「じゃあ、どういうことか一から説明してくれる?」
目の前では親友の清水有紀が、腕組みをしながら眉間にしわを寄せている。一方、私と青といえば悪戯がばれた子供のように、口をつぐみながら正座をさせられていた。
場所は私の自宅マンション。どうしてこのような事態になったのか? 時をいまから数時前に戻そう。
爽やかな朝――私は珍しくキッチンで朝食を作っていた。料理下手がどうしてそんなことを? 女28歳。飯の一つも作れずしてどうする、と急に思い立ったのである。幸い今日は日曜日で暇なのだ。こういう日にこそ、腕を磨いておかなければ。
因みに本日のメニューは目玉焼き&かりかりベーコン。インスタントのコーンポタージュにトーストという、とてもシンプルなものであった。っていうか料理好きな小学生低学年なら、簡単に作れるメニューである。料理開始からおおよそ20分。ようやく朝食の準備が整った。
「いただきまーす」
私と青は手のひらを合せながら同時に声を出すと、少し遅めの朝食を始めた。因みに先日のラブホ騒動から、今日で1週間が経過していた。厄介なことに青へのときめきラブリーな気持ちは、相変わらず健在である。
とはいえ、意識し過ぎて気まずい感じになるほどでもない。いうなれば最近の私たちは、ごく普通のカップルといった感じであった。
彼に気持ちが傾いたとはいえ相手は未成年。いうまでもなくあっちの方はご法度だ。人とは学習する生物なのです。そう、間違いは1度で充分なのだっ! 私はそう思いつつ自信作の目玉焼きを頬張った。
「……ま、まずっ」
「これ、どう考えても焼き過ぎだよ……ほら、見て」
青は目玉焼きを箸でつまむと、恐る恐る裏返しにしてゆく。すると純白なはずの白身は、使い古した鍋底のように焦げついてしまっていた。慣れないことはするべからず。私はこの時、心の底からそう思った。
「……無理して食べなくてもいいよ」
「どうして? 勿体ないじゃん」
青はそういって焦げだらけの目玉焼きを頬張った。気持ちは嬉しいけど、その優しさが私の心を傷つけるのよ……とはいえ、勿体ないのも事実である。という訳で私も彼と同様に、不味い朝食をがっつくのです。
「お昼は僕が作る」
不味い朝食をたいらげると、青は食器を片づけながらいってきた。どうやら昼にもこんな不味いものを出されてはかなわない、とでも思ったらしい。確かに全く同意見ではあるけれど、幾分納得がいかない。
「なによ、あんた料理なんて出来るの?」
「奈々よりはね」
小首を傾げながら得意げに微笑む美少年。悔しいけど、可愛すぎて全く腹が立たない。という訳で本日の昼食は、青の手料理ということに決まった。
「そうと決まればまずは食材調達っ!」
我が作田家の自称性奴隷シェフは、そういってお気に入りのカーボーイハットを手に取ると、元気よく近所のスーパーへと向かっていった。
テレビの画面には、大して面白くもない休日の情報番組が映しだされていた。壁掛け時計に目を向けると、時刻は12時ジャストを示している。因みに青がマンションを飛び出してから、かれこれ2時間が経過していた。
やれやれ、我が家のシェフは一体どこまで買い出しに行ってるのやら……インスタントのコーヒーに口をつけながら、午後のひと時をとまどろむ。すると不意にインターフォンが鳴った。
青かな? いいや、あいつは鍵を持って行ったはず……じゃあ、誰だろう? 取り合えずモニターを覗き込んでみた。でも誰も映っていない。
「どちら様ですか?」
そういった瞬間、モニターには見慣れた顔が映り込んできた。相手は私の親友にして同僚の清水有紀である。
「おっすー、びっくりした?」
有紀は悪戯小僧のように微笑みを浮かべた。一方、私といえば顔面蒼白のボー立ち状態だ。
