誤字脱字ありましたら報告お願いします。
派手な衣装はBAS〇RAをイメージしました。
と言っても語彙力の問題で全然書けませんでしたが(汗)
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心地よい暖かみを感じる深い微睡みの中にいた。
浮かんでいるのか、立っているのか、座っているのかわからない。
平衡感覚がない空間だった。
一瞬先は闇。見渡せど闇ばかりだった。
(私は‥…)
葵は思い出した。異形の怪物に襲われ恐怖を。
獣を思わせる牙から滴る唾液に熊より大きいであろう体躯。
黒く鎧のような肌と怪しく光る双瞳。
それが突然の前に現れ、牙を向いたのだ。
(?)
だが身を蝕み裂くような恐怖は襲っては来なかった。
恐怖というよりは幼少の子供が大人に叱咤されるような怖じ気というものだった。
そう理解した途端、意識が覚醒した。
目を開け飛び込んで来たのは澄んだ青空だった。
ふわりと吹く風が髪を撫で上げ目を瞑る。
胸に感じていた温かさがより鮮明に感じられた。
「……」
胸に触れているゴツゴツした男性の手。
彼は葵の布団に顔を伏せながら今も絶え間なく撫でてくれている。
普通ならば胸に手を触れられている時点で何かしらのアクションがあるはずだが、朝ということもありまともに思考が追い付かない。
そのためか胸の手ではなく彼が側にいることの方に目が向いていた。
「なぜ慶次どのが」
昨夜のことを思い出す。
彼の話に耳を傾け、鬼が現れ、そして襲われた。
その窮地を救ってくれた織田の前田慶次。
大きな背中を見せ、鬼に立ち向かい一瞬のうちに蹴散らしてくれた。
不思議と恐怖は生まれず、温かく包み込むような感情が胸を支配していた。
「!」
突然、側にいた慶次がビクッと震えると伏せていた顔を上げた。
気持ちの良い大きな欠伸を見せる。
「んあ?おはようさん。葵」
「……っ!お、おはよう……ございます」
顔を赤く染めた。
別段彼が笑顔を浮かべていたわけではない。
ただ視界に入るだけで心が高鳴り身体中の血が顔に集まるのだ。
「今日もいい天気なんだ。しけた顔はしないでいこうぜ」
「そうですね‥‥‥」
「葵さまー!おは…」
陣幕へと入って来た悠季は慶次の姿を目に写すなり動きを止めた。
少しの間硬直していたがはっとなる。
「……なぜっ!あなたがここにっ!ま、まさか」
「あー悪りぃ。少しこれからのことで話してたんだ。今出てく。またあとでな葵」
苦笑を漏らしながら慶次は葵に小さく手を振った。
それに答えるように葵もまた控え目に手を振り返した。
「は、はい。ではまた。慶次……さま」
「け、けけ慶次さまっ!?」
吃驚の声を背に彼は陣幕を後にした。
>>>
(慶次さま……)
葵の眼前を歩く彼を視界に写す。
彼が右に行けば視線は右へ、左に行けば左へ自然と目で追ってしまう。
「葵どうかしたか?」
突然慶次が振り返った。
そのことに葵は驚きはしたが顔には出さなかった。
「?どう、とは。」
「俺のことずっと見てただろう。」
「ッ」
葵自身それに気付かなかった。
「あ、あの。それは……」
言葉に詰まり口ごもる。
「前田どの背に虫が止まっていたのですよ。」
間をおかずに悠季がフォローに入る。
「ですが心根がお優しい葵さまは前田どのを取るか虫を取るかで迷ってしまったのです」
「お、おう。そっか。」
それだけ言うと腑に落ちない顔を見せるも身体を戻した。
「(悠季。助かったわ)」
ほっと胸を撫で下ろし、慶次に気付かれぬよう小さい声を出した。
「(いえいえー。これも葵さまのことを思ってのことですので)」
「(そう。ありがとう)」
しばらく馬に揺られながら、日が傾き始めた頃、美濃へ到着した。
