戦国恋姫~偽・前田慶次~   作:ちょろいん

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加筆しました


六話

 

 

「悪りいな。遅くなった。それと一つ報告もある」

 パチパチと燃える篝火が点てられた屋敷の門前で先ほどの戦闘のことを述懐した。

 彼の刀のことも含め、数十分ほどでそれは終わる。

「デアルカ‥‥‥剣丞、いくぞ」

「え。 う、うん」

 久遠は剣丞の腕をひき屋敷へと入っていった。

 取り残された慶次は踵を返し帰路につこうとする。

「ねぇ。お夕飯食べていかないの?」

「悪い。ちょっと用事があってな、遠慮しておく」

「そう‥‥‥なら仕方ないわね。また今度誘うわ」

 あからさまに落ち込む表情を見せ、目を伏せた。

 正直な所、彼女の料理は食べたいのだ。だが慶次としては最優先は森一家なのである。約束した手前反故にすることは出来ない。

 

「また次の機会に頼むぜ」

 頭に手をやり、梳くように撫でる。サラサラとした髪は柔らかく、いつまでも触れていたいと感じてしまうような魔性の髪だ。

「‥‥‥うふふ」

「じゃあな」

 撫でていた手を戻し、今度こそ踵を返した。

「ええ。おやすみなさい慶次」

 

 それから程なくして慶次は森の屋敷へと到着した。二回目と言うこともあり、今回は迷うことはなかった。

 ちなみに待たせてしまっていると言うこともあり、お詫びの品をも兼ねて肴は買った。

 甘味の代表、三色団子である。

 

「ただいま~」

 屋敷の引き戸を開けると酒のにおいが鼻腔に入り込んだ。かなり濃いにおいだ。机上には空になった徳利が倒されており、彼女たちの手にはおちょこが握られていた。

 二人はすぅすぅと気持ちよさげな寝息を刻み、畳上へ転がっていた。

 

「潰れるまで飲んだのか……」

 だらしのない寝相であるが愛しく思える。家族だからだろうか。

 とはいえそれは贔屓目に見たものである。二人の寝相は女性としては少々恥ずかしいものだった。

「zzz‥‥‥」

 

「‥‥‥zzz慶次ぃ」

 

「ったく‥‥‥」

 仕方ないなと思いつつ、二人を抱き上げた。

 桐琴は豊満な身体つきながらも腕一つで抱えることが出来るほどに華奢だ。小夜叉は言わずもがな、である。

 正直二人のあの馬鹿力は一体どこから出ているのだろうと甚だ疑問だった。 

 

 部屋を出て、桐琴たちの寝室に到着。器用に足を動かし、襖を開いた。

 彼女の寝室には小夜叉の妹たちがひっそりと寝息を立てていた。

 それは桐琴が共に寝起きしているのを物語っているわけであった。桐琴はしっかりと母親をしていたのだ。

(何年もともに過ごして気付かねぇとはな)

 桐琴たちを部屋に運び終え、慶次は縁側に腰掛ける。

 徳利を傾けおちょこに注ぎ、一人酒と団子を優雅に嗜む。

 

 本来ならあの二人と共に嗜む予定だったのだが頓挫してしまった。

 日持ちも良くないことも考慮し、今夜は一人食べることにした。

 たかが団子数本で空腹を満たせるかは微妙ではある。

「夕飯、食べてこればよかったかなあ。あー失敗した」

 結菜のお手製の夕餉は美味である。つい先日食べたばかりの味と香りを思い出すと口内に唾液が涌き出た。調味料を使わない素材本来の味を生かした汁物。芳しい香りは、食欲を際限なくそそる。

「はぁ‥‥‥」

 ため息をついた。後悔しても遅く、団子を二、三個口に頬張ると酒で流し込んだ。

 

「‥‥‥あ、これすごく美味いな」

 酒と団子の妙な組み合わせを見つけた彼の夜は過ぎて行った。

 

 

 翌朝。空は雲を孕みながらも、概ね青空が見える、暖かなこの陽気の良き日に評定の間に織田の名だたる臣が集まっていた。

 

