愛しの青   作:はるのいと

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第十四章「意地悪な神様」

 どうして、私はいつもこうなっちゃうかなあ……。もはやこれは神様のいたずら、とかいうレベルじゃない。神様の嫌がらせ、といっても過言ではないだろう。

 たしかに私は無神論者だ。神様の存在もたいして信じちゃいない。そのくせ、都合のいい時だけ神様に頼ることが多々ある。でもそれは私だけじゃないはずだ。世の中の大多数はそんなものだろう。

 

 それにも関わらず、どうしていつも私だけこのようなお仕打ちを? 天にまします我らの父に、私は心の中でそっと問いかけた。

 現在、私は某大型水族館のカフェにいる。勿論、同居人の料理上手な自称性奴隷も一緒だ。そして私たちの向かいには、元カレとその見合い相手の姿があった。

 

 あり得ないフォーショット。これほど気まずい雰囲気を味わったのは生まれて初めてだ。これはもう、一周回って逆に笑いがこみあげてくるレベルである。どうしてこのような事態になった? それでは、時間を今日の朝食時に戻そう。

 

「ねえ、奈々」

 

「うん? なに」

 

 青が作ったベーコンエッグを頬張りながら、私は小首を傾げた。すると作田家のシェフは、姿勢を正しながらこちらを見つめてきた。

 

「今日、デートしよう」

 

「デート? なによ、また急に」

 

「いいじゃん、せっかくの休日なんだから」

 

 青はねだるように甘えた声をだした。うーん、デートか……正直、いまはそんなことしてる場合じゃないんだけど。とはいっても私ひとりが考えたところで、どうにかなる問題でもないしなあ……まあ、気分転換にどこかへ遊びに出かけるのも悪くないか。

 

「そうね。どうせ暇だし、どっかに行こうか」

 

「うんっ!」

 

「それで、青はどこに行きたいの?」

 

「水族館っ!」

 

 水族館か……そういえば随分と行ってないなあ。最後に行ったのは3年前――篤志の野郎と行ったのが最後だ。あれはたしか初デートの時だったなあ……ああ、いかんいかんっ! 嫌なこと思いだしちゃった。まあ、もう吹っ切れてるからいいんだけどね。

 

「じゃあ、水族館に行こうか」

 

「うんっ!」

 

 その後、私たちは少し遅めの朝食を終えると、身支度をして水族館へと向かった。道中の青はよっぽど嬉しいのか、いつも以上に笑顔を浮かべていた。あの弁護士がいったような ”笑顔を忘れた少年” といった面影は微塵もない。

 この子は本当に私以外には、こんな笑顔をみせないのだろうか……うーん、なんとも勿体ない話しである。とはいうものの、この笑顔を独りじめできるんだから悪い気はしない。

 

 

 

 水族館に到着すると、青は微笑みながら私の手を取ってきた。そして幻想的な光を浴びた海の生物ちを見て回ってゆく。

 ああ、これ凄くきれい……色とりどりにライトアップされたクラゲの群れ――それは溜め息が出るほど美しかった。一方、青のお気に入りは極彩色のサンゴたちのようだ。

 

「ねっ、来てよかったでしょ?」

 

「うん、そうね」

 

 小首を傾げながら微笑む青に、私は頷きながら答えた。それにしても、私たちは周りに一体どう見えてるんだろう? 恋人? それとも歳の離れた兄妹? まさか親子ってことはないわよね……そんなことを考えながら巨大水槽を見つめていると、見知った顔が視界に飛び込んできた。

 

 ちょ、ちょっと……嘘でしょ。目の前には飯塚篤志と、以前カフェで見かけた女が佇んでいた。こないだはじっくり見れなかったけど……うーん、これはかなりの美人さんだ。悔しいけど、正直ボロ負けです。いやいや、いまはそんなことなど、どうでもいいのだ。

 

 問題は私の隣で不機嫌そうに唇を尖らせている、自称性奴隷の存在だ。この子はあのカフェで昨日の私のように、篤志にコップの水をぶっかけている。当然、野郎は青のことは覚えているだろう。そしてお隣の美人さんも……。まったなあ。篤志だけならともかく、これはかなりきびしい状況だ。

 

 元カレのきびしい眼差しを受け止めながら、私が心の中で溜め息を漏らすと、眉間にしわを寄せて固まったままの篤志に、美人さんが声をかけた。

 

「篤志さん、お知り合いですか?」

 

「ええ、まあ、ちょっと」

 

 なにが ”まあ、ちょっとよっ” がっつり3年も付き合ってたじゃないのっ! 私は心の中で叫んだ。恐らく顔はおもいっきり、引きつっていることだろう。

 うん? っていうかその前にこの美人さんは、青のこと覚えてないみたい。よし、それは好都合だ。ここは一刻も早くこの場から立ちさろうっ! 強引に青の手を引き、そそくさとその場をあとにしようとすると、なにを思ったのか美人さんが私に声をかけてきた。

 

「あのう、私たちそこのカフェで少し休もうと思ってるんですけど、もし宜しかったらご一緒にどうですか?」

 

「美咲さん、それはちょっと――」

 

「どうしてですか? お知り合いなんでしょ」

 

「まあ、それはそうなんですけど……」

 

 篤志は歯切れ悪くいうと、小さく苦笑いを浮かべた。この二人とカフェでお茶? 冗談じゃないっ! そんなの絶対に無理ですっ! ちょっと! なに黙りこくってんのよ、このボンクラ篤志っ! 

 苦笑いなんぞ浮かべてないで、さっさとその空気の読めない女の提案を却下しろっ! 私が心の中でそう叫んだ時だった、もう一人の空気の読めない男が大声で口を開いた。

 

「奈々、お腹すいたっ!」

 

「ほら、彼もこういってることですし。ねっ、ご一緒しましょうよ」

 

 美人さんもとい、空気の読めない美咲さんは綺麗な微笑みを私に向けてきた。この天真爛漫っぷり……隣のバカ性奴隷と通じるものがある。私はそう思いつつ、ヘルプを込めて篤志に視線を移す。すると野郎は軽く溜め息を漏らすと、すんなりと美咲さんの提案を了承した。

 

 あ、あんたなにあっさり了承してんの?……どうしたのよ、そのヘタレっぷりはっ! 利己的にして俺様主義だったあんたはどこへいったのよっ! 私の心の声などお構いなし、とばかりに3人はすたすたとカフェへと向かって行った。

 ああ、いますぐ帰りたい……。3人の背中を見つめながら、私は心の底からそう思った。


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