戦国恋姫~偽・前田慶次~   作:ちょろいん

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投稿済みの話を修正+加筆しました。申し訳ございません。ですが特にストーリー上障害はありません。せいぜい描写を追加したくらいです。 
(七話から十三話あたりまで)
あと書いてる途中に気付いたんですが梅ちゃんが剣丞に惚れるシーンがオリ主が葵を庇うのと同じでした。故意に書いたわけではありません。
※ナデポは十八番かも。


二十五話

 観音寺攻めが織田方の勝利に終わり一段落。

 

 ほとんど者が寝付く丑三つ時、慶次は観音寺城の本丸で夜空を眺めていた。

 

 今宵は満月。暗い空に映える星々が煌めいていた。

 そんな夜空に誰もが綺麗だとか素敵だとか華やかな明るい言葉を発するだろう。

 しかし慶次は違った。

「‥‥‥あぁ。もうすぐか‥‥‥」

 口から漏れるのは暗さを感じさせる言葉だった。

 もうすぐ近くまで来ているのだ。あの瞬間が。

 

 彼は目を瞑り、前世で見たシーンを思い出す。

 桐琴が単身鬼の大群に挑み、そして討ち死する光景を。

 

 どうして彼女が鬼の大群に対し殿を務めることになったのだろう。

 老いた自分は必要ないと。もう何も残す物はないと考えたからか。

 

 では殿を務めさせないために出来ることは何か。

 地下から急襲する鬼の大群に対処すれば良い。

 そう考えるも現状でその対策は見つからない。 

 

 そもそも織田浅井松平の同盟の目的は越前の鬼を根絶やしするということ。 

 道中で急襲されることは原作と変わりはしないのではないか。

 つまり鬼の急襲は防げないのか?

(あーくそっ!俺の頭じゃ無理か)

 自分の頭に悪さに苛立ちワシワシと頭を掻く。

 

(桐琴は‥‥‥) 

 誇り高い彼女は救われることを望むのだろうか。

 

 否、確実に討ち死と言う武士の誉れを選ぶ。武士としての生きざまを貫き通す。

 

 疑問が疑問を呼び、頭でそれを反芻する。

 

 どうすればいい、どうすればいいと頭をフル回転させ、必死に答えを手繰り寄せる。

 

 だがストンとパズルのようにはまる考えが生まれなかった。

 

 考えれば考えるほど底なし沼に嵌まるような感覚に落ちていくのだ。

 

 だから半ばやけくそだった。

 出した答えはひたすらに時の流れに身を任せるというもの。

(あー、もう。やめだやめ。俺は俺のしたいことをする。それだけだ。桐琴を救う、鬼を蹴散らせばいいだけだ。そうとも、それでいいんだ) 

 もうあれこれ考えるのはやめた。

 自分がしたいことをすれば良い。

 例えそれが自分の価値観の押し付けだとしても慶次は貫き通すと決めた。

 

 乱暴な口調とは裏腹に心根が優しく、慈母のような温かさを持つ桐琴を救うと固く心に誓ったのだ。

(ったく。気付けばこんなに入れ込んじまってる‥‥‥いや桐琴だけじゃねぇか。小夜叉、久遠、結菜‥…)

 両の手で足りないほどの大事な人が出来ていた。

 慶次は呆れ顔で大きなため息をついた。

 

「こんな所で何をしている。慶次」

 桐琴のことを考えていたからだろうか。

 慶次の背に不機嫌さを伺わせる声が掛かった。

 振り返ればむすっとした仏頂面をする桐琴がいた。

 おそらく先刻の戦のことを引き摺っているのだろう。

「ま、何てことたぁねぇさ。空見てただけだ」

「ほう。句でも詠むのか」

「そんなとこ、だな……」

 慶次の返答にそうかと短く答えると桐琴は男らしくドカッと隣に腰を降ろした。

 桐琴との距離は肩が触れ合いそうなほど近い。

「……」

「……」

 二人の間に流れる静寂な空間。

 耳に入る虫の鳴き声がいつもより大きく感じた。

 

 しかしそれをよそに二人は空を仰ぐ。

 

「慶次……」

 唐突に桐琴が口を開いた。

「あん?なんだ」

「……ワシは今身体が火照っている。鎮めようにも殿に城から出るなと止められてな。……貴様ならこの意味理解できよう?」

 色気を感じさせる深い笑みを慶次に向ける。

 

「……いいさ。付き合おう」

 就寝前の準備運動には丁度良いと考えた慶次。

 桐琴との稽古に懐かしさを覚えた。

(最後にやったのいつだったかねぇ……?)

