優しいガラスが刺さる時   作:saga14
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22話 貫く嘴、意思なき調

何度かお邪魔したクーデリカとウレイリカの家であったが、その日はどうやら俺が恋い焦がれていた人物とようやく会う事が出来たので、記念日と言っても差し支えが無いだろう。双子ちゃんの様子を見ると彼女が二人の姉である事は確定し、つまりは三人姉妹が俺の姿を認識できるのも、把握できるのも、当然と言う事なのだろう。この一家の血統には、何かしらの能力が備わっており、遺伝しているのだ。しかし、双子ちゃんの両親の態度を見るに、それはどうやら大人になると消失してしまう性質なのだろう。現実は悲しいね。

それにしても、「あなたは、何」と聞かれても、「鳥人(バードマン)です」としか答えようがない。答えようがないのだが、答えても聞こえているのかが分からないのでは、答える意味も無い。だが、問い掛けておいて聞こえないなんて馬鹿な話は無いだろう。俺は期待感を胸に抱きながら、名を告げる。

 

「ぼくクロワゼ。わるい鳥人(バードマン)じゃないよ。お姉ちゃんの名前は?」

「アルシェー」

 

名前を知らないと呼べない。尋ねるが、どうした事か。ウレイリカが(さき)んじて教えてくれた。しかも、何が面白いのか、笑いながらである。クーデリカは他に並ぶ三人を指差し、「ヘッケラン、イミーナチャン、ロバー」と教えてくれるのだが、なるほど、興味が湧かない。俺の存在を認識できない存在は、お呼びで無いのである。これから四人で幸せ家族計画を話し合う予定なのだ。部外者は立ち去れ、立ち去れ。

 

「クーデ、ウレイ! ダメっ!!」

 

アルシェーが慌てた様子で双子ちゃんの腕を引き、その身を大き目のソファの背後に隠す。ダメって何がダメなの? 教えてくれた名前が違うって事なの?

ふと、気付いた。目線の先にある絵画の額縁が、微妙に斜めになっていた。これは良くない。メイドも満足に呼べない、成金一家と馬鹿にされてしまう可能性がある。足元に気を付けながら、壁際に掛けられたそれに手を掛けると、やはりと言っては何だろうか、鳥人(バードマン)には細かい作業が出来ないのだ。額縁は重力に従う様に落ちてしまい、床にガラス片を飛び散らせてしまう結果となってしまったのだ。

 

「ひっ!」

 

大袈裟に驚くイミーナチャン。君は何かね? 人の失敗を殊更(ことさら)大きく騒ぐタイプの人間なのかね? いや、半森妖精(ハーフエルフ)だったね。まあ、種族はこの際置いておいて、人間と共に生活しているのであれば、その嫌味な性格は直した方が良いと、声を大にして教えてあげたくなってしまった。

なので、実際に「おーい」と耳元に囁いてみたのだが、彼女は頬を染める事も無く、やはり俺の存在に気付く事は無いようであった。

 

立っているのも疲れるし、手持無沙汰になる。俺はアルシェーの向かいのソファーに腰を下ろすと、目の前のテーブルに茶菓子や紅茶が置かれている事に気付いた。なるほどなるほど、俺を客人と認めてはいるようである。これから家族になるのは違いないのだが、最低限の礼儀は大事にしていきたいからね。それでは、と、遠慮も無く手を伸ばすと、案の定テーブルごとひっくり返してしまった。力加減が難しくて嫌になるね、この身体は。はっはっは、悪意がない事を伝える為に、笑って謝る事しか出来ない。

 

「もう、嫌……。許して……」

 

