11.
ビルとビルの間を背中に装備したブースターの力を借りながら、短距離であのショッピングセンターの付近へと駆けつけたあたしの耳に届いたのは大気を揺らす声。
叫んでいるとは訳が違う。喉が裂けるほどに
–––誰が?
その問いに関する答えは出ていた。
大気の空気を揺らし、自分の耳へと届くこの声を聞き間違うわけがない。
彼女が産まれてから13年。
あたしはずっと彼女の側にいて、その声をずっと聴いていた。
桜色の唇から漏れ出る声音は物静かで、可憐で、あたしを見かけるたびに『おねえちゃん』『姉様』って親しみを込めて呼んでくれた。
「……嘘デスよね? 歌兎」
––––そう、この声は
認識した瞬間、血の気が引いていくのを感じる。
嫌な予感が身体中を駆け回り、脳内には"アノ状態になった妹"が近くにいる人々やビルを破壊している姿が浮かび始めて……あたしはギュッと
(まだ、そうと決まったわけじゃない……。歌兎は無事なはず。だって、最速であたしは歌兎を護るために戻って来たんデスから)
もう寸前まで来ていたショッピングセンターの入り口向けて、止まっていた両脚を動かして、ビルの下を覗く。
そこに広がっていた光景ははっきりいって最悪だった。
入り口付近にある大きな道路には"アレ"を隠す為にきつく巻かれた包帯を握りしめたまま、項垂れている最愛の妹の姿があり、その周囲には工場よりも多くのノイズが道路を埋め尽くしている。
思わずガリッと奥歯を噛み締め、今すぐにでも歌兎を助け出そうとした時だった。
「歌兎ちゃん! 歌兎ちゃんッ!! どうしちゃったの? しっかりしてッ!!」
その声の主はノイズの群れには目もくれず、ガラスとヒビが入ったビルから顔を出して、大きな声をあげて、妹の名前を連呼している。そして、その正体は–––
(––––未来さん!? なんで、そんなところに!?)
歌兎の事だ。未来さんを巻き込む事況してや戦場の近くに避難させることはしないはず…。
ならば何故未来さんがそこにいるのか、理由はきっとあたしにあるのかもしれない。
『未来さん、歌兎のことをよろしくお願いしますデス』
(あたしってば大馬鹿者デスッ)
未来さんは責任感がある人だ。
それに歌兎が聖遺物との融合例であることも知っているし、響さんが融合例だったこともあり、歌兎にも思う事はあった筈。
ほんとは市民に混ざって逃げるべきだと思っても歌兎の事が心配になって、戦闘の邪魔にならないところに避難して成り行きを見守っていたのかもしれない。
「……」
歌兎の事は確かに気になるし、早く助けてあげたい。だが、それは今は脇に置いておくべきだ。幸い、脱力させている小柄な身体を覆うのはミョルニルのギアで解除される様子はない。
ならば、早急に自分が行うべきはノイズに居場所を把握され、ジリジリと距離を詰められている未来さんの救出だ。
「うりゃあああッ!!」
ヘッドホンから《獄鎌・イガリマ》の伴奏が流れ、あたしはビルから身を乗り出すと両手に持っていた大鎌を足へとくっつけ、背中にあるブースターで加速し、未来さんに群がろうとしているノイズ目掛けて突っ込んでいく。
【断突・怒Rぁ苦ゅラ】
足に付いたアームドギアに触れたノイズ達が灰に変わるのを見て、すかさず両手に大鎌を構え、迫ってくるノイズの白く尖った拳を避け、お返しとばかりに緑の刃を振るう。
「警告メロディー 死神を呼ぶ 絶望の夢Death13」
【怨刃・破アmえRウん】
上から鎌をすくい上げるようにしておきた緑の波動が何層にも重なり合っているノイズの群れに一筋の道を作るのを見て、両手に持った鎌を振り回しながら、未来さんへと近づいていく。
「レクイエムより 鋭利なエレジー 恐怖へようこ––––」
「きゃああああッ!!」
(未来さんの声!?)
