戦国恋姫~偽・前田慶次~   作:ちょろいん

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賛否両論あるかもしれません

10/30修正 加筆


十五話

 一二三との邂逅から一夜明け、慶次は久遠の屋敷へと足を運んでいた。

 と言うのも近く、起こるであろう美濃攻めについて森一家の参戦などを話し合いたいためだった。

 

 

「あぁ。漸く着いた……」

 慶次はふぅとため息をつき、眼前に立つ神社の社のような荘厳な門を見る。

 黒塗りされた立派な支柱で支えられる門の直ぐ横には人一人が通れるほど小門があった。

 

 慶次は小門まで歩みを進めると軽く叩いた。

反応が無い、返ってくるのはシーンとした空気。

 再び先ほどより少し力を入れ、小門を叩いた。

 

「どちら様でしょうか? もし久遠さまに御用があるのでしたら……! け、慶次さまでしたか」

 ギィと音を立て門扉から顔を出したのは結菜付きの侍女だった。

 慶次を見るなり顔を強ばらせ、恭しく態度を正す。

 

「おう、俺だ。久遠嬢はいるかい?」

 

「久遠さまでしたら昨晩、美濃へ出兵なされましたよ」

 

「……え」

 余りにも予想外のことで間抜けた声が出てしまう。今にもヒューと一陣の風が吹き抜けそうだった。

 

「ですから昨晩、久遠さまは美濃へ出兵なされました」

 

「……そ、そうか、ありがとな」

 

「い、いえ。私などに礼は不要です……それでは失礼します」

 

 ペコリと綺麗なお辞儀をし、逃げるようにガチャと小門を閉めた。

 

 慶次は茫然自失といった顔を浮かべ固まった。さながら石像である。

 不自然に佇む彼を道行く人々が奇異な物を見るような視線を送っていた。

 

「もう。美濃か……」

 

 彼は周囲の視線を物ともせず青々とした空を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 翌日、森の屋敷に一通の文が届く。

 

 差出人は久遠。

 達筆な字で文頭から文末したためられていた。

 

 内容は大きく分けると剣丞隊により稲葉山城が落ちたこと、岐阜城に改名するなどの今回の戦関係のこと。

 もう一つは前者の文字より幾分か丁寧に書かれている。

 怪我の具合のことや早くそちらに帰りたい、一緒に買い物をしたいなど恋文のようなものだった。

 

「ハハハ、可愛いじゃねぇか」

 

 真っ赤な顔をしながら筆を取っているであろう久遠が想像でき自然と笑いが出た。

 

 

 

 さらに数日が経った。

 

 久遠たちが美濃から戻った。往来の真っ只中を馬に乗り、堂々と凱旋している。

 

 町人の視線を一身に集めていた。

 

 久遠の凛々しい顔はどこか晴れ晴れとしたものを感じさせる爽やかなものだった。

 

(やっと美濃を手中に収めたんだ、当然か)

 後方には壬月、麦穂、三若に剣丞隊が続く。

 疲労を浮かべているものから喜びまで様々な顔模様だった。

 

 

 森の屋敷にあの二人の姿はなかった。

(消化不良で鬼狩りか?‥‥‥まぁいいか、蘭たちのとこに行こ)

 小夜叉には三人の妹がいる。上から蘭、坊、力という名で三人とも桐琴と同じ金色の髪をしている。

 顔立ちはまだまだ幼いが目鼻立ちがはっきりとしており、何れは桐琴に引けを取らない美しさになると思っている。将来が有望な娘たちである。

 

 そんな事を考えながら桐琴の部屋の前に到着した。

 部屋の障子を開けた。

「‥‥‥あれ?蘭ー?」

 いつもならいるであろう場所に彼女たちはいなかった。だが布団にはいくつもの皴が波のように作られていた。

(一応ここにはいたみたいだが‥‥‥)

  

「慶次さまのお部屋で寝ておられますよ」

 彼の背に掛けられた声。森の屋敷で炊事を担当している侍女だ。

(珍しいな。俺の部屋で寝るなんて)

 

 

 

「蘭、坊、力」

 慶次の部屋で小夜叉の小さな妹たちはぐっすりと寝ていた。

 一組の布団の上に三人仲良く、掛け布団にくるまっていた。

(可愛いなぁ)

