戦国恋姫~偽・前田慶次~   作:ちょろいん

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二十一話

 

織田歓迎の宴の翌日、慶次は昨夜の鬼の件について久遠に報告した。

その後浅井を含めた談論が行われどうやら鬼は観音時方面からやってきているのではないかということが推察された。

観音寺城、つまり浅井の同盟国朝倉の本拠地にほど近い場所に建つ六角氏の堅城である。

眞誠は朝倉氏の安否確認を念頭に入れた偵察部隊を越前に送った。

さらに同時並行で久遠は観音寺周辺の調査に剣丞隊を派遣。名目上は鬼の情報収集だがその裏には上洛のための周辺地理の把握というおまけがついているのであった。

 

「慶次。護衛を頼んだぞ。あとこれを持っていけ」

久遠から渡されたのは何かを包んでいる麻布。じゃらじゃらと音がすることから銭だと分かる。

「有り難く使わせてもらう」

「みなさん。危険を感じたらすぐに戻ってきてください。兵を控えておきますから」

こうして両家の当主に見送られながら彼らは観音寺城を目指すことになった。

 

 

 

 

 

 

 天候が快晴と恵まれた中、出発した一行。

 時折、雑談を交えながらも周辺地理の精度向上のため地図への書き込みをきめ細かく行っていった。

「ひよー。ほらここ。死角になってて何かに使えるかも」

「流石ころちゃん!」

「ひよ。終わったらこちらも」

「はーい」

 忙しく動くひよだが顔には疲れが見えなかった。

 

 それを見た剣丞は自分も頑張ろうと奮起しすれ違う旅人や行商人に鬼のことを尋ねていく。

「すいません。真夜中に人を襲う化け物など、何か見たり聞いたりなどしたことはありませんか?」

「おいおい兄ちゃん。こんな真っ昼間からなにいってんだ?それに知らないねそんな話は」

 尋ねた人々が知らないなどの一点張り。時には侮蔑の目を送る者も見受けられた。

 そんな旅人にどこまでも冷たさを感じる薄い視線を送る詩乃。

「………」

「いいよ、詩乃。俺は気にしてないからさ」

「……私はずっとあなたの味方ですよ」

 きゅっと剣丞の手を握り微笑んだ。

「ありがとう。嬉しいよ」

 詩乃の小さな手を優しく握り返す。

 手を繋ぐ二人の顔は心なしか赤みを帯びていた。

 

「あーっ!詩乃ちゃんずるい!」

「わ、私も!」

 どこかいい雰囲気を醸し出している彼らにそうはさせまいと動いた。

「うわっ。どうしたんだ二人とも」

「ずーるーいーでーすー」

「お頭私にもしてほしいです!」

 

 四人がガヤガヤと騒いでいるのを慶次とエーリカは微笑を浮かべ見守っていた。

 

 

 

 

 

 鬼についての情報は集まらずにただただ時間だけが過ぎ、茜色の空が綺麗な葡萄色に変わるころ小さな村に到着した。

「今日はここまでかな」

「ちょうど良いと思いますよ」

「でもかなり小さい村ですからねぇ」

 鬱蒼と生い茂る森に囲まれ幅の狭い川や水田、棚のように折り重なる畑など自給自足には困ることはなさそうだが一目で見渡せるほどに小さい村だった。

 

 早速宿探しに向かうが如何せん人口の少ない村のため難航した。

「うーん。やっぱり小さな村だと宿はないか」

「そうですね。この村の規模でしたら常設の宿は……」

 野宿という可能性が一同の頭によぎる。

 薄暗い森に広がる気味の悪い雰囲気や時たま聞こえる動物の鳴き声、それに加えて謎の生物、鬼の存在。

 何が起きるか分かったものではなかった。

「っ!私が探してきます!」

 一目で分かるほどに顔色変えたひよは言うや否や走り出し片っ端から村に点在する家々を尋ねてゆく。

 いくつかの家には断られはしたが小一時間ほど交渉を頑張ってくれたおかげで何とか宿の確保に成功した。

 