アルシェーが頭を抱えて(うずくま)ってしまった。許してほしいのは俺なのだが、意思疎通が上手くいかない事に、頭を悩ませてしまう。

ふと、視線を感じた。チラリと左に目を向けると、ヘッケランが腰に差したショートソードに手を掛けながら、こちらを睨み付けている。ここで勘違いをしてはいけない。いつものパターンである。俺を見ていると見せかけて、俺の背後に立つ人物に目を向けているのだろう。つまりは、そう言う事だ。立ち上がり、ふらふらと部屋の中を移動すると、追う様にヘッケランの視線が俺を追いかけているのを感じた。なるほど、こいつはすげぇや。

 

「アルシェ、イミーナ、ロバー。……動くな。呼吸を止めろ。意識を止めろ。気が散…………」

 

一閃。いや、三回か。ヘッケランが俺から数メートル離れた場所に飛び掛かり、虚空に向かってその刃を走らせているのである。全く、勘弁してほしい。俺がそっちの方にちょっとだけ殺気を飛ばしただけの話である。ちょっと期待させてくれたのに、ほとほと残念。期待値が高い時ほど、損なわれた時の喪失感は大きくなるのだ。そもそも、室内で武器を振り回すのはマナー違反なんじゃないかな?

 

興奮しているヘッケランを無視し、先ほどまでヘッケランが座っていたソファに、大げさすぎるほどの動きを伴って座ってみた。「バフン」と音が鳴ったこちらに注目が集まるのを感じる。不思議そうにクーデリカとウレイリカがこちらを見ているが、特別に伝える言葉も無い。

 

「寂しいのですか? 貴方は?」

「…………言ってくれるね」

 

売られた喧嘩に、反応してしまった。聞こえる言葉で、話してしまった。失態だと口を塞ぐが、もう遅い。ヘッケラン、イミーナチャン、アルシェーが顔を上げ、こちらに視線を飛ばす。先ほどからロバーは目を瞑り、動きを見せない。だが、もう、どうでも良い。姿を現すつもりは毛頭ないが、言葉だけのやり取りなら付き合ってやらない事も無い。気晴らしに、茫然と突っ立ってるヘッケランにティーカップを投げつけるも、それは容易に避けられてしまった。

 

「貴方は殺しをしない主義なのでしょう?」

「人と話をする時は、目を開こうよ。ロバーさん」

 

俺の軽口に付き合い、目を開くロバー。視線は付近を彷徨っており、言葉の出所を掴みかねているようであった。

 

「はぁ…………。挨拶代わりに喧嘩を売られちゃったから、ぶっ殺そうと準備運動していた所なんだよね、実際」

「では、私からどうぞ。最期の願いを聞き入れて頂けるのであれば、そこの女性陣……。彼女達は許して頂けないでしょうか」

「嘘だよ。殺さねぇよ。マジでふざけんなよお前…………」

 

こちらを値踏みするかのような態度に、腹が立つ。現実の俺と比較しても、恐らく相手の方が年上なのだろう。ロバーの余裕ぶった態度は一体何に起因しているのか、知りたくて仕方がない。

 

「…………それで、貴方は何をしに?」

「主導権を取るなら、アルシェーちゃんにさせろよ。何で俺は男とばかり話をしなくてはならないのか。全く、理解が出来ないよ」

「これはこれは、申し訳ございません。では、アルシェさん……」

「いや、その前に水浴びしてくる。こんな散らかった部屋の中じゃ話をする気も起きないね。クーデリカ、ウレイリカ、水浴びできる場所教えてよ」

「おそとー」

 

気分が落ち着き、口が回ってくる。もう平気。それはそれとして、クーデリカとウレイリカが笑顔で外を指差すのだが、えっ、もう暗くなってき始めてるよ? それとも何、このお屋敷にはお風呂って物が存在しないの? マジで水浴びとか、勘弁してほしいんだけど。

 

 

 

―――

 

 

 

入水自殺(よろ)しく、川にその身を浸ければ頭は冷え込んだ。身を震わせながら家路に戻ると、アルシェーちゃん家の客間はどうやら元通りになっていた。分かり易く、大きなソファが向かい合わせに二つ。テーブルには俺の為なのか、大小様々な形の容器が並べられていた。チラリと覗くと、湯気の立つ紅茶が注がれていた。他人行儀な気もするが、他人の家のおもてなし(・・・・・)にケチをつけるほど、心の狭い人間では無い。