「ど、どうしたのよ、急に」
「ちょっと近くまで来たから寄ったの。ねえ、それより寒いんだから早く開けてよ」
「だ、だめっ!」
「なんでよ、誰かいるの?」
「ううん、誰もいないけど……」
「じゃあ、いいじゃん。ほら、早く開けてよ」
「い、いま部屋がすごく散らかってるから……あっ、そうだっ! 近場に新しいカフェが出来たから、そ、そっちに行かない?」
「別に散らかっててもいいわよ。そんなこと気にする間柄じゃないでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
「それにあんたの好きなデニッシュも買って来たんだから、寒い思いしてわざわざカフェなんかに行くことないわよ」
どうする? ねえ、どうすんの? 考えろ、考えろ、私っ! 取りあえずオートロックを開錠する。そして有紀が部屋に入って来る前に、青のスマホへ緊急連絡&状況説明。よしっ、テンパった頭で考えたわりには悪くない作戦だ。
私はそう思いつつ、オートロックを開錠した。それと同時に素早くスマホに手を伸ばす。メモリーから青の名前をタップして耳に押し当てると、呼び出し音が鼓膜に届いてくる――それと同時に私の部屋にも同様の呼び出し音が響き渡った。
あっ! あ、あいつ、スマホ置いてってるし……はいっ、作戦終了! 私はがっくりとその場にへたり込んだ。すると玄関からドアが開く音が聞こえてきた。
「おっすー」
有紀が気の抜けた挨拶と共に部屋に入ってきた。彼女はおみやげのデニッシュを私に手渡してくる。そしてコートを脱ぎながら、テーブルの前に腰を下ろした。
「なによ、全然散らかってないじゃん」
「そ、そう? 取りあえずコーヒーでもいれるね」
私はキッチンへと向かうと、青のスマホをジーンズのポケットに滑り込ませた。そして今後について考えを巡らせる。といっても策はない。青は恐らくもうすぐ帰ってくるだろう。取りあえず有紀をここに残し、私はマンションの前で彼を待つ。そして事情を説明――よしっ、これしかないっ!
「ごめん、ちょっと用事思い出したから、あんた少しの間ここで待ってて」
「ちょ、ちょっとどこに行くのよ」
有紀が慌ててこしを上げようとしたその時、無情にも玄関のドアが開いた。そして昼食の食材を抱えた美少年が ”ただいまー” と大声を出したのです。私の思考は緊急停止。一方、有紀は驚きの余り口をあんぐりとさせていた。
「ごめん、遅くなって。ルッコラがなかなか売ってなくてさあ――」
能天気な声と共に青がリビングに入ってくる。それと同時に状況を把握した有紀が素早く行動に移した。
「私は奈々の親友で同僚の清水有紀。キミは一体誰? 奈々とどういう関係? っていうか歳はいくつなのかな?」
怒涛の質問攻め。青は顔を引きつらせながら私に目を向けてくる。お願い青、ここはあんたのアドリブでなんとか切り抜けてっ! 目線だけで伝えると、私の意をくみ取ったのか、彼は自信満々に小さく頷いた。
「僕は……僕は奈々の息子です」
終わった……。
「……なにいってんの、坊や」
有紀は片手で青の頬をつまむと、彼の唇はタコさんのようにぷっくりと突き出した。確かに有紀の追及は凄まじかったし、かなり顔が近かったのも事実だ。16歳の少年にとってはさぞかし恐ろしかっただろう。
でもね、青……息子です、はないでしょ。いくらテンパってたとはいえ、完全に支離滅裂じゃない。私は出来の悪い我が子を悲しげに見つめながら、静かに溜め息を漏らした。
以上、回想終了――これが現在、私たちが親友の前で正座をさせられている理由であった。お願いします。どうかこの苦境を無事に切り抜けさせてください……私は心の中でそう呟きながら、久しぶりに神様に祈りをささげた。