戦国恋姫~偽・前田慶次~   作:ちょろいん

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二話

 先の戦により信行たち反織田久遠信長軍団は壊滅に追い込まれた。

 残党は那古野・末盛城に籠城し、降伏勧告を行うもこれを断固として拒否する。

「城下を焼き払え」

 冷徹さを湛えた彼女の瞳が伝令の兵をみやる。

「りょ、了解致しました‥‥‥」

 

 伝令兵は下された命令に従い民家に火を放った。半刻も経たないうちに炎は燃え広がりごうごうと燃え立った。

 逃げ惑う民たちは必死の形相で逃げ惑う。

 

 焼き払われる城下を信行は呆然と見ていた。

 

 まさに地獄だ。夜だと言うのに炎で明るい。こんなにも高い天守にいるにもかかわらず、こちらまでその熱気が襲い来るように錯覚していた。

 

 このままでは自分も巻き添えだ。

 

 死にたくない! 死にたくない!

 

 身の危険と恐怖を感じた信行は実母の土田御前に頼み込んだ。姉に許してくれるように嘆願してくれと──そして久遠との面会が許されたのである。

 

「此度はその寛大なお心によるお許し感謝致しまするっ!」

 柴田勝家は久遠に平服して最大限の、今の自分に出来る最大限の感謝を述べていた。

 頭は限界まで地につけ、折った足は痺れなど気にもしない。

 ──我らは謀反を起こしたのにも関わらず罪をも問わずに許してくれた。

 

 普通ならば勝家は打ち首や一族郎党撫で斬りにされてもおかしくない。しかし、にも関わらず赦しを得た勝家は器の大きさを垣間見るのだった。

 

「勝家の言う通りにございます。これからはお姉さまに尽くさせていただきます」

「次はない……覚悟しておけ」

 

「はいっ!お姉さま!」

 信行は勝家と同じく限界まで頭を垂れていた。

 殊勝な態度だった。

 ……しかし態度とは裏腹に口元には意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

 誰にもその意地の悪い笑みを、気取られることはなかった。

 

   2

 あの戦いから半年。

 末森城下は復興が進み民たちが寝泊まり出来るほどに回復していた。

 とは言え、雑魚寝であり食料の支援も進んでいるようであった。

 

 さらに、あくまでも形だけではあるが信行も城下を見て回っているようだ。

 信行の謀反を織田久遠信長が許したとの報せは紋次郎の元にまで届いている。

 

 ……紋次郎からしてみれば分かり切っていたことではあったが。

 

 あのときの川辺で泣いていた少女。織田久遠信長は尊大な態度とは裏腹に心優しい少女だからだ。あのときの彼女の顔を見れば、自然と分かる。

 

(ま、オレの歴史でも一度目は赦したって言うしな)

 そのようなことを考えつつ、紋次郎はいつもの穴場に釣りへ来ていた。

 川辺の切り株に腰掛けながら水面に垂らしていた釣り糸へと意識を移したとき──。

 

「おい、紋次郎。考え事か?」

 現実に戻れば眼前に整った顔立ちとくりくりとした目があった。

 

「ッ!」

 驚きで心臓が跳ねたがどうにか表情には出さずに済む。

 

「お前のお陰でなんとかなったぞ。改めて礼を言う。ありがとう」

 

「よかったじゃねえか。そう言えば嬢ちゃんの名前聞いてなかったな、何て名だ?」

 紋次郎としては知っているが本人から直接は聞いていない。きちんとした形で教えてもらいたかったのだ。

 

「聞いて驚け!我の名は織田三郎久遠信長! 通称は久遠! 織田家の当主にして夢は日の本の統一なり!」

 

「はーん」

 びしっと人差し指をこちらに向けた久遠は凛々しい表情だ。

 天下統一は嘘偽りのない本当の夢だろう。史実の織田信長と同様である。

 それはとても大きな夢で、とてつもなく難しい夢だ。

 

「いい夢じゃねえか」

 

「わ、我の夢を笑わないのか?」

 よほど意外だったのか大きめに目を開いた久遠。 

 

 対して紋次郎は眉を上げてニヒルに笑った。

「夢ってのはなぁ大小あれど必ず見るもんだ。実現するかどうかは別としてオレは大きい夢が好きだぜ? 」

 

