麻帆良のあらし!   作:遠人五円

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第16話 カントリー・ロード

  修学旅行は無事に終わった。

 

  色々と大変なことはあったが、細かな問題がまだ残っているとはいえ一応の終わりを見た。修学旅行の最終日はネギ達はネギの父親が過ごした屋敷へと向かい、ネギの助っ人として来ていたハジメはネギが不在のため代わりに3-Aを見守るために旅館に居残った。帰ってきた時のネギの顔を見る限り何かしら大事なことを掴んだようで、一段と男として格を上げたらしい。刹那の秘密も友人達の想いが和らげ、綾瀬との話も問題なく済ませた。西の長の詠春曰く関西呪術協会に逮捕された小太郎と千草もそこまで重い罰は受けないようであり、一先ず安心だろう。苦労の耐えなかった旅行を終えて、久々に麻帆良の研究室に戻ったハジメは思う存分羽を伸ばしていた。17代目の研究室の中はごった返していた機械が綺麗に片付き、コーヒーメーカーなどの機材が増え快適な空間に変わっている。これがこれまでより羽を伸ばせる一番の要因だ。というのも、京都で光の巨人を倒したのはネギではなく登校地獄の呪いを一時的に解いたエヴァンジェリンであり、その呪いを解くのにハジメの発明が知らぬところで大活躍したからだ。

 

  エヴァンジェリンが学校を抜け出すには、『エヴァンジェリンの京都行きは学業の一環である』という書類に五秒に一回ハンコを押さなければならなかったのだが、そこでハジメが作っていた事務処理も楽々永久判子押しのおかげで学園長は大変楽ができたらしく、ロボット工学研究会、及びハジメが使える予算が大幅に上がった。

 

  だが再び始まった学園生活でハジメは研究に没頭していたかというとそうではない。毎日毎日研究室には来るのだが、これといって手が進まずに机の上で頭を捻っていることが大半だった。広くなった研究室の中はただ広くなっただけで、新しいものが増えることはなくどことなく寂しい。

 

「ハジメさん大丈夫ですか?」

 

  そんなハジメに心配そうな顔で話しかけてくれるのは綾瀬夕映、いつも研究室にいる葉加瀬と鈴音は少し先になるのだが、学園行事で言う文化祭である麻帆良祭の準備が忙しいらしくあまり研究室の方には来ず、代わりに暇な時に夕映が遊びに来るようになっていた。ただ一人ただっ広い空間にポツンといるのは余計にハジメの思考を停止させてしまうため、夕映が遊びに来るのは大歓迎だ。

 

「ん、まあな」

「そうは見えないですが……何か悩みがあるなら聞かせてください。それぐらいなら力になれるです」

「ん〜〜なんつうかさ、うまくいかねえもんだなってよ」

「うまくいかない? 研究がですか?」

「それもあるけど……色々だよ」

 

  修学旅行は終わったが、まだ多くの問題がハジメには残っている。鈴音の秘密を聞くことも忙しくなった鈴音からはまだ聞くことができず、ネギから魔法を教わることもネギが忙しくなったためにそれも出来ずにいた。

 

「そういやネギのやつはなんか修行してるんだって? 鈴音と聡美から聞いたぜ」

「ええ、古菲さんから中国拳法と、エヴァンジェリンさんに弟子入りすると今日もうそろそろですかね? 弟子入り試験をするそうです」

「弟子入りかあ……昔を思い出すな」

「ハジメさんは剣術の師匠に弟子入りしたんですよね?」

「おう」

「強くなるためにですか?」

「そうだな」

「ネギ先生もなんでしょうか?」

「そりゃそうだろうな」

 

  強くなりたい。その場にいながら何も出来ない惨めさと悔しさがそうさせることをハジメは知っている。中学の頃のハジメと同じ想いをネギはしたのだろう。何が何でも今の自分の殻を破りたい、その気持ちはよく分かる。だからこそネギの邪魔になりそうなことに手が出せず。修学旅行以来なんの変化もない生活にハジメは焦っていた。

