β Ewigkeit:Fragments   作:影次

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流石に連連日投稿は無理だったが二日後には間に合わせたぞ。
なんかランキング11位とかに一時的に登ってたようで、ありがたいことです。
評価20は愚か30も突破してるし、これは読者の望む展開を引っ張ってくるしかねえな!
的な話です、今回は。一万字越えてしまった。

さて今回のフラグメントは

1:チンピラVSワーカーホリック
2:クラウディアちゃん、色々と察される
3:ベア子のフラグ建築

多分3のついての感想が一番多くなる。


Fragments:黒円卓招集Ⅱ

「よお、久しぶりだな優男。ツラ貸せよ」

 黒円卓第七位を決定する蠱毒の場にて、ヴァルターとヴィルヘルムは再び邂逅した。

 あの黎明以来であり、ヴァルターにとってはしこたま銃弾を撃ち込んでやった相手であり、ヴィルヘルムにとっては取り逃がした気に食わない相手の一人である。

 数年越しの忌々しい顔との邂逅を、ヴィルヘルムがそのまま見逃す理由はなかった。

「ちょ、貴方何喧嘩売ってるんですか、止めて下さい」

「どけクソチビ、お前はお呼びじゃねえんだよ」

「ヴァルターさんだって貴方なんかを呼んではいませんよ、どっか行け!」

 すかさずベアトリスが間に入り威嚇する。

 どうせ殺し合いを始めようとしている腹だろうと踏み、そしてそれは間違っていない。

「別にこいつが第十位にいることに文句はねえよ。黄金に忠を誓ってないのはまあいい。まるで対等みてえに振る舞ってんのは万死に値するが、あの人が許した以上気に食わなくても文句を言う筋合いはねえ」

 だからよ、とヴィルヘルムは続ける。

「いっぺん確かめさせろやっつってんだよ。この優男があの人にそこまでさせる資格の欠片でもあるのかよ。昔の副官がどうだの、関係あるかボケ。それさえ相応しくないようならここでぶっ殺してやらぁ」

「この……」

「キルヒアイゼン、いい」

「え、うひゃあ!?」

 殺気立つヴィルヘルムに、更に何か言おうとするベアトリスだったが。

 ヴァルターがベアトリスの襟を掴み、自分の後ろに持っていく。

「何するんですか!」

「どうせ拒否しても延々と続く。最悪後ろから襲いに来るだろう。突発的ではなくそれなりの理由があるのなら、それを消化しないと終わらないよ」

「それは……でも」

 抗議しようとするも、その言い分に口籠るしかなく。

 ベアトリスがあれこれと考えている内に、話は進む。

「受けよう。闘技場でいいか」

「ああ。精々期待に応えてくれや、優男」

「……ああ、もう! 私も付いていきますからね!」

 ヴァルターの返答に、ヴィルヘルムは獰猛に笑った。

 

 

 

 

 

「おらおらどうした! 尻尾捲くってんじゃねえぞ!」

 ヴェヴェルスブルグの闘技場は今や一面が針の筵ならぬ杭の筵となっていた。

 白貌の吸血鬼、ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイの形成による吸血の杭が降り注ぐ中をヴァルターは稲妻の如くその間隙を疾走する。