部屋の片隅に備えられたグランドオルガンの椅子を引き摺り、ソファの横に置く。これ見よがしに座ってみるのだが、四人は何も言うことなく、こちらに視線を向けるだけであった。

 

「俺が見える人、手を挙げて」

 

誰も手を挙げない。ある意味当然である、俺はスキルを使って姿を隠している。声は通すが、サービスはそこまでだ。そこで、質問を変えてみる。これであれば手を挙げる人間がいても驚きは無い。この世界の人口がどれほどなのかは知らないが、動物にも出来ているのだ。知恵を持つ人間に出来ない事は無いはずだ。

 

「気配を感じられる人、手を挙げて」

 

静かにアルシェーが手を顔の横まで上げる。先ほどまでの男気はどうしたのか、ヘッケランは手を挙げない。やはり、スキルを強めすぎているのが原因か。少しずつ弱めると、半信半疑なのだろうか、ヘッケランが反応しているように見えた。とはいえ、アライグマ君に見せた時よりもだいぶスキルを弱めている。つまり、そう言う事なのだろう。

 

「俺からの質問は以上です。双子ちゃんがこの場に居ないのが不服ですが……」

「い、妹に何の用?! 何が目的…………?!」

「勘違いしないでほしいけど、俺から手を出したわけじゃ無いんだよ? 向こうが俺の身体をペタペタペタペタと……。俺だから良かっただろうけど、怖い人だったらどうしてるの? ちゃんと妹の世話をしないとダメだよ? 事故が起きちゃうよ?」

 

優しく忠告してあげるのだが、どうした事でしょうか。アルシェーは瞳に涙を浮かべ、静かに泣き始めてしまった。そんな彼女を誰も介抱する事が無い。イミーナチャンは同じ性別なんだから、彼女の悲しみを分かち合ってあげても良いと思うのだが、半森妖精(ハーフエルフ)にそのような分別は無いのかも知れない。やはり種族が違うと分かり合えないのだ。自分で考えといて何だけど、俺にとっても非常に残酷な宣告となってしまった。

 

「貴方は、どうなさるおつもりでしょうか?」

 

女性陣、特にアルシェーに主導権を握らせろと言ったはずなのに、それでもロバーが口を開く。アルシェーは泣いてるし、モノにならないのは分かるが、だからと言ってここぞとばかりにロバーが出てくるのは違うと思うんだ。俺は何の因果か、女性と話をしようとすると、男性がしゃしゃり出てくる星の元に生まれてしまったのだろうか。ああ、悲しい。涙なしには語れない。そう言えば、ユグドラシル時代もペロロンに関わっていたせいか、女性陣の視線に何とも言えない冷たさが混じっていた事が何度かあった。ああそうか。生まれ変わってもそうなのか。自分の薄幸に、泣きたくなってくる。

 

「何をすると思う? 世界征服とか格好良くない? それとも、この世界には俺よりも強大な何かが潜んでいるのかな。それなら教えてほしいよ。どっちが強いか頂上決戦しないといけないからね。いや、本当は暴力なんて嫌いなんだけど、世界平和の為には仕方がない事で……」

「なるほど。では、今後の予定は」

「予定も何も、双子ちゃんに誘われてるんだから、この家で四人楽しく暮らしていくよ。ああ、良かった。今までは厩舎(きゅうしゃ)に暮らしていたんだよ。でも、やっぱり獣臭くて参っちゃうよね。それなら、子供特有の甘ったるい匂いを嗅ぎながら寝た方が、何倍もマシかな。いや、一人で寝られない訳じゃないよ? だって僕も良い大人だし、お化けもモンスターも怖くないからね」

