タイトルの意味は「願い事」。ラテンではこういうそうです。
「――では、続いて天気をお伝えします。日中は雲が目立ちますが、雨の降る確率は低いでしょう。また、夜には晴れて、夜半過ぎの北の空では、流星群がはっきりと見えることでしょう」
ラジオの天気予報。その中の一つの単語が耳に留まって、イグニスは食器を運ぶ手を止めた。
流星群。
イグニス自身がそれを見られなくなって久しいが、かつて見た美しい星空は、今も瞼に焼きついている。
幼い主と部屋を抜け出して見た星空。
成長した主と見上げた星空。
キャンプで、仲間たちと共に見上げた星空。
そのどれもが美しく、かけがえのない思い出で――
「……っ」
ダンッ!
イグニスは、テーブルに拳を打ちつけた。
共に空を仰いだ主は、もう、いない。
並んで空を見上げることは、もう出来ないのだ。
その痛みに、イグニスは未だ慣れることが出来ずにいた。
歯を食いしばって嗚咽を堪えるイグニスの耳に、アラーム音が届く。
「……だが、前に進まなければならない」
自らに言い聞かせ、イグニスは背筋を伸ばした。
胸を張って生きろ。
主に貰った言葉が、今のイグニスの支えだった。
世界に光が戻ったのは三年前。
それはつまり、イグニスの主――ノクティスが帰らぬ人となって三年が過ぎたということだ。
王城周辺の復興は大分進んだが、まだまだ手が回らない部分も多い。要望は多く、人手も資金も不足している。目は見えないながらも、優秀な頭脳は健在であるイグニスは、多くの仕事を抱えていた。
勿論、忙しいのはイグニスだけではない。
コルとグラディオラスは、体力と戦闘に自信があるものたちを纏めて、瓦礫の撤去や野生動物への対処にあちこちを回っている。
プロンプトは、補給品を携えて各地を視察し、埋もれがちな現地の声を集めている。
イリスは、補給品の管理や、王城周辺での炊き出し、医療活動も行っている。
それぞれに忙しく、王都を留守にしていることも多いため、皆が揃うことは久しくなかった。今日は、そんな大忙しのイグニス、グラディオラス、プロンプトの三人が王都に揃っている、中々に珍しい日であるのだが、スケジュールの関係で、挨拶すら交わしていない。そしてそれを、珍しいことだとも感じていなかった。
このまま顔を見ずに一日が終わるのだろうと、イグニスは思っていた。
コーヒーブレイク時に、「わん!」と、犬の鳴き声を聞くまでは。
「!?」
驚いたイグニスは、エボニー缶をひっくり返しかけた。
最近になって、ようやく王都でもペットを飼える余裕が出てきたが、王城、しかもイグニスの執務室まで入り込むことはない。
それになにより――その声に、聞き覚えがあった。
犬の鳴き声などどれも一緒という人もいるかもしれないが、目の見えないイグニスにとって、声というのは大事な情報なので、注意の仕方が違う。
とはいえ、その鳴き声を最後に聞いたのは、三年前。流石のイグニスも、断言する自信はなかった。
「……アンブラ、か?」
恐る恐る尋ねてみれば、「わん!」と肯定するような元気の良い返事。
「っ」
イグニスは椅子を蹴倒す勢いで立ち上がると、アンブラの元に足早に寄った。
そっと手を伸ばす。
確かに触れた毛並みに、夢ではない、とまずは安心する。
そして、ハッとした。
手を動かし、かつて、主がノートを託していた場所を探す。
果たしてそこには、一枚のカードがあった。
イグニスがそのカードを手に取った直後、アンブラが素早く身を翻す気配がした。
「! 待て、待ってくれ、アンブラ……!」
だがイグニスの制止は届かず、アンブラの気配は消えてしまった。
追うに追えず、仕方なくイグニスはカードに意識を向けた。
どうせ自分では読めないのだ。誰かに読み上げてもらわなければと思いつつも、指先でカードを一撫でし――
「……何?」
手に触れた、でこぼことした突起。それは点字だった。
急いで指を滑らせなおす。
そこから読み取れる文字は――
「っ誰か! グラディオとプロンプトを呼んでくれ! 今すぐにだ!」
冷静沈着と言う評価を吹き飛ばす、切羽詰った、あるいは鬼気迫る勢いで、イグニスは声を張り上げていた。
「星に願え? って、なんだこりゃあ」
点字を読めないグラディオラスは、カードを裏、表と眺めた。
イグニスが大至急で呼んでいると聞いて急ぎ戻ったものの、王都の外れまでいっていたグラディオラスが到着したのは、夜になろうという頃だった。
「アンブラが持ってきたって本当?」
「……確証はない」
プロンプトの質問に、イグニスは苦々しく答えた。
目が見えないことには慣れていたが、この三年、今日ほど、見えないことが歯がゆかったことはない。
カードを持ってきた犬がどんな姿をしていたのか、確かにアンブラであったかがわからないのだ。
あの犬がアンブラであったか否かは、イグニスにとって、いや、グラディオラスやプロンプトにとっても重要な点だ。
