戦国恋姫~偽・前田慶次~   作:ちょろいん

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もっと恋姫の二次創作増えんかなぁ。


十一話

 

 

 茜色の空にはカラスが飛んでいた。巣への道程を記憶している彼等は遥か遠くの森へと羽を動かしていた。

 それと同じように道行く人々も我が家への帰路についている。 

 結菜を連れた慶次は一度、森の屋敷に戻り、水や食料、そして路銀などを準備した。もちろん結菜の分も忘れずに二人分用意した。

  そうして慶次たちが旅仕度を終え、関所へと向かい尾張を出立しようとしていたときだった。 

「旅仕度なんてしてどうしたんだ?」

 二人の背に声が掛かる。声の主は白金の服を纏う青年、剣丞だった。その制服は茜色と相まって黒い陰を帯びていた。

 後方には革袋を背負ったひよところがいた。結菜がいることに驚いているようで『結菜さま!?』と声を上げていた。

「美濃にいくのよ。私たち」

 結菜は淡々とした顔で告げる。

「ちょ、ちょっと待って」

 顔色を変えた剣丞だったがすかさず慶次がフォローに入る。

「俺がいんだ。心配はいらん」

「そうよ。邪魔はしないわ」

 剣丞の悩む表情が窺えた。

「‥‥‥わかった」

「(お、お頭。帰蝶さまを連れていくなんて大丈夫なんですか?)」

 小声で剣丞に話し掛けたころ。だが小声とはいえこちらにはしっかりと耳に拾えることが出来た。

 すぐとなりにいる、ひよ子も同じ考えだからか首を縦に振っている。

「(うん。慶次がいるから大丈夫だ)」

「(お頭がそう言うのなら信じますけど‥‥‥)」

 納得が言っていない感じであるが、剣丞が言うならと渋々である。

「よし。じゃあ行こうか……!」

 と『あっ!』と声を上げた剣丞。ズボンのポケットに手をいれ巾着袋に包まれた何かを手に取った。

 ジャラジャラと音がする。それは慶次が剣丞にと渡した巾着袋だった。

「慶次これは返すよ」

「いらん。俺はそんな路銀なんぞ見たことも聞いたこともねえ。もし俺のだったなら‥‥‥そうだなぁ。あの子のために使ってほしいな」

 

「‥…っ! ありがとう‥…本当にありがとう慶次」

 そうして彼らは夕日を背に尾張を出立した。

 

 舗装されていない道が続く。

 人が歩けないほどではなく田舎の砂利道と言った所だ。

 他愛のない雑談を交えながら結菜は剣丞を、剣丞は結菜のことを理解する良いきっかけとなった。

 漢女の件やハーレムを築いた叔父さんなど様々なことを剣丞から聞いた結菜はふと口にした。

「ふぅん。剣丞の家族ってすごいのね。それにしても漢女?なのかしら。少しだけ会ってみたいものね」

「え゛……」

 

 

  2

 

 暗闇の森。ほぉーほぉーと薄気味悪く梟が啼いている。月は少ししか出ておらず、暗闇といってもほとんど変わらない。

 そんな森を一人の少女ががむしゃらに走っていた。

「はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥」

 息が切れ、足が止まる。

「まさか、追っ手がこんなにも早いとは‥‥‥誤算でした」

 彼女の名は竹中半兵衛重治。

 稲葉山城を乗っ取った張本人である。後に当主斎藤龍興に返還し許された──かのように思えたがそうではなかったのだ。

 

 自分の顔に泥を塗った存在を龍興が許すはずがなかった。

 彼等は彼女を殺害しようと追っ手を差し向けたのだ。

 彼女自身死ぬつもりなど毛頭なかった。彼等の隙をついて逃げおおせたはずなのだがやはり腐っていても一国の支配者。

 すぐに見つかり今に至っている。

 声が微かにだが、森の奥からする。

「このままでは不味いですね。‥‥‥けど、あの方が私を必要と、欲しいと言ってくれたから。ここで死ぬわけにはいきませんね、ふふっ」

 自然と彼のことを思い出し、笑みを溢す。

 捕まったら死ぬことは目に見えているはずだが彼のことを思い出すだけで力が湧いてくるのだ。

「とにかく今はできるだけ遠くに‥‥‥」

 彼女は何処とも知れない闇の中に消えていく。

 全ては己を必要としてくれた彼の思いに答えるために。

 