「貴方、構って欲しいのですか?」

「マジでぶっ殺して良いか?」

 

どうもロバーは人をイラつかせるのが上手いらしい。こんなん、早死にするタイプの人間を、どうしてこの三人は仲間に入れているのかが分からない。イラつかないのか? こいつと話してて。

 

胸倉を掴まれ、持ち上げられてもロバーは平然としている。もちろん、殺すとしてもこの場では無い。ヘッケランが殺気を飛ばし、イミーナチャンが怯えた表情をし、アルシェーが頭を抱えていたとしても、この場で殺す気はないから安心してほしい。己の寝室を血で汚す愚か者は野生動物の中でも愚の愚である。俺は知恵のある鳥人(バードマン)だからキチンとお外でぶっ殺します。そもそも、殺さないけどね。

 

「この家、と言うか、帝国に住まう予定なのでしょうか」

「不本意だけどね」

 

本音を言えば、俺は森で暮らしたい。獣のフレンズと、静かに暮らしていきたいのだ。

 

「では安心しました。私達……いえ、アルシェさん達ですね。彼女と二人の妹さんは、もうすぐ帝国から出て行きます。この家は貴方が自由に使って良いのでは? もちろん、家主はいますので、本当の意味での自由にはならないと思いますが」

 

思わず、ロバーを落としてしまった。ロバーはソファの上に尻もちを着くのだが、元より高さも無い。痛みも無く、平然とした様子である。それで、こいつは今なんて言ったのかな? 鳥人(バードマン)はさっさと森に帰れって言ったのかな? まったく、ロバーは家庭内問題に口を挟み過ぎじゃないかな?

 

「…………俺が原因か?」

「そうとも言えますし、そうでないとも言えます」

 

要領を得ない言葉に殴り飛ばしたくなってしまうが、落ち着いて深呼吸をする。ロバーを殴った所で、男らしさを発揮する事は出来ない。ロバーを殴っても、双子ちゃんも、アルシェーも、俺の事を好きになってはくれないのだ。それはおそらく、俺が鳥人(バードマン)どうこうの問題を無くしても、おそらくそうであろう。つまり、つまり、つまり?

 

「それは、嫌だなぁ」

 

言うつもりの無かった言葉が口から出てしまった。自分の弱みを見せた気分になるのだが、この場に座る四人は気にした様子も見せない。意図的に感情を隠しているのであれば大した物だろうが、実際の所はどうか分からない。お城で会った王直轄の四人よりも弱い事はレベル的に確定しているのだが、だからと言って先ほどのヘッケランの姿を見るに、雑魚とも言い切れない。つまり、人間は多種多様。みんな違ってみんな良いのだ。

 

「二つほど、それを避ける革新的なアイデアがあります」

「言ってみよ。許す」

「私たちは冒険者ではありません。請負人(ワーカー)です。様々な思想を持ち得ていますが、端的に言うと『お金の為に働いている』と言っても過言ではありません。貴方の手を貸してください。それが一番の平和的解決だと思います」

「断る」

 

思ったより語気が強まってしまった。ヘッケランが顔をこわばらせ、イミーナチャンも泣きそうになっている。……て言うか、俺はイミーナチャンの言葉を聞いていない気がする。彼女がどのように美しい言葉を(うた)い、柔らかな表情をするのか知らない。ムサい男の相手は十分しただろう。もう、そろそろお開きで良いんじゃないの? 貴様らはさっさと帰ってくれよ、本当に。

 

「では、二つ目。私達に関わらないで下さい。それが一番の平和的解決だと思います」

 

思わず、ロバーの顔をまじまじと見る。視線はやはり定まっていない。続き、ヘッケランやイミーナチャンの様子も観察する。ヘッケランはどうにか気配で俺の存在を感じているようだが、それはだいぶ俺が手加減してやっているからである。もう少しスキルを強めれば、途端に見失い、気付いた頃には己の四肢が爆散しているはずだろう。辛うじてアルシェーは別みたいだが、俺を目の当たりにすると胃の内容物を吐き出すあたり、その観察眼もアライグマ君に真珠であろう。つまり、全員が全員、今後迫る死の結末に、抗う事が出来ない存在なのである。

