小猫は飛び起き、次に辺りを見回した。どうやらアパートの一室らしい。途端に身体が震えた。
自分を犯そうとした男の顔が脳裏を過った。慌てて立ち上がり、脱出を試みる。一刻も早くリアス達と合流しなければ。
「気が付いたっスか?」
「……ッ!?」
「おっと、ウチは敵じゃないし。……コーンスープ、持ってきたけど飲む?」
突然の声に振り返ってみれば、そこに居たのはコカビエルではなくゴスロリ幼女だった。スープの入った器を見て、そこで初めて腹の虫が鳴り響いた。
引ったくるようにして受け取ると、一気に飲み干す。
「……待ってて。あんたを助けた恩人を呼んでくるっスから」
そう言い残して玄関の方へと消えた幼女を小猫は見送るしか無かった。
「此処は……?」
「だから妹を拐ったのは解ってるにゃ! さっさと返すにゃ!!」
「いきなり押し掛けて喚くな! この痴女猫が!!」
「……あんたが異世界の神か。是非とも戦ってみたい!」
「メルヴァゾア、久しい」
数分後、玄関から騒ぎ声が響いた。すぐに収まるだろうと思っていたそれは逆に大きくなっていく。
揉め事でもあったのかと見に行くと間抜けな光景が広がっていた。
「ウヒャヒャヒャ! 異世界が本当にあるとはなぁ! おじちゃんは嬉しすぎて死にそうだぜ!!」
「貴方を倒せば俺は英雄になれるのか……」
「その幻想をぶち殺す!」
「……カオス」
乳首にテープを貼り付けた幼女や銀髪の少年、果ては漢服を着込んだ青年に不幸そうな少年といった妙な集団で溢れる玄関。
その中に実姉の姿を確認した彼女は、恐怖よりも先に呆れるしかなかった。
▼▼▼▼▼
押し掛けてきた連中を追い払った後、部屋にはイッセー達だけが残った。麦茶を煽りながらイッセーが挨拶する。
「俺がイッセー。隣に座ってるのがミッテルトだ。宜しく頼む」
「……塔城小猫です。あの、助けて頂いてありがとうございます」
「気にするな。落ち着くまでゆっくりしていけば良いさ」
そう言ってポンポンと頭を叩かれた瞬間、小猫は泣いた。コカビエルに犯されかけた恐怖を思い出したのだ。身体を震わせて、彼にすがりついて泣き喚いた。
「安心して泣け。俺が守ってやるから」
「……なんか複雑っス」
「ミッテルトも膨れっ面するなよ。可愛い顔が台無しだぞ?」
「か、可愛い……ッ!? まあ、ウチは大人のレディだし? 後で頭を撫でてくれるなら……」
チョロいな、と思いつつ小猫の頭を撫でていたイッセー。だが不意に彼女をミッテルトに任せて、自らはベランダに出た。
煙草を取り出していると、隣に座る人影が呟く。
「……白音を、頼むにゃ」
「確か、黒歌だったな」
黒歌はゆっくり頷いた。
「私の身体を好きにしてくれて構わない。命を差し出しても良い。──だから、白音を保護して欲しい」
「それ程までにあの嬢ちゃんが大切か。どうして、そこまでするんだ?」
「……私は姉として何も出来なかった。悪魔の追手から守れなかった。手を離してしまった。だから……ッ!」
イッセーは煙を吐き出した。そして静かに告げた。
「聞いたか? ──嬢ちゃん」
直後、網戸が開けられた。黒歌が驚いて振り向くと涙目の白音が立っている。
避ける間もなく彼女は妹に抱きつかれた。
「姉様!!」
「ちょ……ッ! 全部聞かれてたの!?」
「まどろっこしい真似はするもんじゃないぜ。嬢ちゃん達が再会して、一緒に暮らすのが最良の選択だ」
「でも私はお尋ね者だし、白音も悪魔陣営だから……」
任せとけ。それだけ言うとイッセーは誰かに連絡を始めた。どうやら家に呼び出しているらしいが、詳しい事は解らない。合計で三人との連絡を終えるとミッテルトに言う。
「茶と、菓子の準備をしてくれ」
「誰か来るんスか?」
「ちょっとな……。お、来たぜ」
畳に突如として転移魔法陣が描かれると、其処から三人の男が現れた。
「よう、メルヴァゾア」
「この度の失態などについて話し合いに参りました」
「お久し振りです、メルヴァゾア殿」
来客はサーゼクスを筆頭とした三大勢力の首脳陣だった。
Who can utter the mighty acts of the Lord?
主の力強い御業を言葉に表せる者があろうか?