織田家家老の麦穂と壬月、そしてエーリカの歓待を受けた葵は家臣を引き連れ久遠の元へ向かったのだった。
side 慶次
美濃へ到着した慶次は森の屋敷の中をウロウロと彷徨っていた。
中々寝付けず眠気が来るまで時間を潰そうにも桐琴たちは留守であり、小夜叉の妹たちは既に夢の中だった。
どうしたものかと考え屋敷を歩き回る。
そんな時。
薄暗い廊下の奥に人影が見えた。
「あん?あれは‥‥‥各務か」
各務元正、森一家の中で一般人兼良識人な女性だ。
破天荒で自由人な桐琴たちに代わり蘭たちの養育や政務などを行っている。
感情の起伏がそこまで大きくない彼女も顔立ちが整っているため美女といって差し支えない。
だが生真面目な性格のためか冗談か通じず真に受けてしまうのが玉に瑕だ。
しかし養育から政務までこなす優秀さから森一家では各務に強く出る者はいないのである。
「各務」
「おや?慶次さま。どうされましたか」
「少し寝付けなくてな」
「なるほど」
少し考える素振りを見せるとふいに顔を上げた。
「少々おまちください」
「お待たせいたしました」
いつも通りの鉄面皮を浮かべた彼女の手には徳利とおちょこが握られていた。
「寝れない時にはお酒の力を借りましょう」
「酒かァ。いいねぇ」
二人は縁側に腰掛けた。
慶次は親父臭く手をわきわきさせておちょこを受け取る。
「お待ちを。お酌致します」
徳利を持った各務はちょろちょろとお酒を注ぐ。
美女にお酌をしてもらう‥‥‥それは一般の男性からしてみれば夢にまで見ることだが慶次からすると親切だなとしか思わない。
そのため素直に向けられる好意には気付くがある程度の好意には疎いのである。
「よし。俺からもお返しだな」
「はい。お願いします」
差し出しだされた彼女のおちょこにも注いだ。
夜空を肴に酒を嗜む。
肌に風を感じながらに雅なものだなと慶次は思った。
>>>
酒の力でグッスリと睡眠を摂れた彼は日課である鍛練を終えると市場に足を向けた。
上洛まで数日の空き時間が出来た彼は暇潰しに人々がひしめき合う市場にやって来たのである。
道の両脇には露店商が立ち並び、時折値切りの声や笑い声が慶次の耳に入る。
今でこそ活気のある営みが見えるが元々目に写るような賑やかさは存在しなかった。
しかし久遠の政策である楽市楽座により隣国から果ての奥州までの商人がこぞって自由な商売をしたのだ。
それは様々な取引を生むだけではなく活気を作り出したのである。
そして現在。
慶次はとある一品とにらめっこをしていた。
「南蛮の腰巻か‥‥‥」
慶次がまじまじと見つめるのは黄と黒の縞模様が描かれた長い麻布のような代物だった。
端から端まで白く触り心地の良さそうな羽毛で装飾されていた。
「へへ。いいものでしょう。なんでも南蛮の獅子の毛皮らしいですよ」
「はーん。よし‥‥‥店主これをくれ」
「はいよ。毎度あり」
無精ひげを生やした厳つい店主に銭を手渡した。
早速身に着けると散策を再開した。
道行く人々の視線に物ともに堂々と往来を歩く。
「あ、あれは‥‥‥」
何か恐ろしい物を見たかのようにカッと目を見開いた。
その視線の先にあったのは派手な装いをした衣服だった。
朱色と黄色を基調としたシンプルな作りだが腰巻と同じように白い綿のようなもので縁取りされている。また右肩の辺りから袖まで掛けて朱色をした薄い生地の袖口があった。
さらに付属品なのか動物の牙を加工した首飾りに、この時代では珍しい色鮮やかな深紅の羽織が掛けられていた。
この時代では異風と取れるその衣服。心惹かれるその衣服を購入すべきか思案する。
side 三若
彼女たちは慶次と同じく暇を持て余していた。出陣までに時間があるためだ。
