戦国恋姫~偽・前田慶次~   作:ちょろいん

17 / 31
赤福様、誤字報告感謝します。


十七話

 

 夕焼け空が目立つ時分。やっとの思いで宿を見つけた。

 古めかしい作りだが二階建てだった。

 この宿は宿泊を主としており朝昼晩と食事はでない。ただその分、混浴であるが風呂が入り放題とのことであった。

 

 受付を済ませ仲居に案内された部屋へと入る。

 部屋の中には向かって左手から小綺麗な長机、座椅子、広縁があった。

 

(あぁー。疲れた。今日は早く寝るか)

 月光を頼りに押入れから布団を取り出した。布団に触れただけでここまでの苦労を思い出し、どっと疲れが溢れ出る。

 もう横にさせろとうるさいくらいに震える両足をよそに、ようやく布団を敷き終え、ごろんと横になる。

 

「……疲れたな今日は」 

 ふと頭に将軍さまのことが浮かんだ。

 

 糸のような銀髪に宝石のような輝きを持つ紫の瞳。加えて桜色のぷっくりとした唇と柔らかそうでありながら重力に逆らう大きいメロン。

 画面の向こう側、この世界に生きる人間としての彼女は美しかった。絶世の美女という言葉が一番似合うと思う。

 

(それにしてもだ。なんだぁあの態度は。いやまぁ俺が悪いんだがなぁ)

 あからさまにあのような態度を見せられるのは精神的に厳しい。助けるためとは言え女性をいきなり抱き寄せ、挙げ句の果てに詭弁を弄した自分が悪いのは理解している。

 

 だがやはり原作キャラなのだ。嫌われたかもしれないと思うと如何せんショックだった。

 

(まぁいいか。剣丞の嫁だしな。俺には関係ない)

そう、自分が嫌われても問題はないのだ。

 

 

###############

 

 

 

(雨か) 

 今日は雨がザァーザァーと降っていた。降りしきる雨の音が外から耳に届いていた。

 

 朝飯どうするかと考えながら身体を起こし布団を片付ける。

「……あ、団子あったな。そういや」

 長机に置いた団子の入った小包を手に取り、広縁の椅子に腰掛けた。小包から開いた団子を口に頬張りながら、しばらく外を眺める。

 

 一際目立つ茅葺き屋根。半壊した長屋や民家。

 そして降りしきる雨の中、一人歩く昨日の女性。

 

「将軍さまじゃねぇかよ‥‥‥」

 思わず呟いた。

 その声が聞こえたのか彼女はこちらを見て顔色を変えた。

「そなたはっ!」

 彼女の声の大きさに共鳴したかのように一気に雨の勢いが一気に、穿つように強まった。

 

 地面に強く弾く雨が泥を孕みながら彼女の着物を汚した。

「とりあえず中に入りな」

 

 この宿の家主に『連れ』ということで誤魔化し部屋に招き入れた。

 雨に濡れた髪や服から一粒、また一粒と水滴が垂れていた。

 濡れてしまっている着物は冷え、彼女の体温を奪い小刻みに身体を震わせていた。

 

「風邪ひかせるわけにはいけないな‥‥‥よし風呂にいくぞ」

 

 

 

 

 

 

「ほう……ここが風呂か」

 ガラガラと木製の引き戸を開け、脱衣所に入る。

 格子状に造られた棚に竹で編んだ籠が置いてある。見渡たせば籠が全部空であり、見る限りには誰も入っていないようだった。

 

 戸を開け風呂場を覗けば、広々とした浴室が広がっていた。それに比例するよう浴槽も広く大きい。

(いやこれ戦国時代の技術じゃねぇわ……)

そもそも風呂自体が滅多に入れるものではないのだ。流石、恋姫の世界と言ったところだろうか。

 

「着替えは脱衣場の左上の棚に置いておく。しっかりと温まってきな」

 

「うむ、すまぬな」

 

 余談だが用意した着替えはここの女将さんのお古だ。 服が乾くまでと言う条件で貸してくれたものだ。

 濡れた彼女を見るなり顔色を変えた女将は視線を張り巡らせ。

「よし、ちょっと待ってな」

 小半刻ほど待てば淡い桜色の着物を持って来た。着物から襟首から裾にかけて白い詩集が施されていた袴だった。

 

「あんたみたいなめんこい女子には良い服着せないとね」

 

 

 

 

 部屋に戻りしばらくすると彼女が戻ってきた。

 白い肌が少し上気して赤く染まっていた。

「まぁそこに座りな」

 対面する椅子に座るように促す。

「うむ。……して、そなた名は?」

 腰を下ろすなり開口一番そんなことを口にした。

「俺は前田慶次だ。慶次でいいぜ」

 

