拝啓、ラインハルト様   作:うささん

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【10話】男がうじうじしやがってっ! ギャリック砲ですっきりだ!

 帝国軍の資源採掘プラントを狙った、同盟軍の地上部隊による襲撃は半ば成功しかけたがラインハルトらがもたらした戦車の停止コードによって敵戦力は殲滅されていた。

 捕らえた捕虜の情報から敵基地の正確な位置と戦力が伝えられる。睨んだどおり敵地上戦力のほとんどの戦車が投入されていた。

 これを好機と捉え、カプチュランカにおける資源争奪にケリをつけようと基地総出での攻略戦が始まろうとしていた。

 陣頭で指揮を執るのはヘルダー大佐だ。その作戦に帰還したラインハルトとジークフリードも加わっていた。

 

 奴は相当焦っているはずだ。刺客のフーゲンベルヒは戻らず死んだはずの俺達が戻ってきた。 

 フーゲンベルヒの言葉を物証として上げるのは困難だろう。ヘルダーがしらを切ればこちらもそれ以上強くは出れない。

 逆に上官侮辱罪で訴えられるだろう。本人の暴露による確実な証拠が必要だといえた。

 それに奴の尻には火がついている。撃退したとはいえ採掘プラント施設に受けたダメージはことの他大きい。

 ヘルダーも失態の汚名を返上するために実績を上げなければ自身の首が危ういというわけだ。この作戦は奴からすれば命綱だろう。

 俺たちがぎりぎりまで味方に接触しなかったのは装甲車両の停止コードの最大利用を考えた結果だ。それがヘルダーの焦りを生み出したことは副次的な効果に過ぎない。

 奴をここで追い詰める。運命は俺達に味方している。

 

「各部隊、合図とともに迎撃に出た敵部隊を挟撃せよ。敵の地上戦力は基地の砲台と歩兵ばかりだ。組織的な抵抗がなくなるまで突入は待て。では解散っ!」

「はっ!」

 

 各部隊の隊長らが敬礼し持ち場へ戻っていく。

 

「ミューゼル少尉、それとキルヒアイス准尉も残りたまえ。君らには別任務を与える」

 

 来やがったな、ここは敵地だ。戦場ではどんな事故があっても不思議ではない。始末をするならどさくさ紛れに限るか。

 奴が仕掛けてくるタイミングは俺達が部隊と完全に別れたときに違いない。

 

「はっ!」

「二人は反対側のルートを辿り、敵の残存部隊が逃亡するのを防げ。敵を徹底的に叩き制圧するには漏れがあってはならん」

「しかし、二人だけですか?」

「伏兵は多くてはならん。敵を油断させるのだ。こちらに回せるだけの余力はない。それに君らの前回の機転と手腕は見事であった。武勲を期待している」

「このような重要な任務を与えていただきありがとうございますっ!」

 

 思考を隠した能面の顔でラインハルトは敬礼する。ジークフリードと目が合って頷き合う。

 この作戦はこちらの意図通りといえよう。

 二人だけで敵戦力がわからぬままに相手にしろとは死ねと言っているようなものだが逆に好都合だ。

 そこで奴の仮面を剥がし動かぬ証拠を掴んでやる。 

 

「それにしてもあからさまですね」

「奴の化けの皮を剥がす。背後にいるブラウンシュバイクに釘を刺すだけの材料が必要だが、果たしてそれに合うだけのものを手に入れられるかが問題だ」 

 

 任命から一時間後、二人は基地の反対側にたどりつく。向こう側では激しい攻防戦の応酬が繰り広げられているが基地の陥落はもう目に見えていた。

 派手に聞こえていた砲撃はまばらになってきている。そろそろ突入している頃かもしれない。

 攻略部隊の士気は旺盛だ。地上戦力をほぼ失った敵に対してこちらは総戦力を投入している。勝利は確定したも同然だった。

 もっとも、そう早く決着がついてしまっては困るがな。

 

「キルヒアイス、お前はマーテル中佐を出迎えろ。お前以外の生き証人が必要だ」

「はい」

 

