戦国恋姫~偽・前田慶次~   作:ちょろいん

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四話

 信行の暗殺。東の太守、今川義元が動きを見せ始めたのはこの時期であった。

 同時に久遠が笑顔を見せなくなった時期でもある。まるで能面ように張りついた顔で冷徹な瞳がデフォルトとなったのだ。当主として身を引き締め始めたと、家臣団からは見えていた。

 

 織田家は尾張統一を急ぐことになる。そんな中『鬼柴田』と謳われる柴田勝家、通称壬月が戦力として加わった。事前に密告した功により久遠に仕えることが許されたのである。

 

「これよりは久遠さまのため粉骨砕身の思いで仕える所存にございます」

 尾張統一戦においては今川の不穏な動きもあって力攻めを用いることになった。

 これにより戦上手な彼女が積極的に出陣することに。無論風当たりは強かったが、彼女の猛将ぶりや功を譲る姿勢を随所で見せた事により徐々に家中で受け入れられていった。

 

 そうして尾張統一目前ともなると、無くてはならない存在となっていた。

 

 岩倉城前方に拡がる草原浮野。かの城の水掘は埋め立てられ、補給路は絶たれた。

 まさに袋の中の鼠。

「ヒャッハー!腕がなるぜ!」

 血走る瞳。はぁはぁと荒い吐息を吐き散らし、小さな体躯でぶんぶん槍を振り回す。彼女なりの準備運動のようだ。

 

 その意気やまさに戦闘狂である。

 一陣の風が吹き抜けて森一家の旗印、鶴の丸を靡かせた。

 三百メートル先にて陣を構える敵方は刀や槍を構えている。

 

 合戦開始から二刻が経ち、浮野は倒れた兵で埋め尽くされる。

 

 足元に流れる血が真紅の川を作る。

 桐琴は不機嫌そうに顔を歪ませ、大きく舌打ちする。

「敵を殺し尽くしちまったか。ワシは帰るぞ」

 どうやら消化不良なようだ。

 

「わかった。小夜叉はどうする?」

「オレも帰る」

 踵を返した桐琴を駆け足で追った。

 

 これに織田家による尾張統一がなったのだった──。

 

 尾張統一から三年が過ぎ、尾張及び三河の両国の国境地帯を巡り、織田と今川は度々争う。

 降りしきる雨の中、田楽狭間から今川軍を急襲した織田勢は駆ける勢いのまま陣幕内にいるであろう大将・今川義元を捜索する。

 

 奇襲に混乱している足軽たちへ、今川の将は『落ち着け、落ち着くのだぁ!』と声を大にして叫ぶ。

 

 やがて二刻も過ぎないうちに『織田上総介久遠信長馬廻り組長、毛利新助!』『同じく服部小平太!』と名乗りが上がった。

 

『東海一の弓取り、今川殿、討ち取ったりー!!!』

 兵たちの間から動揺の声がちらほらと上がる。

 取り分け大きく聞こえたのは玉砕覚悟を匂わせる声だった。

「そ、そんな殿が……」

「俺は今川にすべてを捧げたっ! 織田の一兵須く覚悟っ!」

 

 空から光の玉が落ちてきたのはそのときである。眩い光に包まれ降りてくる玉は神秘的であった。

 

 田楽狭間の合戦は、織田の大勝利で終わり、後に兵力をモノともしない戦ぶりは周辺の国に伝播し織田の名を天下へ知らしめることになった。

 

2

 

 その男は新田剣丞、と言うらしい。久遠が田楽狭間で拾った男である。

 記憶に存在しない奇っ怪な服装をしている。真っ白で光沢を持ち所処に丁寧な刺繍が施されていた。

 

 特に目を引くのが胸にある家紋である。恐ろしく美しいのだ。

 

 これだけなら天上人と言われても信じることが出来る。

 そう、天上人。空から落ちてきたので、そう呼ばれているそうだ。

 

 それが本当だとしても当家で登用するのはどうかと思う。しかし、物珍しさに久遠が決めてしまったのだ。何処かの国の間者かもしれないのに。

 

 織田家の一員として、彼女の妻として思う所が多々ある。

 今しようとしている事もそうだ。

 

 お盆に並べられた料理の数々。彼は一心不乱にかき込んでいた。

 まあ、一週間も意識が無かったので腹ペコなのは分かるつもりだ。

「ちょっと、そんなにかき込むとむせるわよ?」

 

 聞く耳持たず。

 案の定、突然、胸を叩き始めたので水を差し出した。すぐに片手で受け取り、「ありがとう」と一言。そしてまたかき込む。

 

「……織田に仕えるって貴方本気なの?」

 いまや織田は新進気鋭の勢力へのし上がった。兵力差のある今川を破った事が大きい。

「もし、久遠が可愛いとかそんな不純な動機で決めたならすぐに撤回し、この国から出ていってくれませんか」

 自分は久遠の妻である。織田家を守る事は家臣が。しかし彼女自身を守るのは自身の役目。そんな自負をもって告げたのだった。

 

 久遠は弟の件ですっかり変わってしまった。昔はよく笑っていたのに今では無表情が目立つ。これ以上彼女を傷つけないためにも、容易に訳分からずの者は近づけさせたくなかった。どうなるか分かったものじゃない。

 

 やがて料理の乗った皿が空になる。

「ご飯ありがとう。美味しかったよ」

 

「どうも……」

「それで話の答えだけど、俺行くところないんだ。気付いたらここで目が覚めて……。だからお願いします! 何でもしますから、俺をここに置いてくださいっ」

 彼は綺麗な土下座で頼み込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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