 

「…………じゃあ、一回だけテストして良い? いや、テストってほどでも無いんだけど」

 

軽快に指を鳴らし、上位転移(グレーター・テレポーテーション)を使う。刹那、視界は多数の木々を映す。四人は慌てた様に周囲を見渡すが、別に彼らの全く知らない場所というわけでも無いだろうに、演技過剰な所があるよね。そんな反応が見たいから移動したわけじゃないんだけど、意図が伝わっているのか徐々に不安になって来てしまう。

 

「て、手前! 俺たちをどこに……」

「落ち着いてよヘッケラン。名称は森としか言いようがないけど、帝国近くの森なんだから森なんじゃないの?」

「気安く名前を呼ぶんじゃねぇよ! それで、お前は……」

「この人数を易々と…………申し訳ございません。私の責任です」

「違う。狙われていたのは私」

 

悲劇のヒロインにでもなったつもりなのだろうか、この四人は。しかし、茶番をさせる為にここまで移動したわけでは無い。そもそも、早く帰らないと可愛い妹たちがお腹を空かせるんじゃないかな? それとも、別室で既に何かを食べているのかな? ああ、それなら俺もあの家に残れば良かった。わざわざご丁寧に、こいつらと移動してくる意味、無かったんじゃない? でもまあ、一人で考えても、それはそれで(らち)が明かない。なので、俺は唯一の友達に声を掛けるのであった。

 

「ねぇ、アライグマ君はどう思う?」

 

しかしその空間にアライグマ君はおらず、一人寂しく独り言を言った感じになってしまったのだ。

 

 

 

―――

 

 

 

「待った? それとも今来たところ?」

 

何か相談でもしていたのか、四人で丸くなっている彼らに気安く声を掛ける。恋愛でもそうなのだが、人からの興味を引きたい場合は、押すだけでなく引く事も大事なのである。つまり、俺がちょっと探し物をしていた間の時間が、皆の距離を縮めていたとしても、それは有り得ない話では無いのである。そして、俺はお土産も持参している。彼らの前にゴロリとそれを転がすと、喜ぶどころか顔を引きつらせ、それでも身体を動かし一つの陣形を作り出すのであった。

 

「ほら、可愛いでしょ。俺の友達なんだ。いや、本当に可愛いのかこいつ? この世界の美的センスが分からないから、俺だけはしゃいでるのも違うよね。とりあえず、交流を深めようか」

「ん……何でござるか…………? それがし、寝てたで……ご……?」

 

スキルを使ってアライグマ君の目を覚まさせてあげると、嬉しそうに周囲を窺い始める。目の前の四人に警戒心を露をするのは当然だが、それは向こうの四人も同じだったようで、嫌な緊張感が互いの間に生まれてしまっている。俺は純粋に仲良くなってほしいと思っているんだけど、やっぱり種族間の違いは大きいようであった。

 

「な、なんで、それがしは森に…………」

「なんでも何も、君の家はここだろう? 迷子にしても酷すぎるんじゃない?」

「…………?! き、貴殿は何時ぞやの…………!!?! と、殿はどこで……」

「ほら、夜更かしも大概にしなよ。君は森の賢王なんだろ? 睡眠で頭を休めなきゃ」

 

わなわなと震えるアライグマ君なのだが、感謝の言葉も無いようで何よりである。

そもそも、アライグマ君が帝国とはまた違う場所。空の闇が少々広がっていながらも、そこそこに活気の生まれていた酒場の近くを歩いていた意味が分からない。ついつい一撃で気絶させ、ここまで運んで来てしまった。いや、まあ、探し物は彼だったのでこの工程は必要だったのかも知れないけど、人に労力を課しながらも謝罪の言葉も無いとか、森の賢王も大概だなぁ。

