愛しの青   作:はるのいと

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第四章 「眠れぬ夜に」

 全然、寝れない……。

 時刻は午前1時2分。現在、私は自宅マンションのシングルベッドで硬直していた。なぜにベッドの上で硬直? その原因は単純明快である。隣で寝息をたてている、美少年の存在が気になってしょうがないのだ。

 

 私だってなにも生娘だなんて、図々しいことをいうつもりは毛頭ない。男と一緒に夜を共にするのだって、一度や二度じゃない……でもこの状況はどうなの? 明日は絶対、布団を買いに行こう。そうでもしないと、不眠の日々が続くことになる。そうなるとお肌の調子が……これはアラサー女にとって死活問題だ。

 

 それにしてもほんとに不思議な子……私は寝息を立てる綺麗な顔を見つめながら、さっき開催されたちょっぴり豪華なパーティーを思い起こした。

 

 会社を出ると、真っ直ぐ伊勢丹の地下食へと向かった。うーん、どれにしようかな……暫く迷ったけど、結局はチーズたっぷりのデミバーグ弁当に決めた。若い男の子だし、これくらいのボリューム感は欲しいでしょ。

 

 私はなんにしようかなあ……あっ、そういえば昼はサバ味噌をおかずに、当然のようにご飯をお代わりしてしまっていた。となると夕飯ぐらいはローカロリーにしないと……という訳で、私は野菜と玄米のヘルシー弁当に決定だ。そのあとは地下鉄に揺られ、マンションに戻ったのは18時半過ぎだった。

 

 外から自室を見上げると、部屋の電気は点いていない。なんだ、まだ帰ってきてないのか……弁当の入ったビニール袋を見つめながら、私は軽く溜め息を漏らした。っていうかなにを落胆してんのよ……。

 

「ただいま帰りました……」

 

 誰もいない真っ暗な部屋に、私は無意味な言葉をかけた。すると突然明かりが点いたかと思うと、パーンというクラッカーの音が盛大に鳴り響いてきた。

 

 えっ! な、なにっ? 状況が呑み込めぬまま、玄関でボー立ちしていると青が ”おかえり” といって微笑みを向けてきた。

 おかえりってあんた……っていうかなぜにクラッカー? その疑問はすぐに解決した。青がいうには本日は私たちの同棲記念日だそうだ。それゆえに今夜はささやかなパーティーを催すらしい。

 

 それにしてもパーティーって……欧米人じゃないんだから。微妙な心中のままリビングに向かうと、テーブルの上には豪華な料理たちが並んでいた。それにシャンパンまである……し、しかもピンドンだ。

 

「さあ、座って」

 

「う、うん……」

 

 私は呆けた表情を浮かべながら、青の隣に腰を下ろした。すると彼は慣れた手つきでシャンパンの栓を抜くと、グラスに薄桃色の液体を注いでゆく。

 

「はい、乾杯」

 

「……乾杯」

 

 グラスが奏でる音と共に、私はシャンパンを口に運んでいった。すると爽やかなベリーの香りが鼻孔をくすぐってくる。

 

 美味しい……っていうか大人として、未成年の飲酒を黙認していいのだろうか? とはいうものの私に青を咎める権利はない。なぜならもっとイターいことを、彼にやらかしているからである。私はそう思いつつ静かに、シャンパングラスを傾けた。

 

「好き嫌いとかある?」

 

 青は皿を手にしながら尋ねてきた。どうやら料理を取り分けてくれるらしい。なんとお優しいことで……もしここに美少年好きのお金持ちがいたら、喜んで諭吉を差し出すことだろう。

 私はそんな下らないことを考えながら、彼が取り分けてくれた料理に箸を伸ばした……激ウマっ!

 

「美味しい?」

 

「うん。こんな豪華な料理は久々……」

 

 私は改めて、テーブルに並べられた料理をまじまじと見つめた。アンチョビ入りのオリーブ、ハモンセラーノ、真鯛のマリネ、フォアグラのテリーヌ等々、そしてお飲み物はピンドン……私の頭の中に素朴な疑問が浮かんだ。

 

「ねえ……お金はどうしたの?」

 

「体を使って稼いだ。お金持ちのオジサマたちは、美少年好きの変態が多いからね」

 

 青そういっては冷めた微笑みを向けてきた。う、うそでしょ? もしかして、これを買う為に変態オヤジに抱かられたの……そう思うと途端に食欲が失せていった。

 

「はははっ、冗談だよ。だって僕は奈々の専属だもん」

 

 私の心を読むかのように、青はけらけらと笑い声をあげた。年下にからかわれるアラサー女……我ながらなんとも情けない。

 

「じゃあ、お金はどうしたの?」

 

「僕にだって貯金くらいはあるよ」

 

「貯金?」

 

「そう、バイトとかで貯めたやつがね。だから家賃や食費諸々は僕が半分出すよ」

 

 誠にありがたい申し出ですが……っていうかお金があるんならどうして私の家に? 口元まで出かかった疑問を強引に飲み込んだ。それは青への負い目がある為であった。

 

「だからお金のことは、もう心配しないで」

 

「……う、うん」

 

 自信満々の笑顔でそういわれると、素直に頷くしかなかった。自分のことながら、重ね重ね情けない私である。

 その後はアルコールの力も手伝ってか、美味しい料理に舌鼓を打ちながら青とのパーティーを楽しんだ。因みに彼の年齢は16歳らしい。学年でいうと高校一年生だが、学校の方は通ってないそうだ。

 

 青、16歳。奈々、28歳。ちょうどひと回り違うし……私は溜め息を漏らしながら、パーティーの回想から帰還した。

 相変わらず、目の前では、スヤスヤと寝息を立てる美少年のお顔がある。寝むれないし特にすることもないので、青の顔をじーっと見つめていると急に閉じていた瞼が素早く開いた。見つめ合うアラサー女と美少年。その距離は吐息が直に感じられるほどに近い。

 

「あんた……もしかしてずーっと寝たふりしてた?」

 

「うん」

 

 青はあっけらかんといってのけた。こ、このガキ……。

 

「ねえ、手をつなごうよ」

 

「……ど、どうして?」

 

「そうすればきっと安心して眠れるよ」

 

「余計、眠れなくなるわよ……」

 

 私の言葉に青はすねたように唇を尖らせた。

 

「じゃあ……リンゴ」

 

「……うん?」

 

「しりとりだよ、しりとりっ!」

 

「なんで真夜中にしりとりなの?」

 

「知らなかったの? しりとりしてると眠くなるんだよ」

 

「そんなの初めて聞いたけど……」

 

「ほら、いいから早く」

 

「じゃあ……ゴリラ」

 

「ラッパ」

 

 深夜1時過ぎに、シングルベットの中でしりとりを繰り広げるご主人様と年下の性奴隷……シュールすぎる。

 こうして私たちの同棲……いいや、奇妙な共同生活は深夜のしりとりと共に始まったのです。


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