   3

 

 尾張を出立してから丸一日。美濃へと到着したのは太陽が真上に移動した時間帯だった。

 剣丞たちは町で情報収集している。もちろん慶次たちも手伝っていた。

 そんな中とんでもない話が彼等の元に飛び込んで来た。

「ここだけの話、お殿様のお側集が竹中さまに追っ手を掛けたらしいよ。けど正直ねぇ私ら庶民には竹中さまの方が嬉しかったんだけどねぇ」

「っ! へ、へぇそれはまたどうして?」

「馬鹿なやつの下にいたってロクなことがないってことさ」

「そうか。ありがとう、綺麗なお嬢さん」

 

 情報収集があらかた終わり、一度宿へ戻った。

「これまでの情報を合わせると竹中さんは斎藤家に追っ手を掛けられていることがわかった」

 

 額に浮かぶ汗と上下する肩。余程焦っているらしく剣丞はいつもより早口だった。

「少し落ち着け」

「で、でもさ‥‥‥そうだな。ありがとう」

 諭され、気持ちを落ち着かせるよう剣丞は深呼吸をする。次第に上下していた肩は平常に戻りつつあった。

「……ころ、竹中さんの居城は?」

「ここから西にいった所にある関ヶ原の近くですね。不破郡の菩提城です。確かここを出てから続く二つの道が菩提城あたりで合流したはずですね」

 少しばかり考え込む剣丞の額から汗が滴った。

「とりあえず二手に別れよう。ひよところで南方を目指してくれ。俺は西に行く」

「あ、危ないですよ!!」

「ええ!?お頭一人でですか!?」

「今は俺たちしかいない。それにひよところには一人でいかせたくないんだ」

 

「はぁ‥‥‥」

 溜め息をついたのは結菜だった。呆れ顔を浮かべている。

「ねぇ、剣丞。私たちがいるじゃない」

「そうだな。俺たちがいる」

「け、けど結菜たちは」

「私、こう見えても母から色々仕込まれてるの。それに慶次がいるわ。大丈夫よ」

「俺たちは仲間なはずだぜ。少し位頼ってみてもいいんじゃねえか? いやむしろ頼れ。こう言うときにはな」

「わかった。頼むよ」

「決まったわね。私たちはどうすればいいのかしら?」

「慶次たちは西に行ってくれ。俺たちが南に行くよ」

「なら、菩提城近くで合流ってことだな」

 

「そうだけど、多分そこに行くまでに竹中さんとかち合うことになると思う。だから連絡用にこれを使ってくれ」

 剣丞が慶次に渡したのは小さな竹筒だった。

筒の蓋部分には紐がついており、引っ張ることが出来るように輪っかが作られていた。

「これは信号弾。といってもわからないか。その紐を引っ張ると大きな音と煙が出る。連絡用だ。ただ、気を付けて欲しいのは使うと敵に見つかること。だから使いどころには注意してくれ」

 剣丞たちは南側、慶次たちは西側を探すことで話は纏まった。

 

 

 

 慶次たちは西側を捜索している。西側と言うのは田園が多くを占めているようだ。丁度今の時期は水田に水が張られていた。近辺には河が流れている。

 舗装のされていない畦道を歩き、終わりを迎えるころに、枝分かれするように二つの獣道が伸びていた。一方は森に続く道で、奥深くまで薄暗い。もう一方は田園伝いに面した、今まで通って来たような道だった。

「慶次。ちょ、ちょっと待って」

 どちらを行くか、結菜に訊こうとしたとき。

「どうした?」

「あ、足が‥‥‥」

 結菜は左足をさすっている。

 腰を屈めた慶次が結菜の足を守る靴下のような物を脱がすと白い足が露わになった。

 現代では正に美脚だが、今は対照的に足首の付け根が赤く腫れていた。

(……まぁ詩乃は剣丞がやってくれるだろうしな。少しくらいはいいか)

 一応は原作においての知識を持っているための言葉だ。

「結構な距離を歩いたんだ。少し休憩をしようか。よっと」

「ちょ、ちょっと慶次っ! どこ触って‥‥っ!」

 結菜を抱き上げると近くの木陰にまで移動した。

 木陰に下ろした途端、結菜は黙りこくる。

(やっぱ体に触れちまったのがいけなかったか。気を付けねえと嫌われちまうな)

 