茫然としているアライグマ君を放置し、ヘッケランに話し掛けてみる。血気盛んな男の子である。多少は発散させてあげないと、隣のイミーナチャンに夜這いを仕掛けかねない。もしかしたら、さっきまでの四人の相談は、誰がどの組み合わせで寝るかを決めていたのかもしれない。異世界、結構進んでるよね。

 

「……つまり、私達の力を示せと?」

「どう受け取ってくれても、構わないよ?」

 

ロバーの挑戦的な言葉を静かにいなす(・・・)。放っておくとロバーの言葉は俺を傷つけ続けるのだ。ふとした拍子に俺が原因でロバーが死んでしまったら、謝る事しか出来ない。いや、蘇生(リザレクション)と言う手段もありますけど。

 

「…………不服ではあるでござるが、それがし、こいつらを殺せば殿と姫の元に帰れるのでござるか? であれば、早々に片付けたいのでござるが……」

「はい、じゃあ、用意、ドン」

 

俺の掛け声が合図となったのかは定かではないのだが、それでもヘッケランが森の賢王に襲い掛かってくれたので話は早い。本格的な夜間になる前に家に帰りたいから、ヘッケランみたいに空気を読める人間は大事にしていきたい。さてさて、俺が邪魔になってはいけないと思い、静かに身体を浮かせ、木の上にて観察を始める。そもそも、今の俺をアライグマ君は見えていたのかな? まあ、きっと見えていたんだろうな。だからこそのあの反応だろう。

 

 

 

争いは思ったよりも均衡していた。

何が良いって、ヘッケランが口だけの男じゃなかったのが良い。果敢に距離を詰め、アライグマ君の前脚での引っ掻きを(すん)での所で回避している。その際、右手に持ったショートソードを使う事は無い。上体を前に屈ませ、身体を左右に、ダッキングでの回避に成功させている。レベル差がある為、一撃が致命傷となると思ったのだが、ヘッケランは死ぬ事も怖がっていないのか、果敢に攻める姿勢を見せ続けてくれるのであった。

先ほどまでは何の役にも立たず、存在感も無かったイミーナチャンも相当であった。地の利を生かす為か必死に木々を盾にしながら移動し、その場に留まる事をしていない。アライグマ君の尻尾が生き物の様に四人を狙って動き回るのだが、イミーナチャンが上手くヘイト管理をしているのか、詠唱を続けるアルシェーとロバーにその矛先が向かう事は非常に少なかった。

 

「こりゃ、引き分けで終わるかな」

 

動きの停滞している戦闘ほど退屈なものは無い。俺は太めの枝の上でごろりと横になり、精神統一、妹ちゃんが今何しているのかを頭に浮かべながら、静かに空腹を紛らわせるのであった。

 

 

 

―――

 

 

 

「終わったかな?」

 

独り言を言いながら、地上に目を向ける。精神統一の邪魔になる為、早々に静寂(サイレンス)の効果があるアイテムを使ったのが間違いであった。現状を見て、一人納得してしまう。現実はゲームとは違うのである。引き分けなんぞ、存在しないのである。なるほどなるほど。闘争心はどちらかが折れるまで燃え続けるのである。しかも、種族間の問題もある。人間同士の喧嘩なら手打ちで終わる場合もあるが、異種族間ともなれば殺し合いになるのだ。これはうっかりしていた。

 

ヘッケランは既に左腕を失っていた。切られたのか、千切られたのか、爆ぜたのかは分からないが、それにしても重体である。それでも尚、彼の顔から戦意が失われている様子は見られなかった。むしろ、先ほどまで以上に、(たかぶ)っているように感じられた。