アンブラは、ノクティスと縁が深い犬だ。
もしこれが、ノクティスからのメッセージだとしたら。
そう思ったら、万が一の可能性に縋らずにはいられなくて、イグニスはグラディオラスとプロンプトを急きたて、かつて星空を見上げた地にキャンプに来ていた。
「星に願え、か。……叶うのかな。それが、どんな願いでも」
プロンプトは、カメラのデータを次々にスライドさせながら、悲しみの滲む声で呟いた。
叶って欲しい願いならある。ずっと胸に抱いている、ただ一つの願いが。
だが、それは奇跡だ。
「――お、始まったぞ」
涙を堪えるかのように、じっと夜空を見上げていたグラディオラスが、流れ星の最初の一つを見つけた。
椅子から立ち上がり、焚き火も背にしたグラディオラスに並んで、プロンプトとイグニスもまた、空を仰いだ。
「うわあ……綺麗だね」
「…………」
イグニスには、プロンプトの嘆声に「ああ、すげーな」と答えるノクティスの声が聞こえたが、それが記憶の再生であることはわかりきっていた。なぜなら、最後に聞いた、悲壮さを感じさせる声ではなく――まだ未来に希望を抱いていた頃の声であったから。
しばらく三人は、黙って夜空を見上げていた。
流れ星は次から次へと降り注ぐ。
やがて、グラディオラスが声を張った。
「――さあてと。王様のご命令だ。何を願うよ?」
「あ、俺、もう決まってる」
プロンプトは小さな挙手と共に、楽しそうに。
「俺も、決めてある」
イグニスは腕組みし、やはり口元に笑みを浮かべて。
「へえ、そうかい。実は俺もだ」
そんな二人に、グラディオラスもにやりと笑い返した。
三人で軽く笑いあった後、ふと、プロンプトは首をかしげた。
「ん? もしかして、願い事って一つにしたほうがいいの?」
「あー、どう思う、イグニス」
「ふむ。一つと書かれてはいないが……どうせ、願うことは一つじゃないか?」
「……だね」
「違いねえ」
どんな願いかなんて、いわなくてもわかっていた。
「じゃあ、いちにのさん、で、ね。いち、にの――」
プロンプトが、楽しげにカウントする。
そして。
「ノクト、帰ってきて」
「ノクト、帰ってきてくれ」
「ノクト、帰ってこい」
三人の願いが口に出されたその時、一際輝く星が一つ、空から落ちた。
「…………」
「…………」
「…………」
しばらく固唾を呑んで変化を待ったが、何も起きなかった。
「何も起きねえのかよ!」
「え、この流れでこれってあり?!」
最悪な肩透かしに、グラディオラスとプロンプトが騒ぐ。
イグニスだって、かつてないほどに期待を抱いていた。なのに、結局何も起きないなんて――と、拳を握り締めた、その時。
「!?」
イグニスの鋭敏な聴覚が、ぎしり、という音を背後から拾った。
「あー、正直、その願いは想定外だったわ。――お前ら、俺のこと好きすぎだろ」
イグニスが素早く振り返るのと、その声が聞こえてくるのとが同時だった。
「え!?」
「おい、まさか!」
プロンプトとグラディオラスも振り返る。
そしてそこに――かつての旅と同じ、四つ並べた椅子の一つに、彼が座っているのを発見した。
無精髭も、背負っていた悲壮感もなくなっていたが、二十歳よりも成熟した彼が。
「――っノクトぉ!!」
感極まったプロンプトが、ノクティスに飛びついた。
「うお!?」
勢いつけすぎのプロンプトを抱きとめきれずに、ノクティスの体が椅子ごとひっくり返る。
「っ痛ぇ……つかプロンプト、太った?」
「酷! 帰ってきてまずいうことがそれ!? ノクトってばデリカシーなさすぎ!」
泣くやら文句いうやら笑うやらで忙しいプロンプトからは、彼が目指す大人の男の渋みなんて欠片も感じられない。まるで二十歳の頃に戻ったみたいに、声のトーンは高く、口調も軽くなっていた。
「この、ねぼすけ王子が。帰ってくんのに三年もかけやがって」
からかう言葉を、震えを抑えきれない声でかけながら、グラディオラスは、倒れたノクティスに手を貸して引き起こした。
「別に寝てたわけじゃ……」
「ノクト」
ノクティスの反論の途中で、イグニスの、焦燥混じりの声が被さった。イグニスの表情は硬い。
求めるように伸ばされた手をノクティスのほうから掴みとると、ぐ、と強く握り締められた。
「……本当に、ノクトなんだな……」
まるで、消えてしまわないか確かめるように。
「……ああ。本当に、俺だ」
夢でも幻でもないと保証して、そこでようやく、イグニスの頬が緩んだ。
「――お帰り、ノクト」
「ただいま、イグニス」
誰よりも長い時間を共に過ごしてきた二人は、噛み締めるように、日常の挨拶をかわした。
そんな二人の様子を、プロンプトとグラディオラスが、涙を滲ませながらも笑顔で見守る。
頃合を見て、プロンプトが明るい声で尋ねた。
