今回は短めです。
たつなみを無事に入港させた深町は、早速目的の場所である横須賀基地第2潜水隊群司令室へと足を運んでいた。
「ご苦労さまです。深町艦長」
「別に苦労してまで来てねえよ速水。いや、速水司令殿」
つく早々にソファーへと座り込んだ深町の態度に別段怒る様子を見せない潜水隊群司令。名を『速水健次』。階級は海将補であり、第2潜水隊群司令を務めている幹部自衛官である。そして何より、かつては海自潜水艦『たつなみ』で副長を務めていた深町の腹心の部下であった人物でもある。
「あなたに改めて言われると不思議ですよ。本当ならこの部屋も、この地位も深町艦長がいるべきだった場所でしょうに」
「こんな堅苦しい部屋に居座るなんざ俺の性分じゃねえよ。田所司令の頃からずっと蹴ってたんだからな」
「深町艦長がもう少し候補生に対する言動を改めれば、もっと上に行けたでしょうに。渡瀬だって、もうすぐあなたの階級を越しますよ」
現在は深町より先に出世を果たしてしまうも、かつての上司と部下という関係も続いているのか。こうした二人のみ場合は幾分か崩した対応をしている。ちなみにたつなみの航海長を務めていた渡瀬吾郎も別の潜水艦の副長を務め、来期からは一等海佐として艦長になる話も決まっている。
「何言ってやがる。大体最近の若い連中は忍耐も根性もない奴ばかりだ。俺が若い頃と比べれ天と地ほどの差もありやがる。そんな軟弱な精神を持った奴に日本の海を守れるわけねえだろ」
若干怒り気味に文句を垂れる深町。ここ最近入隊してくる若い自衛官候補生の軟弱ぶりに呆れているようだ。
「深町艦長の言うこともわからなくはないですが、ここ数年は海上自衛官になりての人間が減少傾向にあるんですよ。日本を守るにしても、まず人手を確保することが最優先でしょう。陸自なんか、戦車道の後押しで入隊希望者が続出らしいですし、海自もそうしたものを模索してるらしいですし」
何かしらプロパガンダをしてでも、海自の人員を確保しようとしていることを明かすも、すぐに深町を鼻を鳴らして否定する。
「そんなもので釣るほど、"スポーツ"と"実戦"は違う。それに対する覚悟もな。俺たちは選手じゃなく軍人だ。それをここ最近の若い連中はわかっとらん」
「でも、その軟弱な若い連中の中にあなたの元に行きたいという骨のある候補生がいますよ」
机の上に書類を置いて、深町に見せる。最も深町自身はこの書類をすでに前から拝見している。そこには乗艦願と記載され、海上防衛学校特進科『海江田まお』と名前が記入されており、これまで経歴などが赤裸々に記されている。
「まさかあの海江田艦長のお孫さんが海自に入隊したと聞いたときは驚いた限りでしたよ。かなり話題になってましたからね。それが何の因果か。同じ潜水艦乗りになるために、あなたの『たつなみ』に乗りたいとは」
「運命でもなんでもねえよ。それを決めたのはこの小僧自身だ。だが、
海江田四郎の息子である
「まぁこれだけのことがあっても入ってくるのは、肝が座ってんだろ」
「なのに、あなたはその回答をずっと保留にしたままなのはどういうことです?正式な命令書を出さないのは、あなたのこれまでの"教育"に問題があるため、乗艦可否を委ねているからです。以前はすぐに回答を送るのに今回に限っては期限を過ぎでも返答がないのは何か彼にあるからではないのですか?」
深町には、特例で候補生の乗艦の可否をすることできる権限を与えられている。それはこれまでの教育に問題があるため、ある程度彼が見定めた人物を乗艦させようとする意図があった。言動に難があるとはいえ、深町は潜水艦乗りでは最も優秀なのは間違いなく、その人物からの教えを乞うのは中々チャンスがないのだ。が、結局は彼の厳しすぎることから、こうした事態になってしまっている。深町自身は観察眼は中々あり、書類を見ただけで可否をとるため、返答は早いのだが、今回の乗艦希望者である『海江田まお』だけは中々返答がなかったのだ。なので、群司令である速水は点検を兼ねて深町を横須賀基地に呼び出しことにしたのだ。
「海江田艦長の孫だから、何かしらあるのではないのですか?」
「…そんなんじゃねえ。ただこいつは俺が直に会って決めたくなっただけだ」
言葉では言っても、内心は海江田四郎の孫という点では強い興味を持っていた。だが深町の興味はそれだけではなかった。
「それにコイツの姓は海江田だが、本当の姓は西住だ。西住と言えばあれだ。戦車道で有名な流派だろ」
「よくご存知ですね。あまりそっちには興味がないかと思ってましたが」