アライグマ君の死角になっている木々の裏。アルシェーとイミーナチャンが静かに息を潜めているようだが、どちらの血液かは分からないが、周囲はおびただしい血の色で真赤に染まっていた。森の中、土色や緑が生える場所なのに、真赤にさせるほどの出血とは、どれほどのものなのだろうか。現実で何度か行った事がある売血でも、こんなになるまで血を抜かれた記憶は無い。まあ、非正規の売血屋を利用したわけじゃ無いから、当然と言えば当然か。

アルシェーが腹部を抑えているのが気になるが、もしかしたら産気づいたのかもしれない。妊娠している彼女をこのような過酷な場所に連れてくるなんて、とんでもない鬼畜がいたもんである。

 

一方、アライグマ君は優勢に見えた。身体に目立った傷は見当たらず、口元や爪先、尻尾が赤く染まっているのが気になるのだが、それは恐らくアライグマ君の攻撃が有効打として通った事の証明に見えなくも無い。つまりはアライグマ君がその可愛らしい口元でヘッケランの腕を噛み千切り、可愛らしい尻尾でアルシェーの腹部を貫いたのだろう。

 

だが、根本として暴力的な展開にするつもりは無かったのに、なぜこんな惨状になってしまっているのかが良く分からない。とりあえず、手遅れかもしれないが、死人が出る前に止めといた方が良いのは当然だろう。気怠(けだる)くなった身体をどうにか奮い立たせ、枝の上に立つ。そして、アライグマ君の爪によって頬が裂け、体当たりによって地べたをゴミ袋と見間違えるほど汚らしく転がり、アライグマ君の尻尾によって喉を貫かれたヘッケランの膝が完全に折れた瞬間に、俺は二人の間に飛び降り、仲裁を始めたのであった。

 

「アライグマ君。君には手加減と言う言葉を知らないのかな? 人間を虐殺する事について、思う所は無いのかな」

「それがしにそんな事を言われても困るのでござる。こいつらがそれがしの弱い所ばっかり狙うのが悪いのでござる。そもそも、それがしは連れて来られただけでござる……。本当にクソ野郎に目を付けられてしまったのでござる……」

 

ヘッケランをクソ野郎呼ばわりするあたり、未だに闘志は治まっていない様子である。

しかし、相対していた四人は俺の知り合いなのである。知り合いをこんなにぼろ布の様になるまで痛めつけられて、黙っていられるほど大人では無いのである。しかし、そんな事も言っていられないのもまた事実である。ヘッケランは死にそうだし、アルシェーもイミーナチャンも恐らく死にそうだし、ロバーに至っては存在を感じられない。あんなに人に喧嘩売ってきたくせに、一番最初に敗退するとか、ロバーもなかなか面白い奴のようである。

 

「……ヘッケラン! 死なないで!」

 

俺の言葉が届いたのか、ヘッケランの身体がピクピクと動くのが分かった。良かった、死んではいないようである。そして、木々の陰に隠れるアルシェーとイミーナチャンの様子を確認すると、既に「ヒューヒュー」と息をするだけの生き物となっていた。呼吸をするだけ偉い。その身体を持ち上げ、ヘッケランの横に並べてあげた。皆、仲間なのである。死ぬ時も一緒の方が良いだろう。

そして、ロバー。きょろきょろと辺りを見回すと、見かねたアライグマ君がその方向を指し示してくれた。大樹の枝に引っ掛かるように腰を折っているロバーは内臓が撒き散らされており、どう見ても死んでいるのだが、物は試しと呼吸を確認するのだが、やはり臓物が撒き散らされると人間は駄目になるのか、完全に死んでいた。

 

「アライグマ君、森の賢王と言うだけはあるね。流石は森の治安を守る……」

「もう良いのでござる。返してほしいのでござる……」

 