と言っても暇があったら鍛錬と壬月から口酸っぱく言われていたのだが雛曰く
「根を詰過ぎたらもしもの時に失敗するかもー。」
とのことだった。
詰まること三人は羽休めのために城下にやって来たのだ。
「あーあー。何か面白いことでもないかなー」
三人の先頭を歩く和奏は周囲を見渡しながらそう口にした。
それを聞いた雛は小悪魔のような狡猾な笑みを浮かべた。
「和奏ちんは城下に来るといつも同じこと言うよねー。」
「なんだってー!ボクが馬鹿だって言いたいのか!」
「ちがうよー。」
「わふ‥‥‥ふ、二人とも」
こんな往来でと犬子は慌てて二人の間に入った。
そんな時だった。
(ねぇえ。見てよあれ)
(派手なべべ着てんなぁ)
和奏たちの近くを通りかかった町人から驚愕の声が聞こえる。
町人たちの視線の先には一人の男がいた。
奇抜な装いの衣服を身にまとい、深紅の羽織を翻し、橙色と白が交ざった腰巻きを身に付け、周囲の視線を独り占めしていたのだ。
「「「え」」」
いつもとは一風違う姿に思わず我を忘れ呆気ない声を上げた。
その声に気付いたのか男の視線が三若の方に向けられた。
「おう、三若じゃねぇか。」
笑顔を見せながら、周囲の視線を物ともせずに三若の方にやって来た。
「け、慶次さま‥‥‥」
「慶次くん‥‥‥」
「慶くん‥‥‥」
彼女たちは彼、慶次の姿を上から下まで品定めするように見る。
慶次の方が身長が高いため必然的に見上げる形になった。
「あん?なんだ?」
「慶次さま。そ、そのお姿は‥‥‥」
「これか‥‥‥あー。なんて言ったらいいんだ。……まぁ覚悟ってやつだな」
「覚悟‥…ですか」
「あぁ。これから始まる大戦‥‥‥この日ノ本の命運を握ってんだ。いつも以上にやらなきゃならねぇだろう?なら毎度着る服とは装いを変えようと思ってな」
だからだと彼は三若に向けて凛々しい顔を見せた。
だが三若はその顔に違和感を覚える。
どこか焦燥しているような感じがしたのだ。
そのせいだろうか。飄々とした風を見せる雛がしおらしくなっていた。
「‥‥‥慶次くん。死んじゃうわけじゃないよね」
「おい!雛!縁起でもないこと言うな!」
「慶くん‥‥‥」
「犬子まで‥‥‥慶次さま」
三若が答えを求めるように悲し気な瞳で慶次を見つめる。
「おいおいおい。そんな辛気臭せぇ顔すんなよ。俺は死にはしねぇさ。」
ポンポンと順繰りに三若の頭に手を乗せた。
慶次の手から伝わる温かさに思わず彼女たちは目を細める。
さながら動物のようである。
「うっし。飯食いにでも行くか。おごるぜ」
「わーい!!」
いのいちばんに声を上げたのは犬子だった。
彼の従妹である彼女は大食漢なのである。そのため食事には目がないのだ。
「流石慶次さま!」
「慶次くーん。いーっぱい食べちゃうからねー」
この後に彼女たち行きつけの一発屋に向かったわけだが懐が寂しくなったのは言うまでもなかった。
>>>
side 慶次
張り詰めた空気が評定の間を包んでいた。
上座に座る織田の当主を始めとし名だたる重臣が集い、さらには葵率いる松平衆の姿も見えていた。
「権六!」
評定の間に久遠の鋭い声が響き渡る。
「佐々、前田の両名を引き連れ江南の小城を制圧しろ!その後に我らと合流し観音寺攻めに加われい!」
「御意!」
観音寺城。
京に至るまでに立ち塞がる堅牢な城である。
実は京では三好・松永が将軍の一葉に対し不穏な動きをしていると情報が入ったのだ。
越前の鬼を駆逐するのに将軍は必要不可欠、彼女を救援しなければならないのである。
「五郎佐!」
「はっ!」
「滝川を寄騎としてつける。京につながる小城の下し洛中への道を確保しておけ!」
「御意に」
「我が率いる本隊と森、明智、松平衆、そして剣丞隊で観音寺を急襲し一気に叩く! では共々励め!」