 思い出すように慶次は目を瞑った。瞼の裏に彼女との稽古が鮮明に映し出される。

 稽古と言っても殺伐とした雰囲気を放っていた。

(……あぁ。そうだった。小夜叉と会ったのもこの時だったな)

 道場の引き戸を小さく開けて此方を盗み見ていたのだ。それが小夜叉との初めての邂逅だった。

(はん。死ぬわけじゃあるまいし‥‥‥なんでこんな湿っぽいんだ……?)

 彼女が毎分毎秒と肌身離さず身に持っていた得物が見当たらない。

 横目で周囲を見渡すもやはりない。

(珍しいこともあるもんだな。しっかし置いてきたのか)

 しかしそのことを尋ねようにも、どこか憚れるような、野暮のような気がしたのだ。

 

「ッ、そうか……」

 慶次の言葉に少し目を見開いていたがすぐに消える。

 時折稀に見る真剣な面持ちをしていた。

 

 この時の慶次は勘違いしていた。

 彼は稽古の相手になれと言う意味合いだと思っていたのだ。

 だから懐かしさを感じたのだが‥‥‥。

 

 桐琴の言葉の本当の意味は違った。

 文字通り、火照りを鎮めること。

 つまり、男女の──であったのだ。

 

 突然、隣に座る慶次を押し倒した。

「うお!?」

 予期せぬことに思わず奇っ怪な声を上げた。

 驚愕の表情を見せる慶次を尻目に彼の上に馬乗りになる。

「おいおい。冗談じゃねぇよな……まさか」

 先ほどの彼女の言葉を今しがた理解した慶次。

「そのまさかだ」

 淡々と言い切った。

 情欲に濡れた紅い瞳で慶次を見つめる。

 桐琴の小さく開いた口から漏れ出る吐息が酷く妖艶だった。

「……ここまで本気にさせたのは貴様だ。後戻りはできんぞ。覚悟しろ」

 桐琴は両の手を慶次の頬にそっと置いた。

「……慶次」

 呟いた声音はいつものような凄味は感じられない。

 対照的な、か細く子猫のような声だったのだ。

 

 徐々に近付く二人の唇。

「……ワシは……貴様を……」

 桐琴の二の句がそのまま紡がれることはなかった。

 

 

 

>>>

 

 

 

 慶次と桐琴、二人の情事から数日。

 二人は何事もなかったかのように振舞っていた。

 慶次は散歩に出掛け、桐琴は周辺の鬼退治。

 

 だが夜の戸張が下りれば、桐琴は必ず慶次の元へ向かった。もちろん慶次はそれを快く受け入れる。

 まるで桐琴は通い妻のよう。

 しかし睦事はあの日以来行っておらず何気ない会話や稽古など極々普通の日常だった。

 

 

 

 一方で織田松平連合軍は壬月と合流。

 共に足利将軍、一葉のいる京を目指していた。

 

 そんな時。

 

 京に出ていた麦穂たちから早馬が入る。

 麦穂たちは京周辺で織田の敵となるものを駆逐していたのだ。

 それは正史で足利将軍を暗殺せしめた三好・松永に対しての宣戦布告だった。

 将軍家には織田がついているぞ、と。

 

 だがそんな折に松永弾正少弼から織田へ恭順をしたいと麦穂の元へ使者が来た。

 松永弾正少弼久秀。

 乱世の梟雄と、謀略家と謳われた女性だ。

 三好の名家宰として破格の待遇を受けていた彼女が突然恭順したいと申し出て来たのだった。

 

 

 