 宿の中には剣丞たちの他にも宿屋を求めていた幾人もの旅人が囲炉裏を囲んで談笑をしているのが目に入る。

 

 最初こそ警戒はされたが剣丞の機転により溶け込むこともできこの日は無事に眠りにつくことができた。

 

 

 

 

 

 

 翌日になり一行は観音寺城への偵察を開始する。運の良いことに昨夜の村は観音寺城から比較的近い場所にあったため朝方から始めることができた。

 

「じゃあ剣丞隊これから行動を開始する。俺と詩乃、そしてひよところは観音寺城を調査するから慶次とエーリカは城下を頼む」

「おう。任せろ」

「了解しました」

 

 

 城下町で小料理屋中心に聞き込みを始める。

 その理由は旅人が集まりやすいからという至極単純なものだった。

 

 早速町の中心部にある小料理屋に足を向ける。

「嬢ちゃん。少し構わねえかい」

 無遠慮に彼女の隣に腰掛けるとニヒルな笑みを浮かべる。

「不粋な男ですわね」

 射殺すような視線を向け、露骨に嫌悪感を表す。

「しょ、初対面でそれですかい」

「そうです。私は今忙しいのですわ。さっさと消えてくださらない?」

 そう言いお椀の中のうどんを美味しそうに食べ始めた。

 

 黄金と言っても過言ではない綺麗な金髪に陶磁器のような白い肌。さらに極めつけは特徴あるその口調。

 

 彼女の名は蒲生忠三郎『梅』賦秀、原作キャラの一人である。

 

 

 そんな彼女、梅をジロジロと眺め続ける慶次。

 

ジー

「………」

ジー

「………っ」

 自重を知らない視線を浴び続け遂に彼女の堪忍袋の緒が切れた。

「あなたっ!さっきからなんですの!」

 バンっと机を叩きつけ、慶次を睨み付ける。

「!す、すまん。美味そうに食ってるもんでな、つい」

「でしたらっ!あなたも同じものを頼んだらどうですの!」

 大声で怒鳴り上げふんと鼻を鳴らす。

「………親父。うどん一つ頼む」

 彼女と同じものを注文することにした慶次だがこころなしか沈んでいるように見えた。

「あいよ………元気だせ。若いの。また次がある」

 慰めの言葉掛けられるが慶次としてはいらん気遣いだった。

「そうだな……」

 あっけらかんに返事する。

 エーリカを一瞥するが我関せずと離れた所で一人お茶を啜っていた。

 

 

 

 丁度、彼女が食べ終わる頃を見計らいあの事を聞く。

「なぁ。アンタに聞きたいことがあるんだがいいか?」

「………なんですの」

 やはりと言うべきか先程のことを引き摺っているらしく声は苛立ちを感じさせるものだった。

「最近ここらで化け物が出るって聞いてるんだが何か知らねぇか?」

「………知りませんわ」

 含みのある冷やかな声色で一蹴すると慶次の前から去って行った。

 

 

 

 

 

 一悶着あったが滞りなく情報収集を終えとある店で一息つくことにした。

「倭歌、ねぇ」

 かなりの数の店を回りその中で最も耳にした言葉だった。主に平安時代からの和歌を指すこの言葉、それを鬼が詠んでいたらしい。

(原作と同じだもんなぁ)

「おそらく鬼には知性があるのでしょうね」

 どの口でそれを言うかなどとは言えず肯定の意を示す。

「そう見て間違いはないだろうな。そしてもう一つが」

「群れで……行動する」

「何か意味があってやるのか。はたまたないのか……よくわからねぇな」

 うむむと腕を組み唸っていた時だった。

 

グゥ~

 