「オラァ!!!」

 ヴィルヘルムの放つ鮮血の杭は際限を知らず、回避するごとに徐々に密度を上げていく。

闇の賜物(クリフォト・バチカル)、その形成位階。

 ヴラド・ツェペシュの串刺しを再現する吸血の杭は、掠めただけでもその生命力を奪い取る絶死の磔刑であり、ヴィルヘルムとの相性は最高峰。

 一度絡め取られれば、後は奈落へ堕ちるだけだろう。

 だが、しかし。

 ヴァルターの振るう腕より生じる、漆黒の茨。

 彼の腕を絡め取りながら放たれる茨の鞭が、その串刺しを許さない。

「気に入らねえ。この俺に対して茨だと? 薔薇の夜を統べるこの俺に、パチモン共がこぞって群がりやがって!!!」

 一本、二本、十本の棘持つ茨。

それが折り重なり、鉄条網の如くその軌道を塞ぐ。

 そして茨の壁と接触した杭は、それを貫くことなく砕けていく。

「ちっ、成る程な。保身だけはいっちょ前と来るか。ムカつくぜ」

 既にこの攻防を何度か繰り返し、ヴィルヘルムはヴァルターの特性を概ね把握していた。

 近接距離(ショートレンジ)での肉弾戦に入ろうとするも即座に突き放される、中間距離(ミドルレンジ)を保つのに異様に秀でた間合い取り。

そして自身の放つ杭すら通さない硬度を持つ上に柔軟性も兼ね備えた茨。

 思えば人間だった頃に相手をした時もそうだった。

 この男は防衛戦の達人。

 敵からの攻勢を完璧に遮断し、一方的に削り取っていく、そういう戦術だ。

「舐められたもんだぜ……このカズィクル・ベイの力が、てめえ如きに捌ききれるようなもんだと思ってんじゃねえ!!!!!!」

「!」

「丁度いいぜ、幾らか器の中身を減らしておく必要があったんだ。ここでてめえをぶっ貫いてやるために使ってやらあ!」

 吠え叫びながらも突進するヴィルヘルムはその実、頭の中で勝利への道筋を描いていた。

 この一連の攻防の中で、既に材料を揃えていたのだ。

 内包する魂を燃焼させての疾走、その瞬間創造位階に匹敵する速度を得たヴィルヘルムは、ヴァルターの反応速度を上回った。

「その硬さは大したもんだ。創造まで使わねえと確実に殺るには不足かもしれねえな。だがよ、その自慢の茨。展開するにも限界があるんじゃねえか」

 展開された茨の直前まで距離を詰めたヴィルヘルムはそこで急停止し、弧を描くようにヴァルターの横へと抜けていく。

「……ちッ!」

 その反応に、ヴィルヘルムは自身の出した結論が間違っていないことを確信した。

 十本、未だそれ以上の数が展開されるのをヴィルヘルムは見ていない。

 また伸縮自在ではあるものの、それを確実に操っているのは自身の周囲と、恐らく視界が届く範囲内のみ。

 つまり簡単な話、その能力は最低限の備えしか張れない視界の外からの強襲に弱い。

 そして今ヴィルヘルムは一手、ヴァルターが向き直るまでの瞬間を取る。

 その背中に狙いをつけ、疾走とともに手刀を突き出す。

 背後への茨の展開は間に合わない。

 本数が足らず、その合間を突かれる。

 舌打ちをした瞬間その結論に達していたヴァルターは、既に準備を済ませていた。

 即ち、剣を抜く準備を。

 

形成(イェツラー)

 

 何かを肩に担ぐように掲げられた右腕。

 

聖約・神鉄の王冠(コローナ・フェッレア)

 

 それは、くろがねの輪。

 神の威光を称える、突き刺す槍と対を成す、国を守る王の冠。

 では、ない。

 それは王を頂く冠などではない。

 

 くろがねの輪は鍔のように、それを染める漆黒が、剣のかたちを取る。

 

聖姫・戴冠黒王剣(カテリナ・マハカーラ)

 