 

「ネギ先生の試験見に行かないのですか? アスナさんや桜咲さん達は応援に行くと言っていましたが……ハジメさんが行けばネギ先生も喜ぶんじゃあ」

「いや……強くなりたいなんてのはな、結局自分だけのもんなんだ。だからそれはネギがどうにかしなきゃダメだ。俺が応援に行かなかったから駄目でしたじゃあ話になんねえだろ」

「……ハジメさんは意外と厳しいのですね」

「それに俺もなあ〜〜ネギのこと気にかける余裕がないっつうか……」

「何かあるのですか?」

「あーー、まあなんて言うかコレなんだが」

 

  そう言ってハジメは作業机の引き出しから一冊の古びた本を取り出した。外から見ても所々破けている本は相当古いものだと分かり、それを夕映に渡しながらハジメは机に突っ伏す。

 

「コレは?」

「うちの流派、心抜流の指南書みたいなもんでな。木乃香の親父さん、詠春さんから師匠からの贈り物だって修学旅行の帰り際に貰ったんだ」

「それは……」

 

  古ぼけた本を夕映がパラパラとめくる。技の型が挿絵と共に描かれており、これがあれば心抜流の今まで習っていなかった技もある程度は身に着くことだろう。ただ、それを貰ったハジメはただ頭を捻った。今回の修学旅行の一件で力不足を痛感したのネギだけでなくハジメもだ。しかし、ネギと違いハジメはそれを早速使おうという気にはなれなかった。

 

  強くなりたいという想いは確かにあるが、ハジメは科学者志望であり、今学びたいのは剣術ではなく魔法の方だ。師匠からの贈り物を使い着々と剣士の道を歩むのは何かが違うと思ってしまう。

 

「俺は剣士になりてえわけじゃねえからよ、それを使おうかどうしようか迷ってんだ」

「そうだったんですか……私からすればハジメさんは十分強いと思いますが」

「まさか……まだまださ、だけどなあ……」

 

  ハジメが強くなりたいのはあらしを救うためであり、決して京都で会った月詠のように闘いたいからではない。この先月詠のような者と闘う道へ足を進める予定がないハジメは答えが出せないのだ。ハジメの顔は渋くなる一方で、溜め息を吐く数も日々増えていく。

 

「俺は刀で誰かを斬りてえわけじゃねえし、これまでは俺にとって必要なことだったり、許せねえことだったりしたから持ってる力を振るった。だけどそんなことのない今に剣術の腕を上げる理由が俺にはねえんだ、ネギにはそれがあって俺にはねえ、ネギには目指す目標があって、俺の目標は英雄とかじゃないしな」

 

  ネギは父親に憧れている。強くなりたいという想いの要因の一つは世界を救った英雄の強さに近付く意味もある。対してハジメの目標は一人の女性を救うことだ。強敵と呼べるものはいるにはいるがそれは人ではない。例えば警察官やSPといった職業の者が武術といったものを嗜むというのは分かると思う、だが消防士が武術で闘うための技術を身に付けるというのは何かが違う感じがするだろう。ハジメの持っている違和感はそれに近い。

 

「なんて言うか、俺はこれ以上強くなってどうすんだって思っちまうんだ。剣術なんてのは相手を倒す技術だろ? これ以上その技を身につけた所で俺の目標に近づける気がしねえ。それに日常生活でだって使いどころねえしよ……はあ」

 

  刀を振るった、雨の日も。刀を振るった、雪の日も。だがそれを続けた日々は護身の領域を出ない。いざという時に大切な人を守れるように。それは救うための力としては微力でしかない。刀一本でできることなどたかが知れている。詠春から刀一本で戦場を渡り歩いたと聞いた時ハジメはスゴイとは思いはしたが、それは結局のところ闘うためのものだ。