 ラインハルトの言うままにジークフリードは来た道を引き返す。

 同盟軍基地攻略のブリーフィングでできたわずかな時間を縫って二人はマーテル中佐に接触していた。

 件の車両工作とフーゲンベルヒのことはそのとき報告していた。確たる証拠がないのでその証拠を見せるということで話はついていた。

 わざと隙を見せるという無謀に思える行動もジークフリードのラインハルトへの絶対の信頼が作戦の無茶さを了解させていた。

 ヘルダーを油断させねばならない。敵の生き残りが出てきたところで俺には屁でもない。

 そして、やはりヘルダーはやってきた。向こうも一人、こちらも一人。ただの新兵であれば歴戦のヘルダーに勝てるはずもない。

 腕組みでラインハルトは出迎える。   

 

「待っていたぞ、ヘルダー」

 

 もはや敬称など不要だ。

 

「ミューゼル、貴様……フーゲンベルヒと会っていないだろうな?」

「あのウジ虫野郎ならとっくに花火になっているぜ。お前も同じ穴の狢だ。奴と同じ末路をたどるか? 罠にかけたつもりだろうが、罠にかかったのは貴様だ、ヘルダー!」

「貴様……誰に向かって口を聞いている? 上官を侮辱しおって、だが貴様一人で何ができる? 腰巾着の赤毛はどうした!」

「貴様など俺一人で十分だ」

 

 ラインハルトはブラスターを抜いて挑発する。

 もうヘルダーの殺意を肌に感じるほどだ。奴は抜くに違いない。

 

「お前はブラウンシュバイクの犬だ。犬に人の言葉など必要あるまい。皇帝の犬の犬など人の形をしているに過ぎないだろうよ」

 

 ヘルダーをラインハルトの双眸が睨みつける。

 こいつ……やはりただ者ではない。危険な男だ。公爵閣下が消せという理由が今わかった。この男は王朝に仇をなす存在。

 そうだ。ここで消して憂いを断つのだ。俺の将来のためにだ。

 ヘルダーのブラスターから光線が迸る。突如始まった銃撃にラインハルトは氷の雪像を盾にする。

 ほう、なかなか速いじゃないか。

 

「舐めてもらっては困るなっ! 私はこれでも幾多の戦場を巡ってきたのだ。実戦経験のない貴様のような新兵風情が私の相手など務まるものかっ!」

 

 適当に撃ち返しながらラインハルトは機会を伺う。

 この程度、正面からであればいくら撃っても当たらない。劣勢を装って撃ち返すが、当てるつもりもないへっぴり腰を装う。

 

「何度も何度も命のやりとりをしてきたのだ。それでようやく得たのが今の地位だ。だが、それもたかが最前線の司令官だ。この雪と氷の極寒の地でいつまでもいなければならない苦痛が貴様にわかるかっ! 中央からは見捨てられ、いつ終わるとも知れない戦いに身を置くなどまっぴらゴメンだっ! 貴様を始末すればこんな場所から抜け出せる。家族に会えず、子や妻に会えない辛さが貴様にわかるか! いや、わかるまいっ! 皇帝の寵姫の七光で出世する貴様になどわかってたまるかっ!! 死ねぇっ!」

 

 一心不乱にヘルダーはブラスターを打ち続ける。猛攻だが、いずれエネルギーは尽きる。

 

「くそっ!」

 

 撃ち尽くしたところでラインハルトは姿を表す。

 

「終わりか?」

 

 ブラスターをぶらりと右手に下げたままラインハルトは前に踏み出す。その無防備な様にヘルダーは拍子抜けする。

 

「馬鹿め、死ねっ!」

 

 神業のようなバッテリーの交換で換装を終えるとヘルダーがブラスターを放つ。その瞬間、ラインハルトの姿がその視界から消えていた。

 

「何?」

 

 白雪をさらう風だけが音を立てている。ヘルダーは狼狽して周囲を見回す。

 馬鹿な、奴はどこだ?

 

「ここだ」

「ひいっ!?」

 

 ヘルダーのブラスターを持つ腕をラインハルトが握りしめていた。

 い、いつの間に? 何という力だ……

 ヘルダーの額に脂汗が浮く。歴戦の勇士たる自分がこんな若造の力に動けないのだ。

 

「どいつもこいつも言うことは変わり映えしないものだな。俺が寵姫の弟だから何だという? 自分の力で何も掴めないやつほどよく吠えるものだ」

「貴様ぁ……」

「貴様は殺さん、貴重な証人だからな」

「証人だと?」

「そうだ。貴様に命じたのがブラウンシュバイクだという証拠だ」

 

 ラインハルトがヘルダーの持つブラスターを握り締めると鈍い金属音を響かせその手の中で銃がバラバラになる。

 雪を踏みしめる音と気配をすぐ背後に感じとる。少し前から到着していたがキルヒアイスには絶対に手を出すなと言っておいたのだ。

 