 久遠は鳩が豆鉄砲をくらったかのように固まる。まさかそんな言葉が出るなんて思わなかった、そう思っているのだろうか。

 

 手に持っていた釣り竿がぴくりぴくりと動く。

 

「おお! 重たいなこれ。こりゃ大物かもな」

 水面に視線をやれば垂らしたうきがピクピクと動いていた。

 竿を軽く引いて見るとかなり重い。初めての大物ではと期待が高まる。

 

 水面から姿を確認しようと身を乗り出すが如何せん日光の反射でよく見えない。

 

「久遠嬢! ちょっとこの竿もっててくれ!」

「わ、わかったぞ」

 

 着流しを脱ぎ捨て褌姿になり川へ足を沈めた。

 深さは膝までだが春先ということもあり、川の水が冷たく鳥肌がさあっと立った。

「な、なななな‥‥‥」

 紋次郎の姿を目に映した久遠は慌てて目を反らす。だがちらちらと引目で彼の姿を若干、頬を染めながら見ていた。

 

「よし軽く引いてくれ。いいぞぉ、その調子だ。そらっ‥‥‥っ!」

 

 ザッパァーーン。

 大きな水音と共に紋次郎が思いきり飛び込む。

 

「け、紋次郎っ!?」

 

「っしゃあ!! 見てくれ久遠嬢! 三尺はあるぞ!」

 あくまで目視である。※三尺=約一メートル

 

「わ、わかった! それよりもは、早く服を着てくれっ!」

 

 顔を朱色に染めて子供のようにきゃーと喚く。紋次郎にはどこに恥ずかしがる要素があるのか分からなかった。

 だがふと、己の下半身に目を向けてみると理解出来た。はだけていたのだ。

 

 なるほど、と思いながら袴を着込む。

 

 ちなみに釣れたのは鯉だ。この時代では高級魚でもある。

 

 とはいえ、今の紋次郎にはそんなことよりも、大物が釣れた感動が大きかった。

 

「今日は鯉鍋だっ! 久遠嬢、サンキュ‥…ありがとな!」

 ついつい未来語が出てしまい慌てて言い直した。油断してしまうと直ぐに未来の言葉が出てしまう。

 

 よく桐琴の前でも漏らしてしまっていたが、そこまで気にはしていないらしく追及してくることはなかった。

 

 そんなことを思い出しながら、改めて紋次郎は聞こえていませんようにと胸の中で祈った。

 

「さ、さんきゅ? なんだそれは?」

 聞こえていたようできょとんと頸を傾げる。

 

 やばいと慌てつつ視線を久遠から外す。そうして視線の先──空には半透明な月が映る。

 

 そうだと眉が上がり、妙案が浮かんだ。

 

「あ、あー‥‥‥そ、それよりも今日は夜大丈夫か?」

 月と言えば夜。そんな連想から浮かんだ苦肉の策だった。

 

 久遠は思い出すように視線を下げる。

「我の予定か? 大丈」

 

 だが唐突に声が上ずった。

「‥‥‥ええ!? よ、夜!?」

 

 腰を引いて狼狽する久遠。そんな彼女の姿についついいたずら心が疼いた。

 まだ色を知らないであろう清純な彼女を少しだけからかおうと。 

 

「そうだ、夜だ。なんだ? 男と女がやることといえば決まってるじゃねえか」

 悪戯小僧のように面白そうに笑ってみせる。

 

 どんな反応をするのだろうかと観察してみれば案の定それは想定していたものだった。

 久遠は頬を薄く朱色に染め、視線はぎこちなく宙を漂わせる。 

 

「うぅ。わ、我は。まだ、その‥‥‥」

 後半になるにつれ恥ずかし気に声が小さくなっていった。

 

(はーん。初だねぇ 。いやぁ満足)

 

 こういう反応は良い。前世はそうでもなかったが、今生ではからかいの類いを好んでいた。

 

「ハハハ! 悪りぃ悪りぃ、鯉鍋のことだよ」

 また後でからかおうと思いつつも、冗談めかした軽い声音で言った。

 

 久遠は一瞬ぽかんとしていたがすぐに何を言われたのか理解したのかプルプルと震え出す。

 