 

「ハジメさんは難しく考えすぎなんじゃないでしょうか?」

「……そうか?」

 

  珍しくうだうだとしているハジメに夕映の真剣な顔が向く。それに身を伏せたまま顔だけ向けたハジメに夕映は慌てて両手を前に出し目の前でブンブンと振るう。

 

「あっ、すみませんハジメさん偉そうなことを⁉︎」

「いや別にいいからさ」

 

  身を起こしたハジメが手で続きを促す。

 

「は、はいです……私が思うにハジメさんは気を使い過ぎなのです」

「気を使い過ぎ? 俺が?」

「はい」

「そんなことは」

「ありますよ」

 

  ハジメはそれを受けてこれまでのことを思い返すが、思い当たる節はない。どちらかといえば相当好き勝手やっているように思う。高校生の身でありながら鈴音と葉加瀬のおかげで大学生のやる研究以上の科学に触れることができており、ネギのおかげで相当不思議なことに触れている。それに首を自ら突っ込んでいる自分が気を使っているようにはハジメは思えない。

 

「ハジメさんは優しすぎるのですよ」

「優し……俺がかあ?」

「はい」

 

  怪訝な顔のままハジメはさらに首を傾げる。それを見て夕映は小さく息を吐くと、続いて口を開いた。

 

「私とハジメさんが親しくなった図書館島の時からそうです。あの時ハジメさんは図書館島が危険だと知っていて最初止めようとしに来てくれましたが、結局私達が行くと言うと着いて来てくれました」

「いやそりゃそこで帰ったらなんかこうモヤっとするだろ」

「そうでなくてもあの時ハジメさんはもっと怒ってよかったと思うのですよ」

「怒る? なんで?」

「行くなと言ったのに行き、罠にハマり地下に落とされ、石像(ゴーレム)に追い回される。あの時図書館島に行ったのは私達のタメでしかありません。ハジメさんは何も関係ないのにあんな目に会って、もっと怒ってよかったと思います」

 

  そう言われるとそんな気もするが、あの時はハジメもネギに魔法を教えて貰おうと思って着いて行った。それにそんなことは必死で思いもしなかったことだ。理不尽に対して怒るというのはよく分かる。それに対してはハジメが最も怒っているからだ。空から降る火の海と比べるとあの程度と思ってしまう。

 

「それに聞いた話の中では茶々丸さんとのこともそうです」

「それもかよ」

「わざわざ闘わなくたってハジメさんには他に取れる手があった筈です。でもそれをせずに茶々丸さんに立ち向かった。今回のネギ先生の弟子入り試験は茶々丸さんとの手合わせだと聞いています。それをネギ先生はかなり厳しいと……ネギ先生でも厳しいと言う相手とハジメさんが闘う必要はなかったでしょう」

「いやそれは……」

「分かっているです。ハジメさんにもいろいろ思うことはあるのでしょうが客観的に見るとそうなのですよ」

 

  そこまで言い切られるとハジメは黙ることしかできない。確かにそう言われればそうだ。夕映の言ったことを人物像として当てはめるとかなりの馬鹿なお人好しにしか聞こえない。机に再び突っ伏すハジメにそれでも夕映は言葉を続けた。

 

「ネギ先生のこともハジメさんは気を使い過ぎです。きっとハジメさんはネギ先生の想っていることが誰より分かるから邪魔をしないようにそうしているのでしょう」

「それは……」

 

  そうだ。強くなりたい、誰より強く。同じ男としてネギの想いはよく分かる。降りかかる脅威に、迫る悪に誰も傷つけさせないように強く。分かってしまうからこそ気にかける。

 

「だからハジメさん。一緒にネギ先生に魔法を教えて貰いましょう」

「魔法を……って一緒に?」

「はい」

 