「「「はっ!」」」
張り詰めていた空気が解かれ織田松平両名の将たちが気合の籠った返答をした。
瞬く間に評定の間を駆け出して行った。
「久遠嬢。俺も行く。」
「うむ‥‥‥」
そうして慶次が閑散としている評定の間を出ようした時だった。
「け、慶次!」
閑散とした評定の間に彼女の声が響いた。
「どうした?」
「‥‥‥そ、その格好‥‥‥に、似合っているぞ‥‥‥」
ボソッと呟き顔を赤くした久遠は風のような速さで評定の間を出ていった。
>>>
大きく深呼吸した剣丞は眼前に佇む観音寺城を見据える。
自然の地形を多いに利用したその城は岐阜城と同じく要塞といっても過言ではない。
つまり剣丞隊が落城の要なのだ。
緊張感を抑えるように剣丞はまた深呼吸を繰り返した。
本隊率いる久遠たちは正攻法で城門から攻める立てる予定である。
一方でその隙を突き搦め手を得意とする剣丞隊は裏からの潜入し攪乱するのだ。
「よし。じゃあ行こう」
「鞠、剣丞守るの!」
「うん。頼んだ」
鞠と呼ぶ少女は昨今起こった田楽狭間で討たれた義元の遺児である。つまり今川氏真である。
慶次が三河に出向いている時に剣丞と出会ったらしく最初は気を遣うことが多かったが今では剣丞にべったりだ。
さらに一葉と剣術の師を同じくし剣の腕も相当であるため彼女から立候補し剣丞の護衛についたのだ。
だが一度は今川を主家とした葵からは猛反対される。しかし鞠も一人の武士であると久遠や剣丞の説得により結局は鞠の護衛として小波をつけることで渋々納得したのだ。
「剣丞さま。これを」
小波から赤いお守り袋を手渡された。
「?これって」
「服部家お家流である句伝無量です。私の身体の一部を通すことで離れていても会話できる技です。」
「ええ!?忍術万能すぎじゃないか!」
「すでに主要な方々には渡してあります故に本隊との連絡も密に取れるかと。」
「はーん。面白そうなもんじゃねぇか」
「あ、慶次。どうしたんだ?」
「伝えることがあってな。久遠嬢から突入の時期は任せるってよ。」
「了解。」
「慶次さま。此方を」
剣丞と同じような赤いお守り袋を手渡された。
手に取りまじまじと見つめる。
突然鼻に近づけると匂いを嗅いだ。
「‥‥‥香の匂いか?いやでも若干柑橘系の香りもするな‥‥‥」
いい香りがすると月並みの感想を慶次は送った。
「ッ!あの‥‥‥あまり‥‥‥嗅がないでいただけると」
顔を赤く染めながらもじもじとし視線を宙に漂わせた。
「?おう。んじゃあ剣丞、任せた。」
「うん。そっちもね」
「誰に物言ってんだ。こちとら森一家だぜ?」
そう言葉を残し剣丞たちの元を去った。
本陣へと戻った慶次は久遠の陣幕に向かう。
陣幕中には木製の畳床机がいくつか置かれていた。おそらく戦支度に出ている他の家臣のものだ。
机上にはひよたちが作成した観音寺城周辺の地理が描かれている地図が広げてある。
久遠はその地図をじーっと見つめていた。
「久遠嬢。伝えて来た」
「うむ。ご苦労‥‥‥森衆に先鋒は任せたぞ」
「あぁ。任せとけ」
陣幕を出た慶次は森一家の陣幕へと戻る。
「そうです。兵糧はあちらにお願いします。‥‥‥それはこちらに。」
兵たちにテキパキと指示を出すのは各務。
久遠と同じように転写された地図を机上に広げていた。
「各務。森衆が先鋒を任されたぜ。」
「いつも通りですね。準備は出来ていますよ。」
「おう。それであいつらは。」
「奥で磨いています。」
「わかった。ありがとな。」
陣幕内の奥で彼女たちは畳床机に腰を掛けひたすらに布で得物の刃先を磨いていた。
「戻ったか。」
自身の得物に顔を向けたままだが気配で分かったらしく慶次に声を掛けたのが分かる。
