うちの姉様は過保護すぎる。   作:律乃

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004 完全聖遺物・ベルフェゴール

10.

 

 両耳なら流れる《灼槌(やつい)・ミョルニル》を口ずさみながら、迫ってくるノイズの群れが放つ攻撃を寸前で交わして、自分の体を軸にしてグルッと金槌を振り下ろす。

 

「ハッ!」

 

 だが、それくらいで減るノイズではない。

 半透明な拳が此方へと振り下ろされるのを寸前で交わし、そのノイズの腹へと蹴り入れると一息つくために数歩後ろへと飛ぶと息を整える。

 

「はぁ……っ、っ……は……」

 

(次から次へ湧いてくる)

 

 戦闘を始めて、もう一時間くらい過ぎたがノイズの群れは減るどころか、最初の頃よりも増えている気がする。

 肩で息をし、頬を流れる汗も気にせずに目の前で溢れているノイズの群れをどうするべきか頭を悩ませる。

 

(このまま戦っていてもジリ貧だ)

 

 どんどん溢れてくるノイズを今まで通りに倒しているようならば、元々少ない僕の体力の方が底が見えてきてしまう。

 

 ならば、どうするべきか……?

 

 きっと、今の僕に出来るのは工事現場にノイズを倒しに行っている姉様達が帰ってきてくれるまでの時間稼ぎしか出来ないだろう。

 

「……ッ」

 

 "不甲斐ない"と思わず唇を噛み締める。

 結局、僕自身は姉様や他の装者のお姉ちゃん達に比べると力も実力も全くない、それどころか迷惑をかけてばっかりだ。

 

(もっと強くなりたい。姉様や他の人達の力を借りなくても一人前に闘えるほどの–––)

 

––––力を欲するか、同胞(どうほう)

 

「!?」

 

 ドクンドクンと*1左腕が脈立ち、僕の脳へとアレの声が反響する。

 むわんむわんと視界が歪み、片膝をついた僕はやけに嬉しそうなアレの声を黙らせようとギュッと包帯でぐるぐる巻きにされた左腕を握り締め、右掌で冷や汗が流れる顔を覆う。

 

(……煩い。今は君に構ってる暇なんて–––)

 

 アレを抑えるのに必死な僕は背後にいるそいつへと注意を怠っていた。

 とんがった右手がバットのように横に振られ、ドンと身体へと強い衝撃が走り、前のめりに倒れこみ、真上から何かが迫っているのを感じて、横へと転がることでなんとか攻撃を避けた僕は肩で息をしながら、攻撃を受けたお腹をさする。

 

「…痛ぅ…」

 

 お腹をさすり、思った以上にダメージを食らったことで僕の心は苛立つ、こんな些細な攻撃を受けてしまった自分自身の弱さに。

 その苛立ちに反応したのだろう左腕が脈立ち、続けて聞いているだけで気分が悪くなる声が脳内へと響く。

 

我を解放しろ。そすれば、この状況を打破(だは)出来るぞ

 

(くっ…煩い、黙って。君はお呼びじゃない。僕だけでもこれくらい撃破出来る)

 

そうか。精々、抗うといい。どうなっても其方(そなた)は我を呼ぶことになるのだからな。我はいつでも其方の呼びかけを待っておるからな

 

 首を横に振り、アレを追い払うことに成功した僕は自分の左腕に埋め込まれたいるソレを思い浮かべる。

 

–––*2《完全聖遺物・ベルフェゴール》

 

 僕の腕をこんな風にした元凶。

 ぐるぐるにいつも巻いている真っ白な包帯の下には正反対の色に変色したげっそりと痩せ細り、骨ばった醜い腕が広がっている。

 思い出したくもない、ずっと忘れていたいとすら思うもうひとつの僕の罪。

 

「……ちっ」

 

(やばい。これ以上、ダメージを食らったら……アレが出てきてしまう。それだけはどうにかして避けないと…)

 

 舌打ちして、金槌を担いだ僕へと見知った声が掛けられる。

 

「歌兎ちゃん、前!」

「…!?」

 

 未来お姉ちゃんの叫び声で前を見れば、もう寸前までにまでノイズたちが居て–––––大きく振られた腕や拳は僕のお腹や顔に殴り、僕は近くにあるビルへと叩きつけられる。

 

「がっハッ……げぼっげほっ…」

 

 その際、余りの衝撃に唾を吐くと、ドテっとその場へと崩れ落ちる。

 数回深呼吸をし、ギュッと片平に投げ捨てられている金槌を引き寄せて、ギロッと前を向く。

 

 これくらいで負けるわけにはいかない……負けられるわけがないッ!!

 

(ここで僕が倒れたら、ここにいる人たちが、未来お姉ちゃんが灰へと成り替わる。それだけは何としても避ける! 僕が引き起こしてしまったことなんだ。僕が責任を取らなくてはいけないんだッ!

 

 –––––––例え、この身がアレに取り憑かれようともッ!! )

 

「歌兎ちゃん!!」

 

 悲鳴じみた声を上げながら、近寄って来ようとする未来お姉ちゃんを掌を見せることで止めてから、僕は大きく息を吸い込み、心の中に居座るアレへと呼びかける。

 

なんだ? さっきまで我の力なぞ借りぬとほざいておったくせに…どういう風に吹き回しだ?