「そうか。慶次というのか…‥慶次……ふふっ慶次か……」

 名前を噛み締めるよう何度も優しく呟き、柔和に微笑む。

 

「っ!」

 思わず息を飲んだ。

 彼女の美しさのせいか心臓の脈動がうるさいくらいに耳に響く。ドキドキとなる心臓を落ち着かせるため大きく深呼吸をした。

 

「して。アンタは?」

 

「余は足利義輝、通称は一葉。室町幕府十三代目将軍じゃ」

 

「将軍さまっ!? こ、これは失礼を!」

 慌てて平服するが将軍さまだと知っているため演技である。

 

「良い、そう畏まるな。堅苦しいのは嫌いじゃ」

 

「わ、わかりました、公方さま」

 

「……」

 

 興味のないような物を見る、冷たく薄い目をしていた。

 

「……一葉。これでいいか?」

 先ほどの顔が嘘のように消え失せ満足そうに頷く。

 

「うむ。それでいい」

 

「それで一葉。あんな所で何してたんだ?」

 雨の降りしきる中一人の女性が身体を濡らしている───一葉ほどの美女が興味を持つとなると剣丞のことか、京のことか、はたまたゴロツキ共のことかなど様々な考えが浮かんだ。

「主を探しておった」

 

「は?」

 

「主を探しておった。あのときの礼を言えていなかったのじゃ。改めて礼を言いたい。ありがとう慶次」

 

 一葉はにっこりと笑った。

 それに答えるように慶次は苦笑を漏らしながら言う。

「……ったく。わかってねぇな。男が女守んのは当然。だから礼なんていらん」

 

「ふふっ。そうか‥‥‥」

 一葉は嬉しそうに目を細めた。

 

 

 その後、一葉は自身のこと、幕府のことなど色々な話を話してくれた。後半は殆ど愚痴のようなものではあった。やれ梟が苦手、やれ幽と呼ぶ女性が口煩いなど。

 

「もうこんな時間か。早ぇもんだ」

 いつの間にか雨が上がり、空はスッキリとし綺麗な夕焼けが現れていた。

 

「充実した時を過ごせ余は楽しかった。また共に過ごしたいものじゃな」

 

「はははっ!そりゃ光栄だ。まぁ男どもの視線が痛そうだが……」

 肩をすくめ苦笑を漏らす。実際は嫉妬の視線などこれっぽっちも痛くないだろう。むしろ心地良さそうなものだと思う。

 

「そのような心配せずともそ、そのときは余と‥‥‥」

 少しばかり顔を染め、小声で何かを呟く。

 

「? なんだい?」

 

「べ、別に何でもない‥‥‥慶次、余は帰るとする」

 

「おう。送ってくぜ」

 

「そこまでしなくても良いが‥‥」

 

「俺は男だ。少しばかり格好をつけさせてくれよ」

 とは言うものの、彼の本心は心象を改めるためにも一葉に良い所を見せたいと言う下心だった。

(嫌われてないんならその印象をさらにあげるまでだ)

 

 対して彼女も満更でもないようだった。視線を泳がしながら了承の意を返した。

 

「う、うむ。では頼むとしよう」

 

 

 

 

 一葉の本拠地である二条館の前まで足を運ぶ。 

 目に入る所々朽ちているボロボロの壁。門は立派なものだろうが苔むしているは朽ちているはで中々の有り様だ。

 

「そうジロジロと見てくれるな。これでも余の住まいじゃ」

 肩を竦め自嘲するように笑う。

 

「おお、これは公方さま。お帰りなさいませ」

 いつの間にか後方に一人の女性が立っていた。

 金の髪で片目を隠している彼女はどこか飄々とした雰囲気をイメージさせる。

 さらに目を引くのは大きく開いた胸元。

 腕を組み胸を支え、一層強調されるそれは非常に男の目を奪うものだろう。

 

「して、そちらのお方は‥‥‥」

 

「こやつは前田慶次。余の恩人じゃ」

 

「そうでございましたか、なるほど‥‥‥公方さま、また帯刀し忘れましたな?」

 

「し、仕方なかろう! 忘れてしまうものは!」

 

「仕方なかろう!ではごさいません!あなた様は将軍なのですぞ!少しは自覚を持ってくだされ!」

 

「うぐっ‥‥‥」

 一葉は徐々に小さくなっていく。

 確かに名ばかりとはいえ将軍である一葉。その名前と地位は影響力を持つため何処かの勢力にでも囚われたりでもしたら新たな戦の火種になることは間違いなかった。

 

