幼気な吸血鬼:『やりました! わたし、生きてます!』
まただ、また同じ感覚に襲われた。
現れたのも同じ人物。
稼ぎ続ける者:『生きてたのか、おまえ』
幼気な吸血鬼:『はい! 言われた通りに聖水を手に持った瞬間に炎の魔結晶を投げつけたら、“ボンッ”って爆発してしまいました!』
そりゃそうだ。
というか実際、殺されそうになっていたとはいえかなりエグいことをしたよな。
この吸血鬼が生きているしということは、恐らく狩人の三人は死んだのだろう。俺としてはどっちがどうなろうと知ったことではないのだが……。
幼気な吸血鬼:『でもあれはどういう仕組みで発生したんですか?』
稼ぎ続ける者:『ちょっとした化学反応だ』
幼気な吸血鬼:『かがくはんのう?』
小首を傾げる間抜けな姿が文字だけでも想像できる。
聖水の正体、それは“アルコール”だ。
吸血鬼を仕留める術は数多くあるが、その中でも聖水とは異質の存在感がある。
杭で心臓を打ちつけたり、首を切ったり、銃弾で撃ち抜いたりする中で、聖水だけは何故かその物理性が謎に包まれているのだ。
俺は考えた。吸血鬼は太陽の光を浴びると灰になる。加えて、身を焼かれても死んでしまう。だから俺の中で、太陽の光と焼身はイコールだった。
虫眼鏡で光を一点に集めると紙があっという間に燃えてしまうように、吸血鬼は太陽の光を吸収する体質なのではないか。
もちろんその理屈もまた、吸血鬼の特性なのかもしれない。しかし俺が注目したのはそこではない。
吸血鬼は普通に燃えても死ぬのだ。
つまり、わざわざ太陽の光なんて浴びせなくても、それなりの手順を踏めば一瞬で片がつく。
そこで採用された可能性が“アルコール”。一度付着してしまえば、後は火花でも散らしてやれば大炎上だ。
ではどこから火花を生み出すのか、そんなもの簡単だ。
狩人の武器には聖水と同様にその効力が曖昧とされているものがある。それは十字架だ。
俺は初め、銀のナイフと同じに十字架も銀でできていて、それそのものに殺傷力があるのではと考えた。しかし改めて思うと、銀のナイフというより扱いやすくコンパクトな武器がありながら、明らかに劣化でしかない十字架を持つ必要はないのだ。
そこで浮上したのが“十字架火打石説”だった。
アルコールを吸血鬼に浴びせ、十字架を銀のナイフで勢いよく叩くことで火花を散らせる。それに当たった吸血鬼は、“ボンッ”というわけだ。
果たして俺の推理がどこまで正解だったのか、今となっては知り得ないことだが、少なくとも聖水のくだりは当たりだろう。
幼気な吸血鬼:『本当にありがとうございます。稼ぎ続ける者さん』
稼ぎ続ける者:『その名前、不本意だから呼ばないでくれ』
◆◇◆
意識が覚醒する。いや、“覚醒”というよりかは“正常に戻った”といった方がいいか。
体感にして一分程度。その間は思考が相対性理論も真っ青なレベルで加速していて、周囲の人からすれば瞬きの内の出来事でしかない。
これで二度目だけど、俺はそれなりにこの“加速思考”を理解してきたと思う。
“加速思考”に陥るタイミングはまだ不明。だが、二回共に幼気な吸血鬼なる者が現れていることを考えると、もしかすると奴がキーになっているのかもしれない。
自分で言っていて馬鹿げていると思うが、この世界とは別の世界の誰かが、思考を共有できる力を使って俺に語りかけているという線だ。
正直生唾でしかない。今でも俺の頭がイカれたのではないかと疑っている。だからしばらく、俺はこの現象について考える必要がある。
時計を見る。
時間はもう11時を回っていた。
そろそろ支度をしなければ、商談に間に合わない。
俺は怠くて仕方がない体を無理矢理動かして、椅子から立ち上がった。
「あれ、篠崎先輩今からですか?」
「ん? ああ、まあな」
「いやーそれにしても、今月も断トツでしたね! やっぱり“俺流のコツ”みたいのがあるんですか?」
「……別にねえよ。こんなもん、適当に話して、共感した気になって、なんとなく勧めてやれば一発だ」
「へー、そうなんですか」
後輩はこれだから腹が立つ。
俺の功績を妬んで、積み重ねた努力を横から取って逃げようという姿勢が見え見えだ。
自分で何も考えない奴ら。そんなだからいつまでたっても成績が伸びないというのに、馬鹿だからそれすらも気づかない。
俺は一人でできた。なら、誰にだって一人でできるはずだ。それが無理という奴は、脳ミソじゃなくて根性が腐っているだけだろう。
「スフェア社に行くんですよね? 羨ましいなー。自分も一度は、そんな大企業と取引してみたいですよ」
「すればいいじゃん。今度連れてってやろうか?」
「まじすか! 言質とりましたからね!」
後輩の、何て言ったか……“田中”は嬉しそうに跳び跳ねると、そのままデスクに向かってしまった。
軽率だったか。これも“加速思考”のせいだな。
俺についてきたところで、何もできないだろうに。身の丈に合った仕事を選べない奴は、近い将来破滅するぞ。
……と言っても、嫌味にしか聞こえないか。まあ、少し遅めの職業体験と思えばこれもいいのかもしれない。現実を教えてやるいい機会だろう。
俺は必要な書類を束ねて鞄に入れ、そのまま出入口に向かった。