  夕映はそう言って膝の上に置かれた手に力を込める。それを見てハジメは分かってしまった。夕映だって同じなのだ。目の前で友人が石と化す。自分はただ見ているだけで何もできない。それが悔しくて、虚しくて、ただ一人夜の山の中を走った夕映の気持ちは夕映にしか分からない。

 

「私は私が思っているより我が儘なようです。私が魔法を学びたいと言ってネギ先生に迷惑が掛かることは分かっているつもりです。でも、それでも私は強くなりたい! もうあんな思いをするのはまっぴらです!」

「綾瀬……」

「だからハジメさんももっと我が儘に成るべきです。それが子供だと言われるならそれでいいじゃないですか、私もハジメさんもまだ子供なんですから。誰かを頼って頼られて、一緒に強くなればいいんです」

 

  13の頃はまだ子供らしかったとハジメは思う。何も知らず、だからこそ思うように好き勝手やっていた。それが歳を重ねるにつれて薄れていった。13の夏の終わりに今までどれだけ自分がちっぽけだったのかを知ったからだ。どんな人もただ強く生きている。それを尊重しその歩みを止めないようにと手を出さず少し傍観するようになってしまった。それが大人になるということならそうなのかもしれないが、夕映の言う通りハジメはまだ子供だ。どこまでもがむしゃらに一所懸命に生きていい筈だ。

 

「それにハジメさんはしっかり誰かを救う強さを持ってますよ」

「……そうか?」

「私が一人夜の山を走っていた時、本当に心細くて、怖くて、そんな時に必死に走ってきてくれたハジメさんの姿に私は救われました」

「いやでもそりゃあ」

「分かってます! 分かっているのです……きっと私じゃなくても、他の誰でもハジメさんは必死に走って来てくれるんでしょう。でもあの時は私だったんです、私だったんですよ……ハジメさん、ありがとうございます」

 

 

  ああコレは駄目だ。

 

  ハジメの涙腺が僅かに緩む。

 

  あらしと共に降り注ぐ爆弾から一人の子供を助けた時、その時は周りから暴言を吐かれたが、それより数十年も後の世界でその助けた子供の子供からその時の礼を受け取った。確かに繋がった人の命にあらしは涙を流したが、その時のあらしの気持ちがハジメはようやっと分かった。

 

  必死だ。その時はただ必死。命が溢れてしまわぬように、決して手放してしまわぬようにただ突っ走る。別に何かを期待しているわけではない。別に何かが欲しいわけではない。ただ自分がそれを見るのが嫌だから、流れる涙も血も見たくないからそうするのだ。そこに価値は期待しない。だがふとした時に自分がすくい上げたものがそれは大きな価値があるものだと教えてくれるのだ。

 

  これほど嬉しいことがあるだろうか? いやないはずだ。目から溢れ落ちそうになる想いは少女に見せるものではない。男としてそれは見せたくない。それが頬を伝う前に袖で目元を勢いよく拭う。そんなハジメの様子を夕映は静かに眺め、掛ける言葉が見つからない。静かな時間がゆっくり流れ、窓から差し込む夕陽がイヤに眩しい。陽が落ち月明かりが部屋を照らすまでハジメは心の内に染み渡る想いを噛み締めた。

 

「綾瀬……ありがとうな」

「え! いや、そんな! 寧ろ偉そうにベラベラと!」

「いや、今度は俺が救われたよ。大きな借りができちまったな。俺に出来ることがあったらなんだって言ってくれ」

「え、あう……あのーーそれじゃあひとつ……」

「お、なんだよ早速か?」

「あの、その、名前で……」

「名前?」

「ハジメさんはアスナさんや桜咲さんや超さんのことは名前で呼ぶじゃないですか……? だからその、私も名前で……」

「なんだよそんなことでいいのか?」

「はいです! あの、よければですが……」

「全然いいぜ! うし! ならネギに魔法を習って一緒に強くなろうぜ夕映!」

「あ……はい! ハジメさん!」

 