「前田どの。公方さまを救っていただき感謝いたします。某は細川与一郎幽斎。通称は幽と申します。以降は幽とお呼びくだされ。それで前田どの、幕府から何かお礼を致したいのですが、何分この有り様でございまして‥‥‥」

 視線をを館の方に向けると悲しげな顔をした。

 

「礼なんいらねぇさ。女守んのは当然だ」

 

「おお……」

 彼女はふふと微笑む。心を掴むような素敵なものなように思えたが、どこか一線を引いた笑みだった。

 

「前田どのはお優しい方ですなぁ。ではこうしましょう。万が一前田どのに何かを起きました場合、幕府が後ろ楯につく、いかがでございますかな?」

 

「んー。そう言うのいらないんだがなぁ。まぁうーん。………んじゃあそれでいいわ」

 

「ではその方向で行きましょう。さて公方さま、お仕事が貯まってます故、急ぎ終わらせてしまいましょう」

 

「うむ。ではな、慶次」

 

 踵を返した一葉は二条館へ入っていく。最後に幽はぺこりと綺麗なお辞儀をし一葉を追うように消えていった。

 

 

 

################

 

 

 

「ここが京、ですか」

 

「うーん。ころちゃん、やっぱり地図みてもここであってるよ」

 

「これはまた随分と……応仁の乱以降復興は進んではいなかったみたいですね……」

 上からころ、ひよ、詩乃が言う。

 

 目の前に広がっているのは荒れた土地に家々。いくら将軍の庭といえどこのようなまでに荒れていると誰が考えただろうか。

 

「ここに侍の大将さまが?‥‥‥」

 エーリカ、ルイス・エーリカ・フロイスが疑問を呈する。

 

 それは無理もないことで将軍は日ノ本の頂点に立つ御方。

 そんな方の領地が荒れていれば疑いたくもなる。

「なぁ、久遠。本当にあってるよな?」

「うむ。そのはずだ」

 うーんと唸る剣丞も信じることができずに周囲を見渡す。

「ともかく二条館に向かう」

 

 

 

 二条館目指し歩いていると、もの凄い速さで路地から飛び出て来た何かに剣丞が押し倒された。

「!うわっ」

 

「け、剣丞さまっ!?ひよ!ころ!警戒をっ!」

 誰よりも早く動いたのは軍師の詩乃。

 

 刺客とでも思ったのだろう。

 

 だがこの女性からは殺気などは感じない。むしろ剣丞のことなど眼中にもなくその視線は身を翻した後方に向いている。

 

「はははっ!女ぁ。ここであったが百年目、親分の気分が悪いさかい。さっさと来てもらうでっ!」

 路地から五人組の男が出てくる。帯刀しているが雰囲気から見るに武士だろうが、その佇まいは素人同然だった。

 

「……この刀借りるぞ」

 

 言うや否や剣丞の腰から抜き取った。

「今回はあの男がいないんや。今日こそは……あがっ!」

 

「兄貴!?……っ!」

 

「ど、どないした!?……!」

 

 刀を持つ一葉は次々と男たちを斬り伏せる。

 目に追えない速度で刀を振るい、気付いた時には男たちは倒れていた。

 

「ふむ‥‥‥お主の刀中々の業物じゃな、返すぞ」

 ポイっと刀を持ち主の方へ投げる。

 

「うおっ!?あ、危ないじゃない‥‥‥か」

 抗議の声を挙げるも目の前には先程の女性はいなかった。

 

「剣丞さまっ!お怪我は!」

 

「大丈夫。どこも怪我してないよ」

 彼に手を伸ばし立たせる。

 

「良かった‥‥‥それにしても先程の女性は一体‥‥‥」

 

「綺麗な方でしたね~」

 

「それにあの剣捌き、織田に欲しいですね、久遠さま」

 

「‥‥‥」

 難しい顔をしながら腕を組む。

 思案状態のためかころの声は耳に入ってはいない。

「久遠さま?」

「‥‥‥っ、どうした」

「いえ、あのどこか具合でも?」

「‥‥‥いや。そういうわけではない」

 足早に歩き始め、背を追いかけるように剣丞たちも続いた。

 

 

 

 

 

 久遠たちの目に入るのは荒れ果てた二条館。

 苔むした門に朽ちた塀。 

 将軍の御所とは思えない姿形に一同は言葉を失う。

 

 

 

 沈黙を破るのは久遠。

「‥‥‥中に入るぞ」

 そう言い足を踏み出した瞬間。

 

「おや、何か御用でございますかな?」

 彼女たちの後ろには金髪の女性が立っていた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告