「ねえノクト、今まで何処で何やってたのさ! なんですぐ帰ってこなかったの!」
「おう、そいつは俺も是非聞かせてもらいてえなあ」
「あー……特訓」
プロンプトとグラディオラスの追及に、ノクティスは目を逸らしながら小声で答えた。だが、小声であっても、イグニスは聞き逃さない。
「特訓? なんの特訓だ?」
「……神様になるための特訓」
観念して、ノクティスは溜息とともにいった。
「…………え、ごめん、それ、笑うとこ?」
「だよなー、やっぱそうくるよなー」
予想通りのプロンプトの反応に、ノクティスは空を仰ぐ。
「おいおい、わかるように説明しろよ」
「あー、だから。真の王として使命を果たした褒美に、神に昇格させてやるって。神様になりたかったわけじゃねえけど、やりたいこともあったし」
「やりたいこと? それはなんだ」
イグニスに問われたノクティスは、イグニスには見えないことを承知の上で、傷ついた彼の目を指差した。
「治療」
「え、ノクト、イグニスの目を治せるの?!」
「お前らが願うのならな」
「願うのなら――もしかして、あのカードはそのためか?」
「ああ。基本、神様って、リクエストがないと力を使っちゃ駄目らしい」
ノクティスの体験としても、六神が勝手に力を使ったイメージは、あまりない。戦闘中に、「処す? 処す?」と語りかけられて、「じゃあ頼むわ」、あるいは戦況によってはノリノリで、「先生、お願いします!」とするのが通常手順だった。
なんにせよ、ノクティスは、彼らの願いはイグニスの視力以外ないだろうと思い込んでいた。
なのに、彼らが願ったのは、ノクティスの帰還。
そのことが、嬉しくも照れくさい。
「よし、なら頼むぜ王様、いや、神様か? イグニスの目を治してくれ」
「はいはーい! 俺からもお願いします、神様王様、ノクティス様!」
「調子いいな、お前ら」
イグニス本人を差し置いて前のめりに願う二人に、ノクティスは苦笑した。
だが、もともとそのつもりでいたのだ。むしろ待ってましたとばかりに、ノクティスはイグニスの目の前に手を翳す。
煌くエレメントがノクティスの手に集まり、一層の優しさを纏って、イグニスの両目に注がれていく。
「――よし、どうだ、イグニス」
「…………」
促されたイグニスは、サングラスを外して、そっと目を開けた。
まず目を引いたのは、焚き火の赤。ランタンの光だった。
闇に慣れた彼には、それだけでも眩しい。
光を遮るようにサングラスを翳せば、人の姿がぼんやりと見えることに気付けた。
目の前にいるのはノクトのはず。
もっとはっきり見たくて幾度か瞬きをすれば、だんだんと視界はクリアになっていった。
三年前には見ることのかなわなかった彼の顔。
「……ああ、ノクト。ようやく、お前の顔が見れた……」
二十歳の頃にはまだ残っていた幾分の幼さが消え、レギスの面影が強くなっていた。
「……俺も、その目の色見るの、久しぶりだ」
「っ良かったー! イグニス! 凄いよ、ノクトー!」
涙で頬を濡らしたプロンプトが、イグニスとノクティスの横から抱きついた。
「やるじゃねえか、ノクト!」
バン! とグラディオラスが、ノクティスの背中を叩く。
「いって! この馬鹿力……ってうお!」
抗議の途中で、グラディオラスもまた抱きこむように腕を回してきたので、四人は円陣を組んだような形になった。
「……はは」
そして、誰からともなく、笑い声が漏れ。
「ははははは!」
四人の、一片の翳りもない笑い声が、流星群の下で響き渡った。
End
で、このあともっと詳しく話をして。
「ちなみに、俺が司るのは夜で、ルーナが月な」
「え、ルナフレーナ様!? 何それ、聞いてないんですけど!」
「ついでにいうと、夫婦神として登録するために結婚式も済ませた。出席者は親父と歴代王と六神」
「え、何登録って、何に登録するの! いや、それよりも結婚式って何それ! 陛下に歴代王に六神!? 何で呼んでくれなかったの、写真撮りたかったのに!」
と、プロンプトに騒がれたり。
「ところで、食事は出来るのか」
「栄養摂取は必要ねえけど、美味い物は食う」
「――野菜を食べたくないがために、嘘を言ってないだろうな?」
「ぎく」
「ノクト」
「あ、あー、そうそう! 基本、俺がこっちにいられるのは夜の間だけで、昼の間は寝に帰るから!」
「わかった。では、俺も夜型にしよう」
と、イグニスがノクティスの世話を最優先にして、部下さんたち大混乱とかあったり。
「おいノクト、ちっと手ぇ貸してくれ!」
「はいよ。行くぜ、ファントムソード!」
「すげえな。前より威力あがってんじゃねえか」
「まあな。神様になったことでパワーアップだ。歴代ルシス王、十二人連続召喚も可能になったぞ。俺入れれば十三連撃な」
「ナイツオブラウンド!?」
とか、夜の旅人のピンチを助けて回る伝説が出来たりすればいい。