ベルの狩猟日記   作:日逆孝介
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074.虎の子と【猟賢】

「ベルちゃん! ザレアちゃん! まずは疲れを癒すためにお風呂だよ!!」

「にゃにゃっ!? 皆で一緒にお風呂にゃっ!? そしたらフォアン君も――」

「こらこら! フォアンは男だからダメ!! ザレアはそういう所を少しは警戒しなさい!」

「にゃー。そういう所って、どういう所にゃ?」

「そ、それは……えーと…………な、何でもいいから、ダメなものはダメなのっ! ほら、行くわよザレアっ。この屋敷のお風呂はすっごく広いんだから! ……無駄に」

「にゃーっ、楽しみにゃーっ!」

 バタバタと三人が駆けて行ったのを見計らい、ワイゼンはギースに視線を向けた。

「済まんの、ギース」

「あ、今、席を外し――」扉へ向かって歩き出すギース。

「盗撮の件、宜しくの」ぐっ、と親指を立てて笑むワイゼン。

「ます――って何じゃとう!? 何の話!? おやっさん、盗撮の件って何の話じゃ!?」思わず首が百八十度回転するギース。

「ほれほれ、あれじゃよ。ロザとベルちゃんとザレアちゃんの入浴シーン、ばっちり撮っといてくれって頼んだじゃろ?」何を言っとるんじゃ? と言わんばかりにワイゼン。

「初耳じゃぞ!? 何、人に犯罪の片棒を担がせようとしとるんじゃ!? するか!! そんな事、絶対にするか!!」

 逃げるように扉を開けるギース。そこで動きを止め、部屋を振り返ると、期待に満ち溢れた瞳で見つめるワイゼンと目が合う。

「しないっ言うとるじゃろが!!」

 ばたんッ、と大きな音を立てて扉が閉まる。

 急に静かになった客室。ワイゼンが「さて……」とフォアンに振り返ると、彼は腕を組んだまま、「ぐおー」と寝息を立てて眠っていた。

「寝とる!? なして!? 今の展開まるで無視して眠っとったと言うのか……!!」

 お、恐ろしい奴……! と少女漫画チックな顔で右手を口許に当てるワイゼン。

 そのツッコミで気づいたのか、「ん? 終わったのか?」と片目を開けて伸びをするフォアン。

「……何から何まで親父の生き写しじゃのう」呆れたように嘆息するワイゼン。

「俺に話でも有るのか?」

 ギースを退室させたのは、それが理由だろう。フォアンは静かに尋ね、ワイゼンの瞳を見る。フォアンなどではおよそ見晴るかせない闇が、そこには広がっている。

「いや……の、」白髭を摩り、どこか自嘲の念が浮かぶ瞳でフォアンを見つめるワイゼン。「……ヌシに逢ったら一度、謝っておきたいと思っておっただけの事じゃ」

「――親父の事なら、俺はもう受け入れてる。今更何を言われても虚しくなるだけだ」

 ワイゼンの発言から推測したのだろう。フォアンは冷厳に応じて、黙り込む。その表情に感情の色は浮かんでいない。静かな水面を連想させる無表情。

 ワイゼンはフォアンの在り方に一瞬瞠目するが、すぐに望郷に似た感情を顔に刷く。

「……強いのう。いや、強くあらねばならなかったから、か」

「親父は命を賭して街を守った英雄なんだ。実子が虎の子にされるのは当然の成り行きだろ?」

 自嘲気味に応じるフォアン。その表情には、寂しさのようなものが浮かんでいる。

 ――英雄の子。それだけで羨望の眼差しを向けられ、期待を浴びせられ、望まぬ世界を強要される。

 英雄と呼ばれる猟人の子に生まれたから、英雄に次ぐ猟人にならざるを得なかった。

 英雄が狩れるモンスターならば、英雄の子に狩れない訳が無い。

 英雄が為し得た依頼ならば、英雄の子も為し得て当然。

 英雄が持てる武器は、英雄の子にも持てるに違いない。

 自分の意思は関係無い。ただひたすら強くならねばならず、ただひたすら見えぬ英雄の光を追わねばならない。

「……フェイローを護れなかったのは、ワシらの落ち度じゃ。ヌシの人生を大きく狂わせた事は、忘れてはならんのじゃ」

 真摯な眼差しでフォアンを見つめるワイゼン。その瞳には、悔恨と痛惜の色が見て取れる。その視線を受け止め、フォアンは小さく苦笑する。

「……その様子だと、俺の経歴は知れてるようだな」

「ベル達には話しておらぬのか? ……おらぬじゃろうなぁ。あのフェイローの小悴じゃ、自分の暗い部分を自ら話すような輩じゃなかろうて」

 ふぅ、と小さく吐息を漏らすワイゼン。顔には穏やかな微笑が浮かんでいる。

「知り合いから聞き及んでおったが……良い巡り合わせじゃよ、ヌシらは。少なくともワシは、そう考えとる」