「悪りい。歩けないと思ってな、ついやっちまった。結菜水だ」

 水筒を差し出すが、なかなか手に取ろうとしない。

「 飲まねえのか?」

「‥‥‥い、いただくわ」

 ようやく言葉を発した結菜はおずおずと言った様子で手を伸ばし、ゆっくりとした緩慢な動作で数十秒かけて手に取り口元に飲み口をつけた。

「あ、あありがとう」

 緊張しているかのように手を震わせながら竹筒をこちらに返す。

「んじゃあ俺も。……はぁー、美味いぜ」

「なっ!? な、ななななあぁぁぁぁぁぁ‥‥‥!」

 途端に熟したりんごのように赤くなった顔を手で覆い隠す。だんだんと声が小さくなり、時折指と指の隙間から慶次をチラチラと盗み見ていた。

「結菜大丈夫か?」

「(間接で接吻を)‥‥‥だ、大丈夫よ」

 その後、慶次が話しかけるもすべて「うん」としか返してくれなかった。

 

 そして、そろそろ行こうかという時にそれは起こる。

「っ!慶次!あれは!」

 空に上がる信号弾。

 北西の森の中から上がったようだった。

 そう遠くはない距離であり、走れば煙が風で消される前には到着できるだろう。

 だが──。

「結菜っ行けるか!」

 慶次は抱き上げても大丈夫かという貞で早口に尋ねた。

「っ!痛っ!」

 結菜は立ち上がろうとするが足の痛みがあるらしくすぐに座り込む。

「……結菜、悪いな」

「大丈夫よ。人命がかかっているんだもの。私のことはいいから──」

 彼女の言葉を遮り、所謂お姫さまだっこで抱きかかえる。結菜の息を飲む声が耳に届く。

 

  慶次としてはおぶりたいのだが槍を背負っているため如何せん難しい。かと言って一人残すのも不安だった。そのため慶次は嫌われることも承知で先ほどと同様に彼女を抱き上げたのだ。

「走るぞ? 口を閉じてな」

 と言うと結菜はひかめえに頷いた。

 慶次たちは信号弾を目指し、走り出した。

 

   4

 

 森の中。一人の少女と何十人という兵を引き連れた少女が対峙していた。

「竹中どの。あれほどのことをしておきながら逃げようとするとは何たる恥知らずっ!」

 紫色服を着た少女、斎藤飛騨が侮蔑の目を送る。 その後方にいる兵達は色物を見る目を浮かべていた。

「この世には落ちない城などない。私なりに諫言を申したつもりですが‥‥‥ダメでしたか」

 負けじと詩乃も反論をする。

「ちっ!減らず口を、龍興さまは今回の竹中どのの所業をいたくご不快に感じられている由。竹中半兵衛重治に腹を切らせよとくだされたのだ!」

「部下の諫言も聞き入ることもできないのですね。滑稽極まりないとはこのことです」

 このことに堪忍袋の緒が切れたのか一気に顔を紅潮させる斎藤飛騨。

「き、貴様ぁ!! おい! こやつを斬り殺せ! 龍興さまには襲われて仕方なく斬ったと報告しておく! やれっ!」

 

「はっ!」

 飛騨の近くに控えていた兵の一人が脇差から刀を抜いた。

 兵が足を踏み出して、大きく振り上げられた刀は半兵衛に向けて下ろされた。

「くっ!」

 なんとか一撃を避けた詩乃は後ろに飛び退き、距離を取る。

 兵が素早く距離を詰めると一撃また一撃と斬り込んだ。

 

 上から襲う斬撃。

 横一文字に結ぶ斬撃。

 辛うじて半兵衛は避けていた。

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

「ははははっ! 逃げ惑うことしかできないのか! 書見ばかりしているからそのような醜態をさらすことになるのだ! 竹中半兵衛!」

 飛騨は侮蔑の笑みを飛ばす。伝播するように兵たちも嗤った。

「はぁ、な、何も刀を振り回すことだけが、はぁ、武士の心得では。はぁ、ありません。はぁ……」

 もうすでに息が絶え絶えな詩乃。この状況を打破できるほどの策が浮かばなかった。

 

「何をしている!早く斬れ!」

「ここで斬られるのなら、私はここで腹を!」

 このことが予想外だったのか斎藤飛騨に一瞬だが隙が生まれる。

「何!?」

 

(私はここまで、ですね。最後にあの人に、私を必要としてくれたあの人に会いたかった。剣丞さま……!)