「松永弾正少弼久秀殿をお連れ致しました」

 麦穂は共に雛を引き連れ、織田の陣幕へと入って来た。

 二人の後ろには大人の色気を醸し出す花魁のような美女がいた。

 

 彼女は麦穂に目で諭されると一歩前に進み出て恭しく頭を垂れた。

「接見の機会を与えて頂き、深くお礼言上仕る。織田上総介どの」 

 堂々した面持ちで上品さを感じさせる言葉を述べる。

「我が名は松永弾正少弼久秀。通称、白百合。見知りおき願おう」

 久遠を真っ直ぐに見つめる久秀。

 まるで値踏みをしているかのような視線だった。

 

「デアルカ‥‥‥それで久秀?貴様はなにゆえ恭順する?手短に言え。」

 久遠は傍に控えている兵を一瞥した。

 それは事の次第によっては斬ると物語っているかのようだ。

 

「ふふふ。おー、怖い怖い‥‥‥では怒らせぬうちに述べようか」 

 どこか久遠を小馬鹿にしたように笑う。

 だがその表情も一瞬にして消え、恐ろしく真剣な顔つきに変わる。

「三好三人衆。外道に落ち申した」

 三好家にて三好長逸、三好政康、岩成友通で構成される将たちのことだ。

 三好家家中にて強い発言力を持つ、いわば三好家の大きな刀である。

 

「‥‥‥何?」

 久遠は目を丸くした。

 

 久秀はそれから平淡に語る。

 怪しげな占い師が三人衆に訳分からずの丸薬を渡したと言うのだ。驚くことにその丸薬の総数が三千。

 その丸薬と引き換えに占い師が望んだのはとある村を領地として欲しいとのこと。

 三人衆は快く快諾したのだった。

 久秀はそんな彼らに失望し、彼女は久遠の元へ恭順しようとし、今に至る。

 

「デアルカ‥‥‥」

 事の次第を聞き、二の句を告げず沈黙した。

 周囲の者にも広がっているのかただただ場を静寂が包んでいた。

 

 特にエーリカはそれが顕著で顔まで青くしている。

「そんな‥‥‥」 

「‥‥‥金柑。焦るな」

 諭すように優しい声音で投げかける。

 

「しかしっ!このままでは鬼が‥‥‥!」

 久遠の言葉に反射するように声を荒げた。

 

「聞け。三好の兵はすでに手遅れだ。聡明な貴様ならわかっているはずだ」

「それは‥‥‥」

 エーリカは言葉に詰まった。

 心のどこかでそう思っていた部分があるからだろう。

 

「‥‥‥話の腰を折ってしまいました。申し訳ありません」

 震える口を開き、ぺこりと頭を下げた。

 

「よい。気にしてはおらん。‥‥‥それで弾正少弼」

「はっ!‥‥‥」

「貴様の恭順を認める。以後我が手足となって働け」

「御意に」

 こうして久秀‥‥‥白百合は織田に降ったのだった。

 

 

 

 白百合が降り、数刻。 

 久遠は三好三人衆に急襲されるであろう二条館へ軍勢を向けるため準備を整えていた。

 要は合流した軍の再編成である。

 ちなみに剣丞隊はすでに二条館へと送っている。

 少人数で組まれた彼らは素早く動けることが出来、その利点を生かし先触れとして送ったのだ。

 

 陣幕内にいる家老二人はじっと久秀に視線を送っていた。

「ふぅむ‥‥‥中々に敵意が強いのぉ。」

 ふと久秀が口を開く。

 ビシビシと刺さる視線に臆せずに飄々とした態度を見せていた。

 

「‥‥‥」

 彼女の瞳が慶次へと向けられる。

「‥‥‥なんかついてるか?俺の顔に」  

「そなたは‥‥‥」

「あぁ。自己紹介がまだだったな。俺の名は前田慶次ってんだ。慶次でいいさ」

「なんと‥‥‥噂の」

 慶次の全身を嘗め回すような視線を巡らせた。

 頭から胸へ。次いで腰辺りから足先まで。

 そうして慶次の顔を見つめる。

 