もう、お休みの時間なのかな? 疲れているのか、眠いのか、消耗感のあるアライグマ君の頬を突いてその感触を楽しむ。しかし、約束は約束なのである。俺は嘘をつかないし、嘘をつく理由も特に思い浮かばない。面倒くさいが、アライグマ君を拾ってきた場所に戻す事に決めました。おそらく、時間にしては数分だろう。本気を出せばもっと早いのだろうが、本気を出し過ぎてアライグマ君の身体を風圧でズタズタにしても仕方がない。常識的な速度で、近くの川にぶち込んであげる事に決めました。

 

 

 

―――

 

 

 

森に帰ると、辛うじてイミーナチャンだけが生きていた。ヘッケランもアルシェーも事切れていた。死に際を見ていなかったので、あとどれくらい放置すればイミーナチャンも死ぬのか確認したかったのだが、それは人道的に許される事では無いのは分かっている。しかし、物事には順序があり、ロバーを枝から降ろしてあげないといけないのだ。死んでるとは言え、仲間と離れ離れになるのは辛いだろう。えっちらおっちら、労働を始める。

 

そして、頑張った甲斐があった。イミーナチャンもどうにか耐えていたのか、未だに生きていた。さてさて、これからどうしましょうか。とりあえず、使う位階魔法の問題がある。おそらく蘇生(リザレクション)で十分だとは思うが、案外、死者復活(レイズデッド)でもどうにか出来るのではないかな? そもそも、ユグドラシルには数種類の蘇生魔法があり、この世界ではどのような差異があるのかが分からない。レベルダウンのペナルティはどうなるのだろうか。頭の中が『知りたい』でいっぱいになってしまった。しかし、遊んでばかりじゃいられない。ここで下手をして、生かせる者をも殺してしまったとなれば、双子ちゃんが今まで通り俺に接してくれるかが分からなくなってしまう。

 

 

 

―――クーデリカ、ウレイリカ

 

 

 

それならば、これ以上遊んでいるのも時間の無駄である。ちょいちょいと蘇生(リザレクション)を使えば、もれなく三人は損傷した身体を元に戻し、意識を取り戻すのであった。そしてイミーナチャンにちょいちょいと大治癒(ヒール)を使えば、もれなく損傷した身体を元に戻し、意識を取り戻すのであった。

 

 

 

―――

 

 

 

「それで、テストの結果……」

 

アルシェーの家にて身体を(くつろ)がせていると、暗い顔をしたアルシェーがこちらに質問をしてきた。しかし、俺は双子ちゃんと遊ぶのに忙しいので、もうどうでも良かったのである。それにしても、ヘッケランも、イミーナチャンも、アルシェーも、ロバーも、酷く暗い顔をしているのだが、その理由が良く分からない。生きていれば丸儲けだと思うのは、俺だけなのだろうか。人の身体に飛び込んできたと思えば、羽根を楽しそうに触る二人を見ていると、徐々に睡魔が襲ってきてしまった。だから、テストとか本当にどうでも良くなっていたので、「そんなんどうでも良いし……」と小さく返事をしてあげれば、四人は互いに顔を見合わせ、納得したかのように頷き合ったのであった。その頷きは何の意味があるのかな? 余所者には到底解明できない、何かの合図なのかな?

 

「じゃあ、お休み。外で寝るのでお気遣いなく」

 

そう言い残し、立ち上がると、身体に小さい痛みが生まれた。目を向けると、クーデリカとウレイリカの手には、数枚の羽根が握られていた。俺の身体から離れた事によって魔力の類が消失したのか、それ自体を見る事が四人にも出来る様になっていたようだが、それよりもアルシェー達の引き攣った顔の方が面白かったから、クーデリカとウレイリカのイタズラには、目を瞑る事とする。

 

ああ、今日は人間とたくさん話が出来て楽しかったな。それにしても、自分の身体が鳥人(バードマン)に近付いている事実に目を背ける事が出来ず、どうにも言いようの無い気分になってしまうのだが、そういう時は寝れば良いのだ。大概の悩みは、睡眠で解消できるはずなのである。






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