「新聞やテレビで特集でもされてればいやでも耳に入ってくんだよ」
そう言った方面には興味がないと思っていた速水だが、西住という名は戦車道に興味がなくても嫌でも耳に入ってくる名なのだ。
「経歴書には家庭的事情により姓と住所の変更って書いてあるが、要は家出してまでここに来たってことだろ?それに双子の妹にひとつ下の妹と別れてまでだ」
「さぁ、理由はそこまでは聞いていません。入隊志願書にはしっかり保護者の印鑑が押されていましたから、こちらとしては手続きに何の支障はありませんし」
「押したのは海江田の女房だろ。コイツの親が押したわけじゃねえ」
まおの親である西住しほの印鑑ではなく、海江田四郎の妻である人物の印鑑とサインが書かれているのに可笑しいと感じる。もしかしたら、まおが海上自衛隊に来ることを親であるしほが認めていないのではないかと、深町の直感はそう言っている。
「深町艦長は海江田まおの素性が知りたいんですか?」
「そんなんじゃねえ。ただ、海江田がそうだったように、こいつのすまし顔が何となく似てんだよ」
貼られている顔写真に少しばかり疑いの目を向ける深町。どこか清々しくも、何か秘めている感じの目をしている海江田まおを。それはかつて同期であり、ライバルだった海江田四郎の目とどこか似ていると。
「もし彼と会いたいなら手配しますけど」
「んなもん必要ねえよ。俺が散々遅らせたんだ。こっちから出向くのが筋だろ」
「なら…ん?」
何かしら手配しようとした速水は、突然なりだした内線電話に顔を移す。深町に軽く会釈して受話器をとり、相手口と会話をする。少しばかり笑みを浮かべた。
「どうやら、出向く手間が省けたみたいですよ深町艦長」
受話器を置いて、再びソファーの場所まで戻っていく。何やら朗報とでもいったような表情をしている。
「あん?」
「向こうからあなたに会いたいと連絡があったみたいです」
「なんで海江田の孫が俺がここに来るのを知ってるんだ?入港連絡なんて学校まで言ってねえだろ」
「私が伝えておきました。深町艦長のことですから、おそらく自分の目で見たいだの会いたいだのと言うと思いましたから」
「それわかって俺をここに"たつなみ"ごと呼んだのか?ったく余計なお世話だっての」
「何年あなたの元にいたと思ってるんです?」
女房役とまでは言わないまでも、速水も長い付き合いになる。深町のことはそれなりに理解しているつもりなのだろう。
「それと結論は今日中に出してくださいよ。これは命令です」
「わぁってるよ。速水司令」
制帽をかぶり直し、ソファーから立ち上がる深町。部屋を退出する間際、群司令室に飾られた"海江田四郎"海将補の写真立てに目が入る。
「海江田艦長も天国で喜んでるかもしれませんね。自分の孫が同じ道を行ってくれるのを」
それに気づいた速水も呼応するように話しかける。しかし、振り返った深町の顔は神妙な表情をし。
「俺はまだ、海江田が"死んだ"なんて信じてねえからな」
あれから何年経とうとも、深町の勘は海江田四郎の死を信じていないのだった。
名前:深町 洋
所属:海上自衛隊第1練習潜水隊やまなみ型潜水艦2番艦《たつなみ》艦長
階級:二等海佐
備考:ディーゼル潜水艦《たつなみ》艦長。海江田四郎とは同期であり、良き競争相手だった人物。操艦技術も非常に高くリムパック演習で米空母《カールヴィンソン》を5回撃沈した実績を持ち、これらを持つのは海江田四郎を除けば彼だけ。しかし、昇進に値する能力を十分持っているが、粗暴な言動が妨げになり、とうとう練習潜水隊に飛ばされてしまい昇進の機会も逃し退官まで一生そのままと言われている。逆に部下が先に出世している。更には教官になってからも彼の大胆で豪快な人格についていけず、若い候補生は辞めていくのがあとを絶たないことも付与している。だが彼をよく知る人達は彼を慕うもの多い。今でも死亡したと言われる海江田四郎の死を信じていない。
名前:速水健次
所属:第2潜水隊群司令
階級:海将補
備考:かつて《たつなみ》の副長であり、深町二佐の補佐を務めていた人物。前までは女性に見まがうかのような優男風の容姿であったが、今では歳相応に相応しい風格を持っている。優秀なだけに上司であった深町二佐を抜いて先に出世しているが、上司と部下だった深町二佐との関係は今でも続いている。
瑠璃色の道筋if作品ならどれが読みたいですか?
-
まおが高等部に進学するifルート
-
まおが養子に出されるifルート