  満面の笑みを浮かべて頷く夕映の手から心抜流の指南書を返して貰いしっかり握る。強くなる、その理由は様々だが、ハジメの中で理由が一つ増えた。自分にだってあらし以外に救えるものがあると知ったから。少しでも今救えるもののために力をつけよう。それは意味の無いものなのかもしれないが、それに価値があると一人の少女が言ってくれたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  それからハジメがネギの元を訪れたのは数日後の話だ。エヴァンジェリンの試験を無事にパスしたネギだったが、雪広あやかに連れられて南の島に行ってしまったために会うことが出来ず、またエヴァンジェリンとの修行のせいで更に会う事が難しかった。そんな中で夕映からの連絡を受けて教えられた場所へと向かってみれば、修学旅行で共に修羅場をくぐり抜けた面々がズラリと並んでいた。

 

「すげえないったい何があるんだ?」

「あれ? ハジメ先輩も⁉︎」

「あ、私が呼びました」

「夕映が?」

「で? 何やってんだ?」

「それは……って行っちゃう行っちゃう⁉︎」

 

  大所帯でどこへ向かうのかと明日菜達が向かう先にと目をやれば、そこにはネギとエヴァンジェリンの姿。何故こんな尾行染みたことをやっているのかというハジメの問いには明日菜達が騒がしく答えてくれる。

 

  エヴァンジェリンとの修行をネギが始めてからというもの、日々の授業に身が入っていないらしくふらふらと(やつ)れていっているそうで、それを怪しんだ明日菜達が心配になり二人を追っているそうだ。

 

  遠くで歩くネギとエヴァンジェリンの後ろでこうも喧しくついて行ってバレないのかともハジメは思うが、その心配は杞憂らしく少し雨の降ってきた中をネギとエヴァンジェリンは学園端にあるログハウス、エヴァンジェリンの家へと二人は入っていく。

 

「あれ……? 誰もいない?」

 

  エヴァンジェリンの家へと消えた二人を追って明日菜と朝倉を筆頭に全員乗り込んだのはいいのだが、家の中は生活感はあるものの人の影は見えない。思い思いに物色しながら辺りをハジメも見回すが、怪しいものなど微塵も見えない。

 

「おかしいなー確かに二人でここに入ったのに」

「ふーむ」

「お風呂にもトイレにもいないアルよ」

「そりゃあそんなとこにゃあいねえだろ……」

「み、みなさんこっちへ〜〜っ!」

 

  途方にくれるハジメ達の元にのどかの声が届く。珍しく大きな声を上げたのどかの元へと向かってみれば、大きな人形の溢れる地下へと連れて行かれる。人形の立ち並ぶ通路を抜ければ、スポットライトに照らし出されるように大きなフラスコがただ一つポツンと台座に置かれていた。

 

「何よコレ?」

「なんだと思います?」

 

  明日菜の問いには答えは返されず夕映の疑問がただ重なる。フラスコの中には塔のようなミニチュアが置かれており、その中でのどかがネギの姿を見たらしい。おそらく魔法に関わる品というのはここにいる全員に分かるが、それはいったいなんのためのものなのかが分からない。フラスコを遠巻きに眺めていたハジメだったが視界の中で急に変化が起き始めた。急に朝倉がその場から消え、古菲が消える。次々と友人達が消える中で、

 

「おいアスナ……⁉︎」

 

  アスナの名前を呼んだと同時にハジメの視界が急に変わった。

 

「ど、どどどどこなのよここ〜〜〜〜ッ⁉︎」

 

  それから三十分経ち、ようやく明日菜の声が遠くから聞こえてくる。ハジメ達の視界が変わり、海に囲まれた大きな塔の上に降り立ってから三十分だ。待ちくたびれたハジメ達は塔の上の神殿の中で腰を下ろした。

 