 そこから溢れようとする何かを感じた瞬間、ヴィルヘルムは無意識の内に飛び退いた。

 そして、ヴィルヘルムは見た。

 ヴァルターの背から伸びる漆黒諸刃の長剣。

 今まで放っていた茨とは比べ物にならぬ、拒絶の意思を。

「舐めやがって。今までのは形成ですらなかったってか」

 言葉とは裏腹に、その口元は愉悦に歪む。

 いいぞ、いいぞ、そうでなくてはつまらない。

「だってお前、こういうの見たらやる気になるタイプだろう。だから使いたくなかったんだ」

 黒の剣を振りかぶり、ヴィルヘルムに向き直る。

 長剣程あった剣身はみるみるうちに縮み、小剣程度の大きさとなった。

「取り回しが楽な方がいいな。長くするのは一瞬でいいか。じゃあ」

 ヴァルターがおもむろにその切っ先を向ける。

「ず、ぉッ!?」

 首を傾けたヴィルヘルムの耳を、黒い閃光が掠めた。

 距離を取っていたヴィルヘルムにさえ一瞬で届くほどの速度でその剣身を伸ばした黒剣は敵を貫けなかったと見るや即座に砕け、次の瞬間には小剣に戻っている。

「行け」

「クソがッ!」

 そして、追撃の茨が降り注ぐ。

 四肢を狙うそれは横に伸びる棘も添えて、生半可の回避を許さない。

 手足のいくらかを棘に裂かれつつヴィルヘルムも攻勢に出ようとするが。

「おッ、がぁ!?」

 裂かれた部分から電流が走るような衝撃が全身を襲う。

 足が止まる、腕が止まる、思考さえも止まる。

 その一瞬、一瞬が魔人同士の戦闘には致命的な瞬間であり。

 その一瞬で、黒剣がヴィルヘルムの肩を貫いた。

「が、ああああああああああああ!!!???」

 先の電流の如き衝撃が、貫かれた肩から全身を巡る。

 まるで細胞一つ一つが丁寧に焼き切られていくかのような錯覚さえ覚える。

 全身の動きも、抵抗の意志も、遂には命さえ拒み封じるその剣能。

「……うッ!」

 しかしその優勢は突如として放棄される。

 心臓を掴み苦しみだしたヴァルターはヴィルヘルムを貫いていた剣を抜き、距離を取る。

 膝をつき、息は荒い。

 腕に絡みついた茨から、苛みの音がじくじくと鳴っている。

 黒剣の剣身は実像がぶれ、歪みが生じている。

「……カハッ、んだよ。随分無理してるみたいじゃねえかルーキー」

 腕と足の感覚を取り戻したヴィルヘルムが立ち上がる。

 未だ先の感覚は抜けきっておらず、万全には程遠い。

 しかし、それはヴァルターも同じこと。

 どういうわけか、劣勢に立たされたヴィルヘルムと同程度の消耗を強いられているのは熟練度不足か、単にそういう能力なのか。

 しかし、今となってはどうでもいい。

「いいぜ、認めてやるよ第十位。シェイドウィルダー・マハカーラだったか。てめえは少なくとも、俺達の敵たる器だ」

 形成同士の戦闘であわや屈する寸前まで追い込まれた事実を、ヴィルヘルムは認めた。

 成程、ただの優男ではなかった。

 だが、それでも俺の勝ちだ。

 てめえの防御は薔薇の夜を前には無力だ。

「受け取れシェイド。俺の世界をよ」

 揚々と、歌うように、その両手を広げ闇が溢れる。

 吸血鬼の夜が、その身の内から溢れ出す。

 

 

『かつて何処かで そしてこれほど幸福だったことがあるだろうか』

 

 

「ベイ、そこまで!」

「そこまでです! ヴィルヘルム!」

「ああん!?」

 創造を展開しようとしたヴィルヘルムは、その声に冷水をかけられたかの如く振り返った。

 一人はベアトリスだ。

 聞き間違えようもないその声のみだったなら、ヴィルヘルムは無視していただろう。

 しかし、聞き捨てならない声がもう一つ聞こえた。

「はん、不本意ですが私が止めに入るよりも、貴方にとってはこちらのほうが効果があるでしょう。ええ、本当に不本意なんですけどね。貴方なんかのために彼女を連れてくるのは」