「ふふふ。織田の鬼とはこうにも色男であったか」

 艶やかな大人の魅力と言うのだろうか。

 薔薇のように美しく見惚れるような微笑みを見せる。

 だが薔薇なのであった。

 綺麗な花には毒があると言うように魅せられたら最後身を滅ぼすかもしれない。

 増してや乱世の梟雄と渾名が付く彼女。

 自身だけでなく周囲の者にまで毒の影響を与えかねないのだ。 

 

 にも関わらず慶次はついつい思ったことを口にしてしまう。

 乱世の梟雄と雖も女性だなどと考えているからだ。

 詰まる所、女性には好印象を持ってもらいたいのだ。

 

「嬉しいもんだ。アンタみてぇな美しい女に言ってもらえるなんてな。」

「ほう‥‥‥私のような婆を口説くか‥‥‥益々気に入ったぞ。前田慶次」

 妖艶な笑みを湛えながら胸を揺らした。

 ふるんと揺れるふくよかな胸部に思わず目が行きそうになる。

 

 刹那、ゾクリと背中が震える。

「おおう!?‥‥‥」

 意図せずに奇怪な声が口から漏れ出てしまう。

 

 振り向けば麦穂から刃物のような鋭い視線を送られていた。

 冷ややかな目つきで今にも視線で射殺せそうな勢いだ。

 

「流石は色男と言ったところかの」

 彼女は狡猾な笑みを慶次に見せた。 

 

「白百合どの。お戯れもほどほどになさい」 

 全身が氷漬けにでもなりそうな冷たい声で白百合を嗜めた。

 だが白百合は意にも介さない様子で薄笑いを浮かべていた。

 

「ほほほ。色々と苦労しそうだの、米五郎佐。」

 そう言葉を残し、陣幕を出ていった。

 

 

>>>

 

 

side out

 

 篝火が灯され暗闇の中で揺れている。その篝火の前に剣丞隊と一葉はいた。

 そして後方に集まる三百もの兵たち。

 ここ二条館南門での襲い来る鬼を迎え撃つ算段だ。

 

 突如、鏑矢が上がりけたたましい音が響いた。

 鬼が現れた合図だ。

  

 兵達を含めた剣丞たちの顔が一気に引き締まる。

「油断をするなよ。みんな」 

 剣丞たちの前方に鬼が見え戦闘が始まった。 

 

「三人一組で戦ってください!決して一人で戦ってはいけませんよ!」

 館内の物見櫓から全体を見渡す詩乃。

 軍師である彼女は全体を把握できていたほうが策を考えやすいために敢えて狙われやすい櫓に登ったのだ。

 即興で作られた簡易なものだがきちんとした矢避けも施してある。 

「左翼!陣形が崩れかかっています!早急に立て直してください!」

 彼女自身無理を言っていると自覚はある。

 だが三百余名と言う寡兵の中、彼が生き残るには多少でも無理はしてもらわなくてはならないのだ。

 

 詩乃は剣丞が刀を振るう南門に目をやった。

 白いその特異な服は目立つためすぐに発見できた。

 そのすぐ近くにいる二人の女性は剣丞に鬼を近づけさせないように立ち回っていることが確認できる。  

 迫りくる鬼を一刀の元に斬り伏せていた。

(剣丞さま‥‥‥どうかご無事で) 

  

 

 

 

 

 

 鋭い斬撃が鬼を襲う。

 

 その度に戦況はめくるめく此方側に偏って来た。

 

 絹のようなきめ細かい銀髪を左右に振り乱す一葉。

 

 そして同じくその隣で舞踏のような軌跡を描いてひたすらに刀を振るう剣丞隊の一人、鞠。

 

 斬れども斬れども沸く鬼を急所を突き、切り裂く。

 

 そうして最初は鬼をうまく対処出来ていた。

 

 だが小一時間ほど経ったころ鬼が一筋縄ではいかなくなって来たのだ。

 

 徐々に押されゆく前線。鬼の指揮官も本腰を入れ始めたのだ。

 

 キィン!!