 自分でも口元が弛むのが分かる。ついつい慶次は頭を優しく撫でる。幼少期特有の髪の柔らかさがあった。

 

「‥‥‥俺も寝よ」

 押し入れから布団をもう一組取り出し、畳上にゆっくりと布団を広げた。

 身体を横にすると、直ぐに睡魔がやってきた。

 

「……」

 目を閉じるとすぐに意識が途切れた。

 

 

 

###############

 

 

「慶次っ!あいつらが……」

 

 血相を変えた森の棟梁が慶次の部屋に押し入った。

 しかし桐琴の目に入るのは今まで必死に探していた娘たち。

 

「……ここにいたのか」

 安堵のため息と共に髪から汗が滴り落ち、肩を濡らす。

 

「母ぁ!こっちにも……って、こんなとこにいたのか!よ、良かったぁー」

 小夜叉が安堵の声と共にペタンと座り込む。よほど心配だったのか額にはおびただしい量の汗が浮かんでいた。

 

「…ふむ」

 何かを思案しているのか少し難しい顔を浮かべている。

「……クソガキ、風呂に入るぞ」

 

「わかった、蘭たちはどうすんだ?」

 

「慶次がここにいるさ。問題はあるまい」

 

 二人は部屋で気持ちよさそうに眠っている四人を一瞥し、風呂場に向かった。

 

 

 

 再び慶次の部屋に来た二人。

 風呂上がりということもあり頭からは湯気が立ち昇り、まだ赤い頬は彼女たち色気を引き出していた。

「なぁ、母ぁ。どうして慶次の部屋に来るんだ?オレらの部屋は逆だぞ 」

 

「そんなことは分かっている。……時にクソガキ、慶次と寝たいとは思わんか?」

 

「そりゃあ一緒に寝てぇよ。けどさ布団が一枚しかないし」

 

「然したる問題ではないな。くっつけばいいだけの話だ」

 

「! 流石だぜ!母ぁ!」

 

 二人は慶次の布団に入り込む。右には桐琴、左には小夜叉。

「ほう、随分と逞しい身体をしている」

 抱き付くように慶次の身体に手を回し密着させる。

 そっと慶次の着物の隙間から手を潜り込ませ胸板を撫でた。

 その手には特別な感情が込められているのかこわれものを扱うかのように優しいものだ。

「……慶次」

 そう静かに呟くと目を閉じた。

 

 桐琴が目を閉じる少し前、小夜叉は反対の腕にしがみついていた。

「慶次の……いい香りがする」

 スゥーと大きく息を吸い込む。

 胸一杯に香りを感じたのか安心したように段々と目が閉じていく。

 

 

 

 

 

 翌朝になり両腕に痺れを感じ、少しばかり顔をしかめながら起きる。

 すでに部屋の外は明るく、小鳥の囀りも聞こえてくる。

 立ち上がろうとしたとき、やっと今の状況に気付いた。

「お前ら‥‥‥」

 驚いた慶次は腕を引っ張るが桐琴たちの力は強く、中々離してはくれない。

 腕に絡みつくような態勢の桐琴は『もう離さない』と物語っているようで、呼吸するたびにかすかに揺れる二つの大きいものは目を釘付けにした。

 

 まさに今の状況では襲ってくれと言っているようだった。

 だがそんな邪なことを払拭するように首を振り小夜叉に視線を移す。

 

 どこかあどけない寝顔は子供っぽいもの。

 しかし丁度いい具合に乱れた絹のような髪が背徳感を与え女性ということを再認識させた。

 

「……慶次ー?」

 寝ぼけまなこを擦りながら甘えた声をだす。

 

「おはようさん、おちび」

 身体をゆっくりと起こした小夜叉は腕にしがみついたまま慶次の肩に寄りかかった。

 

「慶次ー、オレはまた寝るからな」

 そう言い残すと寄りかかったままで寝てしまったようで規則正しい寝息が聞こえてきた。

 

 蘭、坊、力もまだ寝ているようで起きる気配はなかった。

 

「……寝よ」

 

 結局、森一家が起きたのは太陽が真上にくる時間、お昼時だった。

 

 

 


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