「ベアトリスさんから聞きました。ヴィルヘルム、望まない相手に喧嘩を売ってはいけませんよ! 彼は同じドイツ軍の仲間ではないのですか!」

「おまッ、ふざッ」

 蒼穹を映したような銀髪の少女が、ベアトリスの背に続いていて。

 それを見た瞬間ヴィルヘルムは戦闘を中断せざるを得なかった。

 この少女を薔薇の夜に今巻き込む訳にはいかない。

「ああもう、貴方もこんなに傷を負って。あの方も顔色が真っ青じゃありませんか! これ以上はやり過ぎというものでしょう」

 クラウディア・イェルザレム。

 ヴィルヘルムがワルシャワで見初め、その魂の輝きが頂点に達した時喰らおうと連れて帰った少女だった。

 そしてその動向に興味を持った城の主によりヴェヴェルスブルグに招待され、その存在は既に黒円卓一同に周知されている。

「あのな、おい。空気読めやこのスカタンが。俺らはこの程度でどうにかなるほどヤワじゃねえんだよ。いいからさっさと失せ」

「彼には暖かいベッドが、貴方には傷を塞ぐ包帯が必要です。行きますよヴィルヘルム」

「話聞けや! ああクソッ! てめえチビガキ、やってくれたな後で覚えとけよ」

「ふーん、何を覚えておけばいいんですかねえ。チンピラの戯言なんて世界一意味のないものを律儀に覚えておく必要性が感じられませんな。あ、クラウディアはごめんなさい、利用するみたいな形になってしまって」

「いえ、いいんです。ヴィルヘルムがいけないことをしているなら止めないと」

 ベアトリスはどこ吹く風とヴァルターに駆け寄りその肩を貸す。

「大丈夫ですか? このまま連れて行きます?」

「……自分で歩ける」

「よし駄目っぽいですね。肩貸しますね」

「いやお前ね。……もういい、頼んだ」

 何やら似たようなやり取りで押し切られたヴァルターにほんの僅かに共感しつつ、また取り逃がした、という思いがヴィルヘルムに渦巻く。

「ち、まあいい。てめえがそれなりだってことは理解した。黒円卓の席に着く以上機会なんざいくらでもある。ハイドリヒ卿に逆らった時がてめえの最後だ」

 その時は俺が吸い殺してやる。

 赤騎士に続き、串刺し公も大黒天に対する意思を固める。

 数年越しの争いは一区切りを迎え、やはり串刺し公はまだその業に縛られていた。

「悪態ついてる暇があるのなら足を動かして下さい。私の部屋ですよ、分かってますね」

「うるせえよ畜生!」

 

「…………」

 その一部始終を闘技場の端で鍛錬がてら見届けていた黒騎士は、黒の剣を振るっていた男の背中を見つめていた。

 

 

 ヴェヴェルスブルグ闘技場にて 串刺し公と大黒天の戦い

 

 

 

 

「いいですかクラウディア。貴方はベイから離れるべきです」

 ベアトリスが息を巻いて語っているのを、クラウディアが困り顔で聞いている。

 その横で、ヴァルターが机の上の書類を片付けている。

「貴方のような若人が、率先して身投げするようなことを、見過ごせるわけがありません。いくら今のドイツが斜陽に傾いているからといって、今ある幸福を捨てる必要などないのです」

