Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜   作:柊悠弥

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第21話 『別に、』

 イリヤが城のホール────バーサーカーを待機させていたそこに着いた時には、既にその姿はあった。

 趣味の悪い、所々が裂けた黒いローブ。風でソレが靡き、ちらりと覗く病的なまでに白い肌と、痛々しい隻腕。

 纏う魔力は尋常ではない。まさしく、聖杯のソレ────。

 

「あら、お出迎え? 呑気なものね」

 

 女は失った右手を流暢に挙げながら、イリヤへと軽く挨拶を飛ばす。

 まるで見知った顔に会ったように。余裕に満ちた様子で、ほんの少し腹が立つ。

 視線をバーサーカーにやれば、彼は自慢の剣を握ったまま女を睨みつけている。どうやらバーサーカーでもコレに積極的に殴りかかるのは難しかったらしい。

 それも当然だ。肌で感じるほどの魔力量の違いを見せつけられ、コレに喧嘩を売れるのは一般人か、よっぽどのバカだけだろう。

 

「何をしに来たの?」

「聖杯戦争に参加している人間が、こんな辺鄙なところに来たらすることなんてひとつでしょう?」

 

 イリヤは冷静に問いを投げながら、一段、一段とゆっくり階段を降りていく。

 

「貴女のバーサーカーを、頂きに(、、、)きたの」

 

 同時、女は動き出した。

 突如足元に広がる魔法陣。

 

 常人なら描き上げるのに三日半はかかるであろうほどのソレは一瞬で組み上がり、世界の理へと語りかける。

 マナが組み上がる。攻撃的な無数の魔弾へと変貌を遂げ、その矛先がバーサーカーへと向いた。

 

「させないわ!」

 

 イリヤとてそこで黙っているわけがない。自慢の髪の毛を一本抜き取り、ソレに魔力を流し込んでやる。

 自分の体の一部から使い魔を生み出す技術だ。

 

 術式名を、天使の詩(エルゲンリート)。自立浮遊砲台の小型の使い魔だ。

 

 鳥の形をしたソレは指示を受けると(つるぎ)へと姿を変えて、女をめがけて駆けていく。

 しかし剣は女の身体に直撃した途端、虚しく砕け散った。

 

「……対魔力!?」

 

 言ってからすぐに違うと首を振る。違う、あれば対魔力ではない。

 

 その身に余る魔力(オド)をぶつけて、相殺────否、ねじ伏せたのだ。

 

「……ふふ、余計なことはせずにそこで見ていることね」

 

 階段を降りきったところでイリヤの歩みは止まってしまう。

 ここから先に踏み入れても、これではバーサーカーの足を引っ張ってしまうだけ。

 自分のアシストは何も、期待できない。

 

 だってこのサーヴァントには、マスターの姿すら見えないのだから。

 

 ◇◆◇

 

 爆発音が辺りに響く。目の前に立ち上がる火柱と、頰を撫ぜて行く熱風。遅れて地響きがやってきて、

 

「▂▅▇▇▇█▂▇▂!!」

 

 その叫びに、士郎達は身を強張らせた。

 

「もしかして、先越された……!?」

 

 舌打ち混じりに爪を噛み唸る凛と、生唾を飲みくだしながらその言葉に頷く士郎。

 今こうしてる間にも、あの不気味な魔力を感じる。凛の言葉は間違いではないだろう。

 セイバーまでも表情が強ばり、剣を握った両手にはいつも以上に力がこもっている。

 まるで肉食獣に対面した気分だった。士郎達全員に、緊張が走っている。

 

「……これは桜を置いてきて正解だったわね」

 

 衛宮邸で眠っている妹を思い浮かべ、思わず苦笑いを浮かべる凛。

 アインツベルンの城へ行く準備を終えたのがつい一時間ほど前。

 ちょうど目が覚めた桜は士郎達に自分も連れて行って欲しいと言わないわけがなく。なんとか言い聞かせて、ライダーに任せて衛宮邸へと置いてきたのだ。

 

『桜、貴女が今行っても足を引っ張ってしまうだけです。今は静かに休みましょう』

 

 桜を諭すように紡がれたライダーの言葉。

 それを聞いた桜の表情が忘れられない。唇を噛み締め、小さく肩を震わせたあの姿が脳裏から離れてくれない。

 