 突如、聞こえの良い音が聞こえた。

「っ!?」

「ハハハッ!もうお昼過ぎだからな。エーリカ、俺の奢りだ。何か食おう」

「……では遠慮なくいただくとします」

「あ、あぁ」

 どこか鬼気迫るような表情に慶次は一抹の恐怖を覚えるが気のせいだと思い考えないようした。

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 優雅とも言える仕草で口を拭くエーリカ。

 その目前には積み上げられた食器が高く重なっていた。

「次回からお腹を鳴らさないように気を付けますね」

 やけに『お腹』を強調していた所を見ると慶次の言葉に根に持っている部分があったらしい。

「……はい」

 後悔しても時既に遅しである。

 

 

 

 空が朱色に染まった頃剣丞たちと合流し昨夜の村に戻ることになった。

 

 かなり有益な情報を持ち帰ったようで足取りが軽やかだった剣丞たち。

 

 

 だがその日の夜………。

 

 

side 剣丞

 

 

 真夜中になり月明かりだけが奴等を照らしていた。

 人とは思えない黒い肌に鼻骨が見えない鼻、剥き出しの牙。それに加えてぎらつく瞳。

 鬼だった。

 

 

 

グカァアアアアッ!

 

 

 

「!」

 突然聞こえた獸のような咆哮に剣丞は飛び起きた。

 

 それを待っていたのか、それとも鬼に反応したのか。

 

 枕元に置いてある刀が淡い光を発していた。

「刀が……」

 

 布団から飛び出し刀を持つと靴も履かずに外に飛び出す。

 

「鬼が……一体何匹いるんだ」

 目視できる距離にそれはいた。

 何十とも映える双眸が山中で月光に反射し百鬼夜行のように蠢いたのだ。

 

「剣丞さま!」

「ころ!避難は」

「大丈夫です。ひよと詩乃ちゃんがやってくれてます」

 

「鬼が。あんなにも……」

何時の間にか傍にいたエーリカが山の奥深くに消えゆく鬼を眺めそう口にする。

「やっぱり群れで行動することが増えてきたのは事実らしいね」

「どうしますか?お頭」

「今は見過ごそう」

「見過ごす……」

 不服そうに呟くがエーリカにしてみれば当然だった。

 彼女は元々この国の鬼を討滅するために来ているのだから。

 最も彼女のそれは建前で真の目的は別にあるが。

「ころ。鬼たちはどの方角に向かってる?」

「東南ですね。ですから……伊勢方面に向かってるんじゃないでしょうか?」

「伊勢か。うーん、尾張に近いな。厄介だぞこれは」

 どうしたものかとしばらく思案顔を見せていたがふいに顔を上げる。

「……明日、山の中で鬼の痕跡を探そう」

 尾張のためとはいえ流石に灯りがない状態で森の中に入るのは危険だ。

 それに万が一、尾張に侵入しても壬月たちがいるだろうと考えた結果だった。

 いかにも博打的なものだがそれも含め少しでも情報が欲しいという思いが剣丞にはあったのだ。

 

「お、お頭ぁ……」

 泣きそうな表情で抗議するが剣丞の意志は固い。

「大丈夫。あの鬼たちは伊勢に向かってるんだ。ならあの山に行ってもいないよ」

「そうかもしれないですけどぉ、もし、鬼がいても私とひよじゃ戦力にはなりませんよぉ」

「その時は慶次に相手してもらおう。エーリカもその時お願いね」

「はい。わかっています」

 エーリカの返事を聞き、ころに再度同意を求めた。

「うぅ。わ、わかりましたぁ」

「付き合わせてごめんね。ころ」

 ふと慶次が行っていたあの行為を思い出し自身の手を彼女の頭に乗せる。

(確かこうやってたよな……)

「ひゃあ!?」

「明日のためにも、早く寝よう」

「は、はい!」

「……ふふ」

 

 こうして夜は更けていき次いで明日の予定も決まったのであった。

 

 

 

 

 

 


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