「はあ、それは。そうですね」

 それはいつもの押し問答だった。

 ベアトリスが人道を語り、クラウディアは困りつつも肯定し、しかし自身には顧みない。

 ベアトリスも業を煮やしているのだろう、故にこの場にクラウディアを連れてきたのだ。

「ヴァルターさんも何か言ってあげて下さいッ! 絶対おかしいですよね!」

「……最初からそう言えよ。部屋に来るなり説教始めて。何となく目的は察してたけど」

 ヴァルターはため息を吐き、椅子の向きを変える。

 ベッドにちょこんと腰掛けるクラウディアと向き合うかたちになる。

「改めて、ヴァルター・シェレンベルクだ。クラウディア・イェルザレムだったな」

「はい。ヴィルヘルムのお友達の方ですよね? ヴァルターさんとお呼びしても?」

「んん……あの光景を見ておいて友人というのか……生き死にとかそれ以前に箱入りっぷりが抜けきってないな」

 ヴィルヘルムに殺意を向けられつつ闘技場で殺し合っていたのを見ていただろうに。

 いや、ヴィルヘルム・エーレンブルグという男の性質を顧みれば殺し合いの相手=友人と解釈するのは無理ないし意外と的を射ているのかも知れないが。

「とりあえずこの小娘のくっそ下手な説得という名の罵倒では要領を得ないから基本的な部分から順繰りに質問したい。手間を取らせてしまうことになるが、いいか」

「はい、私は構いません」

「ちょ、ヴァルターさんひど」

「うるさいよ、黙っとれキルヒアイゼン」

 あんまりな物言いに抗議するベアトリスを押しのけ、ヴァルターは質問をする。

「侵攻されるワルシャワの中、ベイに命を救われたらしいな」

「はい、ヴィルヘルムは瓦礫に押しつぶされる寸前の私を救ってくださったのです」

「それが偶然だとしても、恩義を感じていると」

「はい、偶然だというのなら、それは主の巡り合わせというものでしょう」

 彼女の事情は一通り聞いていたし、ベアトリスとの問答の内容も聞いていた。

 先ずは、そこから本当に必要な部分と不要な部分を選別することから。

 ヴァルターは一つ目の斬り込みを入れた。

「巡り合わせ、ね。むしろそちらの方を強く感じているんじゃないか。アルビノ、ノアの子、だったか。救った、ということは先に来た要因であれど優先度は低く、運命を感じた、の方に君は比重を置いているのでは」

「それは……」

「だとすれば、命に報いるという話は後付の理由でしかなくなる。主題に置くべきは君にとっての『運命』の話だな」

「……はい、そうですね。その通りです。きっと私は、例え命を救われた事実がなくても。ヴィルヘルムと出会い、ついていったと思います」

 まず一つ。

 命を救われたのだからそれに報いると言った部分。

 そこに置くべき重みを感じなかった。

 故に、そこはクラウディアにとって本当に重要な部分ではない。

「では、運命の話だ。ノアの子であり、昼間を生きられぬ夜の子。故に自分は半分しかなく、あらゆる情動も半分なのだ、とか言っていたか」

「はい。喜びも、悲しみも、怖さもあります。でも、私はそれらを本当に心から感じていると確信できたことがないんです。だから」

「…………」

「あの、どうされました?」

ヴァルターは目を閉じ黙りこくった。

 眉根を寄せ、ゆっくりと息を吐く。

「いや、すまない。こっちの事情だ。今している話とは関係なかった。続けてくれ」

「はい。えっと、だからですね。私には皆さんが眩しく思える。皆さんの満ち足りた姿という到達点が。そしてだからこそ、やはり自分は半分なんだと思うんです」

「そして同じノアの子であるベイと出会った。自身と同じ存在でありながら満ち足りた輝きを持っていたベイを見て、この人なら自分の欠けた半分を見つけてくれると思った。そういうことでいいか」

「はい、その通りです」

「…………」

 ヴァルターは再び目を閉じ、ベアトリスは目を伏せる。

 そう、これだ。

 この渇望と言える頑なさを前に、ベアトリスがいくら説得してもクラウディアには通じなかった。

 

 彼なら自分の半分を埋めてくれる。

 そのためなら命も惜しくない。

 それが最後、例え死の瞬間であろうと、その充実した瞬間を味わえるのなら。

 

 そして、そこに至るまでの過程に、欠けた部分があることに、ヴァルターは気づいた。

「……………………足りない、詰まる所そういうことか」

「…………」

 ヴァルターが小さく言ったその言葉を、ベアトリスは聞き逃し、クラウディアは聞いた。

 そして長い、長いため息を吐いて、問いかける。

「イェルザレム。君はベイについていくか」

「はい。私はヴィルヘルムを信じています」

「奴がおおよそ外道の悪鬼と知ってか」

「はい。彼は悪い人です、けれど、眩しく尊い人なのです」

「後悔はないか」

「ありません」

「キルヒアイゼンの言ってることは、間違ってると思うか」

「いいえ。ベアトリスさんは正しいし、とても良い人です。このお城でも良くしてもらって、気にかけて頂いて。本当に嬉しいです」

「でも、譲らないんだな」

「はい、譲れません」

「分かった」

 ヴァルターはベアトリスの方を向き、きっぱりと結論を下した。

「悪いが、無理だ。俺には今のこの子を説得することはできないな」

「なッ……!? そんな!?」

「だが」

 愕然とするベアトリスに、ヴァルターは続ける。

「俺も、暫く気にかけることにする。だからお前もこの子のことを変わらず気にかけてやれ。いいか、説得できるとかできないとか、そうでなくて。お前の善意のままに接し続けてやれ。理解できなくても、悲しくても、それでも。諦めるな、嘆くな、蔑むな」