唐突に桐琴が慶次にぽいと布を投げる。
「使え」
「慶次もやっておこうぜー」
「‥‥‥そうだな。やっておくか」
近くに置いてあった畳床机に腰掛け、得物の刃先を磨き始めた。
「そーいやさー」
しばらく手入れに没頭していた時、ふいに小夜叉が顔を上げた。
「慶次はその恰好どうしたんだー?」
「それはワシも気になっていたな。何かあったのか」
小夜叉が慶次の装いを見つめている。
桐琴は相変わらず得物から目を離さずに声だけを向けていた。
「‥‥‥まぁこれは覚悟ってやつだ。日ノ本の命運を掛けた大戦だからな。いつも以上にやらなきゃいけねぇんだろう。だから派手なものにしてみたんだ。」
「ふーん」
慶次自身気に入っているこの装い。
他者から見るとどう映るのか非常に気になるものであり小夜叉に聞いてみようと考える。
しかしそう考えた矢先、小夜叉の抑揚のない間延びした返事が聞こえた。
「もしかして似合ってねぇか?」
「そんなことはないけどさ。前よりもカッコよくなったし。」
「ほう。一丁前に言うようになったな」
「なんだよ‥‥‥母は思わねぇのか」
「まぁ確かに。前よりも男前になったとは思うがな」
いつの間にか顔を上げていた桐琴が慶次に視線をやる。
和やかな空気が辺りを包み込んだ。
「なんだか恥ずかしいな。」
頬をかきながら思わず視線を逸らした。
>>>
久遠率いる本隊のうち森一家と松平が先鋒に任命された。
眼前にそびえ立つ櫓門を開門させるために一気呵成に攻めて立てる。
「ほらー!早く門を開けるですー!」
綾那率いる兵たちが敵方の反撃を物ともせず強引に攻める。
敵方が物見櫓から矢を放つ。
空気を切る音が聞こえると同時に兵が倒れるがそれでも攻撃の手は緩めはしなかった。
「松平衆!綾那に続きなさい!」
すかさず歌夜も攻撃を始める。
門前に攻撃を集中することで敵方の注意が逸れていた。
彼女たちの後方からは台車に乗せられたた攻城兵器の一つ、丸太が到着。
「綾那さま!歌夜さま!準備整いました!」
松平衆の足軽の一人が門前の彼女たちに聞こえるように叫んだ。
途端に門前の松平衆が除け、丸太を持った足軽たちが門に向かって突撃を始める。
ゴツンと鈍い音が響く。
しかし門はびくともしない。
何度か繰り返すが門にかすり傷をつけるだけであった。
「ガハハハッ!ガキ共では務まらんな」
耳辺りの良い笑い声と共に黒い羽織を風に靡かせながら彼女、桐琴は現れた。それに伴い小夜叉、慶次、そして森衆も。
中でも慶次は目立っていた。その派手な衣装がとにかく目を引く。
そして桐琴と対になるような羽織は風で翻っていた。
桐琴が先頭に立ちその左右に小夜叉と慶次が立つ。
三人が手に持つ槍を握り締める。
彼女たちの背に続くように森衆がずらりと並んだ。
「クソガキ!慶次!」
「おうよ!」
「いくかい」
桐琴の声を皮切りに三人は櫓門へと突撃を仕掛けた。
その刹那、辺り一帯に砂煙が立ち上り、同時にバキバキと木材を割るような途轍もない音が響いた。
漸く砂煙が晴れ、松平衆の目に映ったのは蹴破られたような歪な割れ方をした櫓門だった。
「あー!ずるいです!綾那も行くですー!」
一人櫓門を潜り抜け、慶次たちの後を追った。
「あ、綾那!待って!松平衆!綾那に続きなさい!」
慌てて歌夜も綾那を追いかけた。
櫓門を強引に突破した慶次たちはただひたすらに敵兵を斬り伏せていた。
「おらぁ!生きんの諦めろやぁ!」
「頸だせ!頸ィ!人間無骨のエサにしてやんよ!」
「血が滾るってのはこのことかァ!」
烈火の如きその進軍は六角の兵を震え上がらせた。
武器を投げ捨て降伏する者が出てくるがお構いなしに手に持つ得物で命を奪う。
森衆の掛け声と共に池田丸を落としにかかる。
しかし堅牢と名高い観音時城である。