 筆頭家老である柴田壬月、おなじく丹羽麦穂。

 そして織田の三若と謳われる佐々成政こと和奏、前田利家こと犬子、滝川一益こと雛である。

 そして最後に森一家の前田慶次。

 

 家臣団の視線は一点集まっている。上座に座る久遠のすぐ傍に座る彼。この時代では珍しい純白の服を纏った男は緊張しているらしく背筋がぴんと張っており、表情は仏頂面だった。

 

「皆の者。こやつが我の夫となる男、新田剣丞だ。存分に使ってやってくれ」

 偽物だがと最後に付け足した。

 

「は、はじめまして。新田剣丞です。ええとこちらにいらっしゃる織田三郎久遠さんに保護されました。‥‥…偽ではありますが久遠さんの夫となることが決まりましたので皆様今後ともよろしくお願いします」

 緊張した面持ちの剣丞が頭を下げる。

 

 評定の間は静まり返っていた。

 

 理由は明白、当主の夫になるということであった。

 だが剣丞の言う通り偽物。天上人を保護し、かつ婿に向かえる───久遠による外交的戦略の一つであるのだ。

 家臣団はそれを理解している。しているのだが『はい分かりました』と首を縦に振るわけにはいかなかった。なんせ意味不明な現れ方と言い、見たことのない装いと言い怪しさ満載であるのだ。

 そのため、必然的に反対するものが現れる。

 

「ボクは絶対に認めないぞ!」

 赤い癖っ毛が特徴的で、見るからに勝ち気そうな少女、和奏がビシッと剣丞を指さす。見るからに敵意が満載だ。

「佐々殿の意見に雛も賛成でーす」

 

「犬子も佐々殿と滝川殿の意見と同意見だよ!」

 彼女を始め、横並びに座していた少女たちも同じく反対の意を示した。

 

「ふむ。そうなると思っていたが。どうすれば認める?貴様ら」

 

「ボクらより強ければ認めてやります!」

 

「ちょっとー。ぼくら、じゃないでしょー。雛まで巻き込まないでよー」

 

「和奏のことだからこうなると思ってた」

 

「えーっ!? 雛も反対してたじゃないか!」

 

「でもでも、殿が決めたことだし収まるところに収まるんじゃないかなーって思ってるし」

 彼女たち三人、通称織田の三若が口々に声を上げたのを皮切りに評定の間は一気に騒がしくなった。

 最前列に座る壬月は場の騒音に耳を傾けるように目を瞑っていた。

 そうして徐々に大きくなる三若の声にぴくり、ぴくりと眉間を動かし、それは堪忍袋が膨れるようであり───。

 

「三若っ!殿の御前であるぞ、控えよっ!」

 堪忍袋が切れ、壬月の一喝が響いた。

 

「「「うぅ‥‥‥」」」

 

「強ければ認める、か‥‥…うむ。剣丞、三若と立ち会え」

 立ち会う。つまり武力による決闘である。

 

「いやでも俺、一発で負ける気がするんだけど‥‥‥」

 

「全く‥‥‥少し耳をかせい」

 顔色が優れない剣丞だが久遠に耳打ちされ腹を決めたようだった。

 

「わかった。精一杯やってみる」

 

「うむ。よくぞ申した。それでこそだな。あぁ言い忘れていたがわかっているな? 三若」

 

『殺したら、分かっているな?』と鋭い眼光が三若に向けられた。

 

「わ、わかってますよ! あんな、なよなよした奴には負けるわけがないですよ!  そうだよな! 雛! 犬子!」

 

「えー。やっぱり雛もやるんだー。確かに負けないけどねー」

 

「犬子も大丈夫! 」

 

(全くうちの姪どもは……)

 正直先が思いやられる。

 彼女たちの腕は良いのだが如何せん、嘗めて掛かる傾向にあるのだ。それは和奏も同様である。類は友を呼ぶというのはこの事だろう。

 

 剣丞の提案で決闘は庭で行うということになり、慶次を含めた家臣たちが広々とした庭で見守っている。

 

 剣丞は和奏と対峙していた。

 刀を抜いた剣丞は構える。我流と見えるものだが隙が窺えない。

 対する和奏は特殊な槍を剣丞に向け、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

 

「慶次、どうみる」

 壬月が難しそうな顔を浮かべながら、こちらに歩み寄る。

 

