愛しの青   作:はるのいと

8 / 22
第七章「悪女(わる)の条件」

「ああ、出来ることならこんな家の子に生まれたかったなあ……」

 

 テレビを見つめながらしみじみと呟くと、私は朝食の納豆ご飯を豪快にかっこんだ。画面には日本を代表する財閥の一つ、小鳥遊(たかなし)家の葬儀中継が映しだされている。どうやら最近ここの御曹司が、不慮の飛行機事故で亡くなったらしい。

 

「こんな家のどこがいいの?」

 

「お金持ちなところ」

 

「遺産相続で骨肉の争いに巻き込まれちゃうよ。それでも良いの?」

 

「テレビドラマの見過ぎよ。それに一度でいいから巻き込まれてみたいもんねえ、骨肉の争いってやつに」

 

「お金があったって、幸せになれるとは限らないよ……」

 

 青は珍しく憂いだ表情を浮かべた。この子もこんな顔するんだ……ちょっと意外かも。

 

「じゃあ、なにがあれば幸せなの?」

 

「それはやっぱり愛でしょっ、 愛っ!」

 

 青はキメ顔でいうと、卵かけご飯をぱくっと頬張った。若さゆえの稚拙なお考えで……勿論、お金で幸せは買えない。だけど幸せになるための手助けにはなる。

 それに先立つものがなければ、生きる糧の飯も食えない。という訳でお金はとても尊いものなのです。相変わらず俗物な私は、この美少年とは違いそう思ってしまう。

 

「あっ、そういえば今日ちょっと用事あるから遅くなるわ」

 

「用事って?」

 

 青は大きな瞳をぱちくりとさせながら、私の顔を覗き込んできた。色素の薄い綺麗な瞳。けがれを知らない真っ直ぐな瞳。まあ、それを私は酔った勢いでけがしてしまった訳なのだが……。

 

「まあ、ちょっとした飲み会よ」

 

「飲み会って合コン?」

 

「違うわよ、同期たちとの女子会」

 

「ふうん……女子会ねえ」

 

 青は疑心に満ちた眼差しを向けてきた。一方、私はそんなことなどお構いなしとばかりに、しれっとインスタントの味噌汁を啜る。そしてなに食わぬ顔で、昨日の社食での会話を静かに思い起こした。

 

 さあて、めしめしー。今日の気分はそうだなあ……豚の生姜焼きっ! 高カロリーではあるけど、ノープロブレム、ノープロブレムっ! 千切りキャベツをお供にすれば、なんの問題もないのです。

 

 私はなん度も心の中で自分にいい聞かせた。そしてトレーを持ちながら、いつもの席へと歩みを進めてゆく。テーブルではすでに有紀がサバ味噌定食に箸を伸ばしていた。人気ナンバーワンのサバ味噌定は、今日もリピーターであふれているようだ。

 

「生姜焼き定食に山盛りごはん……あんた最近ガッツリ系ねえ。太っても知らないわよ」

 

「キャベツと一緒に食べれば、血糖値の上昇を緩やかにしてくれんのよっ! だからなんの問題ないのっ!」

 

「はいはい。分った、分った。だからそんなに興奮しないの」

 

 友人の的確なご意見&ご忠告。痛いところをつかれて、ついつい鼻息が荒くなってしまった。考えてみると有紀のいう通り、最近ガッツリ系が多いのも事実だ。

 それに現在、我が家の体重計は壊れているため、計測は不可能……よくよく考えてみれば、この選択は明らかにミスチョイス。とはいうものの、もう時はすでに遅し。いまからメニューの変更は出来ない。というわけで、しょうがないのでいただきまーす。

 

「奈々、今日なんだけどあんたあいてる?」

 

「なんで?」

 

「合コンあんだけど来ない?」

 

「相手は?」

 

「ツバキホールディングスと5対5」

 

「ふうん、ツバキねえ……どうしようかなあ」

 

 合コンとは、随分とご無沙汰だ。行ってもいいんだけど、引っかかるのは家にいる自称性奴隷のことだ。千切りキャベツを頬張りながら暫くの思案――。

 

「あんたもシングルになったことだし、ここいらで出会いを求めてみては?」

 

 シングルのアラサー女。確かに有紀のいうことにも一理ある。よしっ! ここは一ついい男との出会いを求め、いざ戦場へと向かおう。こうして私は小さな期待を胸に、友人からのお誘いを受けることにしたのだ。

 インスタントみそ汁の余韻を楽しみつつ、昨日の回想から無事帰還。すると青は相変わ

らず、疑念のこもった眼差しを私に向けていた。

 

「本当に女子会なの?」

 

「しつこいわね。そんなに私が信用できないの?」

 

「そうじゃないけど……べつに合コンなら合コンでもいいんだよ。でも嘘をつかれるのは嫌だ」

 

「本当よ、嘘なんてついてない」

 

 青の瞳をしっかりと見つめながら、私はしれっと嘘をついた。人間30年近く生きていれば、嘘も上手になるのだ。それにいい女は大抵嘘つきな悪女(わる)が多いと、なにかの本で読んだことがる。というわけで、この嘘はいい女になる為の通過儀礼なのです。

 

「分った。でもあんまり飲み過ぎちゃダメだよ」

 

「へーい」

 

 自己弁護を繰り返す嘘つきアラサー女。だが青はそんな私の体のことを優しく気遣ってくれる……なんとも可愛らしいヤツなのだ。

 

 

 

 時刻は午後5時15分。

 

「作田君、悪いんだけど今日ちょっと残業――」

 

 仕事も無事終え、いざ男共が待つ戦場へ向かおうとしたとき、課長が声をかけてきた。残業? 冗談じゃない。今日は合コンという名の戦があるのだ。というわけで、私はハゲの言葉を素早くさえぎった。

 

「課長、母が実家の階段から転げ落ちたらしいんです。いまから様子を見に行こうと思いますので、残業のほうはちょっと……」

 

 我ながら咄嗟にしては、機転のきいた嘘。予想通り課長はすぐに納得してくれた。どうやら伏し目がちにいったのが効いたようだ。

 いい女は、このように嘘が上手いのよ。私は心の中でほくそ笑みながら、新たな出会いを求めて戦場へと向かった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。