 鬼の刀と剣丞の刀が鍔迫合になる。

 バチバチと火花が散った。

「くそッ!」

 悪態をつくと思い切り刀を返し、大きく一歩踏み込んだ。

 そして袈裟斬りをお見舞いする。

 

 鬼が倒れたことを確認し大きく息を吐いた。

「やるではないか。剣丞」

「剣丞かっこいいのー!」

 その言葉を背に鬼へと猛攻を仕掛けた。

 背に続くように兵達も後ろに続く。

 

 だが奮攻虚しく鬼の頭数は減らない。

 

 増える被害に兵達も少しづつ戦意を落としていくのだった。

 

 途中で雑賀衆と小寺勢‥…後の黒田官兵衛の援軍を迎え、戦意を取り戻しつつあった。

 だが如何せん鬼の数が多過ぎる。

(数が違いすぎる‥‥‥)

 戦いは数。

 その言葉を体現しているかの状況だった。

 

「剣丞!後ろじゃ!」

 少しでも油断したのが甘かった。

 剣丞の後ろには体躯の良い鎧を着こんだ鬼がいた。

 鬼の荒い息がよく耳に響く。

 

 ガアァァァァァァァァァ!!!!

 もうすでに刀は振り上げられ、空を斬っていた。

(ごめん‥‥‥)

 頭には剣丞隊の面々が浮かぶ。

 本当にここまで良く付いてきてくれたと死に間際に思う。

(梅、鞠、ころ、ひよ。そして詩乃‥‥‥ありがとう) 

 剣丞は来るであろう痛みに目を瞑った。

 

 最後は楽に逝きたいと。

 

 

 

 

 

 

 だが痛みは来ない。

 それどころか鬼の荒い息すら聞こえないのだ。

「ッ!!」

 

 目の前にいた鬼の胸を貫く槍。

 鬼は槍を取ろうと必死にもがいていた。

 

 槍の切っ先から滴る鬼の血液が剣丞には酷く印象的に写る。

「情けねぇな。剣丞。そんなんじゃあ‥‥‥好いた女すら己が手で守れねぇ‥…ぞっ!」

 彼の声と同時に槍が引き抜かれ、血が噴き出した。

 倒れ伏す鬼を見つめる慶次。 

「け、慶次‥‥‥」

「ほら。行くぞ」

 

 

 織田本隊が二条館に到着した。 

 

 士気も回復し、これから始まるのは一方的な蹂躙だった。

 先頭に立つ久遠が地を轟かすような声を張り上げた。

 

「攻めの三佐よ! 槍の小夜叉よ! そして織田の鬼よ! 奴らを殲滅せしめい!!」

 

「「「おう!!!」」」

 

 久遠の高らかな号令と共に一番槍を任された森一家が鬼を見据え、蹂躙劇が始まった。

 

 

 

 

>>>

 

 

 

 

side 慶次

 

 

「無事でよかった」

 遠目に剣丞たちを眺めながらほっと安堵のため息をついた。

 詩乃が、ひよが、ころが剣丞に抱き着く。

 特に詩乃は櫓から剣丞の危機を見ていたらしく離れていても分かるほどに嗚咽を漏らし涙を流していた。

 

 

「久しいな。慶次」

 彼に声を掛けたのは腰まで伸ばした銀髪が特徴的な美女。

 戦が終わった後のせいなのか頬が少し赤い。

「一葉か‥‥‥久しぶりだな。怪我は?」

「うむ。特にしてはおらん」

「そうか。あぁよかった」

「なんじゃ。心配しておったのか?」

 悪戯っこのような目つきで笑みを見せた。 

「当たり前だ。女心配しねぇ男なんぞいるわけねぇだろう」

「そ、そうか‥‥‥」

 慶次の言葉に少し照れた様子を見せ上機嫌に目を細めた。 

 

「おやおや。これはまた物珍しい一面ですなぁ‥‥‥慶次どのに聞けばそうなると分かっていらしたでしょうに」

 気付かぬうちに一葉のすぐ隣には幽がいた。

 やれやれと言った様子を見せるもムフフと面白いもの見るかの如く薄く笑っていた。

 