道行く先に曲輪が存在し入り組んだ造りになっていた。
基本、曲輪とは本丸を囲むためにある。池田丸も曲輪だがその中にも曲輪が存在しているのだ。それが入り組んだ造りでありさながら迷路のような造りになるのだ。
左に進めば堀で囲まれた単独の石垣が存在し、右に進めば行き止まりだった。
「っち。埒が明かんな。これでは」
舌打ちをした桐琴が苦い声を出した。
「母ー!どうすんだ!」
「はん。決まっている。ワシら森一家は進むだけだ。なぁ慶次?」
「そうだぜ小夜叉。森一家に落とせねぇ城なんて存在しねぇだろう。戦国最恐の森一家がどんなものか見せつけてやろうじゃねぇかよ‥‥‥おい、てめぇら!聞こえてただろう?雄たけびをあげろ!」
「「「ひゃっはー!」」」
正面に続いている木々で生い茂った石階段を上り開けた場所へと出た。その城郭は石塁や堀で区画された強固な造りだった。
目視できる距離に池田丸の虎口が見える。さらに昼間にも関わらず虎口の端に立つ篝火には火が灯っていた。
虎口の近くには物見櫓が建築されているが敵兵の姿は見えなかった。
しかし不思議なことに炎上している部分が所々見受けられた。
炎はあるがどこか物静で閑散とした雰囲気だった。
「敵がいねぇな」
「つまらんな。全くどこに消えた。奴らは」
「早く先に進もうぜー。たぶんあの門の向こうにいるはずだしさぁ」
池田丸を落とした森一家は次いで平井丸を落としにかかる。
本丸が近いこともあってか敵兵の抵抗が激しく、死兵同然の勢いで向かってくるのだ。
そして池田丸と同じく入り組んだ造りで時折、死角から急襲される。
「死ねぇえええい!!!」
石垣の上から刀を番えた足軽が桐琴を襲った。
「ワシを殺すだと?百年早いわ!」
上から降って来た足軽の刀を槍でいなすと顔を強引に掴んだ。
ボキボキとくぐもった音が聞こえ、桐琴の手からは血が滴り落ち、地面に赤い水たまりを作っていた。
フンと鼻を鳴らした彼女は足軽ごと敵兵に投げ付ける。ドサッと落ちる自分たちの仲間の様相を見て身体を震え上がらせる。
頸からしたはまともだったが顔面が見ていられないほどだったのだ。
そうして桐琴を見るや否や武器を捨て背を見せ逃走し始めた。
「こいつらホント厭らしい攻め方すんな」
「ホントだよ。男なら正々堂々来いってなー」
その後も入り組んだ造りの曲輪に右往左往しながら平井丸の虎口を目指す。
潜り門や石塁から襲う足軽や死兵同然で向かってくる足軽を一振りで斬り伏せる。
横に一文字に斬り払う。
二人同時に串刺しに。
そして息を吸うように首を刎ねていった。
ここでも塀や物見櫓など炎上している部分が見受けられた。
本丸前に存在する最後の虎口が見えて来る頃には日が傾き始め辺りは薄暗くなる。だが城のあちこちに存在する篝火のおかげで道が分かる程度には照らされていた。
ここまで全速力で走って来たが顔には疲れが見えない。むしろ喜々とした表情を浮かべていた。
先ほどと同じ要領で門扉を破り、本丸にいた兵達の掃討にかかる。
本丸はこれまで陥落させた池田丸、平田丸とは違いかなり強固な造りになっていた。堀はないものの何重にも重ねられた塀や石塁が敵兵を守るように存在しているのだ。
「ハハハッ!森一家が引導渡してやらぁ!」
「てめえらの極楽往生を約束してやんよ!」
「いいねぇ。血が滾って仕方ねぇ!」
しかしいくら本丸が強固であっても彼女たちには関係がない。
三人が銃弾のように四方八方、敵兵に突撃していき、背を追う森衆が鼓舞するような雄たけびを上げた。
「「「ひゃっはー!」」」
嵐のような一方的な暴力が敵兵を襲う。
災害の一つである嵐を防ぐ術はなく恐怖で武器を地に落としていった。
戦意を失った兵達は我先にと逃げ道である裏虎口を目指していく者がほとんど。