「……早く、終わらせないと」

 

 思わず漏れた士郎の呟きに、凛とセイバーが静かに頷きを返して。

 駆け出す。不気味な、吐き気がするまでの魔力の源へと。木々を掻き分けながら徐々に近づいて行く。

 

「ったく気持ちわりィぜ、この感じ……趣味が悪い」

 

 先頭を走るセイバーの言葉に誰も応えは返さず、静かに頷くだけだった。

 それも無理はない。数時間前に、怯えすら感じさせた魔力を感じながら。自ら、その魔力の根源へと向かって走っているのだから。

 自分を奮い立たせ、吐き気を抑えながら、足を必死に回すだけで精一杯。

 

 永遠にまで感じたアインツベルン城までの道のり。ようやくたどり着いた城はあちこちから火の手が上がり、沈みかけの夕焼けに赤く染め上げられていた。

 半ば崩れつつある入り口から士郎達は城へと転がり込み、そして、

 

「バーサーカー!!」

 

 少女の、悲痛な声を聞いた。

 

 目の前には血まみれの巨人と、薄気味悪い笑顔を浮かべる女。

 巨人の足元には、巨体を覆うような()が蠢いていて。その足へ無数の腕が絡みつき、沼へと引きずり込んで行く。

 

「私のバーサーカーに、何をするの……!」

 

 イリヤの叫びに、女は応えない。気味の悪い笑顔を浮かべ、イリヤへとローブの下から視線をやるだけ。

 

 そこでただ見ていろ、と。何もできない無力さを噛み締めながら、自分のサーヴァントが敗北するところを、見ていることしか許されない。

 

「▂▅▇▇▇█、▇▇▇────」

 

 振り払っても振り払っても、無数の腕は絡みつく。まるでそれらはバーサーカーの体から、抵抗する力までも奪っているような。

 

 勇しく立っていたはずの身体は、自慢の剣を体を支える杖としか使うことはできず。ゆっくりと、足元の沼へと沈んで行く。

 

「ばー、さー……」

 

 イリヤの声は届かない。巨人の瞳からは光が消えた。

 巨人は最後にその口元に、淡い笑みを浮かべて。

 

 とぷん、と。虚しい音を立てて、全てを持っていかれた。

 

「────ッ、」

 

 言葉が出ない。声が出ない。喉元で全てが堰きとめられ、発言も、叫ぶことも、何もかもが許されない。

 あんなに苦戦したはずのバーサーカーが、一瞬で。抵抗も許されず、あの身体に傷をつけることも許されず、敗れたのか。

 

「……あら、ボウヤたち。こんなところまでご苦労様……けれど、覗き見はいけないわね」

 

 とうとうその視線が、力の矛先が、傍観していた士郎たちへと向いた。

 足が動かない。視線を向けられただけで、言葉を投げられただけで、戦意まで抉り取られた気分だ。

 

 ────逃げないと。

 

 頭の中で警告が鳴り響いている。今ここで自分が立ち向かってもバーサーカーのように無力に取り込まれるだけだ。

 

「士郎、ここは一旦引いて……」

 

 そんなのはわかってる。わかってるはずなのに。

 

「士郎!?」

 

 動かなかったはずの足は、震えていた足は、必死に、前へと一歩踏み出していた。

 

「助けないと」

 

 その一心で、必死に足を回す。

 

 逃げなくちゃいけないことはわかってる。敵わないことなんてわかりきっている。

 

 でもここで逃げれば、次はイリヤがあの女の餌食になる。それが士郎は、たまらなく許せなかった。

 

 駆ける。駆ける。駆ける。駆ける。

 

「────同調(トレース)開始(オン)

 

 工程なんて踏んでる暇はない。ありったけの魔力を脚に流して、一心不乱に駆けていく────

 

「全行程、省略。魔力放出(ブースト)……!!」

 

 いつか見たセイバーの、魔力放出のソレ。

 悲鳴をあげる脚なんて後回しだ。どうせこの身体は、放っておいても治ってくれる。

 足がもつれながらも、イリヤの目の前へと転がり込み、その小さすぎる体を抱えて。

 