「ひっ! ば、化け物め」

「貴様はどうなんだクソ野郎。フーゲンベルヒに命じて電池を抜いた車両で新兵を前線に偵察に向かわせ、素知らぬ顔で殺そうとしやがったな。俺もキルヒアイスも敵のまっただ中で苦労したぜ。そのおかげで敵の停止コードを手に入れられたがな。お前程度の腕で俺を殺すことなどできん。フーゲンベルヒも戦車で来たがずいぶんベラベラと喋ってくれたぞ」

 

 ラインハルトはポケットから小型端末を取り出す。

 

「何だそれは?」

 

 ヘルダーの問いにスイッチが押される。

 

『ま、待ってくれ! ぜ、全部ヘルダー大佐が仕組んだことだっ! 私は命令に従っただけで……』

「フ、フーゲンベルヒ……」

 

 ボイスレコーダーから聞こえてきた声にヘルダーは真っ青となる。

 

『ヘルダーに命令を下したのは…ブラウンシュバイク──』

 

 最後の台詞の後にスイッチが切られるまでヘルダーは動けなくなっていた。

 レコーダーはラインハルトが前線の哨戒部隊から接収した物の一つだ。そこにフーゲンベルヒとの会話をすべて収めてある。

 

「し、知らんぞ、わしは証言などせんぞ。何を言っているのかはわからんが、それはフーゲンベルヒが勝手にやったことだ。や、奴が勝手に言っているに過ぎんっ! わしが否定すればそんなもの証拠にはならん!」

「まあそうだろうな。一介の新兵と大佐の証言。軍法会議ではどう判断されるかな? だが、今この場で俺を殺そうとしたことの言い訳はできん。第三者の証言があるからな」

「第三者だと?」

 

 すると隠れていた場所からジークフリードが姿を現す。

 

「ふん、赤毛の腰巾着など。そいつは貴様の忠実な家臣のようなものだろうが、それでは証人の資格などない!」

「いいえ、証人は私ではありません」

「何?」

 

 ジークフリードの後ろからもう一人の男が現れる。現れたのは前線で指揮を執っているはずのマーテル中佐だった。

 

「ま、マーテルどうしてここへ……」

「ヘルダー大佐……」

「マーテル中佐には貴様の発言の証人になってもらう」

「マーテル中佐っ! このような戯言を信じたわけではあるまい? こやつらはわしをはめようとしているのだ」

「この期に及んで苦しい言い訳をするか。だが、第三者の証言者としてマーテル中佐がすべて見ていた。それでも否定するつもりか?」

「わ、わしは悪くない……」

 

 震えながらヘルダーは言い訳を口の中で繰り返す。

 

「寵姫の弟である俺を暗殺しようとしたことは大逆罪に相当する。大逆罪は一族まで死刑だ。貴様の家族は貴様を呪って死ぬことだろうよ」

「ひっ!」

 

 一族もろともという言葉にヘルダーの目が大きく見開かれる。

 断頭台で処刑される自分と処刑される妻と子ども。

 親類縁者はことごとく職を失い末代までその罪は消えることがない。大逆罪ともなれば一族までもその咎を受けるのだ。

 そして錯乱した声を上げて走りだす。

 

「うわぁぁ~~っ! ひっ! いやだぁぁ~~!」

 

 ヘルダーが立ち上がり走りだす。その先は切り立った断崖があった。  

 

「待てっ!」

「うぁぁっ! あ~~~!」

 

 ジークフリードが走りだす。が、間に合わずヘルダーは断崖から身を投げていた。

 

「うわぁぁ~~~っ! ……?」

 

 しかし、いつまで経ってもヘルダーに死は訪れなかった。

 ヘルダーは真下を見下ろしながら呆然とする。空中に宙ぶらりんに浮いているのだ。

 胸元が苦しい。襟元を掴む腕があった。

 見上げればそこにラインハルトがいる。何の支えもなく空に浮いているのだ。

 

「ミュ、ミューゼル少尉?」

「ああ、世話を焼かせる野朗だ。いいか聞け、貴様が死んですべてが終わりというわけにはいかん。お前には使い道があるからな」

「な……」

 

 ラインハルトが舞空術でヘルダーを崖際で引き止めている。浮き上がり崖の上まで行くとヘルダーともども着地していた。

 