「ようやっと来たか、遅かったないったいどうなってんだ?」

「さあてね〜〜、ハジメさん心当たりとかないの?」

「あるわきゃねえだろ。オメエこそ持ち前の記者根性で何か掴んだりしてねえのか?」

「だったら言ってますって」

「そりゃあそうか」

「私アスナ達呼んできますね」

「おう」

 

  朝倉がアスナと迎えに行った夕映を呼びに離れていく。潮風が肌を撫でる感触をハジメは不思議そうに眺めながら遠くで輝く太陽を眺めた。学園の中にいたというのに、現実離れした場所にいる今が信じられない。今まで魔法を見はしたが、ここまで大掛かりなものは感じたことはなかった。京都で山より大きな光の巨人を見たときも凄まじいとは思ったが、自分を取り巻く世界がガラリと変わってしまうほどの神秘ではなかった。そんな綺麗で輝かしい光景をぼーっと眺めていたハジメ達の元に明日菜がようやく姿を現し腰を上げる。

 

「この階段の下?」

「そう、この下から声がしたってさ」

「オメエが来るまで待ってたんだ」

「……ふふふ、いいだろ? もう少し」

「ほらな?」

「ほらなってハジメ先輩今のって……」

 

  声に従って神殿の中央にある下へと続く階段を全員で降りていけば、その先から聞き覚えのある声が二つ聞こえてくる。楽しげな少女の声と、気弱な少年の声。

 

「も、もう限界ですよ」

「少し休めば回復する。若いんだからな」

「あっダメ」

「いいから早く出せ」

「ダ、ダメですエヴァンジェリンさん」

「フフ……私のことは師匠(マスター)と呼べ」

 

  なんとも爛れた会話に聞こえるが、ネギがそんなことをするわけないだろうと男同士これまでそれなりに一緒にいたから分かる。ハジメはだだ馬鹿を見るような目になるが、明日菜達は違うらしい。止める間もなく明日菜がネギとエヴァンジェリンの前へと飛び出した。

 

「コココココラーーッ⁉︎ 子供相手に何やってんのよーーっ!」

「んっ?」

「エヴァンジェリンさん そそそ それ以上は〜〜〜〜」

 

  ネギの差し出された腕にエヴァンジェリンが齧り付く。ちゅーちゅーといった音で何をしているのかは明白だ。エヴァンジェリンは吸血鬼、つまりそういうことである。勢いよく飛び出した勢いのまま明日菜は地面にずっこけ滑っていく。それをエヴァンジェリンはハジメ同様馬鹿を見る目で眺めた。

 

「……なんだお前達」

「なにって、なにやってんのよーーッ⁉︎」

「授業料に血を吸わせて貰っているだけだよ。多少魔力を補充せんと私も疲れるし」

「どーせそんなことだと思ったわよ⁉︎」

「なんだと思ったんだ?」

「本当にな」

「うるさいわねっ⁉︎」

 

  明日菜の嘆きが終わるまで数分が経ち、ようやっと場が落ち着いた。吸血行為を終えたエヴァンジェリンは全員を伴って上の階へと戻ると、風に靡く金色の髪を抑えながらこの場の説明をしてくれる。優しい風に乗って届くエヴァンジェリンの声はよく耳に馴染む。

 

「ここは私が作った『別荘』だ。しばらく使っていなかったんだがな、ぼーやの修行のために掘り出してきた」

「へーこんなもの造ってしまうとは魔法使いとはスゴイアルねー」

「いや全くだぜ、どうなってんだいったい、詳しく知りてえな」

「全く……勝手に入って来おって、一応言っておくがな、この別荘は1日単位でしか利用できないようになってるからお前達も丸一日ここから出れんからな」

『えぇ〜〜⁉︎』

 

  エヴァンジェリンの言葉に驚愕の声が重なる。急に吸い込まれるようにこの場に立ったというのに1日この場に拘束されるとなれば当然だろう。偽物の太陽の眩しい日差しと綺麗な海を眺めながら、どういうことだと全員エヴァンジェリンに詰め寄る。それをエヴァンジェリンは青筋を立てながら迎えた。