しかし中には武器を手に取り勇敢にも向かってくる者もいた。
だが慶次はそれを一蹴し命を刈り取った。
こうして小半刻も経たずに本丸を制圧した森一家。
堅牢と謳われた観音寺城はとてつもない速さ落城したのである。
ちなみに綾那たちはそのすぐ後に森一家に追いついた。
織田本隊が観音寺城の本丸へ入城を果たした。
夜ということもあり篝火で淡く照らされた空間の中で戦の事後処理に兵達が慌ただしく動いていた。
「慶次、大儀である。怪我はないか」
「おう。ねぇさ。この通り元気だぜ?」
大丈夫だと右手で力こぶを作る。
その様子に久遠は満足そうに頷いた。
「うむ。してあの二人はどこに。労いの言葉を送ろうと思うのだが‥‥‥」
「あー。骨がなさ過ぎてつまらんって言ってな。二人仲良く酒を飲んでるさ。ま、各務を付けたし問題はねぇ」
慶次は苦笑交じりの声を出した。
「なるほど。あやつらしいな」
久遠も答えるようにフッと鼻を鳴らす。
「久遠、慶次お疲れ様」
慶次たちに声を掛けたのは剣丞。
どこか疲れ気味の表情を見せていた。
「お、剣丞か。お疲れさん」
「うむ。大儀であったぞ」
「久遠‥‥‥ちょっと相談なんだけど。実はさ観音寺城内で潜入に気付いた女の子がいたんだ。で、思わず捕虜にしちゃったんだ‥‥‥それで」
どうすればいいと目で訴えていた。
剣丞から話によれば本丸に忍び込んだ折に一人の女性に気付かれた。ここまで来てそこで騒がれるわけにいかず止む負えず気絶させて連れ帰ったとのことだった。
「ふむ。してその捕‥‥‥」
紡ごうとした久遠の言葉は甲高い女性の声に遮られた。
「こんの色情魔ぁあああああああ!!!」
剣丞に向かってどこぞの仮面ライダーのような鋭い飛び蹴りをお見舞いしようとする少女。
夜空を背にした少女は空中で足を剣丞に向ける。
だが直線的な軌道の蹴り。
剣丞は紙一重で躱した。
そして躱したその蹴りは必然的に剣丞と向かい合っていた慶次にいくことになる。
「ど、どいてくださいましッ!!!」
ドゴォ!!
「きゃ‥‥‥」
慶次に蹴りの衝撃が襲う。
グっと全身に力を張り、堪えたが虚しくも尻もちをついてしまった。
しかしその衝撃で彼女を離さぬように抱き締める形を取った。
「中々良い蹴りじゃねぇか」
「‥‥‥」
慶次の腕に収まる彼女が翡翠色の瞳で見つめる。
「ああん?どうした?」
「あなたはあの時の‥‥‥」
「あの時だぁ?」
慶次には彼女ような美少女に会った記憶になかった。原作で知っているというだけである。
猫耳のような二つのとんがりを持つ黒い頭巾を被り、いかにもお嬢様風なくるんとした金色の巻き毛を持っている。首から提げられる十字架。大きく強調された胸元に赤い陣羽織。
「あ‥‥‥うどん屋のか」
「やっと思い出して‥‥‥って違いますわ!ちょ、ちょっと離してくださらない!?」
慶次の胸を押し強引に手の拘束を解こうするが彼女の力ではびくともしなかった。
「悪りぃ」
腕の拘束を解くと彼女はすぐさま、いすずまいをただした。
「受け止めてくれたことには礼を言いますわ。それと‥‥‥も、申し訳ございませんでした」
綺麗に頭を下げると剣丞の方に向かった。
「大事ないか?」
久遠が白い手を差し伸べる。
「あぁ。ありがとな久遠嬢。」
差し伸べられた手を取り立ち上がると土を払った。
「何かと大変だな剣丞は。」
剣丞の周囲に詩乃、ひよ、ころ、そして先ほどの金髪の少女が囲むように集まっていた。
傍から見ればまさにハーレムと言った所だろう。
「あやつの周りには女子ばかり集まるからな。女たらしだ」
「本当だな。ハハハ!」
「‥‥‥貴様も人のことを言えんぞ」
ボソッと久遠が呟いたその言葉がなぜか胸に刺さった。