「やれやれ、反重力制御装置が役に立ってよかった」

 

 舞空術による飛行だが、堂々と空を飛んだ言い訳がこれである。

 かなり無理があるがそんなものは知らん。

 ジークフリードもラインハルトがそんなものを持っている事実は知らないがあえて何も言わないことにする。

 主人の無茶ぶりはもうスルーするくらいで丁度良い。

 

「ヘルダー、ブラウンシュバイクが命じた証拠は残っているか? 消去したのか、どちらかイエスノーで答えろ」

 

 しばし沈黙の後にヘルダーはうなだれて口を開いた。

 

「……イエス。通話記録が残っている……消去しろと言われたが、相手は門閥の公爵様だ。鉄砲玉の使い捨てへの約束を守るとは思えなかった。暗殺が成功すればわしを口封じに殺すことも考えているのではないかと思ってもいた。もし、約束を反故にするのであれば全部ぶちまけてやるつもりでいた……」

「ヘルダー、俺はお前と取引をしようというのだ。貴様の罪を問わない代わりに暗殺を命じたブラウンシュバイクの証拠を差し出せ」

「な……」

「この氷だらけの土地から抜け出したいのだろう? 俺は寵姫の弟だ。姉上を通じて貴様のこの基地での活躍ぶりを上奏すればお前はここから抜け出せる。俺にはそれを実行できる力がある。皇帝の力を利用するだけの力がな。マーテル中佐、敵基地を壊滅させた功績はいかばかりなものだろうかな? その際にあたってヘルダー大佐は見事な采配を見せたとなれば出世することも可能ではないか?」

「そ、それは……」

 

 マーテルが面食らった顔をする。実直に軍務を務めることに軍人としての責務を傾けてきた男にとっては陰謀の匂いがするやりとりは範疇の外である。

 

「功績は極めて大であると考えますが。失礼……」

 

 通信音が鳴り響いていた。前線部隊からの通信だった。

 

「む? そうか、全軍、突入開始。武装を放棄させ基地を占領せよ」

 

 通信に答えた後マーテルが向き直る。

 

「さあ、どうだ。ヘルダー?」

 

 ラインハルトが取引への返事を迫る。

 

「わ、わしは……で、できん。取引に応じたとして貴様が生きていれば裏切ったと思われよう。例え中央に戻ろうがブラウンシュバイクがわしを生かしておくとは思えん……」

「それで家族はどうなる?」

「え?」

 

 ラインハルトの家族という言葉はヘルダーには意外なものだった。

 

「家族はどうなると言ってるんだこの野郎!」

「ラ、ラインハルト様」 

 

 ヘルダーの襟首をラインハルトが掴んで揺すぶった。キルヒアイスの制止は無視される。

 

「ここで貴様が死んでも同じことだ。貴様の罪が消えることはない。死にたければ卑怯者として死ぬがいいさ。だがな、残された者の苦しみが貴様にわかるか! お前の帰りを待つ子どもはどんな顔でお前の死を聞く? 妻はどんな思いでその死を受け入れる? 一方的に奪われるものの悲しみを貴様は理解したことがあるか! さあ、言ってみろっ!」

「ぐ……」

 

 目に強い光を込めたラインハルトに締め上げられヘルダーはぐったりと膝を落とす。

 

「わ、わしにどんな選択があったというのだ……引き受けなければ、いつ終わるともしれない戦いで命を落としているかもしれず、生き残ったとしても帰ることもできない生活にはほとほと嫌気が差した。生きて家族に会えることだけを心の支えにしてきたのだ。例え卑怯な人殺しに成り果てようともそれだけが唯一の光明に見えたのだ」

「では生き残れヘルダー。貴様が生きる道は俺の後をついてくるのみだ。それ以外の道などない」

 

 基地内部では響いていた銃撃音は散発的になっている。ほぼ制圧は順調かと思われたが──

 

「来やがったな。炙りだされてずいぶんな数だな」

 

 ラインハルトは背を向けて基地へ顔を向ける。その基地から逃げ出したと思わしき歩兵たちが姿を現す。

 すぐにこちらを見つけたのか銃の熱線が飛んでくる。その数は数十人という数だ。

 

「ひいい……」

 

 ヘルダーの足元を熱ブラスターが抉った。ヘルダーは尻餅をついたまま後ずさりする。

 

「下がりましょう。いけません。数が多いですね……」

 