「け……」

 慶次の背中に冷や汗が流れ出す。何となくだが彼にこの後の顛末が理解出来た。

「この、うつけええええええええっ!!」

「ゲフッっ!」

 

 みぞおちに綺麗にストレートが決まる。膝から崩れ落ちた。ぼ、暴力ヒロインは、嫌いだよ……。

「あっ!? 」

 意識はやがて薄れていった。

   3

 

 気付いた時には部屋にいた。

 いたと言うよりは天井すべて見えることから寝かされているようだった。

 天井は自分の家屋のものでも、森の屋敷のものでない。どこか高級感を感じられることが出来る装飾の施された部屋だった。

 

 身体を起こし周囲を見渡すと蝋燭に火が灯っていた。

 

 今が夜であることを教えてくれる。服は着ていた物と変わりはない。だが、少しだけ股座がすぅとしている。

 

(──褌が無い……。)

 布団に寝かされていることから推察するに濡れていた褌で汚さぬようにと脱がされたのだろう。

 

 と、考えていると部屋の障子が開いた。入ってきた久遠と目が合う。

 

「ぁ……すまないっ! 我としたことがつい加減を誤ってしまったっ!」

 と、寝ていた布団に馬乗りになり、詰め寄った。

 

「いやぁ、あれはオレが悪かった。ついからかっちまったんだ。許してくれ」

 言葉では言うものの再度からかうことは決定事項だった。

 

 あそこまで良い反応を示すのだ。これはからかわないことは損だろう。

 

 そんな彼とは裏腹に久遠は気まずそうな表情を浮かべる。

 

 その姿はまるで仔犬ようだった。

 

「ちょっとあなたたち。なにをやってるのかしら」

 半開きの障子から桜色の着物の少女が露骨に嫌そうな顔を浮かべながら覗いていた。

 ハッと自分の状況に気付いた久遠は顔を染める。 

 

「ゆ、結菜これは違うんだ、様子を確かめようとしただけであって深い意味は」

 浮気がバレた夫のように身ぶり手振りで焦る彼女に紋次郎はイタズラ心がくすぐられ耳元でそっと囁いた。

「おいおい、さっきの言葉嘘だったのかい?」

 

「わ、我は何もいってない……!」

 

「ずっと聞いていたわよ」

 少女の言葉に久遠はジト目を慶次に送る。

「おい」

「……悪い」

 

「見ろっ結菜っ!我は何もいってないぞ!」

「そうね‥‥‥」

 

「……」

「……」

「……」

 どこか居心地の悪い空気だったがそれを払拭するように久遠が口を開いた。

「そうだ、ゆ、結菜っ。我になにか用でもあったのか?」

 久遠の言葉に結菜と呼ばれる少女が目を細める。

 

「ふーん。用がないと久遠に会いにいっちゃいけないのね。悲しいわ」

 

 よよよと着物の袖口で涙を拭う素振りをし、悲しげな表情を浮かべる。

 

 それを見た久遠は焦りに焦ったかのように矢継ぎ早に言葉を紡いだ。

「ち、違うんだっ!結菜。そういう意味じゃ」

 

「ふふっ」

 途端に少女が先程のことが嘘だったかのように破顔した。

 

「冗談よ、久遠。お夕飯ができたから呼びにきたの」

 クスクスと笑う。

 

「うぅ、結菜~」

 

 口を尖らせ抗議の目を向けるが当の本人はどこ吹く風だった。

「そちらの方もご一緒にどうですか?」

 

「あ、いや俺は鯉鍋を」 

 しかしグゥ~と鳴るお腹。腹の虫、食欲には抗えなかった。

 

「……じゃあ、お言葉に甘えるとしようかな」

 

 あの鯉はどうやら今日の晩飯に使われたようだった。

 煮付けに汁もの、塩焼き等々。

 鯉鍋にするよりも良かったのかもしれない。如何せん男飯なんぞ鍋に入れて味付けして終わりである。酷い時には味付けすらしない。雑味が目立つごった煮である。

 だが目の前の食事はどうだろう。己の料理──いや料理とも言えないものよりも数倍は食欲をそそる。

 

 そんなことを考えながら、用意してもらった座布団に着く。

「慶次!結菜の作った料理はおいしいぞ!」

 

