が切れたらしいクリスお姉ちゃんはグーで姉様の頭を殴ろうとするのを見て、姉様に近づく前に右手の裾を引っ張った僕は不機嫌そうにこちらを見てくるクリスお姉ちゃんの髪と同色の瞳をまっすぐ見つめて、お願いする。

 

「…クリスお姉ちゃん、姉様は悪くない。悪いのは僕だから、ぶつなら僕をぶって」

「チッ……そんな顔したガキを殴れるわけないだろ」

 

 何故か頬を朱に染め、横を向いてポツンと呟くクリスお姉ちゃん。それに首をかしげる僕とその呟きを聞いたらしい明るい茶色の髪が特徴的な少女・響お姉ちゃんが不満そうに何か呟いた愚痴を聞いたらしいクリスお姉ちゃんが響お姉ちゃんへの頭へと拳を埋める。

 

「……私のことはしょっちゅう、ぶつのに…。なんだかんだ言って、クリスちゃんが切歌ちゃんの次に歌兎ちゃんに甘い気がするよ〜」

「お前はいつも一言多いんだよ!」

「痛ぁあああ!?」

「響、大丈夫?」

「大丈夫じゃないよ〜、未来〜ぅ」

 

 痛みで埋まる響お姉ちゃんへと優しく声をかけるのが、響お姉ちゃんの親友の未来お姉ちゃんだ。涙目で痛みを訴える響お姉ちゃんの髪の毛をかき分けてながら、何かを応急処置をしている。

 そんな二人を見ながら、僕と姉様へと視線を向けたクリスお姉ちゃんは吐き捨てるようにいう。

 

「たくっ。あのバカより遅刻するなんて、お前らが初だぞ」

「ちょっと、クリスちゃんそれはひどいよ〜。その言い方じゃ、いつも私が遅刻してるみたいじゃん」

「いつもしてるだろ!」

 

 響お姉ちゃんへと怒声を飛ばすクリスお姉ちゃんの右手をくいくいと引っ張り、こっちを向けさせると僕はいつも思っていることを言う。

 

「…」

「んだよ」

「…クリスお姉ちゃん、あまりカリカリしないで。僕はクリスお姉ちゃんの笑った顔が大好きだよ。だから、笑顔見せて」

「〜〜ッ」

 

 僕のセリフを聞いたクリスお姉ちゃんの顔がみるみるうちに赤くなっていく。それを見ていた響お姉ちゃんがクスクスと嘲笑うのようにちょっかいをかけるようにクリスお姉ちゃんへと声をかける。しかし、それを聞いたクリスお姉ちゃんはポキポキと両手を鳴らす。

 

「おや〜? さっきまでの怖いクリスちゃんはどこへ行ったのかな〜?」

「お前は本当にあたしに殴られたいらしいな」

 

 しかし、そんなクリスお姉ちゃんへと近づいているのは響お姉ちゃんだけではない。我が姉様もクリスお姉ちゃんに近い場所に立っていた僕を自分の方へと引っ張ると、僕をクリスお姉ちゃんから守るように抱き締める。

 

「クリス先輩よりも歌兎は姉のあたしのことが大好きなのデス。そこだけは誤解しないで欲しいのデス! それと、歌兎は何があってもクリス先輩に渡さないデスよ!!」

「お前は引っ込んでろ! 話がややこしくなるだろ!!」

 

 もう既におでこへと血管が浮き出るほど怒っているクリスお姉ちゃんへとセレねぇが声をかける。どうやら、この収集がつかなくなった喧嘩を仲裁してくれるらしく、割って入ったセレねぇは後ろに聳え立つショッピングセンターを指差す。そんなセレねぇのセリフに肯定する形で、未来お姉ちゃんが響お姉ちゃんを引っ張って。ショッピングセンターへと一番先に向かっていく。

 

「まあまあ、クリスさん落ち着いて。響さんも暁さんもこれ以上ここで言い争っていても時間の無駄なので、約束のショッピングへと行きましょう?」

「セレナちゃんの言う通りだよ。響もあまりクリスをからかわないの。ほら、行くよ」

「ちょっ、未来!? そんなにいきなり引っ張られたら、バランス取りにくいよ!?」

 