 フォアンはその言葉をどう受け取ったのか、暫く無言を貫いた。

「――ワイゼン翁。ベルの話、もっと聞かせてくれないか?」

「……幾らヌシがフェイローの小悴とて、ベルはやらんぞ? あれはワシの宝じゃ。瑕を付けようものなら――」

「さっきも言ったじゃないか。瑕を付けたら、責任は取る。それ位の覚悟は出来てる」

 にや、と口唇を歪めるフォアンに、ワイゼンは唖然として二の句を継げなくなる。やがてその顔に苦笑を刷くと、ワイゼンは「参ったのう」と白髪を掻き始めるのだった。

 

◇◆◇◆◇

 

「――あたしの話?」

 風呂上がりのベルが髪にタオルを当てながら客室の長椅子に腰掛ける。隣のザレアは〈アイルーフェイク〉から水を滴らせて、客室に水玉模様を描いている。見かねたロザがタオルを使って〈アイルーフェイク〉をがしがしと拭き始める。

「ワイゼン翁を師事していたとは思わなかったしな。折角だから、ここでの話を聞かせて貰おうと思ったんだ」

「えぇー……面白くないわよ? ――それよりあたしは、フォアンの昔話の方が気になるなー」

「――俺の?」

 小首を傾げるフォアン。ベルは「そうよ~」と微笑む。

「あたしばっかり話すなんて、フェアじゃないわ。勿論、ザレアの話だって聞きたいしね♪」

「にゃー! オイラも皆の話に混ぜてほしいのにゃっ!」

 ベルとザレアの反応を見て、フォアンは少し表情を強張らせる。併しそれは、二人に気づかれぬ程の機微。

「――それで離れていくような仲間かのう?」

 声に振り向くと、ワイゼンはカップに入れられたハーブティーを啜っていた。片目をこちらに向け、笑みの形に歪める。

「もう、独りじゃないんじゃろ?」

 ベルとザレアは聞こえていないのか、二人で雑談に興じている。フォアンは微かな驚きを顔に刷いていたが、やがてその口唇に笑みが刻まれる。

「……そうだな。俺の昔話でもしてみようか」

「えっ、いいの? 話したくないのなら、良いのよ?」

 ベルが思わずと言った様子で不安げに尋ねるが、フォアンは首を否と振る。

「いや、聞いて貰おうと思う。ベルとザレアは、俺の大切な仲間だしな」

 微笑んで応じるフォアン。ベルとザレアは顔を見合わせ、ベルはどこか恥ずかしげに微笑み返し、ザレアは「勿論にゃ!」と手振りを交えて喜んでいる。

 フォアンは二人の反応を見て一つ頷き、――話を始めた。

 ラウト村に至るまでの、英雄の子の物語を――――




【後書】
 流れるようにフォアン君の昔話が始まる展開ですが、アレです、作者としてはテケトーにワイゼン翁とフォアン君に話し合いをさせたかった筈が、突然過去の話をするわ~と言い始めて「えっ!? うせやろ何の準備もでけてへんで!!」って当時はなっておりました(笑)。
 キャラクターが動き出すと勝手にあっちへフラフラこっちへフラフラし始めるので、アレです、もっとワシは舵取りをしっかりせねばなんですよね!ww
 と言う訳で次回はフォアン君の過去のお話です。予めネタバレと言いますか、裏話をちょこっとだけ挟みますが、こういう過去のお話を綴る時って明確な設定は無く、「たぶんこういう人格を形成するにはこういう経歴が有ったんだろうな」って妄想をモリモリ連ねていくのがわたくしの作法なんですな~! それが功を奏しているのか、あんまり違和感が無さそう(※当社比)なのが救いです…!w
 あと個人的に過去の話を綴るのは好きなのですが、出来る限り綴りたくない、と言う想いも一緒に懐いているので、中々塩梅が難しかったりします…w 読者に納得感を与えるのも大事なんですけれど、わたくしとしては「今、そのキャラクターに対する感情を、過去の事情で酌量して欲しくない」と言う想いが有りましてな…w
 ザックリ言えば、狂気に満ちたキャラクターが過去に狂気に落ちたから狂気に満ちている、なんて事情が有れば、情報量にも寄りますけれど「なら、仕方ないよね」って思われるのが、どーにも好きくなくてですね。今そのキャラクターが狂気に落ちている事を納得されたくないのです。狂気を共感されるほど、哀しい事は有りませんからね!
 脱線し過ぎ問題ですね!w ともあれ味方と言いますか、善良なキャラクターの過去に関しては割と率先して触れます。「善き人には暗い過去が有ると香ばしい」と言う持論が有りますからね!
 まだ脱線するのかワシ!w いい加減締め括ります!w 次回もお楽しみに~♪




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