 懐から短刀を取り出し、鞘から抜いた。 

 一瞬だけ刀身に映った半兵衛の顔は泥だらけだった。そして何よりも涙を流していたのだ。

(涙なんて、久し振りですね)

 そんな思いを抱きながら、短刀に手を掛け、いざ刃を腹に当てようとしたとき。

 

 突如、空に何かが飛び上がった。

 

「な、なんだ!?  竹中半兵衛の策か!おい! 急ぎこいつを斬るのだ! 早くしろ!」

 一歩、一歩と確実に距離を詰める。

 

 半兵衛の前には刀を振りかざした兵。

 

 腹を切るにはもう時間がない。今からやっても中途半端な結果になる。

 半兵衛は短刀を握り締めていた手の力を緩めた。

 彼女は自分の命の終わりを悟り、顔を地面に向けた。

 せめて最後くらいは涙をこぼさぬにと考えた結果だった。 

 

 

 

 そして刀が振り下ろされた───。

 

 

 

「!?」

 刹那のときだった。

 兵の持つ刀刃が、鉄と鉄がぶつかり合う音共に斬られたのだ。

 その刀身は宙を舞い、地面に刺さった。

 

 顔を上げた半兵衛の目先にいたのは一番会いたかった人物、新田剣丞だった。

「ごめんね、遅くなった。でももう大丈夫だ。俺がいるから」

 安心させるように詩乃をその胸に抱きながら優しい言葉を掛ける。剣丞は『大丈夫』と言いながら笑顔を見せた。

「ぁ」

 自分の腹を割こうしていた腕を掴み、刀を取り上げ、ぽいと投げ捨てる。

「自決なんてさせないよ。俺の傍にいて欲しいからね」

「な、なんで、来たんですかっ!」

 本当は嬉しいはずなのに素直になれずつい、口調に怒気を込めてしまう。いや何よりこんな危険な状況に飛び込んで来てしまったことに怒りを覚えたからだ。

「忘れたのかい?俺が君を奪うって言っただろ?それじゃあ少し待っていてくれ、俺が邪魔物を片付けるよ。あとから援軍もくるから心配はいらない」

 詩乃の前に庇うように立つと兵たちと対峙する剣丞。

 その顔には、はっきりとわかる怒りが浮かんでいる。

「ひよ! ころ! 手伝ってくれ!」

 

「はい!」

「了解です!お頭!」

 ひよが詩乃を下がらせ、剣丞と共にころが刀を抜く。

「き、貴様ら! 何者だ! 我等を美濃国主、斎藤龍興さまの臣と知っての狼藉かっ!」

 

「知っているよ。だけど俺たちは通りすがりの山賊でね。竹中さんは俺が奪う約束なんだ」

 口調は優しいが一つ一つには怒りが含まれているように詩乃は感じていた。それほどまでに自分が必要だと言うことなのだろうか。

 だが数の差は理不尽な結果となる。状況を見れば、ここで斬られることになるのは目に見えて分かる。

 しかし不安は彼女に無い。たった三人。然れど三人。何よりも殿方に守られる感覚というのは心強く、不安など払拭されていたのだ。

 斎藤飛騨は声を荒げる。

「たかが山賊風情が何を言うか! それに見ろ! この人数には勝てないだろ!」

 剣丞たちの周囲を囲み始める兵たち。

 先手必勝とばかりに敵が態勢を整える前に地面を蹴り、兵の持つ刀に狙いを定めた。

 大きく振り上げられた剣丞の腕。その先に握られている刀。

 風切り音が響き先ほどのように、刀身が地面に落ちる。

「蜂須賀党頭目、蜂須賀小六とは私のことだ!いつでも!どこからでもかかってきなさいっ!」

 ころの威圧に敵が怯む。

 隙が生まれ、さらに斬りつける剣丞ところ。

「ぐはっ! 」

「がっ!」

 

「ええい! 何をしているのだ! 相手は小娘三人に孺子一人だぞ! 槍だ、槍隊! 囲め!」

 槍を持つ兵たちを中心に剣丞たちを再度囲み始める。

「お頭っ!」

 槍を構えた兵が剣丞の腹を狙い、鋭い突きを繰り出した。

 向かい来る刃先を間一髪体を反らすことで避け、そのまま槍の矛先を斬り落とす。

「大丈夫だ!後少しで‥‥っ!」

 

