「ああ、出来ることならこんな家の子に生まれたかったなあ……」
テレビを見つめながらしみじみと呟くと、私は朝食の納豆ご飯を豪快にかっこんだ。画面には日本を代表する財閥の一つ、
「こんな家のどこがいいの?」
「お金持ちなところ」
「遺産相続で骨肉の争いに巻き込まれちゃうよ。それでも良いの?」
「テレビドラマの見過ぎよ。それに一度でいいから巻き込まれてみたいもんねえ、骨肉の争いってやつに」
「お金があったって、幸せになれるとは限らないよ……」
青は珍しく憂いだ表情を浮かべた。この子もこんな顔するんだ……ちょっと意外かも。
「じゃあ、なにがあれば幸せなの?」
「それはやっぱり愛でしょっ、 愛っ!」
青はキメ顔でいうと、卵かけご飯をぱくっと頬張った。若さゆえの稚拙なお考えで……勿論、お金で幸せは買えない。だけど幸せになるための手助けにはなる。
それに先立つものがなければ、生きる糧の飯も食えない。という訳でお金はとても尊いものなのです。相変わらず俗物な私は、この美少年とは違いそう思ってしまう。
「あっ、そういえば今日ちょっと用事あるから遅くなるわ」
「用事って?」
青は大きな瞳をぱちくりとさせながら、私の顔を覗き込んできた。色素の薄い綺麗な瞳。けがれを知らない真っ直ぐな瞳。まあ、それを私は酔った勢いでけがしてしまった訳なのだが……。
「まあ、ちょっとした飲み会よ」
「飲み会って合コン?」
「違うわよ、同期たちとの女子会」
「ふうん……女子会ねえ」
青は疑心に満ちた眼差しを向けてきた。一方、私はそんなことなどお構いなしとばかりに、しれっとインスタントの味噌汁を啜る。そしてなに食わぬ顔で、昨日の社食での会話を静かに思い起こした。
さあて、めしめしー。今日の気分はそうだなあ……豚の生姜焼きっ! 高カロリーではあるけど、ノープロブレム、ノープロブレムっ! 千切りキャベツをお供にすれば、なんの問題もないのです。
私はなん度も心の中で自分にいい聞かせた。そしてトレーを持ちながら、いつもの席へと歩みを進めてゆく。テーブルではすでに有紀がサバ味噌定食に箸を伸ばしていた。人気ナンバーワンのサバ味噌定は、今日もリピーターであふれているようだ。
「生姜焼き定食に山盛りごはん……あんた最近ガッツリ系ねえ。太っても知らないわよ」
「キャベツと一緒に食べれば、血糖値の上昇を緩やかにしてくれんのよっ! だからなんの問題ないのっ!」
「はいはい。分った、分った。だからそんなに興奮しないの」
友人の的確なご意見&ご忠告。痛いところをつかれて、ついつい鼻息が荒くなってしまった。考えてみると有紀のいう通り、最近ガッツリ系が多いのも事実だ。
それに現在、我が家の体重計は壊れているため、計測は不可能……よくよく考えてみれば、この選択は明らかにミスチョイス。とはいうものの、もう時はすでに遅し。いまからメニューの変更は出来ない。というわけで、しょうがないのでいただきまーす。
「奈々、今日なんだけどあんたあいてる?」
「なんで?」
「合コンあんだけど来ない?」
「相手は?」
「ツバキホールディングスと5対5」
「ふうん、ツバキねえ……どうしようかなあ」
合コンとは、随分とご無沙汰だ。行ってもいいんだけど、引っかかるのは家にいる自称性奴隷のことだ。千切りキャベツを頬張りながら暫くの思案――。
「あんたもシングルになったことだし、ここいらで出会いを求めてみては?」
シングルのアラサー女。確かに有紀のいうことにも一理ある。よしっ! ここは一ついい男との出会いを求め、いざ戦場へと向かおう。こうして私は小さな期待を胸に、友人からのお誘いを受けることにしたのだ。
インスタントみそ汁の余韻を楽しみつつ、昨日の回想から無事帰還。すると青は相変わ
らず、疑念のこもった眼差しを私に向けていた。
「本当に女子会なの?」
「しつこいわね。そんなに私が信用できないの?」
「そうじゃないけど……べつに合コンなら合コンでもいいんだよ。でも嘘をつかれるのは嫌だ」
「本当よ、嘘なんてついてない」
青の瞳をしっかりと見つめながら、私はしれっと嘘をついた。人間30年近く生きていれば、嘘も上手になるのだ。それにいい女は大抵嘘つきな
「分った。でもあんまり飲み過ぎちゃダメだよ」
「へーい」
自己弁護を繰り返す嘘つきアラサー女。だが青はそんな私の体のことを優しく気遣ってくれる……なんとも可愛らしいヤツなのだ。
時刻は午後5時15分。
「作田君、悪いんだけど今日ちょっと残業――」
仕事も無事終え、いざ男共が待つ戦場へ向かおうとしたとき、課長が声をかけてきた。残業? 冗談じゃない。今日は合コンという名の戦があるのだ。というわけで、私はハゲの言葉を素早くさえぎった。
「課長、母が実家の階段から転げ落ちたらしいんです。いまから様子を見に行こうと思いますので、残業のほうはちょっと……」
我ながら咄嗟にしては、機転のきいた嘘。予想通り課長はすぐに納得してくれた。どうやら伏し目がちにいったのが効いたようだ。
いい女は、このように嘘が上手いのよ。私は心の中でほくそ笑みながら、新たな出会いを求めて戦場へと向かった。