 それがきっと、俺達にできるせめてものことだろう。

 ベアトリスに対しそう言って、そしてクラウディアに対しても言葉を続ける。

「君も、こいつがそうあることを受け入れて、話してやってくれ。何度でも。この馬鹿が何か諦める素振りを見せたら挑発の一つでもしてやってくれないか」

 クラウディアはその言葉に一瞬ぽかんとした顔で。

 やがて小さく笑みをこぼしながら頷いた。

「はい。ベアトリスさんとは、もうお友達ですから」

「そうか……ありがとう」

「こちらこそ、ありがとう、ございます」

 それにクラウディアは控えめに頭を下げて。

 ヴァルターはん、と小さく返した。

「えっと、とどのつまりどういうことです?」

「数えられる程度突っぱねられたくらいでしょぼくれてないで毎日耳元で囁いて洗脳でもすればどうだって話だ」

「ええ……? それはちょっと困りますね」

「え、いやそんなことしませんよ! しませんからね?」

 そこからは一転して、微かな談笑の時間が続いた。

 

 

 私室にて ヴァルターとベアトリスとクラウディア

 

 

 

 

 私は、この人のことをどう思っているのだろう。

 ベアトリスは改めて、自分に問いかける。

 黄金の幕下となる前から、ユーゲントを卒業し軍人になる前から。

 長いこと接してきた人だ。

 アッシュブロンドの髪に、海の底のような透き通った青い瞳。

 昔は疲れ切った鋭い目をしていたものの、今は不思議と暖かみを感じるような。

 今でも時々鋭く意地悪だけれど。

 とても優秀だけど、どことなく放っておけない先輩。

 庁舎では一日十五時間労働をしていたという、というか今も尚時々しているらしい仕事に毒されたスーパーワーカーホリック。

 基本ドライだけど、色々と気にかけてくれる人。

 一時期すっごい冷たかったけど、人として真面目に在ることを重んじる人。

 

 今も線を引いて、踏み込ませてくれない人。

 そして誰かの引いた線にも、決して踏み込もうとしない人。

 

 線引云々のことについて気づいたのは、黒円卓に加入してからの話だ。

 あの頃は、皆色々とおかしかった。

 私も後悔が重なって、塞ぎ込んで、変になってたあの人とかち合って、失望してしまって。

 そしてあの人も、黒円卓になって、変になってた時のこと、謝ってくれて。

 けれども、何があったかは最後まで言ってくれなかった。

 カテリナさんが、ヴァルターさんのお母さんが、死んでしまったらしい。

 あの人はそれだけ言って、誰のせいでもない、自分のせいだとだけ言って。

 そこから先には、踏み込ませてくれなかった。

 

 私は、私のことについて話した。

 一度口にすれば堰を切ったように、止められなかった。

 ヴィッテンブルグ少佐を、一人修羅に落とさないため。

 何ができるかなんて分からないけど、その時力を持って側にいなければ、それこそ何もできないから、叶うことなら、救い出したいのだと。

 話すだけ話して、ヴァルターさんはそれを聞くだけ聞いて。

「そうか。なら、見失うなよ」

 と、それだけ言った。

 その時、私は思ったのだ。

 この人は、私の為そうとしていることに対し、特に肯定も否定もしていない。

 ただ、そうか、と、分かった、と。

 それだけを言ったのだ。

 

 そのことについて、改めて思う。

 きっとそれは、争いたくないとか、意見がないとか、そういうことじゃなくて。

 あの人は、最初から私の意思の奥の奥にまで触れてくるつもりがなかった。

 『真に理解されることはなく、真に理解することもない』。

 水銀があの人に送った呪いの言葉の意味に、触れた気がした。

 きっと、誰に対してもそうなのかもしれない。

 私は、どうなのだろう。

 あの時、私は私の行いを肯定して欲しかったのか。

 例え愚かだと言われる可能性があっても、心の奥底に響く答えが欲しかったのだろうか。

 