 パァン。

 耳を切り裂くような乾いた激音が響く。

 剣丞たちの目の前に、物凄い早さの何かが通りすぎた──。

「お、お頭、これって」

「‥‥‥鉄炮だ。不味いな」

 

「ははははっ! 貴様らなど鉄炮一丁あれば皆殺しにできるのだ! 我等に逆らったことを後悔しながら死んでいくといい!」

 意地の悪い顔を浮かべ剣丞たちをみやる。

 彼女の隣に立つ兵は薄い硝煙を上げる鉄炮を一丁構えていた。

「ひよ!ころ!撤退だ!俺が殿をやる!」

「お、お頭!危険ですよ!?」」

「そうですよ!剣丞さま!殿は私が務めますから!」

 しかしそんな暇もなく四人は瞬く間に敵兵にに囲まれてしまった。

 

「ハハハハ! これで終わりだ! 鉄炮うてー!‥‥‥っ!」

 

「おっと! そうはさせねぇ!」

 鉄の砲身を両断。弐の太刀で兵を斬り伏せて現れた、朱い槍を持つ一人の男。

 剣丞たちを大きな背で庇うように、仁王立ちで斎藤飛騨を一瞥した。

「鉄炮が!? な、何者だ! 貴様!」

 

「俺は、まぁ援軍ってとこか」

 

「援軍だと? くそっ! おい、こいつもろとも囲んで殺せ!」

 

「(剣丞、俺がこいつらの注意を引く。その隙に行け。殿は任せろ)」

 慶次が剣丞に逃げるように促す。

「(わかった。けど慶次、絶体帰って来てくれよ)」

「(誰に物を言ってんだよ。俺だから大丈夫さ。あぁ後、結菜を待たせているからな。一緒に頼むぜ)」

 小さく頷いた剣丞は周囲を見渡す。

「(ころ、慶次が時間を稼いでくれる。その隙に逃げるよ)」

 

「(了解です)」

 

「いくぞっ!」

 慶次は、ぐるんと槍を片手で振るう。戦闘前の肩慣らし。

 右手に持つ大きな朱槍。振り上げ、飛騨の眼前で風切り音と共に横に一閃した。

 一種の脅しだ。これ以上前に進むなら、覚悟しろ、ということである。つまり死地だ。

「ひぃっ!?」

「飛禅さまを守れー!」

「死ねぇー!」

 敵兵が飛騨を狙う慶次に狙いを定め、斬り込んだ。

 彼は大きく息を吸うと、腰を少し落とした。槍を持つ右手を後ろに引き、左手を顔の前に寄せ、構えを作る。右足に重心を傾ける。

「消えな」

 無情な呟きと共に朱槍を横に一閃。縦に一閃。

 慶次を狙い刀を振り上げていた兵たちは絶命。

 次々と彼に近づくものがとてつもない早さで命を落としていった。

 慶次という明かりに群がる兵という羽虫。まさに彼等は羽虫だった。

 

 一方的な戦いが行われている頃、剣丞たちは撤退を始めていた。

「ひよ! ころ! 撤退だ! 走るぞ!」

 それに気付いた斎藤飛騨はすかさず指示を出す。

「っ! おい! 追い掛けろ! 絶対逃がすな! 早くいけ!」

 兵たちは彼らを追い掛けようとするが目の前にいる慶次により刺し殺される。

「行かせると思ってんのかい」

 剣丞たちを追うつもりであった兵の前に立ち塞がる。

 何人たりとも通すことのない無情な壁があった。近付くだけで殺される。

 兵の一人はその大きさに。

 また一人はその迫力に。

 次々に戦意を喪失していった。

 

 だが時すでに遅し。目に捉えることが出来ず、立ち尽くすだけの兵はまさに神速と言った槍捌きで斬られ、絶命した。

 

 そうしている間にも剣丞たちはどんどん飛騨との距離を離していった。

 

 一部の戦意を喪失していない兵が斬り込んでいくが──。

「だ、ダメですっ!飛騨さま、抜くことができませんっ!」

 

「くっ!ならば一斉に攻め立てろ!私も加わる!」

 

「ハハハっ!  来い!  この前田慶次郎をっ!  抜けっ!!!」

 慶次は朱槍の切っ先を向け、雄叫びを上げた。

 

 


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