「こ、こら。あまり余計なことを言うでない!」

 あからさまに狼狽した様子を見せると軽く小突いた。

「はわー。公方さまがいじめまするー。助けてくだされー」

 抑揚のない声を上げながら幽は慶次を盾にするように身を隠した。

 慶次の背からひょっこり顔出すと意地の悪い笑みを一葉に見せる。

 

「ぐぐ‥‥‥なんと羨ましいことを」

「全く仲が良いな、お前らは‥‥‥それより幽。怪我はなかったのか」  

 

「へ‥‥‥」

「見たところその様子じゃ特にないように見えるが‥‥‥」

「え‥‥‥だ、大丈夫でございまする‥‥‥某よりも公方さまの方を‥‥‥」

「幽もいい女だ。怪我には気をつけねぇとな。乙女の柔肌に傷が付くと傷跡が残るかもしれねぇ」

「‥‥‥」

 口説き文句にも似た言葉に幽は石像のように身体の動きを止めた。

 

 それを見た一葉は仕返しとばかりに薄ら笑いを浮かべる。 

 

 対して幽はぼーっと虚空を眺めていた。

 数秒経つとはっと我に返り、ごほんと咳払いをした。

「‥‥…い、いやはや。慶次どのからかいが過ぎますぞ‥‥‥」

 いつものような飄々とした態度を見せるがどこかぎこちない。

 それに加えて顔が少し赤かった。

 

「で、では某はこれにて」

 幽は慶次たちから逃げるように二条館の中へと消えていった。

 

「からかってなんかいねぇんだがな」

 慶次は幽が消えて行った方向を見つめ呟いた。

 実際、慶次はからかってなどいなかった。

 幽のような美女に傷付いて欲しくないだけだった。

 ただ如何せん彼は伝え方が悪いのだ。

 

「幽のやつ。あのような顔をしおって」

 一葉は穏やかな表情を浮かべていた。

 

   

「んじゃあ次は双葉んとこ行くか。一葉、場所分かるかい?」

「御所内にいるが‥‥‥直に姿を見せると思うぞ」

 

 言うや否やまるで待ってましたと言わんばかりのタイミングで起こった。

「慶次さまッ!」

 二条館の奥から一際大きい声が聞こえた。

 その声の主は一葉と対照的な黒髪を左右に揺らし慶次の元まで走って来る。 

「久しぶりだな双葉」

「はい!お久しぶりです!」

 キラキラと輝く笑顔を慶次に向けた。

「怪我はねぇか?」

「この通り大丈夫ですよ」 

「あぁ。ならよかった」

 ポンポンと双葉の頭に手を置いた。

 軽く梳いてみれば高級絹糸のようなサラサラ感、そして上品な柔らかさを感じた。

「ふふっ‥‥‥」

 嬉しさを隠しきれないのか目を細める。

 喜色満面と言う面持ちだった。

「む‥‥‥」

 一方で一葉はむすっとした顔を浮かべ、何かを期待する眼差しを慶次に向けた。

 もちろんその視線に気付いていた慶次。

「ほら、一葉」 

 双葉と同じように手を乗せる。

 生糸のように一本一本が存在感を持つ銀色の髪。

 その銀の生糸を軽く弄べば形状記憶のようで、また異なる柔らかさを感じさせながらふわりと流れた。  

「ふふ。好いた殿方からされるのは格別じゃ」

 晴れやかな、充足した顔で目を細めた。

「おうさ。ありがとな」

 

 

 

「あーっ!いいないいなー!雀もしてもらいたいなー!」

 辺りに響くような大きな声が慶次の耳に入った。

 活発さを感じさせそれでいて幼なさを感じさせる声だ。

 