 三若は個人の武力は高いが隙を作りやすい傾向がある──というのが慶次の自論である。加えて、あの三人は剣丞を完璧に見下し、嘗めて掛かっているのだ。

 

 和奏は油断している。現に和奏はすでに勝利は決まったと言う風な笑みを浮かべていたのだから。

「剣丞が勝つな、これは」

「‥‥‥贔屓では、あるまいな?」

 ぎろり。鋭い瞳で睨まれる。

 

「強い男さ。鬼相手に一歩も引かなかった勇気を持ってんだからな」

「ほう‥‥‥ならばその勇気を見せてくれるだろう」

 本気は出さんよと付け加えると足早にこの場を後にした。

 掛かれ柴田。鬼柴田。物騒な異名を持つ彼女だ。

 相手になると確実に剣丞は敗北する。

「壬月さまが参加するのでしたら私も。慶次さま、見ていてくださいね」

 ぱちりと可愛く片目を閉じ、壬月の後を駆け足で追った。

 (麦穂ってばお茶目な部分もあんだな。しっかし剣丞……)

 原作と同じとは言え、家老である彼女たちの強さを間近で目にしているのだ。結果が分かり切っていることもあり剣丞が不憫だった。

 

   2

 

 剣丞は三若に見事勝利を収める。

 揃ってしょんぼりとした顔を浮かべる彼女たちに、労いの声を掛ける。

「お疲れさん。どうだった? 剣丞は?」

 

「ふ、ふんっ。ちょっと油断しただけですよっ!。それに鉄炮の玉薬を籠めてれば勝てましたっ!」

 とは言うが、彼女の見栄っ張りだろう。

 先の仕合で剣丞の策にはまり、驚きで目を見開いていたことを知っている。どうにも敗北を認めたくないようだ。

 和奏が使う武器は特殊な造りをしている。戦国時代では考えつかない技術仕様の武器だ。

 一見すると普通の槍だ。変わっている所と言えば、先端が膨らんでいること。

 驚くことに先端で鉄炮が撃てるようになっている。しかし鉄炮とは元来、連射できないものであり、一発撃ったら玉薬を入れなければならない。つまり一般の鉄砲と同じ要領で玉籠めを行わなければならず、その隙を剣丞に突かれ、敗北を屈したのである。

 

 鉄砲に固執するあまりの敗北。それこそ鉄砲は弓など歯牙にもかけないほどに凶悪な性能なのだが、その真価は有り余る殺傷能力に加えて、飛距離にある。今回は二人の間合いが近い分、如何せん意味をなさなかったようだ。槍で挑めば和奏は勝利したはずだろう。

 

「私もー。もうちょっと速く動けたら勝てたかなー」

 氏族の血縁関係がある彼女だが己と似たような部分がある。悪戯好きでめんどくさいとも取れる言動を弄するときもあるが、やるときはやるのだ。

 今回は本気を出したようでお家流を使用していた。お家流とは武士が持つスキルのようなものである。努力により勝ち取るものから一子相伝のものまで幅広く存在している。

 

 蒼燕瞬歩といわれる雛のお家流はとにかく速く動ける。したがってその戦法は至って単純、素早い動きで、撹乱し背後から急襲を仕掛けるものであった。そのパターンを見破られた雛は一撃をもらってしまい敗北したのである。

 

 お家流は強力な力である反面、使い手次第では大きな隙を作り得る。背後からの攻撃は常人であれば一撃であっただろうが剣丞は特別だった。過去の偉人に鍛えられたのだ。常人の能力より上である。

 しかし元々、先手を取れるお家流だ。力にあぐらをかかず、様々な工夫を施したとしたら、違う結果となっていただろう。

 

「うぅ~。あと少しだったのにー」

 犬子は猪突猛進だった。気概は十分なのだが如何せん、動きが単純だ。相手からすれば攻撃してくださいと言っているようなものであり避けることは容易であった。それを知らずに、案の定、猪突猛進な行動を読まれ、犬子は敗北した。

 だが取り分け、三若の中でも犬子の実力は高い。身内贔屓であるが槍捌きは見事なものである。期待はしていたのだ。

 

