「あんたらその服……ちょっと気合入れすぎじゃないの?」
「合コンで気合入れないで、一体いつ気合入れんのよ。ねえ?」
冷めた私の意見を鼻で笑うと、有紀は周りの後輩たちに同意を求めた。まあ、いわんとしていることは分かるけど……でもあんまり気合入れすぎちゃうと、必死感が出ちゃうからなあ。
若い子ならそれも可愛げがあるんだろうけど、アラサー女子としてはその辺が非常にデリケートな部分なのです。因みに本日の面子は、同期の有紀と3期後輩の田畑千尋と佐藤明子。どちらも私たちが教育係として指導した子たちだ。
千尋は天然系のおっとり娘。一方、明子はイケイケのガッツリ女子。互いに個性は違うが、どちらも素直でいい子たちである。本来であれば今回の合コンをセッティングした後輩がもう一人いるはずだったが、土壇場で彼氏にバレしまい今回は泣く泣く辞退とあいなった。
「よし、そんじゃ行きますかっ!」
有紀の気合の入ったかけ声とともに、私たちは大股で歩き出した。
待ち合わせ場所の店に到着すると、男性陣はすでに到着していた。気取らない雰囲気のイタリアンは、なかなかセンスの良い選択である。飯食いの私としてはお店選びは、なによりも大事なのだ。
テーブルに腰を下ろすと、早速自己紹介タイムが始まった。男たちは20代中盤が殆どで、気まずいことに全員が年下ときている。まあ、もっと年下を家で飼っている私としては、たいして気負いはない。
因みに男性陣は5人が5人とも営業職ということもあってか、皆一応に口が上手い。そのせいもあってか、私たちは大いにもてはやされた。久しぶりの感覚――結果、気分も良くなりお酒も自然と進んでゆく。
「作田さんは彼氏持ち?」
5人の中で最も若い、佐藤雄一君が訪ねてきた。柔和な顔立ちに人懐っこい性格。推定身長180cmと、スタイルも良い。この中では見た目、中身ともに1番である。ただ一つ難点なのは、ちょっと距離感が近いということだ。因みに私の統計では、この傾向は兄弟に女性がいる男に多いパターンだった。
「ううん、最近別れたばっか」
「あらら……悪いこと聞いちゃったね」
「全然、もうふっきれてるし」
「ほんと?」
「うん」
「それじゃ俺にもチャンスあるかな?」
「さあ、どうだろう」
余裕たっぷりに返したが、私の心臓は軽く汗をかいていた。ひょっとして、いま軽く口説かれた? やっぱり口のうまい営業職……流石に手が早そうだ。とはいえ、悪い気はしないけどね。
その後はおおいに盛り上がり、久々の合コンは静かに幕を閉じた。有紀たちは、どうやら店を変えて飲み直すらしい。一方、私はといえばそうもいかない状況にあった。
「奈々、あんたちょっと飲み過ぎよ。大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
有紀の的確なご指摘を、私は片手をひらつかせながら受け流した。確かに飲み過ぎた感は否めない。いつぞやと同じく足取りも怪しい。こ、これはまずいなあ……。
「送るよ」
ふらつく私の腕を取ると、佐藤君は微笑みながらいってきた。おおっ、流石はフェミニスト。なんともお優しい……ここは一つ年下君に甘えることにしよう。
あれ? ここって……お酒のせいでぼんやりとした頭と視界。それでもここが、タクシー乗り場ではないということは容易にわかる。煌びやかに光るネオン、細く狭い路地裏……気が付くと私はラブホ街に連れ込まれていた。
「あのう、佐藤君――」
「奈々さん、ちょっと休んでいこうか」
お決まりのオヤジ臭い誘い文句……若者のくせになんとベタな。
「どうして?」
「だって奈々さん、かなり酔ってるし」
なんだ、ただ単純にヤリたいだけの男か……私だって大人の女だ。別に ”出会ったその日に” が悪いといってるわけじゃない。だけど少し前までの、あの爽やかな感じはどこにいったわけ? 最初の印象が良かっただけに彼の株価は急暴落だ。だけどおかげで、酔いが一気にさめてくれた。
「酔ってたらラブホで休むわけ? 悪いけどそんなつもりないから」
という訳で回れー右っ、と。
「ここまで来て、それはないでしょ」
その場を離れようとする私の腕を取ると、佐藤君は強引に引き寄せてきた。その顔には冷たい薄ら笑いが浮かんでいる。そして強引にラブホの中へと、私を引きづり込んでゆく。
な、なにこの男……さっきまでとは別人だ。や、やばい、恐怖の余り声が出ない。だ、だれか助けてっ!