どうやら周りにいるノイズに気を取られている内に一体程未来さんへの接近に許してしまったようだ。
ガリッと歯を噛み締め、邪魔するノイズをがむしゃらに鎌を振ってから灰へと変えていく。
「ッ……」
未来さんへと無慈悲に右手を振り下ろそうとしているノイズを真っ二つに切り裂き
「–––––そッ!!」
パラパラと黒い灰になって落ちていくのを確認してから未来さんへと近づく。
「未来さん、大丈夫デスか?」
振り下ろされる腕に恐怖を感じたのか、咄嗟に目を瞑って震えている未来さんへと恐る恐る声をかけると固くつむっていたピクピクと震えながら、ゆっくりと瞼が上がっていく。
「切歌……ちゃん?」
「はい、助けに来ました。じきに響さん達も駆けつけてくれるはずデス」
コクンとうなづくあたしにホッとため息をつく未来さんはハッとした様子で数歩近づくと心配そうな声で尋ねてくるのでポンと胸を叩いてから、ニコッと笑う。
「そうなんだ、良かった……。…そうだ、歌兎ちゃんは? 歌兎ちゃん、変な声を上げてから動かなくなっちゃったの……無事だよね?」
「無事に決まっているじゃないデスか。歌兎はそんなにやわじゃないデスし、何よりも世界で一番あたしの可愛い妹なんデスからっ。あんな奴らに負けるわけないデスっ! 可愛いは正義なんデスからっ」
「ふふふ、そうだね…」
クスクスと笑う未来さんの肩を掴み、後ろに下がって欲しいという意味を込めて押すとコクンとうなづいてくれた。
「だから、未来さんはもう少し離れたところに居てください」
「うん、分かった。切歌ちゃん、歌兎ちゃんの事よろしくね」
「任せてくださいデス!」
未来さんが離れていくのを確認してから、今度は歌兎を取り囲んでいるノイズの群れを親の仇を見るような目で睨む。
慈悲なんてない。
こいつらはあたしの一番大切な家族を……妹をいたぶり、苦しめ、傷付けて、あんな声を上げさせた。
「あたしはお前達も……そして、お前達をここに呼び出したあいつも許さないッ! イガリマの怒りの刃、その身をもって味わうといいデス!!」
ブンブンと両手に持った大鎌をがむしゃらに振るい、この塀の向こうで今だ力無く項垂れているのであろう妹の事を思い浮かべる。
遠目に見た感じでも歌兎はボロボロだった。左腕に巻きついている包帯には砂埃がついて、ギアのあちらこちらには切り傷によって空いた穴があった。
あの子は自分があいつ……ウェル博士を逃走へと加担していた事を悔いていた。"みんな気にしてない"と伝えても、ノイズや博士の情報が入るたびに眠たそうな瞳に罪悪感が混じり、小さな唇を噛み締めていた。
あたしはそんな様子の歌兎が見ていられなかった……ううん、見たくなかった……そんなに悔やまらなくていい、貴女は貴女の考える最善の道を選んだだけなんだから…貴女がそんなに後悔することはない。貴女のおかげで助かった命、そして救われた人が沢山いるんだから…って伝えたかった。
でも、上手く言葉に出来なくて、言えることは"気になくていい"や"大丈夫"といったありふれた言葉。
これ以上傷ついて欲しくない。これ以上頑張らないで欲しい。これ以上戦わないで欲しい。これ以上傷を作らないで欲しい。これ以上心配させないで欲しい。これ以上………あたしの前から居なくならないで、欲しい…。あたしには貴女が必要なんだから…貴女が居ないときっと弱くなっちゃう……。
こんなにも伝えたい気持ちも伝えたい言葉も沢山あるのになんで伝えられないのだろう、なんで伝わってくれないのだろう。
ううん、それよりももっと許せないのは……。
知っていながらも此処まで妹の事を追い込んでしまった––––
「––––自分が許せない」
【怨刃・破アmえRウん】
上から鎌をすくい上げるようにして歌兎の前に連なっているノイズを軒並み、黒い灰へと変えるのを見てから
【切・呪りeッTぉ】
「いますぐに just saw now 痛む間も無く 切り刻んであげましょう 信じ合って 繋がる真の強さを 「勇気」と信じてく そう紡ぐ手 きっときっとまだ大丈夫、まだ飛べる 輝いた絆だよ さあ空に調べ歌おう」
その場でジャンプして三つに分かれている刃を思いっきり前へと振るう。
「はぁ……はぁ……、歌兎………」
歌兎の周りにいたノイズも周りにいたノイズも全部駆逐した。ここにいる人たちに迫る危機は脱したというのに、最愛の
(もう終わったんだよ、歌兎…もう頑張らなくていいんだよ…)
あたしが駆けつけるまでに傷ついたその小さな身体を今すぐにでもギュッと抱き締めたい。そして、トントンと背中を撫でながらこう言うのだ、"よく頑張ったね"と"だから、今日はもう帰ってぐっすり寝よう"と。
でも、早く寝ちゃったら、調に怒られちゃいますね……『怪我してるんだから、手当てしてもらわないとダメ』って。だから、寝るのはメディカルを受けて、あったかいお風呂に入って、美味しい晩御飯を食べた後になっちゃうけど……ごめんね。その分、お姉ちゃん、歌兎の好物の麻婆豆腐、頑張って作るから……。
(だからね…)
「歌兎…」
もう、顔を上げて…欲しいな。お姉ちゃんに可愛い顔見せて、いつもみたいに言ってよ…『…姉様、心配しすぎ。僕なら大丈夫だから』って。
「……っ」
身動き一つしない歌兎に泣きそうになる気持ちを押さえつけ、項垂れている歌兎の近くに膝付き、労いの意味を込めて、その身体を抱きしめてあげようとした時だった。
さっきまで項垂れていた歌兎が突如左手に持ったダガーへと変化した金槌を横へと振るうのを寸前で交わし、そのまま数歩後ろへと下がり、歌兎の出方を伺う。
伺っている間、あたしの頬へは冷や汗が一筋流れ、頭の中では警告音がカンカンと鳴り響く。
感心したように呟きながら、立ち上がる歌兎にあたしは目を疑い、思わずこう呟く。
「…貴女、誰なの…?」
「……」
(訳がわからない……何が起きてるっていうの……?)
あたしの方へと悪戯な笑みを浮かべる小柄な少女は確かにあたしの妹だ。最愛の妹を見間違うなんてありえない、この子は歌兎だ。
だけど、何かが違う……何かが腑に落ちない。
–––––––––––確かに目の前にいるのは歌兎だ、だけど歌兎じゃない。
だって、あたしの知っている
でも、目の前にいる
腰まで伸びた銀髪もだ。
そして、最も違う箇所は
その瞬間、あたしはある可能性を考え、目の前で起きている状況を整理し、その仮説が正しいことに気づく。
気づいた瞬間、あたしはギュッと大鎌を握りしめると喉が壊れんばかりに咆える。
「……歌兎を。あたしの
敵意を剥き出しにし、八重歯を覗かせ…隙さえあれば喉元を引きちぎらんとしているあたしに
次回、姉妹(?)対決!