(ホントにこいつらは‥‥‥)

 少しだけ壬月の嘆きが理解出来た。常日頃から壬月は口煩く彼女たちに小言を弄しているのだが、いざ彼女たちの戦いぶりを目にしたときその意味を知った。

 頭を抱えるとはこのことだ。こんな体たらくとは情けない。

 そう思う反面、彼女たちはやれば出来ると知っている。

「まぁお前らは頑張ったさ。ただ今回の敗北には意味があったんじゃないか? それを糧にしてな? また頑張りゃ良い」

 三人の頭をワシャワシャと撫でる。

 彼女たちは若い。褒めれば伸びる者たちだ。人間、誰しもがそうだと思う。負けたとしてもそこから得るものがあるから強くなれる。

 

 この三人はいずれ織田を背負う人材の一柱だ。若人のうちに敗北を経験できて良かったと慶次は思っていた。

 そう言う意味を込めて、彼女たちに手をやったのだが───。

「慶次さま‥‥‥」

 

「慶次くん‥‥‥」

 

「慶くん‥‥‥」

 

 三人から熱の籠った視線を送られていた。

(な、なんだ!?)

 

 

 

「はぁ!」

 麦穂が鋭い声を上げながら剣戟を起こす。一方的な攻撃であり剣丞は防戦一方だった。

 

「ぐっ!?」

 剣丞の顔には焦りが見える。汗が飛び散っていた。

 対して麦穂は余裕の見える涼しい表情で素早く刀を打っていた。すでに半刻ほど彼等は剣戟を繰り返していた。

 彼女ほどの力量であれば止めをさすことは容易いのだが、中々行動には移さない。時折、彼が防ぎにくい箇所へと刀を送っているところを見るに、力量を計っているらしい。

 

 だが流石にこの長時間に及ぶ剣戟に嫌気が指したらしく、麦穂の刀を斬り返し──突然、麦穂の胸を鷲掴みにした。

 

(……な、なんだと!?俺は触らせてもらってすらいないのにっ!? くそっ! 柔らかいだろうなあ)

 その光景に思った言葉は男としては最低であった。

 なまじ付き合いが長い分、そう言う対象──女としてはそこまで見ていなかったが己とて男である。

 着物の上から自己主張の激しい彼女のものを意識してしまっていた。

 そして直後に、彼らの剣戟を見守っていた者たちをしらけた空気が包み込む。しーんと静まり返っていた。

 

「‥‥‥きゃ」

 一瞬の間を置く。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 耳を劈くような甲高い声が空気を震わした。

 観戦側である三若からは非難の声があがる。

 その瞬間、剣丞は女性陣の敵となった。

 

(あぶねぇ)

 慶次は口に出なくて良かったと己の口に感謝を捧げた。

 

「サイテーだあぁぁぁ!!」

 

「破廉恥な男ー。雛、気をつけないと妊娠させられるかもー」

 

「女の敵ー!変態ー!変態ー!」

 

「女の敵だな‥‥‥」

 

「貴様は‥‥‥全く」

 ため息をつきながら壬月は額へと手をやった。半分、呆れ返っているのだろう。

 まさに剣丞は四面楚歌状態だった。

 

「慶次さま‥‥‥私穢されて」

 こちらへと歩み寄る麦穂の顔は絶望的に暗かった。瞳からは光が無くなり、目尻には今にも決壊しそうなほどの涙が溜まっていた。

 

 剣丞の策だったとは故、仕方ないとは思うがやはり女には悲哀は似合わない───原作を知っている側からすると尚更だった。

 

「大丈夫だ、麦穂。お前は穢されてなんかいないさ。心配はいらねえよ」

 ぽんと頭頂部に手を置いた。サワサワサワとあやすように撫でる。手のひらに触れるきめ細かな髪がとてつもなく心地良い。

「うふふ」

 ふわぁと、太陽のような一輪の花が咲いた。

(いい顔じゃねぇか。やっぱ女は‥…っ!)