 

(……生意気なことを言ってごめんなさい。この状況を変えるためにはあなたの力が必要なんです。お願いします、力を………貸してください)

 

クククク、アハハハハ、よいよい。我は素直な其方の事を()いているからな。存分に力を貸してやろう

 

 アレは僕の呼びかけに嬉々として受け入れ、僕へとその力を受け渡す。

 

––––––ほれ、受け取れ、望みの力だ

 

「ガ………ッ」

 

 膨大な力の束が僕の心臓近くにあるミョルニルへと流れ込み、僕の身体は沸騰しそうなほど熱くなる。僕から発せられる蒸気により、周りの風景が歪み、ガクッと倒れそうになるのを何とか耐えると、引き寄せていた金槌へと手を伸ばし立ち上がろうとするが……余りの熱さと暴走する力により、両膝を地面へと付けた僕は左腕を強く握りしめる。

 

(熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。身体が熱い、胸が…左腕が…左目が…全てがあつい、アツイ、熱いッ!!

憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。目の前のやつが憎い、僕を苦しめるやつらがにくい、ニクイ、憎いッ!!

殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。

 

こいつらも、後ろでギャアギャアうるさい奴もすべて、スベテ、全て…この金槌でーー殺すッ!!!! )

 

「あっ…あぁああ…ッ!」

 

(って何を考えてるんだ、僕はッ。未来お姉ちゃんや守ろうとしていた市民の人まで手にかけようなんて……)

 

何故我を拒む? 同胞。後ろにいる奴も周りにいる奴も其方の事なんてどうとも思ってない。我が身が可愛いロクデナシばかりだ。どうせ周りのいる奴らも後ろにいるあの黒髪も其方の左腕を見れば『気持ち悪い』『悪魔』って(さげす)むに違いない。同胞が命を懸けて守ってやる価値すらないクズだ。

 

(ち、がうっ。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う……違うッ!!!! 未来お姉ちゃんはっ。そんな人じゃないっ。クズなんかじゃ……ないっ。僕の事を、何よりも姉様達を受け入れてくれたそんな人が悪い人なわけないッ)

 

違うと思うのならば、何故このような粗末な白い布などで我を隠す? 其方も気づいているのではないか。もう自分自身が黒髪や周りの奴らよりとは違う異端の奴らだと

 

(だまれ)

 

おおコワイコワイ。そんなに睨みを効かして、我を威嚇するということはさっきのことは図星ということか?

 

(煩い煩い煩い、黙れ黙れ黙れ、もう喋るな)

 

もういい加減、認めたらどうだ? 其方は……いや、同胞はもうとっくに我の一部なのだよ。今更何をしても誰も同胞を救うことは出来まい

 

(いち……ぶ?)

 

ああ、その証拠に––––

 

パチンと指を鳴らすような音が脳へと反響し、肢体の隅々まで音が響き渡った瞬間から視界が真っ暗になり、ぬめぬめした感触に顔をしかめると足元がコポコポと音を立てて、墨のような液体へと引きずりこまれていく。

 

こうすれば、我が同胞の心体を自由に操ることができる

 

 どろどろした真っ黒い液体に乗り込まれていく中、僕が見たのは–––––

 

『安心してよ、僕。ボクが僕の分までここにいる奴もこの世界も壊してあげる。そして、作ってあげる、キミの暮らしやすい世界を』

 

 ––––––僕を見下ろすのは日が当たると水色に光るロングの銀髪、眠たそうに見開かれた黄緑色の瞳が特徴的な小柄な少女。

 で、僕との違いは瞳に光沢がないのと銀髪の毛先が青紫なところだろうか。

 

 っていうよりも………僕ッ!!?

 

『ふふ……』

 

 びっくりしている僕を沼から引き上げた瓜二つのボクはそのままの勢いで僕を抱き寄せ、イタズラに笑いかけてから、その小さな唇を僕の唇へと合わせる。

 

『ん……っ』

 

『んッ!?』

 

 目を丸くする僕の身体は次第に薄くなっていき……合わさっている小さな唇に吸い込まれていくかのようにボクの中へと溶けていき………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、一つとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 混ざり合い、産まれた新たなボクの瞳に映るのは破滅と支配の二文字。

 

『さあ、始めよう、愚か者達への反乱を。新たな世界の礎の為に!!』

 

 ニンヤリと小さな唇が不敵な笑みを作り出した。

*1
《完全聖遺物・ベルフェゴール》と同化したその腕は真っ黒に変色し、骨ばっている。

それを何も知らない者が偶然その腕を見てしまったならば口を揃えてこう言うだろうーー"悪魔の腕"と。

 

故に、彼女はその醜い自身の左腕を包帯で隠すことに決めた–––––。

 

優してもらう価値すらないこんな自分のことを"大切な仲間"と言ってくれた暖かい人々達を悲しませないために、驚かせてしまわないために………そして何よりも嫌われないように………

 

*2
ベルフェゴールは、キリスト教における七つの大罪に比肩する悪魔の一柱で、『怠惰』『好色』を司る悪魔である。男性を魅了する妖艶な美女の姿で現れて、『好色の罪』をもたらす悪魔とされ、さらに占星術では性愛を司る金星の悪魔とみなされている。

また、中世のグリモワールに発明を手助けする堕天使として紹介されて、便利な発明品を人間へと与え、堕落させるという『怠惰』の悪魔にふさわしい力を持つ。

 

故にベルフェゴールは『装着者を堕落させるためならば手段を選ばない』。

心へ、脳へと甘言を囁き掛け、自身の膨大な力を分け与え続けることで装着者を忽ちに墜落させ暴走させてしまうのだ。

ベルフェゴールが引き起こす力を、暴走を繰り返していると終いにはベルフェゴールに神経・身体を乗っ取られてしまう。

 




闇落ち歌兎、好きな人居るのかな?(ふと思う)

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