 ……それは、分からない。

 分からないものは、分からないのだ。

 だって、あの人は私を慮り、尊重してくれている、それだけは事実で。

 その事実を逃げとか、誤魔化したとか、そんな風に言うつもりは毛頭なかった。

 だって、あの人。

 黒い黒い、漆黒の茨を纏うあの人は、きっと自分自身を、傷つけるものだと定義している。

 聖遺物制御の訓練中それを見た私は、それを聞いた。

 きっとそれは、あの人が魔人となった背景でも在るのだろう。

 そこに触れる術を、私はまだ持たない。

 でもあの時私は、確かにそこに垣間見たのだ。

 その手で触れるだけで、その目で知るだけで、ただそこに在るだけで、誰かを傷つけてしまうものがこの世には存在して、あの人は自分をそう定義しているのだと。

 なまじ黄金と水銀という実例があるから、それを否定できない。

 だからあの時の私は、貴方は傷つける人じゃないって、守る人だって、拙くも口にして。

 そしてあの人は、剣を抜いて。

 

 それは、正しかったのか。

 あの人はきっと最初、自分が傷つけるものでありつつも、そのかたちを取ることに躊躇いを見せていた。

 私がその背を推して、あの人の真の形成は剣のかたちとなった。

 守るための、剣。

 どの口が言うのか。

 私が何を守れているのか。

 私はまた、リザさんや神父様の時のように、やってはならないことをしてしまったのでは。

 そんな淀みを、今も私は抱えている。

 そして、あの人はそれに触れることはない。

 ただ、ただ、私を見守っている。

 あるがままに、これまでの醜態などなかったかのように、いつかベルリンの街角で、ゆるく談笑していたあの頃のように。

 

「……先輩」

「何だ、キルヒアイゼン」

「私達、もう結構な年月の間柄だと思いません?」

「だな。此処にきてからはアルフレートとハイドリヒの次に長いか」

「先輩は私の事、どう思ってます」

「手のかかる後輩」

「そういう立場とかじゃなくて、もっと個人的に」

「じゃあ手のかかる友人」

「なんで手のかかるを頑なに訂正しないんですか」

「事実だろ」

「……ですか、友人、友人ですか」

「何だよ。恥ずかしいことでも言わせて悦に浸りたいのか。性格悪いな」

「なッ、そんなこと誰も言ってないでしょ、邪推しないでくださいよ」

「俺にとっては貴重な、大切な友人だよお前は。これでいいか」

「……なら、呼んでくださいよ」

「呼ぶって、何を」

「キルヒアイゼンって、頑なに上官と部下みたいに。ヴィッテンブルグ少佐じゃないんですから、そのくらいの柔軟性は発揮してもいいんじゃないですか。大切な友人、なんでしょ」

「…………」

「何ですか。そんなに嫌なんですか」

「……いや、そうか、そうだな」

 

「なら、これからはベアトリスと呼ぼう。遅くなってしまったか」

 

「本当に遅いですよ、薄情なお兄さんですね」

 

 私は、この人のことをどう思っているのだろう。

 年上の友人?

 尊敬する先輩?

 頼りになる同僚?

 それとも……それとも……。

 まだ、答えは出ない。

 でもきっと、部分的にも、総合的にも、嫌いでは、ない。

 色々考えて、色々省みて、今の私はそう結論をつけた。

 この人の線引を、私は心地よいと思ったから。

 

 

 ベアトリスの独白 名前を呼んで

 

 




「この僕の全話皆勤賞がッ! あろうことか邪魔されたッ! 本来なら僕とマレウスの怪しい魔術談義が挟まるはずだったのにッ! こんな砂糖噛んでるようなあいのり日記に邪魔されるとかッ! このような暴挙が許されていいのか、いやないッ!」

「まあ真ヒロインの私が優先されるのは必然ですから。バックスタブ少佐の怪しい陰謀フェイズとかお呼びじゃないんで。これはもう皆勤賞は私だけの独り占めですね! いやー辛いわー作者から優遇されて辛いわー。さようならバックスタブ少佐、お元気で」

「史実という名の原作をを裏切ってる奴がよく言うわ。乙女ゲーの主人公に転職なんかして恥ずかしくないんですか?」

「よし表出ろ、焼いてやる。向こうの私とこっちの私は関係ないんですぅー!」


あとがきに挟まざるを得なかった茶番。


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