 そんな二人に続く形で、クリスお姉ちゃんが向かい、僕と姉様、セレねぇとシラねぇも三人の後を追う。

 その際に姉様が僕へと問いかけてくる。それに正直に答えると、何故かその場に崩れ落ちる姉様。

 

「切ちゃんと歌兎も行こ?」

「分かったのデス、調! そうデス、歌兎はこれから向かう道中、誰と手を繋ぎたいデスか?」

「…ん〜、とね。…シラねぇと繋ぎたい」

「私と? 切ちゃんじゃなくていいの?」

「…ん」

「そっか。じゃあ、はい」

 

 まるで某アニメの燃え尽きた後の感じになり、真っ白な灰へとなりかけている姉様へとセレねぇがツッコミを入れながらも優しく声をかける。

 

「なっ…ななな、なんデスとぉおおおぉおおおぉお!!? これが…これが俗に言う反抗期なのデスか…? 歌兎はお姉ちゃんのことを嫌いに…? あたしが調みたいに大人じゃないからデスか…?」

「そんなわけあるはずないじゃないですか…。ほら立ってください、暁さん。ここに座っていたら、みんなに置いていかれちゃいますよ」

「離してください、セレナ! 歌兎に必要とされないあたしなんて、この世に存在する価値すらないゴミクズのような存在なのデスからっ」

「…あぁ、どうしよ…、これはかなり重症だよ…。私じゃあ手に負えない奴だよ…。歌兎ちゃん…月読さん…助けてぇ…」

 

 シラねぇに手を引かれながら歩く僕の後ろを歩く姉様とセレねぇ。そんな二人へと視線を向けると、大泣きして暴れている姉様とそんな我が姉を見て、げんなりしているセレねぇの姿があった。その光景に首を傾げて、前を向く僕はトボトボとショッピングセンターへと一歩、また一歩と近づいていく。

 そんな騒がしい姉様とセレねぇの後ろを歩くのが、マリねぇと藍色の髪を結んでいる女性・翼お姉ちゃんである。

 マリねぇと共に歩きながら、翼お姉ちゃんは暴れている我が姉を見て、苦笑いを浮かべる。

 

「いつもの如く賑やかだな、マリアの所は」

「賑やかすぎて、疲れるくらいよ…。出来ることなら、変わって欲しいくらいだわ」

 

 マリねぇは疲れたように右手で顔半分を隠す。その様子を見ていた翼お姉ちゃんは、マリねぇのその仕草で今朝、部屋の中でどんなことが繰り広げられていたのかを安易に想像できてしまい、マリねぇへと問いかける。

 

「貴女がそんな弱音を吐くとは珍しい。もしかして、今朝既に?」

「えぇ、一戦交えてきたところよ。あの子の過保護は今に始まったことじゃないけど、そろそろどうにかしないと歌兎がダメ人間へとなってしまうわ。歌兎には歌兎の人生があるもの…死ぬまで、切歌が世話するなんて出来ないのよ」

 

 マリねぇは、暴れ疲れたのか大人しくなり、セレねぇに支えられながら、トボトボと覇気なく歩く金髪の妹分を見て、ため息をつく。

 そんなマリねぇの様子を見ていた翼お姉ちゃんが口元を緩めると笑い声を出す。それを聞いて、翼お姉ちゃんへと向くマリねぇ。

 

「ふ」

「何がおかしいのよ」

「いや、済まない。今のマリアが本当にあの四人の母親みたいに見えてな」

「ちょっ、そんな歳じゃないし、そこまで母親ぶってないわよッ」

「そんなにムキにならなくてもいいではないか。私は似合ってると思うぞ、マリアお母さん」

「か、からかわないでよ、翼」

「済まない済まない。さて、私たちも行くとしよう。皆と距離が開いてしまった」

「えぇ、そうね」

 

 ショッピングセンターの入り口でマリねぇと翼お姉ちゃんを待っている僕たちの元へと、二人が近づいてくる……


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