「昨日はあれからどうなったの?」
有紀はサンドウィッチを頬張りながら、私の顔を覗きこんできた。その表情はからいかいを含んだ、卑下た笑みを浮かべている。この親友がなにをいいたいのかは、聞かずとも分かる。
”年下君にお持ち帰りされた感想は?” といったところだろう。有紀の追及を逃れるのは至難の業……というわけで正直者な私は素直に答えるのです。
「へえ、あの爽やかな好青年がねえ」
「最悪よ、マジで」
「でも、ほいほいとラブホ街について行ったあんたも悪いのよ」
「そうかも知んないけど……だってしょうがないじゃん。酔ってて頭ぼーっとしてたんだから」
確かに有紀のいう通りだ。酔ってたとはいえ、大人の女としては軽率な行動だった。あれじゃ、誤解されても仕方がない……。
「それはそうと、あんたを助けてくれたっていうその男って、どんな人?」
「どんなって……ちょっとしたカーボーイよ」
「カーボーイ……外国の人?」
「まあ、そんな感じ」
あっさり素うどんを啜りながら、私はしれっと嘘をついた。今日は二日酔いのため、ヘビーな物は胃が受け付けてくれない。飯食いの私としては、非常に軽めの昼食であった。
それはさて置き、昨日は色んな意味で本当に盛りだくさんな夜だった。はっきりいってもうお腹いっぱいである。食べかけのうどんの丼ぶりに箸を置くと、私は昨夜のことを思い起こした。
昨日はこともあろうに、青の目の前で二度目の失態を犯してしまった。真夜中のラブホ街で、豪快にリバース中のアラサー女。そんな私を気遣い、背中をさすってくれる美少年カーボーイ。
幾分シュールな光景に、通り過ぎてゆくカップルたちが怪訝な眼差しを向けてくる。ああ、なんと格好の悪いことだ……この時ばかりは自己嫌悪で泣きたくなった。
暫くすると胃の中も空っぽになり、気分も少しはよくなった。その時、丁度よくタクシーが通りかかった。青はすかさず片手を上げて止める。
車に乗り込むと酸っぱい吐息と共に、マンションの住所を告げた。すると運転手はあからさまに嫌な顔を浮かべると、ビニール袋を手渡してきた。
「お客さん、気分が悪くなったらそれにお願いしますね」
なんともご用意の宜しいことで……。
「ねえ、奈々……」
しばらく走ったところで、青が真剣な眼差しを向けてきた。いつになくシリアスな表情と口調――私は依然と続くひゃっくりを、必死で抑え込んだ。すると年下の性奴隷は、無言で私の手をにぎってきた。
途端に心拍数が急激に跳ね上がってゆく。いつもなら、この程度では動揺などしない。だけど現在の私はこともあろうか、この美少年にときめき中なのである……。
ああ、 タイムマシンがあるのなら合コン中に戻りたい。そして浮かれる自分の頬を思いっきり、引っ叩いてやりたいです。そんな現実逃避な私をよそに、青は悲しげな表情でこういってきた。
「ひゃっくりってね、100回連続で出ると死んじゃうんだって……知ってた?」
はあっ? どうでもいいわ、そんなことっ! この驚くほどに空気の読めない発言のおかげで、私の心拍数は一気に平静を取り戻した。
「どう、びっくりした?」
青はそういいながら、小首を傾げてみせた。どうやら私を驚かせて、ひゃっくりを止めてくれようとしたらしい。そのおかげかどうかはさて置き、厄介なひゃっくりのほうはピタリと止まってくれた。
取りあえず高揚した気持ちも静まったところで、私は軽く吐息を漏らした。そして先程から気になっていた疑問を、彼に問いかけてみた。
「ねえ……どうしてカーボーイハットなわけ?」
「どうしてって、そりゃ変装だよ」
青はカーボーイハットのつばを触りながら、二ヒルに口元を歪めた。どうやら本人はかなり気に入ってるらしい。全然似合ってないのに……。
「変装って……私と会ったのは超偶然じゃなかったの?」
「あっ……」
速攻でバレてるし……途端に黙り込む青を見つめながら、私は大げさに溜め息を漏らした。するとハットの似合わないカーボーイは、叱られた子犬のようにしゅんと俯きはじめる。
「どこからつけてたの?」
「……だから超偶然だっていってるじゃん」
「そんな偶然はありません」
「……怒ってんの?」
暫しの沈黙のあと、子犬は上目づかいで尋ねてきた。ヤバいくらいに可愛らしい仕草――並みの女ならイチコロである。
「ううん、怒ってないよ。だから本当のこといってごらん」
「……奈々の会社からつけてた」
やっぱり……私は小さく吐息を漏らした。どうやら私にはいい女の条件である、嘘の才能はないようだ。
「私が……もし、私があの男とラブホに入って行ったらどうしてたの?」
「別にどうもしないよ」
「嫌じゃないの?」
「そりゃあ、嫌に決まってるでしょ」
青は拗ねたように唇を尖らせた。愚問だったか……心の中で呟くと、青は更にこう続けた。
「でも僕は奈々の性奴隷だからね。たとえ貴女がどんなに酒癖が悪かろうが、しれっとバレバレな嘘を吐こうが、男にほいほいついて行こうが、意外と胸が小ぶりだろうが……そんなことも全部含めて、僕は奈々の全てを肯定するよ」
目の前の少年はいつものように、とんでもないことを平然といってのける。アガペーのごとき無償の愛。ったく、こんな私の一体どこがいいのよ……私はそう思いつつ、先程からルームミラーでこちらを窺う運転手に微笑みを向けた。
「こっちのことは気にしなくていいから、運転に集中して頂けます?」
「は、はい……」
運転手はすぐにルームミラーから視線を逸らした。私はそれを確認すると、ハットの似合わないカーボーイの首に優しく腕を回す。そして聞き耳を立てている運転手をよそに、力強く彼を抱き寄せてやった。
「あんたねえ……胸が小ぶりは一言余計なのよっ!」
「ち、ちょっと痛いよっ、奈々っ!」
笑顔を浮かべながら、タクシーの中でじゃれ合うおバカな二人――まあ、たまにはこいうのも悪くないか……私は心の中で満足気に呟いた。