「逃げるぞ、遠坂、セイバー!!」

「ったく、勝手なマスターだよ!!」

 

 再び踵を返し、入り口へ向かって駆けていく。が、

 

「そのまま逃すと思ったの?」

 

 そんなこと、許されるわけがなかった。

 突如放たれた魔弾によって、城の入り口は倒壊し。砂煙をあげながら、士郎たちの行く手を阻む。

 

「……このまま、逃してくれるワケないわよね」

「ええ、その通り。アナタたちもここで私の餌になってもらおうかしら」

 

 女の隻腕は士郎たちへ。悪態をつきながら凛は打開策を探すが、この場を無傷で逃げ切る手段なんてありやしない。

 宝石魔術(自分の力)が通用しないのはわかってる。万が一入り口の瓦礫を突破できたとしても、背中を向ければ女はすぐさまその無防備な背中を撃ち抜くだろう。

 立ち向かっても敵わないことなんてわかりきっている。

 

「ったく、どうしたらいいのよ……!」

 

 考えろ。頭を回せ。隣の士郎はアテにできない。この場は、自分がどうにかしないと────

 

「そんなのは簡単だ、マスター」

 

 とめどなく溢れる、凛の思考。

 

 ひたすらに回り続けたソレを、聞き慣れた声が堰き止めた。

 

 凛たちの目の前へ、庇うように現れた赤い外套。大きな背中は呆れを放ち、その両手にはいつもの夫婦剣が握られている。

 

「……アー、チャー?」

 

 躊躇うような一瞬の間。しかしその背中は、弱音なんて許さない。

 肩越しに、一瞬アーチャーの視線が凛へ突き刺さる。

 

 この場では、それだけで十分だった。

 

「……アーチャー、私たちが逃げるだけの時間を稼いで」

「遠坂、それって……」

 

 士郎が言いたいこともわかる。無理もない。

 

 相手は聖杯と直接パスが繋がったような馬鹿げたサーヴァントだ。

 敵うはずがない。それがわかっていて『時間を稼げ』だなんて、自分たちのために『死ね』と命じているようなもの。

 

 ────けれど、今はソレ以外手はない。

 

「セイバーだって一緒に戦えば、勝ち目だって……」

「……シロー、ダメだ。ソレは良くねェ」

 

 士郎の言葉を、セイバーが冷たく吐き捨てた言葉で斬り捨てる。

 それ以上言うことは許されない。その言葉は、その続きは、アーチャーという男の────ひとりの戦士の決意を踏みにじることになる。

 

 静かに宝石を握りしめ、俯きながら震えを押し殺す凛。セイバーまでもが唇を噛み締めて、その戦況へと背中を向けて。

 

「何を負ける前提で話を進めているのかね、君たちは」

 

 しかしそんな中で、アーチャーだけはその瞳に戦意を宿していた。

 

「時間を稼ぐのはいいが────別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」

 

 敵わぬ相手とわかっていても。決して、その戦意は失わない。

 

「────、────」

 

 俯いていた凛の視線が跳ね上がる。

 視線は再びアーチャーの背中へ。そして肩越しに向けられた、いつもの視線と絡み合う。

 

 ────ああ、この男には敵わない。

 

 心の底からこの男を呼び出してよかった、と。改めて思った瞬間だった。

 

「さあ、行け。ぐずぐずしている暇はないはずだ」

「ええ。頼んだわよ、アーチャー!」

 

 手に握った宝石を瓦礫に投げつけて、その瓦礫を吹き飛ばす。砂煙の中へと凛とセイバーが駆け出しても、士郎はその場を動けずにいた。

 

「何をしている、小僧。さっさと後を追いかけろ。……決して、その子を離すな」

「……ああ」

 

 何故かその背中に、何かを感じたのだ。何か、自分の中に流れ込んでくるような。

 

 アーチャーの言葉に背中を押され、遅れてようやく士郎も駆け出して。

 

「────I am the bone of my sword(身体は、剣で出来ている)

 

 アーチャーが唱えたその一節で、

 

 士郎の中で、何かが切り替わる音がした。




このシーン、書きたくて仕方なかったんです……。城に向かおう、ってくだりを挟めばよかったと死ぬほど後悔。違和感はないはず。……はず。

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