「お兄さん、ちょっとおイタが過ぎるよ」
その時、聞きなれた綺麗な声が私の鼓膜に届いてきた。振り返るとそこには、予想通り私の性奴隷が佇んでいる。彼はカーボーイハットのツバを人差し指で軽く上げると、最低男を静かに見据えた。
こ、この状況でなに格好つけてんのよ、あんたはっ! っていうかなぜにカーボーイハット? 私はそう思いつつ青と最低男を交互に見比べる。そこには大人を小馬鹿にしたような美少年と、顔を紅潮させた若手サラリーマンの姿があった。
「なんだ、てめえ? ガキは引っ込んでろっ!」
「嫌がる女を無理やりラブホへ連れ込もうとする男か……小っちゃいね、あんた」
佐藤の凄味にも、青は全く気後れすることはない。それどころか、いつものように天使のような微笑みを浮かべながら、野郎を挑発してゆく。でもこれは流石にヤバい。華奢な青じゃこの最低男に勝てるわけがない。ど、どうしよう……。
「このクソガキが、もう一回いってみろっ!」
私から手を離すと、最低男は大股で青のもとへと向かってゆく。
「逃げてっ!」
大声で叫んだ。でも青は逃げない。それどころか、私を安心させるように優しい微笑を向けてくる。な、なに余裕こいてんのよっ! 心の中でそう叫んだ時だった、青は無言のままスマホの画面を最低男にかざした。そこには私を無理やりラブホに連れ込もうとした、この男の愚行が映し出されている。いつのまに……。
「ツバキホールディングス・営業部の佐藤雄一君。この動画、ネットに晒してあげようか?」
初めて見る氷のような冷たい眼差し――青はスマホを弄びながら、冷笑を最低男に向けた。この子……こんな顔もするんだ。私はこんな状況にも関わらず、なぜか冷静にそう思ってしまった。
「お、おい、ちょっと止めろっ!」
「止めろ? なんでタメ口きいてんの?」
天使の冷笑を浮かべながら、青は静かに小首をかしげた。すると途端に沈黙が通りに流れ出す。そして数秒後、最低男はがっくりと肩を落とした。
「お、お願いします、止めて下さい……」
「なら、いますぐここから消えろ」
有無をいわせぬ青の言葉――最低男は逃げるようにラブホ街から消えていった。それにしても……野郎の姿が見えなくなったのを確認すると、私はゆっくりと青に視線を移した。
「どうして、ここにいるの?」
「超偶然」
「……嘘つき」
「嘘つきはそっちでしょ?」
青はそういって私を抱きよせた。そしてあの日の朝のように優しく頭を撫でてくる。これじゃ、どっちが年上か分らない……私はそう思いつつ、彼の華奢な胸元に顔をうずめた。
「泣き虫」
「……う、うっさい、バカ」
深夜のラブホ街――久々に若い男におだてられ、調子に乗ったあげく痛い目に遭ったアラサー女。そんな私を優しく抱きしめる、ハットの似合わない真夜中のカーボーイ……。
「ひっく……ひっく」
ま、まずい……ひゃっくりが止まらない。因みに私は昔から男にときめくと、ひゃっくりが止まらなくなる特異体質だ。
作田奈々、お酒で失敗続きの28歳。どうやら私はこの美少年の自称性奴隷に、ときめいてしまったようだ。
あ、ありえねえ……っていうか、ダメまた吐きそう……こうして私のあり得ない展開の夜は、ロマンティックとはほど遠い酸っぱい胃液と共に、慌ただしく幕を閉じたのだった。