 ジークフリードがブラスターを構えるが、基地から出てきた兵士の武装はこちらの戦力を大きく上回る。砲撃音が響いて近くの氷雪像を粉々に打ち砕く。

 基地は陥落すると見てのやけっぱちが見えた。

 

「ミサイルか」

「ひい……」

「大佐、こちらへ」

 

 マーテルがジークフリードと一緒にヘルダーを下がらせる。今の武装では対抗する術がない。

 その中をラインハルトは前に進み出る。敵の射線に入っても悠然と立ち尽くす。だが、その身に一発も当たることなく前に進んでいく。

 ラインハルトにはすべての射線が緩やかに見えていた。ギリギリで躱して足を戻す。それで動いていないように見えるだけだ。

 はたから見れば正気の沙汰ではない。が、その胆力にこの場にいる誰もが舌を巻いていた。もっともジークフリードは少し呆れただけだ。

 ラインハルト様は危険なほどバトルジャンキーになるのだ。

 

「ヘルダーっ! 貴様も男ならいい加減覚悟を決めやがれっ!! はぁぁぁ~~~っ!」

 

 ラインハルトが身の内に蓄えていた気を一気に開放するとその身がオーラに包まれ髪の毛が逆立つ。

 そして両手を腰に構えるとエネルギーの波が収束して光るエネルギー弾が手の中に生成される。

 高純度の気を束ねたそれはピンボール程度の大きさからテニスボールほどになり、さらに大きくなって指から光が溢れ出した。

 光が白雪の世界を包み込んで反射させる。辺り一面が真っ白に染まり近くにいた三人は目を閉じていた。

 的になりに来た愚か者に戦車をも一撃で破壊するミサイルが放たれる。

 それを正面から迎え撃つ形でラインハルトはエネルギーボールを解き放つ。腕を前に突き出しふんじばって標的に放っていた。

 

「食らいやがれっ! ギャリック砲だ~~~っ!!」

 

 破壊の光線がミサイルを破壊しながら基地脇の山腹を貫いた。そのすぐ後、地響きの後に氷河が崩れ落ちて基地下の敵を巻き込み大量の雪崩となって坂を下っていく。

 再びここにいた三人が目を開いたとき敵の姿は消滅していた。轟音を轟かせながら直ぐ目の前を雪崩が落ちていくさまを目撃する。

 その中に巻き込まれた兵士の姿もあったがすぐに見えなくなっていた。

 距離と角度を計算した上でのギャリック砲だった。

 

「キルヒアイス、まだ暴れたりん。裏口から入って基地を制圧する。お前達はそこで待っていろ」

「ラインハルト様っ!」

 

 ジークフリードに背を向けると、たぎる血のままにラインハルトは基地へ飛び込むのだった。

 

 

 カプチュランカの同盟軍拠点が落ちたことによってこの地を巡る争いにいったんの終息が訪れる。が、その平穏は長く続くものではなかった。

 基地拠点の陥落を受けた同盟軍が艦隊を派遣し帝国軍の地上基地を総攻撃したのはその半年後のことだ。

 帝国拠点は失われ再びカプチュランカを巡る争いは白紙に戻ることとなるのだが、それは彼らの運命と物語に何ら影響を与えるものではなかった。

 カプチュランカでの輝かしい功績は報告され、かくして、ラインハルト・フォン・ミューゼルは多大な功績とみやげ話を皇帝に直接奏上申し上げるという栄誉を受けることとなったのだ。

 良くも悪くも宮中にその存在を知らしめることとなったのである。

 それから──

 深夜のオーディン国際空港。ここに死んだはずの男が立っている。コート姿の男の頬を冷たい風が撫でる。

 背後にライトが差して男は振り返った。眩しさに目を細めて手をかざす。

 車両が二台停まり、先頭の車両から軍服姿の男達が降り立った。その二人はラインハルトとジークフリードだ。

 そして後ろの座席から中年の婦人と、まだ十代の少年と少女が共に降りる。親子連れなのは明らかだ。

 

「あなたっ!」

「お前……」

 

 駆け寄った婦人を男が抱きしめる。妻子を前に、その男──ヘルダーの目に涙が浮かんだ。

 

「約束通りだ、ヘルダー。これを渡しておく」

「これは?」

 

 ラインハルトが差し出した包みを見てヘルダーが受け取る。

 

「ヘルダーという男はすでに死んだ。カプチュランカの戦いでな。四人分の新しい身分証と、当座困らないだけの金額がある」

「わかった……」

 