「雀か。相変わらず元気いっぱいじゃな」

 一葉は先ほどの声の主、雀に視線を移した。

 褪紅色の髪をショートヘアにした幼女だった。小さな黒色の兜巾を頭に被り、紫色を基調とした服を着こんでいる。

「おつかれさまですー!公方さまー‥‥‥ん?なになにー?」

 雀の服を引っ張り耳元で何か囁いた少女。

 幾何か雀よりも年上なのか落ち着きが見える。

 雀と同色の装いをし長い髪を後ろで纏めている。

「あちゃ~忘れちゃってたよ。お兄ちゃん、私は雀って言ってねー、こっちは烏お姉ちゃんって言うの。よろしくねー」

 二人揃ってぺこりと綺麗なお辞儀をした。

「雀に烏ね。俺は前田慶次ってんだ。慶次って呼んでくれ。よろしくな」 

 

 両の手を彼女たちの頭に乗せる。

 ゆっくりと乗せた手を前後に動かした。

 流石姉妹と言うべきか同じ髪触りだ。

 幼子特有の柔らかさを持ちそれでいて確かに感じる芯があった。 

「ほえ~……」

 雀はうっとりとした表情を浮かべていた。

 コンプレックス持ちの人間が見れば発狂するだろうと考えるほどに可愛らしい。

「‥‥‥」

 烏は口は開かないものの伏し目がちに頬を染めていた。 

 

 

「気持ちよかったね~お姉ちゃん」

「‥‥‥」

 慶次を一瞥するとゆっくりと頷いた。

 しかし烏はあ!っと何か思い出したように雀に耳打ちした。

「え?お仕事まだ残ってる?‥‥‥あ!忘れてたー!じゃあ慶次お兄ちゃん雀たちはもう行くね。バイバーイ!」

「‥‥‥」 

 姉妹は振り返りざまに手を振りながら何処へと行ってしまった。 

 

 

「慶次」

「あん?」

 一葉がじぃと慶次を凝視していた。その顔は真剣そのもの。

 探るような、疑うような訝しげな視線だ。

 

「まさかあのような幼子に手を出すわけではあるまい?」

 

「け、慶次さまにはそのような趣味がお有りなのですか‥‥‥」

 不安を誘うような双葉の瞳が慶次を見る。

 その瞳に慶次はあっけらかんに答えた。

「そんなもんねぇさ。ま、ただ可愛らしいってのは正直な所だな」

「‥‥‥」

「‥‥‥」

 二人は犯罪者でも見る白い目をしていた。

「おい。そんな目で見んな」 

 

 

 

 

>>>

 

 

 

 二条館での戦の翌日。

 久遠は二条館の大広間を借り受け軍議を開いた。

 この場にいるのは織田の主だった家臣、剣丞隊、松平、そして足利である。

 

 静寂に包まれる空間。 

 鳥のさえずりがエコーのように響く。

 そんな中、久遠が口火を切った。

「みな先の戦。ご苦労であった。特に剣丞。貴様の奮攻は目を見張るものだった。より励め」

 

 そうして第一に始まったのは論功行賞。

 織田に始まり、次いで松平へと。

「流石血気盛んな三河武士だ。その力、これからも便りにさせてもらう‥‥…さて」

 

 いすずまいをただし久遠は全体を見渡す。

 

 うむとゆっくりとした動作で頷き口を開いた。

「単刀直入に言う。我は新田剣丞‥‥‥天上人を傘にこの日ノ本の鬼を駆逐する。政治的に剣丞は有効的に使うことに決めた。もちろんこれは剣丞隊の了承、そして本人の了承を得ている。今、剣丞は偽と言えど我の良人と言った形だがいずれは他勢力の良人にすることも考えている。」

 

 詳しく言えば天上人の威光を利用し剣丞に様々な有力者の嫁を取らせると言うことだ。そうすることで強引に身内とし、日ノ本の鬼を駆逐する際の力の一助になってもらうと言うことである。

 

 久遠が話を終えると一葉に視線をやる。

「織田上総介の言は幕府より御内書を受けたものであり禁裏に上奏奉り‥‥‥」

 風格を持った一葉の澄んだ声が広間全体に響き渡る。

 

 一葉の言う所は久遠の言葉は幕府により効力を持つと言うことだった。つまりは武士の棟梁室町幕府将軍からのお墨付きをもらったと言うことである。

 