 彼女のお墨付きなら相当なものだろう。と言っても紋次郎自身は原作知識として結菜の料理上手は知っていた。

 

「な、なんだとっ!……ええと」

 

 どう呼べばいいか分からず口籠もった。

「帰蝶よ。結菜でいいわ」

 空気を読んでくれたようで自己紹介してくれる。

 

「おう。オレはおかめ丸紋次郎だ。紋ちゃんって呼んでくれ」

 余談だか、史実での名前は諱と呼ばれ呼ぶことが憚られる。慶次の場合は利益が諱となる。紋次郎としてはそもそもが偽名なので、そこまで考えてはいなかった。

「全部結菜が作ったのか。すごいな」

 素直に感心していた。

 原作では見ることができなかったが、いざこうして目にしてみると感嘆の一言。

 色とりどりで食欲を誘う色と香りがぴったりマッチしているのだから。

 

 三人で手を合わせる。

 

「「「「いただきます!」」」

 まずは焼き魚に手を伸ばす。鯉の焼いたものはとてつもなく美味だから。口に運ぶと鯉の味とほんのりと塩の味がした。

 

「自分で焼いたやつより。美味いな 」

 口を動かしていると、ふと白米が目に止まる。焼き魚と白米……絶対合うだろう。焼き魚を口に放り込み、白米も追加でいれる。

 

「……くぅ~なんてっ! 美味いんだ!」

 

 思わず声が出てしまう美味しさだった。

 

 次に目を付けたのは煮付けだった。おそらく味噌漬けだとおもうが。箸でひとつまみし口にいれると味噌の味がほどよく広がる。これも白米が合うと踏み、焼き魚と同じ要領で口に運ぶ。

 

「これも……美味いな」

 これだけ美味しいならば他の物も美味いと考え無心で食べ続けた。

 

   5

 

「(ねぇ、久遠。この人とどういう関係なの?)」

 無心で食べ続けている紋次郎を尻目に小声で話す結菜。

 

「(紋はな、我の夢を笑わなかったやつだ)」

 たったそれだけ、されどそれだけ。彼女としてはとても嬉しかった。

 結菜の母親、結菜に続き、紋次郎という三番目に己の夢を笑わなかった人物なのだから。 

「(夢って日の本統一?)」

 

「(うむ。蝮以来だ。こんなやつに会ったのは)」

 

「(ふーん。ねぇ家臣にならないかって誘ってみたら)」

 

「(考えてはいるが、なかなか聞けなくてな……)」

 

 久遠にはどこか気恥ずかしさがあった。

 不思議と彼といると己の心が解放されるのだ。だからだろうか。竹馬の友のような関係の中にある、微妙な気恥ずかしさがあった。

 

 しかし久遠の考えなど知らず、結菜は進めた。

「(ならちょうどいいわ。今聞いてみましょうよ)」

 

「(ええ!? 今か!? ま、まてっ!……っ!)」

 まだ心の準備が出来ておらず、もしかしたら嫌われたら、もしかしたらもう他家に行く予定だったら?

 

 不安が不安を呼んでしまう。

 

 しかしそんな久遠を差し置いて結菜は尋ねてしまった。

 

「ねぇ紋、織田に仕えてみない?」

 

 それは唐突なことだった。

「ほらっ。久遠」

 そう言って彼女の肩をたたくと、しどろもどろになりがら、こちらにちらちらと視線を向ける。

「け、慶次。わ、我の、我の家臣にならないかっ!」

 こちらの返答を待つ久遠の口は固結ばれていた。

 

 そしてその答えは───。

「悪りぃ」

「……えっ」

 理解が追い付かないのか一瞬の間を置いて彼女は声を出した。

 

 そしてようやく言葉の意味を理解した時には伏せ目がちになる。ただ紋次郎は悪いとしか言ってない事に、彼女は気がついていないようだ。

「オレは森一家に仕えていてね。既に仕えている身なのさ、だから遠回りだが、仕えてるんだぜ。久遠嬢にな」

 そう。すでに織田の臣であるのだ。久遠は彼の言葉に面食らった表情をした。

「ということよ。久遠」

 結菜はイタズラが成功した子供みたいにクスクスと笑った。

「うぅ。わ、我を騙したなぁ」

 


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