 突如として全身の肌が粟立った。

 ゾクリと背中に感じる悪寒にゆっくりとした動作で振り返ると久遠が物凄い形相でこちらを睨んでいた。

「慶次、貴様………」

 

「あ、あのー」

 申し訳なさそうな、それでいてバツが悪そうな顔を麦穂に向ける剣丞は素早い動作で膝から崩れ落ちるように膝を畳み、頭を地につけた。

 

「ご、ごめんなさいっ! 今度お詫びになんでもしますから許してくださいっ!」

 

「大丈夫ですよ。余り怒ってはいませんから。それに‥‥‥」

 頬に赤がさした麦穂はちらりと視線を送る。

 すると剣丞が慶次に向かっても土下座をした。

「あ、あと慶次っ! 彼女さんとは知らずに胸を触ってしまい本当にごめんなさいっ!」

 罪悪感の籠る声音で必死に頭を下げていた。彼は白いズボンが土で汚れることも気にせずに口に出した後も、ずっと頭を地につけていた。

 

「おいおい。何か勘違いしてるようだが俺と麦穂はそんな関係じゃあないぜ?」

 ───とは言え、少しだけ考えてはいた。

(麦穂が俺の彼女、か。ない……ないな、第一俺は麦穂と釣り合うような男じゃねぇからな。いくら俺がイケメンでも下の方だ)

 そんなことを考えながら慶次は腰を屈ませると剣丞が恐る恐る顔を上げた。

 

「えっ、でもさっき頭を撫でて、それで麦穂さんが笑顔で」

「女の泣く顔はみたくねぇからだ。それに俺は麦穂と釣り合うような男じゃねえさ」

「へ‥‥‥」

 驚愕の表情を見せる剣丞。そこまで意外だろうか。

 画面の中にしか居なかった存在が己の目の前で人間として存在している。視界に彼女をおさめると理解が出来る。前世でも麦穂に──麦穂たちに勝る女性は限られているのだろうと。だから己では到底届きそうにないと思っているのだ。

 

「へぇー。そういうことだったんですねー‥…どうりで‥…」

 麦穂が何かブツブツ言っている。今日はどうにも妙な悪寒を感じ取る日だ。慶次は無視を決め込んだ。

 

 そのせいか周囲からさらに視線を感じ取った。

「け、慶次はっ! かかか格好いいぞ!」

 

「そうですよ!久遠さまのいうとおり慶次さまは格好いいですよ!ボクが保証しますっ!」

「そうだよねー。慶次くんは本当に格好いいよねー」

「うんっ!犬子も慶くん格好いいと思う!」

 見た目麗しい彼女たちに言われて悪い気はしない───しないが恥ずかしい。

 居たたまれない空気となり、慶次はごほんと咳払いをした。

「ほら。立て、剣丞。次は壬月とだ」

 剣丞を立たせ、ズボンの汚れを払う。

「あ、ありがとう慶次」

 慶次は頑張れよと言う風に背中を軽く押した。

 

 

 麦穂に続き、剣丞と対峙する壬月。男女には覆せない体格差があるのだが、改めて俯瞰する側に立つと壬月のほうが大きく写った。

剣丞の方が身長は高いはずだが、歴戦の猛将としての気迫が彼女を大きく見せているのだろうか。

 思い出したように壬月が待ったを掛ける。

 

「少し待て、孺子‥‥‥猿!」

 

「は、はいっ!」

 暫時待っていると猿と呼ばれた赤毛の少女がデカイ斧を乗せた荷車を引いてきた。

 壬月が使う武器だ。銘を金剛罰斧。とにかくデカい戦斧である。並の者が使えるようなものではない代物だ。

「貴様には本気で参ろうか」

 

「えっ……」

(本気は出さないって言ってなかったか?)

 麦穂の件を気にしているのだろうか。

 壬月も女性だ。やはり勝利のための策とは言えデリケートな部分でもある箇所を触れた剣丞に立腹するのも無理はない。

 ましてや壬月は麦穂と付き合いが長い分、尚更だ。 

 

 剣丞が勝つには隙を突くしかない。しかし壬月ほどの猛将が隙を作ると考えにくい。

 したがって、剣丞がこの一戦で敗北する。

 思った矢先に、すさまじい突風が巻き起こり思わず目を瞑る。

 突風が止み、目を開けると飛び込んできたのは地面に突っ伏した剣丞の姿だった。

 

 

 


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