 

「ああもううるさいな安心しろ! 日本の昔話に浦島太郎の竜宮城ってのがあったろう、ここはそれの逆だ。ここでは1日過ごしても外では1時間しか経過していない。それを利用してぼーやには毎日丸一日たっぷり修行して貰っている」

「……てことはネギ君一日先生の仕事した後にもう一日修行してたってこと?」

「教職の合間にチマチマ修行をしても埒があかないからな」

 

  そのエヴァンジェリンの言葉を聞いてハジメは内心でホッとした。夕映とは我が儘を通してネギから魔法を習うとは言ったが、それでもできるだけ強くなりたいとするネギの邪魔はしたくはなかった。その心配がどうやらここでは然程する必要がないことに安心する。

 

「ネギ……あんたまたこんな無理して」

「大丈夫ですよアスナさん、それにまた修学旅行みたいなことがあったら困るし、強くなるためにこんなことくらいでへこたれてられませんよ!」

 

  ネギは決意の言葉を口にしエヴァンジェリンとの修行を続ける。飛び交う閃光、太陽の光すらも掻き消すほどの光が宙を覆い、轟音が弾ける。何度見ても凄まじいものだとハジメは思う。その中にいるときはただ必死に転げまわるだけでただ恐怖の対象だが、遠くから見ている分にはただ綺麗だ。隔絶されたフラスコの中が夕焼けに赤く染まる頃、ようやっと空を走っていた魔法は止み。その時がやってきた。

 

「エヴァンジェリンさん‼︎」

「えっそっち?」

「エヴァンジェリンさんが一応ネギ先生の師匠ですから」

「ああそういえばそうだった」

「おいどういう意味だ……」

「エヴァンジェリンさん実は私達魔法を学びたいのです!」

「魔法を? お前らが?」

「おう頼むぜ」

「あ、あの私も……」

「なんだ宮崎のどかお前もか、はあ何で私がそんなメンドクサイことを……向こうに先生がいるんだからそっちに頼め魔法先生にな」

「ええっ⁉︎ 魔法を教えるんですか⁉︎ 今ここで? ハジメさんには元々教える約束はしていましたが……あのーーいいんでしょうか師匠(マスター)?」

「勝手にしろ私はどうなっても知らんがな、まあ別荘(ここ)は外より魔力が充実してるから素人でも案外ポッと使えるかもしれんぞ?」

 

  エヴァンジェリンからの許可も貰え、遂にハジメが待ち望んだ魔法の修行が始まる。練習用杖が配られ、ネギが手本として『ブラクテ ビギ・ナル 火よ灯れ(アールデスカット)』、杖の先から火が灯る初心者用の簡単な魔法を披露する。

 

  それを見てのどかも夕映も杖を振るい魔法の呪文を唱えるが全くうんともすんとも起こらない。それを見て朝倉や明日菜達も試してみるが同じく全く何も起こらなかった。唯一気を操れる刹那だけが東洋魔術で指先に火を灯す。

 

  それを見てハジメの持つ杖に力が入る。これが一歩だ。自分の目的に近付く大きな一歩。少しでも使えるようになればそれがあらしを救う大きな力になる。何度も振るった刀と同じように大きく杖を振るい、

 

「ブラクテ ビギ・ナル 火よ灯れ(アールデスカット)‼︎」

 

  突き出された杖からは何も起こらない。魔法の魔の字の影も見えず、その体勢のまま固まってしまったハジメの元に、何故かネギではなくエヴァンジェリンが寄ってきた。

 

「八坂一……お前は」

「何だよエヴァンジェリン、俺のなんか不味かったか?」

「お前は……おそらく魔法が使えんぞ」

 

 

 

 




哲学研究会 綾瀬夕映の相談室。これは流行る……か?

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