 ヘルダーと目を合わせラインハルトは首を振る。

 

「礼などは無用だ。それはあそこでふんぞってるアフロ眼鏡に言え」

 

 もう一台の車に乗ったままの運転手は大男で、夜中だというのにサングラスを付けたままだ。

 誰であろうオフレッサーその人だ。すべてを承知してヘルダーを逃がす手はずを整えたのはオフレッサーである。

 オフレッサーは変装のつもりなのか、アフロヘアのかつらを付けている。

 その後ろにはもう一人……深いベールで顔を隠した女性がいる。外からではまるで窺い知れない。

 滑走路の向こう側から用意された小型シャトルがやってくるのが見える。

 

「行け、そして二度と戻るな。この世界が変わるまで」

「感謝する、ミューゼル少尉……それと」

 

 ヘルダーが車両に向けて敬礼する。車中のオフレッサーが敬礼で返すと踵を返し、夫人と子ども達の肩を抱いてシャトルへと乗り込んだ。

 シャトルが飛び立つのをラインハルトとジークフリードが並びあって見送る。

 

「例の映像はいつ使われるのです?」

「今は無意味なものに過ぎん。ブラウンシュバイクの権勢が確かなうちはな。奴が失脚し、俺の足元を舐めるまではな。そのときに突き付けてやる。奴の罪状の証と共になっ!」

「恐ろしいことです。ラインハルト様を敵にしたくありません」

「お前は俺の隣にいるんだ。周りが全部敵でもな」

「そうですね」

 

 シャトルが去り、二人が振り返るとドアを開いてオフレッサーが出迎える。

 

「借りができたな、オフレッサー」

「いや、借りを返したのは俺さ」

 

 ラインハルトに返しオフレッサーがサングラスを外す。

 

「借り?」

「もう二十年も前のことになるがな。ヘルダーの奴は青臭い新兵でな。陸戦隊で一緒だったのさ。とある作戦で後続部隊と分断されてな。さすがの俺様も死ぬかと思った戦いだった。奴は若造だったが度胸だけは座っててな。背中を任せるに値する男だったよ。あいつがいなけりゃ俺もここに立ってねえ」 

「そうか」

 

 オフレッサーの昔話に興味はなかったが、オフレッサーにヘルダーの身の処し方を相談したのは間違っていなかったということだ。

 ヘルダーを死んだことにして戦死者リストに加え、冷凍催眠状態にしてオーディンで蘇生させた。

 これには皇帝の寵姫の弟という肩書でも難しかったが、マーテル中佐の助けを借りて実現させたのだ。

 ラインハルトもこうもうまくいくとは思っていなかった。重なった要因も運のうちだ。

 

「尋ねなかったが後ろの女は誰だ?」

「俺達のスポンサーさ。ヘルダーの身分証と金を用意してくださったのさ」

「誰か、と聞くのは野暮か?」

「お前が出世すればいずれ会うことになるだろうさ」

「ふむ」

 

 面白くないと呟くが、すぐに頷いて返す。

 

「じゃあな、ラインハルト。また会おうぜ」

 

 オフレッサーは背を向けて車に乗り込む。

 すれ違いざま、ラインハルトは顔を隠した女に眼差しを向けるが深いベールが二人の間を隔てていた。

 

「行くぞ、キルヒアイス」 

「はい、ラインハルト様」

 

 空港を出た車は二つの道に分かれて走り出す。

 そしてベールの女が口を開いた。これまで一言も発さず沈黙を保っていた口だ。

 

「オフレッサー。あの金髪の坊やがお気に入りなのだね?」

「見込みのある男です。若いが肝が据わっている」 

「皇帝陛下から姉を取り戻すために軍に入り出世しようとな。姉の光を利用する小童という噂であったが、此度のこと、わらわが手を貸さなんだらどうしたことやら。危なっかしいものよ。だが、あの少年の心根は、お前が気に入るのもわかる。姉のグリューネワルトか……一度、姉にも会っておきたいものだ」

「なら、段取りつけやすぜ。薔薇の庭でよござんすか?」

「良きに計らっておくれ」

「へい、ボス」

 

 オフレッサーが笑って手動マニュアルのハンドルを握るのだった。

 そしてここで歴史に残らぬ一幕が閉じる。時に帝国暦482年、今後長きに渡るラインハルトとキルヒアイスの飽くなき闘争への日々はまだ始まったばかりであった──


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