「‥‥‥これにて終了する。どんな罵詈雑言でも我は受け入れるつもりだ。不満があれば我の元へ来い。‥‥‥では各々次は小谷へと向ける荷駄を整えておけ。以上解散!」

 

 

 

 

>>>

 

 

 

side 慶次

 

 小谷へ出立の準備が着々と進められている中、慶次は一人、二条御所をブラブラと散策していた。

 周囲一帯を注意深く見渡し、何か探すような仕草を見せる。 

 実は二条館内に生える木々の一つにリンゴがあると一葉から聞いたのだ。

 この世界に生まれて一度も食していないリンゴ。

(いやぁ~楽しみで仕方ねぇぜ) 

 溢れ出て来る唾液を飲み込み、逸る気持ちを抑える。

 

 

 しかし半刻ほどが経つが中々見つからない。

 それこそ端から端まで白み潰しに歩き回ったのだ。

 すでに二条館を三周ほどぐるぐるとしていた慶次。

 

 実はこの時にすでに剣丞と雀たち姉妹にリンゴはもぎ取られていたのだ。

 だが慶次がそれを知る由もない。

「どこだぁ?俺のりんごぉ‥‥‥」

 近くにある整えられた石に腰掛け、ため息をついた。

 

 額に滲む汗を拭き取る。 

「ホントにあるのかねぇ‥‥‥ん?」

 慶次が周囲に目を配っている時、館の南門付近にとある少女を見つけた。

 

 腰を屈め、手を顔の前で合わせている。

 目を瞑り、熱心に何かを呟いていた。 

 ふーんと流しておこうかと考えていた慶次だが小さく動く唇が言ったであろう言葉が彼を駆り立てた。

  

「おう。葵」

 彼女の眼前には一本の線香が立てられていた。匂い立つ煙が風に消えていく。

 そして色とりどりの花々や季節の果物が添えられていた。

「‥‥‥慶次さま」

 葵は悲し気な瞳で慶次を見つめていた。

「辛気臭せぇ顔してどうした?」

 慶次は葵と同じように腰を低くする。

「‥‥‥」

「話してみな。そんな顔してんだ。何か理由があんだろ」

 優しい声音で語り掛けるようにして尋ねた。

 

「実は‥‥‥」

 葵は重い口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「なるほどねぇ」

 葵が語ったのは松平の兵のことだった。

 先の戦で勇猛果敢に斬りかかり天に昇っていった兵達。

 彼らに感謝の念をと祈りを捧げていたのだ。

 

(だから、ありがとう、か)

 慶次が遠目に確認出来た葵の唇の動き。

 彼女の人を思いやる気持ちが強く伝わる。

 だからこそ正史で天下を取れたのかもしれない。

 

「優しいんだな。葵は」

「いえ、私など‥‥‥後ろでふんぞり返ることしかできませんから」

 顔に陰鬱を染み込ませ、力なく笑った。

 自分を嘲笑うかのような自虐的なものだ。

「‥‥‥私はせめてもの償いに死んでいった兵たちに祈りを捧げているのです」

 

「‥‥‥なるほどねぇ。後悔はしてねぇな?」

「ええ。彼らは平和の礎として旅立って行きましたから。後悔などしていたら前へは進めません」

 いつの間にか自虐的な顔は消え失せていた。

 希望に満ち溢れるような晴れ晴れとした顔を浮かべていた。

 まるで入学式を迎えた子供のよう。

 

「いい顔だ」

「ふふ。ありがとうございます」

 照れ顔と嬉しさが混ざったであろう微笑みを見せた。

「ホントにいい‥‥‥葵は良い女だ。保証するぜ?」

「へ‥‥‥」

 顔に疑問符を描いたようなきょとんとした表情になる。

 視線は一点を見つめ言葉を吟味しているようだった。

「‥‥‥あ、あの。慶次さま。そ、それはどのような意味でしょうか‥‥‥」

「言葉通りだ。ま、深く考えるな。そのまんま行けばお前は良い女になる」

「‥‥‥」

「じゃあな」

 言うだけ言うと慶次は再びリンゴ探しを再開した。

 

 

 

 

 

 




野性的桐琴ではございません。

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